異世界転移者はお尋ね者

ひとつめ帽子

街の騒乱

 小一時間ほど街中を駆け回ったが、アーシェやシェリーの姿は確認出来なかった。
闇雲に走り回っても埒があかない、と判断し、情報を集める事にする。
ただ、それも適当な人に声をかけても時間の無駄だと判断し、駆け回っている途中で偶然見つけた冒険者ギルドへと俺は足を運ぶ。



 木の扉を開いて中に入ると、広い部屋に出て、そかにはいくつも机と椅子が設置してあり、あちらこにらで人々がガヤガヤと話をしていた。
そして俺の方を見た人は皆目を見開いてジッと見つめてくる。
もうこの街に来てこの視線にも慣れてきた。
ガヤガヤとした喧騒は少しだけ静かになる。

 俺は真っ直ぐに受付けの女性の所へ向かう。
俺が目の前に来ると、女性はぎこちない笑顔で俺に挨拶する。

「お、おはようございます。
冒険者ギルドは初めての方ですよね。冒険者登録を希望ですか?」

 ぎこちない対応を見る限り、新人の受付嬢といったところだろうか?
それでも構わない。
今は時間が何より惜しい。

「はい。冒険者の登録をしに来ました。
ただ、連れがこの街で拉致されてしまいまして。
大事な仲間であり、この冒険者ギルドで共に登録をする予定だったので、彼等が何処に連れていかれたかを知りたいんです。
何か、知っていませんか?」


 俺は高ぶる感情を押し殺し、可能な限り冷静にそう話す。
それを聞いた受付嬢は口に手をやり、それはお気の毒に…、と一言漏らす。

「…この街で人攫いをするのは、恐らくディラン盗賊団やリーカス狩猟団でしょうか。
もしくは…噂では領主の関係者かもしれませんが…。
申し訳ありませんが、攫われた方が何処に連れて行かれるかはわかりかねます」

 受付嬢はそう言って眉間に皺を寄せる。

「どんな情報でも構わない。
今言った連中が行きそうな場所でも良いんだ」

 俺は真剣な眼差しで受付嬢を見る。

「…リーカス狩猟団とディラン盗賊団はよくジーノの酒場に顔を出すと聞いてます。
けれど、あそこはならず者の巣窟ですから、あまり近寄らない方がよらしいかと…」

 受付嬢は気弱そうにそう言ったが、確かな情報を聞けて俺はずいっと前のめりになる。

「場所を教えてくれないか?」

「い、行かれるんですか!?
危険ですよ…。
衛兵の方々に任せた方が…」

 そんな事をしていたら日が暮れるどころの話じゃないだろう。
俺の勝手な勘だが、ここの衛兵は当てにできなさそうだ。

「危険は承知です。
場所を…」

 そう俺が詰め寄っていると、俺の肩を誰かが掴む。

「おい、坊主。
リーカス狩猟団に用があるのか?
なんなら俺が話しを聞いてやるよ」

 そう言ってきたのはガッシリとした体格の大男だった。
上半身は破れかけているジャケットを羽織るだけで、ズボンはダボダボな上に至る所が破れている。
見窄らしい見た目ではあるが、身体中の傷痕が歴戦の猛者である事を物語っていた。
大男はニヤけた面構えで俺を見てくる。
そんな男を俺は睨み返し、手を払う。

「あんた、そのリーカス狩猟団って連中の一味か?」

 俺はギロリと睨んだまま大男に問いかける。

「あぁ、リーカス狩猟団のジグルってのは俺の事だ。
名前くらい聞いたこともあるだろ?」

 いや、知らねぇ。
誰だよ。

「悪いけど、そんな名前は知らないな」

 そう言うと大男は舌打ちする。

「田舎モンかよ。
それで?リーカス狩猟団に何の用だ?」

 俺を恫喝するように低い声で睨みつけて言い放つジグル。
いつの間にか数人の男が俺を囲んでいる。

「あ、あの…ここでの騒ぎは止めてもらっていいですか…?」

 受付嬢が震えながらそう言った。

「ここで暴れるつもりはないし、迷惑もかけないよ。
今後世話になるつもりだから」

 俺は受付嬢を見て優しくそう言った。
そしてジグルの方を向いて、顔を険しくさせる。

「そんな訳で、あんたら、場所を変えて話さないか?
ここで立ち話しもなんだろ?」

 俺はそう言って出入り口を親指で差す。
ジグルはフンッ、と鼻を鳴らして出入り口へと向かう。
その後をゾロゾロと四人の男たちが付いて行き、俺もその後を追う。
周りのテーブルからはヒソヒソと声がして、哀れみの眼差しを向けてくる。
同情するんなら助けて欲しいもんだ。
まぁ…頼み込むほど助けて欲しいとも思っちゃいないが。




 俺が外に出ると、ジグルは細い路地へと向かった。
人気はない。
そこに俺が付いていくと、急に一人の男が俺に殴りかかって来た。
いきなりの出来事に驚いたが、その拳を躱して顔面を殴り返す。
真後ろにいた男も掴みかかって来るが、俺はすぐにその場に屈んで足払いで相手の足を絡めとり、地面に倒れ込ませる。
残りの二人も身構えるが、それをジグルが止める。

