異世界転移者はお尋ね者

ひとつめ帽子

迷いの森

 俺達は一時間づつに見張りを交代して朝を迎えた。
転移者としての身体のお陰で少しの休息だけでも十分身体は元気になっている。
それはシェリーもアーシェも同じようだ。
まったくもって頑丈な身体になったものである。

 グリフォンに乗り、また空を駆ける事数時間。
途中でグリフォンを休めながら進むと、巨大な木々が並び立つ森が見えてきた。
その木の幹の長さはビルのような高さだ。
そして地面からは湯気が出ているかのように濃い霧が溢れかえっている。
あれだけ高い幹を包み込むかのように霧が広がっている。

「あれが迷いの森。
エルフ以外は立ち入る事すら無謀と言われてる。
エルフにとっては聖域であり、その他の者にとっては魔の領域」

 アーシェはそう言いながら一層険しい顔になる。
ゆっくりとグリフォンは下降し、地面に降り立つ。
俺達はグリフォンから降りると、アーシェがグリフォンを優しく撫でる。

「ここまで連れてきてくれてありがとう。
気をつけて帰るのよ。
キリエスによろしく伝えてね」

 グリフォンは目を閉じてアーシェに擦り寄り、それから飛び立つ。
賢い動物だなぁ。
ん?動物なのか?魔物なのか?
わからんな…。

 そして俺達は霧が溢れ出ているその領域へと歩き出す。
森に一足入れば目の前は真っ白で見えなくなる。
これはヤバイな…。
俺は生体感知があるから二人の位置がわかるが、二人の姿は近くにいるのに姿は殆ど見えない。

「こりゃ想像以上だな。
二人とも、俺の姿がわかるか?」

「私は魔力感知があります。
見えなくても二人の魔力を感知してますので、遠くに離れなければ見失いません」

「二人とも感知持ってるのね…。
私は正直すぐにでも見失いそう。
離れたら声をかけてもらえると助かるわ」

 アーシェは煩わしげにそう言う。

「そうだな。
お互い声にかけ続けてた方がいいかもしれない。
これじゃ目は頼りにならない」

 自然と進む速さは遅くなる。
すると、シェリーが声を上げる。

「正面に多数の魔力を感じます。
二人とも気をつけてっ!」

 なに!?
俺の生体感知は何も感じないっ。
そう思っていると、正面から獣が飛び出しきた。
俺は瞬時に殴りつけ地面に叩き落とす。
コイツは…ダークハウンド?
いや、でもダークハウンドは生体感知で捕捉できたはず…。

「数が多いです!
アキト様、感じませんか!?」

「生体感知には引っかからないっ。
どれくらいいるんだ!?」

 俺は蒼劔を召喚し身構える。

「数は…わ、わかりません…。
五十は超えてます!数え切れませんっ!」

 シェリーの声が焦りの色を滲ませる。

「ダークハウンドくらいならば奇襲されようと問題ないわ。
落ち着いて対処しましょう」

 アーシェは冷静に声を出す。
聖騎士様はこのくらいでは狼狽えないらしい。
そんのアーシェを見ると光る剣が見えた。

「一斉に来ますっ!」

 シェリーの声が響くと四方八方からダークハウンドが襲いかかってくる。
しかし、最初に出会った頃と今とでは俺も戦闘の経験が違う。
迫るダークハウンドを1匹も取りこぼさず斬り伏せる。
それはアーシェも同じだろう。
光り輝く剣が振るわれ続けている。
シェリーはと言えば、どうやらあの水の鞭を使ってるようだ。
唯一魔力感知によって遠くのダークハウンドも捕捉しているシェリーは一纏めに薙ぎ払っているようだった。

 今俺の目の前を鞭が通り抜けていった。
こっわ…。

「まだきますっ!
今度は魔力が大きいです!」


 すると、紫の光が霧の奥にボンヤリ見えた。
その方向にシェリーが水弾を飛ばす。

「あれはコカトリスの魔方陣です。
魔法が放たれる前に阻止して下さいっ。
まだ数は…増え続けてきます!」

 おいおい、本当にどうなってんだこの森は!
俺はカラドリウスを召喚し、すぐに魔弾を込める。
また紫の光が四つボンヤリと光る。
その方向に速射するとすぐに光は消えた。

 次の瞬間、上空から風切り音がした。
未来視によって迫り来る大きな棍棒を見る。
俺はそれを躱すと地響きを立てて棍棒が地面にめり込んだ。
おいおい、なんだこりゃ。
巨人でもいるのか?
霧で棍棒と太い腕しか見えなかったが、それだけでかなりの巨大さを感じた。

「あの大きさは…トロルね」

 アーシェがそう呟く。
今度はトロルかよっ。
また紫の光がいくつも見える。
俺とシェリーでその光を四散させる。

 メーティス、あいつらは何だ!?
魔物じゃないのか!?

