不良の俺、異世界で召喚獣になる

ibis

1章10話

「……おっしィ……こんなもんだろォ」
「さすがキョーガさんです!」
「とりあえず直しただけだからなァ……大工でもいりゃァいいんだがァ……」

 早朝―――リリアナの父と姉が帰った次の日。
 キョーガとリリアナは……父によってバラバラに斬られた扉を修理していた。
 というか、新しい木材を買ってきて、キョーガが自力で加工して修理したのだ。

「さすがキョーガ……そこらのヘタな大工より上手ですよぉ」
「褒めるんならァ、まずはそっから出ろよなァ」
「朝日があるから無理ですよぉ……あ、キョーガがもう1回吸血させてくれるなら話は別ですけどぉ……」
「やっぱり大人しく家ん中に入ってろォ」

 家の奥からひょっこりと顔を出すアルマが、牙を剥き出しにして舌舐めずりをする。

「ったくよォ……まさか扉を放置して帰るとは思わなかったなァ」
「……お父様が本当にすみません」
「はっ、リリアナがわりィんじゃねェからァ、おめェが謝る必要はねェよォ。仮にも俺らの召喚士なんだァ、もっと堂々としてろやァ」
「キョーガさん……ありがとうございます」

 家に戻り―――アルマの差し出してきた水を一気に飲み干して、そのままアルマの頭を撫でる。
 『えへへ~』と嬉しそうに笑みを浮かべ、黒翼が上機嫌にバッサバッサと動く。

「チョロいロリッ娘だなァ……怪しいやつとかに付いて行くなよォ?」
「そ、それはないですよぉ。ボクはキョーガとご主人様しか信じてませんから……」

 それでも、キョーガに撫でられると嬉しそうに目を細める。
 スリスリと頭を寄せるアルマ……見た目だけならば、微笑ましい光景だ。
 まあ実年齢には触れないでおこう。

「……なァ、リリアナの姉ちゃんは『クラリス』って国から来たんだよなァ?」
「はい。親元を離れてからは『クラリス』に住んでいますよ」
「……国ってどんぐれェあんだァ?」

 キョーガが聞いたのは、この国『プロキシニア』、リリアナの姉が暮らしている『クラリス』、そして『魔道具アーティファクト』の研究が進んでいる『ギアトニクス』。この3つだ。

「えっと……キョーガさんが知っている3つの他には、帝王が国を治めている『帝国 ノクシウス』。『魔法の才』を持つ人が多い『マグアーナ』。この2つです」
「……合計5国かァ……少ねェなァ?」
「はい。残りの土地は、モンスターが棲んでいる『魔の森』なので」
「『魔の森』……なるほどなァ……モンスターが棲息してる森だからァ、ヘタに開拓ができねェって事かァ」

 普通の人間にとって、モンスターは脅威だ。
 モンスターの棲む森を開拓しようなんて……それこそ、5つの国が協力しないと不可能な事。
 だが……もちろん、仲が悪い国が存在する。
 例えば『クラリス』―――ここは、『女神 クラリオン』をあがめる信仰主義国家だ。
 それに対し、『帝国 ノクシウス』は実力主義国家。そして『ギアトニクス』は機械主義国家。
 この3国は信じている物がまったく違うため、協力するなんて毛頭もない。

「……まァ、平和ならそれでいいかァ」

 この世界に来て、キョーガの思考はかなり柔らかくなっている。
 それもこれも―――リリアナとアルマに影響され、キョーガの中にも『優しさ』というのが芽生えているのだった。

―――――――――――――――――――――――――

「……ねみィなァ……」
「そうですか?ボクはまだまだですけどぉ……」
「おめェは夜中に行動する種族だからなァ……」

 3人は夜の町を歩いていた。
 日課になりつつある『アルマと夜の散歩』だ。

「リリアナは眠くねェのかァ?」
「少し眠たいですけど……それより楽しいですから!」

 楽しそうに町を歩くリリアナ……スキップを始めそうなほど上機嫌だ。
 そんな2人の姿をゆっくりと追い掛ける。

「おらァ、あんま先に行くんじゃねェよォ」
「はーいっ!」
「キョーガさん、お父さんみたいですね」

 平和そうにキョーガを見るリリアナ……だが、キョーガがアルマを呼んだのには、ちゃんと理由があるのだ。
 『死霊族アンデッド』が単独で行動していると、周りから手を出されるかもしれない。
 もちろん、アルマがそこら辺の『人類族ウィズダム』に負けるはずもないのだが……それでも心配してしまう。