「小僧。意外に良い動きをしやがる」

 そう言って俺の前に立つ。

「話しをするんじゃないのか?」

 俺はそう言ってジグルを睨むが、ジグルはどこ吹く風といった様子だ。

「話しは聞いてやるさ。
ただ、その生意気な態度を改めさせて、腕の一本か二本へし折ってからな」

 そう言って俺に素早い蹴りを放ってきた。
それを軽々避けて、反撃の回し蹴りがジグルの頭を狙う。しかし、それは手で止められてしまう。
そのまま足を掴まれたが、もう片方の足で身体を捩りながら今度こそジグルの顔面を蹴りつけた。

 足が離されると大きく跳躍をして俺は地面に足をつける。
二人の男はその光景に目を見開き、当のジグルは額に青筋を浮かべている。

「叩きのめしてから話しを聞きたいってのは、俺も同じだよ」

 そう言って俺は弓を構える。

「舐めやがって!」

 いかにも三下的な言葉を吐いて、俺に摑みかかるジグル。
俺は二本の風の矢を引き絞り、ジグルの後ろにいる男達二人の足を射抜く。
激痛に叫び声を上げる男達を尻目にジグルは俺に襲いかかってくるが、伸びて来る腕を俺は尽く躱す。
苛立つジグルは腰に差してあったカトラスを抜いて振りかぶる。
俺はバックステップでその一振りを避けて、風の矢を放ち、ジグルの右足を地面に張り付ける。
「あぐぅっ!」とジグルが痛みにうめき声を上げる。

 落としたカトラスを俺は拾い、その首筋に当てる。

「人攫いについての情報を聞かせろ」

 俺は冷たい眼差しでジグルを見つめて、そう言い放つ。
ジグルは痛みに足を抑えながら、クックックと笑う。

「こんな所で暴れていたら、衛兵達が飛んで来るぞ。
現場を見た奴からすれば俺達が被害者で、お前は犯罪者って訳だ」

「何言ってやがる。
先に手を出したのはてめぇらだろうが。
正当防衛ってヤツだよ」

 俺はカトラスを強く首に当てる。

「ッハ!そんな話しが通じると思ってんのか?
俺を殺せば余計にお前の立場は悪くなるぞ。
やれるもんなら、やってみな」

 自らカトラスの刃に首を押し当て、血が流れ出す。

 開き直ってるな、コイツ。
俺はカトラスの峰で首筋を強打し、ジグルの意識を刈り取る。
ドサッとジグルは地面に倒れ込み、残った残党が後ずさる。
俺はそいつらに弓を構えて矢を向ける。

「お前らはどうする?
痛い思いをしてでもアジトを守るか、スッキリ吐き出して楽になるか。
好きな方を選ばせてやるよ。
衛兵が来る前に終わらせたいから、手短にな」

 残されたゴロツキ共に俺は威圧をもってそう言った。
皆俺よりも明らかに年上だし、強面の連中だが、俺の気迫に皆怯えきった目をしている。

 その後、二、三度矢を腕や足に突き刺して情報を聞き取る。
これぐらいで口を割ってくれるなんてぬるい奴等だ。
俺のされた拷問など、矢が刺さるどころの騒ぎではなかったのだから。





 俺はリーカス狩猟団という連中のアジトを聞き出した。
その連中は狩猟団と名乗りだけはあり、人攫いより魔物の捕獲や討伐がメインらしい。
けれど、エルフのように大きな金が動く場合は人攫いもする、という話だ。
冒険者として迷宮に潜るのも、迷宮の魔物を狩り、魔物の素材や落としたアイテムを売りさばいているらしい。
よって、腕はそこそこ立つ。
だが、割と上の地位であるらしいジグルって奴がこの程度ならば、この狩猟団とかいう連中の実力は大したことはないかもしれない。
 あの人攫いの手際の良さを考えればコイツらがアーシェとシェリーを攫ったとは思えないが、ひょっとすると、という事もある。
俺は聞き出したアジトへと足早に向かった。

 着いたアジトは酒場だった。
看板には“ジーノの酒場”とある。
受付嬢が言ってたのはここか。
リーカス狩猟団のアジトでもあったんだな。
確かディラン盗賊団の連中もここにいるんじゃないか?
それなら一石二鳥じゃないか。

 俺は酒場の扉を開けて中に入る。
すると、強面の男達が一斉に俺を見てくる。
日本でこんな事があったら多分縮み上がっていた事だろう。

「今日エルフを攫った連中に心当たりがある奴はいるか?
いなくても、お前ら全員ぶちのめすが」

 俺は弓を握りしめてそう言い放つ。
しばしの沈黙。
そして、一番俺に近かった碧眼の男が俺に近付いてくる。

「随分デカイ口を叩くガキだな。
ここが何処だかわかってんのか?」

 その男が俺の頭を掴んでニヤケ面でそう言うと、周りの連中がゲラゲラと笑いだす。
その男の胸にトンッと俺は手の平を置く。

「“ヴェントス・モール”」

 俺が短く詠唱すると置いた手の平から爆発的な突風が吹き出し、男が吹き飛ばされて後ろのあったテーブルごとひっくり返る。
 それを見た瞬間、酒場の男達が全員立ち上がりそれぞれ得物を手にする。