 俺は叡眼を開眼させ、メーティスに呼び掛ける。

『あれはマスターと同じ召喚魔法と思われます。
所謂召喚獣というものです』

 魔法!?
だから生体感知がきかないのか。
だとしたら、魔法を使ってる奴がいるって事だな?
どこから魔法を使ってるのかわかるか?

『いえ、それを確認する術は私にはありません。
視認出来れば別ですが、この霧では…』

 やはりこの視界じゃメーティスもどうにもできないのか。

「シェリーっ、こいつらは召喚獣らしい!
誰かが召喚魔法を使ってるはずだっ。
場所を特定できるかっ?」

 俺はカラドリウスを放ちながら声を張り上げる。

「申し訳ないのですがっ。
どうやらこの霧そのものも魔力を帯びていて魔力の動きを特定しにくいのですっ。
魔法を使っている者を限定して感知するのは難しいかとっ」

 シェリーも魔法を放ちながら答える。
くそ…。
いや、待て…。
もしも魔法を放つ奴がいるなら、それは生物のはず。
ならば、そいつだけは俺が捕捉できるはずだ。
でも、周りには何も感知されない。
距離が離れてるのか?

「少し生体感知に集中したいっ!
敵は任せられるか!?」

 俺は声を上げて二人に問いかける。

「問題ないわっ!
トロルの相手をしてくるから、あとで声を上げてね!
戻れなくなるから!」

 そう言ってアーシェが駆け出す。
大丈夫だ、アーシェの位置はしっかり感知出来ている。

「一分ほど時間を作りますっ。
あまり長くは持ちませんので、手早くお願いします、アキト様っ!」

 そう言ってシェリーも答える。
一分あれば十分だ。
少し集中して生体感知の範囲を広げるぞ。

 俺は目を閉じて意識を集中させる。
もっと遠くに…もっと…もっと…。
半径1kmを超え、2kmも超える。
しかし生体感知には俺達は以外に何も引っかからない。
どういう事だ!?
そんな遠距離から召喚なんてできるのか?
3kmに達した時に限界がきた。
これ以上は生体感知は広げられない。
だが、それだけ遠くにも生物は存在しない。


 …異常だ。
この森そのものが異常という他にない。
まだ森に入って時間にして十分そこら。
それなのにこれだけの召喚獣に囲まれている。
ならば、エルフはどうやってその里に辿り着ける?
何か方法があるのだ。
恐らく、俺達の探し方は間違っている。
しかしこの状況、もはや後戻りすら出来ない。
 遠くで大きな斬撃音が響いた。
アーシェがトロルとやらを倒したか?
俺はそれを機に声を上げる。

「二人共っ!広範囲まで生体感知を伸ばしたが生物は確認できないっ!
このままじゃジリ貧だ!一度体制を立て直す!」

 俺の声に反応してか、アーシェがすぐ隣へと舞い降りる。

「アキト。そうは言うけれど、この数を放置する事も出来ないわ。
戻ろうにも霧のせいで方向がわからなくなってる」

 そしてシェリーもすぐ隣へとやってくる。
瞳の色は灰色になって、あたり一面からドスンドスンッ!と衝撃音が響き渡る。
恐ろしい…。

「…召喚獣ですか…。
倒しても手応えを感じないのはそのせいなのですね。
しかし、その力は本物の魔物と遜色ありません。
どうしますか?」

 どうする…。
このまま終わりの見えない戦いをしても、らちが明かない。
この状況そのものをぶっ壊せる何か…。

………ぶっ壊す…?