「……俺も丸くなったなァ……」
「キョーガさん?」
「んやァ……なんもね―――ェ?」

 ふとキョーガが立ち止まり、眼を細くした。
 ―――なんだ……この感じは……?
 気配を感じる……人じゃない気配……近くだ……けど、どこにも見当たらない……気のせい……?違う……確かに感じる……ねっとりとした……嫌な感じの視線を……
 直立のまま気配を探るキョーガ―――その姿が消えた。
 その直後、『ドゴォォォンッ!』と、何かが殴り飛ばされたような轟音が辺りに響き渡る。

「あ、え……?キョーガ、さん?」
「ガァアアアアァアアアアアアアアッ!」
「『血結晶技巧ブラッディ・アーツ』、『大盾シールド』っ!」

 リリアナの顔面に向かって、爪の生えた手が振り下ろされる。
 それがリリアナに当たる―――寸前、アルマが地面に手を突いた。
 そこから魔法陣が出現し―――赤黒い結晶で作られた障壁が現れ、剛爪による悲劇をける。

「グルル……あっは~♪さっすが『吸血鬼ヴァンパイア』~♪こんなのじゃ殺れないよね~♪」
「あなたは……まさか『地獄番犬ケルベロス』ですです?」
「あら~♪あたしの事知ってるんだ~♪」

 結晶の大盾の向こう側……明るい茶髪の女が、フレンドリーに話し掛けてくる。

「『地獄番犬ケルベロス』……まさか、最上級召喚獣の……?!」
「あは~♪そうだよ~♪」
「いきなり攻撃してくるなんて……なんのつもりですぅ?返答によっては―――本気で怒りますよぉ?」
「怖い『吸血鬼ヴァンパイア』だね~♪まあ、特に深い理由はないよ~♪久しぶりに『吸血鬼ヴァンパイア』を見かけたから、ちょっとちょっかいを出そっかな~って―――」

 楽しそうに笑う『地獄番犬ケルベロス』……と、その姿が消えた。

「―――おゥこらてめェ、俺に手ェ出すたァいい度胸してんじゃねェかゴラァ」

 女が地面にめり込んだ。
 いや、違う。
 一瞬の出来事過ぎて眼で追えなかったが……キョーガが女の頭を地面に叩き付け、その上から足で踏みつけたのだ。
 突然の攻撃に、『地獄番犬ケルベロス』は反応する事もできず……いきなり頭を襲った衝撃に、気絶してしまった。

「えっ……キョーガ、ですです?」
「おゥ俺だァ……ったくよォ、まさか不意打ち食らうたァなァ……俺も衰えたかァ?」

 グリグリと頭を踏みながら、おどけたように肩をすくめる。
 ―――化物。
 アルマの頭に、その言葉が浮かんだ。
 『吸血鬼ボク』も『地獄番犬ケルベロス』も眼で追えないスピード……いや、それだけじゃない。
 キョーガが『地獄番犬ケルベロス』に攻撃するには、ボクの出した大盾を『飛び越える』か、大盾をグルリと『迂回うかいする』しかない。
 それでも、眼で追えないなんて……キョーガは、何者?

「……リリアナァ、こいつァどうするんだァ?」
「えっ、え?えっと…………さすがにこの姿の女の人を、ここに放置して行くのはちょっと……」

 キョーガに踏まれる『地獄番犬ケルベロス』……その姿は、少々過激だ。
 露出の多い服……いや、服というより下着だ。
 下着同然の黒い布に、巨乳。長く明るい茶髪。
 そういう系の雑誌のだと言われれば、なんの疑いもなく納得してしまうだろう。

「……連れて行けないですぅ……?」
「なかなかあめェんだなァ、アルマァ?」
「いえ……この娘も『死霊族アンデッド』ですから……放置して行ったら、スゴくスゴい事をされそうですぅ……」
「んだよスゴくスゴい事ってェ……」

 ため息を吐き、踏みつける『地獄番犬ケルベロス』を冷たく目下ろす。
 ―――アルマの言う通りだ。
 『地獄番犬ケルベロス』は『死霊族アンデッド』、こんな所に放置して行けば、痛い目に遭うだろう。
 しかも、見た目がこれだ。いやらしい事に使われる事、間違いなしだ。
 さすがに、そんな事は……キョーガも気が引ける。

「……リリアナァ」

 キョーガがリリアナに視線を送る。
 アルマの時と同じ視線―――すなわち、『お前の判断に従う』だ。

「……いきなり攻撃してきたのはダメですけど……放置はできません。連れて帰って話を聞きましょう」
「わかったァ」
「はい、です」

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