「大人しく話してくれるとか思ってねぇよ。
そして雑談しに来た訳でもない。
一人一人相手にしてる程暇じゃないからまとめてかかって来いよ。
二、三人は話せるくらいに手加減してやるからよ」

 俺は弓を構えて、手近にいる奴らから射抜いていく。
4人減って残り26人。

 奥にいるバーテンダーが小斧を振り上げたので、その腕を壁に矢で張り付ける。
次いで俺に向かって走ってきた3人を暴風を纏った矢を放ち、まとめて壁に叩きつけると、3人共床に崩れ落ちた。
残り21人。

 左右から短剣と直剣を振り上げて迫ってくるのが2人づつ。
貫通力を高めた矢を左右に二発放ち、腹部に風穴をあける。
腹を抑えて4人が倒れる。
残り17人。

 今度は5人がまとめて正面から襲いかかってきた。
俺は一度外に出て、真上に太い一本の矢を放つ。
酒場から飛び出してきた連中の頭上から幾本もの小さな矢が降り注ぎ、地面に倒れていく。
残り12人。

 外から中を見ると、こちらの攻撃が弓矢だけだとようやく理解した奴等が盾を構えたり、テーブルに隠れたりしている。
テーブルに隠れてる連中には飛燕を5発放ち、テーブルごと切り裂く。
倒れたのは4人。
俺がもう一度中に入ると、盾を構えてた2人が突っ込んできた。
 暴風を纏った矢を放ち、盾ごと吹き飛ばして木の壁に身体をめり込ませる。
残り6人。

 流石に短時間で20人を超えて倒されると連中の動きが止まる。
隠れても、立ち向かってもやられてしまう。
そう悟った3人は奥へと逃げ出したので、その背中に矢を放つ。
背中に矢が突き刺さり、3人は転がるように倒れ込んだ。

 最後に残った3人は得物を手放し、両手を上げている。

「こ…降参だ。
頼む、命だけは勘弁してくれ…」

 手を上げている3人のうちの1人がそう言うと、他の2人も必死に首を縦に振る。
そんな連中に俺は弓矢を構えたまま、質問する。

「ようやく会話が出来そうになったな。
それじゃもう一度聞くぞ。
ついさっき、エルフを攫った奴らを知ってるか?
そういう事を耳にしたってのでも構わないが」

 俺は睨みつけながら問いかける。
残された3人はそれぞれ顔を合わせて、首を横に振る。

「エルフを捕まえたってのはかなりデカい話だ。
リーカス狩猟団でそんな事がありゃその話題で持ちきりになる。
それが上がってこない、って事はそういう事だ」

 1人の男がそう言うと、もう1人も強く頷く。
そして残されたもう1人も口を開く。

「ディラン盗賊団にもそんな話題はねぇよ。
エルフはつい最近うちの馬鹿が里の近くで取り逃がしてから扱いには十分気をつけろ、ってボスから指示が出てるくらいだ。
もしも仲間が捕まえたならすぐに耳に入る」

 …こいつらの話が本当なら、リーカス狩猟団も、ディラン盗賊団もアーシェとシェリーの拉致には関与していない、か。
だが、それはそれとして…。

 俺はリーカス狩猟団の2人の足を射抜く。
射抜かれた2人は悶絶し、残った1人にも俺は弓矢を向ける。
矢を向けられた男は青ざめる。

「俺は人攫いの連中をぶっ潰すつもりでここに来たんだ。
ディラン盗賊団ってのも人攫いやってんだろ?
アジトを教えろ。
後で片付けにいくからよ」

 俺はそう言って残った1人の頬に矢を掠らせると、そいつは泣き喚きペラペラとディラン盗賊団の情報を吐き出し始めた。
一通り聞いて満足した俺はその顔面を殴りつけて床に叩き伏せる。

 とりあえず、リーカス狩猟団はこれで少しは弱体化するだろう。
でも重症の者はいるだろうが、殺してはいないはず。
治癒魔法で完治させられちまうかな。
それはそれとして、ディラン盗賊団は後で相手するとしよう。
奴等の話を鵜呑みにするかは微妙な所だが、無駄な時間は使いたくない。
残っているのは領主の関係者って言ってたか?
しかし、それについての情報はリーカス狩猟団からもディラン盗賊団からも、出てこなかった。

 俺は保管のペンダントからマナポーションを1つ取り出して、それを一気に飲み干す。
すると、身体のマナが少しづつ回復していくを感じた。
自然に回復しないってのは不便なもんだよ。

 アーシェとシェリーを攫った連中は領主の関係者なのだろうか。
領主って事は、この街の長って事だよな。
もしもそうなら、街ぐるみで人攫いをしているのか?
そうなれば、敵はこの街全体になる。

「こりゃ迷宮攻略どころじゃなくなっちまうぞ…」

 俺はそう小さく溢して、また街を駆け抜ける。
とりあえず、その領主とやらに話しを聞いてみようか。


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