「…なぁ、例えば…この森全体が、何らかの魔法や結界みたいなものに覆われていて、自動的に魔獣が召喚されるようなものって…作り出せるか?」

 俺の質問にアーシェとシェリーは顔を見合わせて考える。

「…可能性だけで言えば、有り得ます。
しかし、それには膨大な魔力とマナが必要です。
しかもその魔法を持続させ続けるなど…」

「…いいえ、方法はあるわ。
例えば、森全体に巨大な魔方陣を描けば…魔力もマナも必要ない。
自動的に術式が行使される仕組みの出来上がりよ。
そんな複雑な魔方陣を描き切る事自体は非現実的だけれど…」

 そうアーシェは答えた。

「魔方陣か。
それって、この地面に何か書いてあるって事だよな?
それを乱したり、壊したりしたら?」

 俺は期待を込めて聞いてみる。

「魔方陣の効果は消えるわ」

 アーシャは俺の言いたい事を察する。
シェリーもまた頷いた。
確定ではないが、試してみる価値はある。

「シェリー。アーシェ。
もう一分頼む。
俺が空から特大の砲撃を放つ。
合図したら飛んでくれ」

 そう言って俺は一度、知覚速度を最大まで引き上げる。
二人は頷くとそれぞれに飛び出した。

 話しは聞いてたな、メーティス。

『勿論です、マスター。
私も魔方陣の可能性が最も高いと考えます。
あとは、それを破壊する武器ですね』

 爆弾…だな。
スレイプニルが貫通力の高い一点突破の武器なら、今度は広範囲の爆撃兵器だ。

『銃は何とかイメージが湧きますが、爆弾とはまた難しいのでは?
手榴弾でも作りますか?』

 だったらロケットランチャーってのはどうだ?

『…ロケット…ですか。わかりました。
構造と威力調節はこちらでやります。形のイメージだけは明確にお願いしますね』

 頼りになるよ、メーティス。

 意識を引き戻し、イメージする。
そして両手に魔力を込めて、詠唱する。

「幻具召喚‟ウガルルム”!」

 そこに召喚されたのは筒状の物体。
しかし、それには握りがあり、引き金もある。
1m程の長さのそれは先端は深紅、そこから後方に向けて瑠璃色へとグラデーションのように変化し、波打っている色合いだった。
それはまるで炎が赤から青へと様変わるよう。
そして上部には白銀の獅子の顔の刻印が輝いている。

 ウガルルムを構え、俺は声を上げる。

「二人共、思いっきり空に飛んでくれ!
派手なのをぶちかます!」

 俺はそう言って両足に力を入れ、一気に跳躍する。
生体感知で二人の様子を見れば、どちらも一気に上昇している。
50mは飛び上がり、俺は霧で見えなくなった地面へと砲口を向ける。
魔力を流し、榴弾を作り上げる。

「正直、どんだけの威力かわかんねぇ!
一応何かしらで防護しておいてくれ!」

 そう二人に声をかけ、俺は引き金に指をかける。

「いくぞっ!」

 声を張り上げ、引き金を引く。
ウガルルムが咆哮を上げ、一直線に榴弾が地面へと向かう。
すぐにウガルルムを放し、次いで詠唱する。

「‟ダイテイト・アイギス”ッ!!」

 漆黒の大盾を構える。
その瞬間、真下から爆音が響き、辺り一面の霧が吹き飛んだ。
俺自身も吹き飛ばされそうになる。
猛烈な衝撃を引き起こした榴弾は、地面に巨大なクレーターを作る…はずだった。

 しかし、吹き飛んだ霧の中心に、ハッキリと人影が見えた。
そして、生体感知にもようやく俺達以外の存在が感知される。
ようやくお出ましか。

 その人影は片手を上げて、巨大なシールドを作っているようだった。
榴弾はそのシールドに阻まれ、地面にはその爆発を巻き込む事は出来なかった。
しかし周りの巨大な木の幹は大きく抉られ、幾本かは地響きを立てながら倒れていく。

 俺達は地面に降り立つと、晴れた霧の中でその人物と向かい合う。
その人は…とても綺麗な顔立ちをしていた。
銀髪の長い髪は透き通るようで、目鼻立ちはとても整っている。
口元は優しそうだが、目も垂れて困ったような顔をしている。
男性…なのか、女性なのか、わからない。
中性的な顔立ちだ。
その人はローブを身に纏い、掲げた手を下ろすと口を開いた。


「長年かけて築いた魔方陣をこのように壊されてはたまらない。
しかし、随分と力を持った者達が訪れたものだ。
…勇者に…英雄…そして魔将も…。
一体君達は何者なのかな?
そして、一体何をしに此処に訪れたのだろう?」

 優しい口調で、諭すように聞いてくる。

「…あなたは、誰でしょうか?」

 アーシェは尋ねる。
すると、その人は答えた。

「先に質問したのは僕なのだけれど…。
でも、自己紹介は必要かもしれないね。
僕の名前はルシア。
エルフの里を守る守護者とも呼ばれているし、昔は賢者なんて呼び方もされたよ」

 ルシアはそう言って、俺達に微笑みかける。

「それで、君達は、一体何なのかな?」

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