異世界転移者はお尋ね者

ひとつめ帽子

瓦礫の街

 俺達は朝食を終え、支度を済ませて外に出るとグリフォンが俺達を待っていた。

「え…グリフォンがいるんだけど」

 俺が指差して不思議そうな顔をする。

「ええ、キリエスが譲ってくれたの」

 アーシェが答える。

 ぬ、あのイケメンのか。
でも、あいつは俺達を捕まえるのに躍起になってなかったか?
どういう経緯で譲る事になったんだ。

 しかし、空を飛んで移動できるのはかなり早く移動できそうだな。
俺達はグリフォンに跨り、アーシェが手綱を握るとグリフォンは飛び立つ。
宿屋の村娘が元気よく手を振って「いってらっしゃーい」と俺達に声を上げていた。

 加速するグリフォン。
その速度は凄まじいが、風はやはりそこまで感じない。

「この速度で空を飛んでるのに空気抵抗とか全然感じませんけど?」

 と、俺はアーシェに尋ねる。

「グリフォンには風避けの結界石を付けてあるからね。
嵐の中でも飛ぶ事が出来るわ」

 すげぇな。ファンタジーの世界は何でもありだった。

 そしてわずか半日ほどで、エールダイトの…街の残骸が見え始めた。
あの燃え盛る炎は綺麗に無くなっており、変わりに瓦礫の山が築き上げられていた。



 俺達はその地に足をつける。
もはやどこに何の建物があったのかすらわからない。
どこを見ても瓦礫と、焼け焦げた残骸ばかり。
当然人の姿はどこにも無く、死体すら存在しなかった。

 アーシェはそんな街の中をゆっくり歩く。
唇を噛み締め、その目は潤んでいた。
シェリーも話ではエールダイトの街が崩壊した事は耳にしていたが、その惨状を実際に目にすると言葉もない。
ここに街があったとは…思えない…。
俺は瓦礫を一掴みすると、それはボロボロと崩れてしまった。
崩れた瓦礫は砂に変わり、風に舞っていく。
辺りは砂埃で包まれていた。


 俺達は崩壊した街を歩く。
けれど、何が見つかるわけでもない。
景色は変わらず、砂埃だけが舞い散っている。
しばらく歩くと、ある場所でアーシェは立ち止まる。
そして周りを見回してポツリと呟く。

「…多分…この辺りが…私の住んでた屋敷だと思う…」

 そう言って膝をついて地面に手を置くアーシェ。
そこは他の場所と変わらず瓦礫と残骸しかない場所だった。
アーシェは地面の砂を握りしめる。

「…ごめんね…みんな…。
私に…もっと力があれば…。
あの時の私が…もっと…」

 そこでアーシェは涙を零す。
俺はそんなアーシェの背中を抱きしめ、無言で頭を撫でた。
シェリーは何も言わず、目を閉じていた。
しばらく…俺達は何も口にはせず、街の人達への黙祷を捧げた。



 日は沈み始め、夕日に俺達は照らされ始める。
アーシェは腰の剣を引き抜き、地面に強く突き刺す。

「みんな…さようなら…。
私は一人残されてしまった。
だから、皆の分まで、一生懸命生きる事を、ここに誓う」

 剣を握りしめ、アーシェはそう呟いて、その場を離れる。

「ごめんね、二人とも。
私の為に寄り道してもらっちゃって」

「…もう、いいのか?」

 俺はアーシェに聞く。

「うん…大丈夫、ではないけれど…。
私は、皆の分まで生きる。
残された私にはそれしかしてあげられない。
そして、ここにエールダイトっていう街があった事を、忘れずにいる事が弔いだと思う」


 俺は夕日に照らされる街の残骸を見る。
あの日も、こんな夕日に照らされていた。
しかし、その街はもうここには無い。
この世界に初めて着いて、駆け抜けた街は、全て瓦礫に変わってしまった。
けれど、アーシェの記憶するその街並みも、俺の記憶に確かにある。
あの丘から見たあの景色は…本当に綺麗だった事も…覚えている。

 俺達は歩き出す。
もう、振り返る事はしなかった。
残された剣は夕日に照らされ、キラリと煌めいていた。




 俺達はエールダイトを少し離れた森の中で焚火をして、そこで野宿する事にする。
村を出る前に村娘からパンを3つもらっており、それを俺達は食べる。

「ちなみに、こっから迷いの森まではどのくらいなんだ?」

 俺は聞いてみる。

「グリフォンなら半日もあれば迷いの森には着くでしょう。
問題は、そこからエルフの里を探す事でしょうね」

 シェリーがそう答える。

「空からグリフォンで探してもいいんじゃないか?」

 そう俺は一案出すが、アーシェが首を振る。

「迷いの森は深い霧で包まれているの。
だから、上空から探すのは難しいわ。
それに、あの森はコカトリスの縄張りでもあるの。
霧の中から襲われるとなると、私達は大丈夫でもこの子が無事でないかもしれない」

 そう言ってグリフォンを撫でる。

「コカトリス…俺のファンタジー知識にも一応その名前はあるけど、どんな奴なんだ?」

「巨大な鶏の身体に、尻尾が大蛇の姿をしているわ。
猛毒の霧を吐いて、石化の魔法も扱う危険な魔物ね。
毒と石化には気を付けないといけないわ」

「でも、炎龍ほどじゃないだろ?」

 どうにかなるんじゃないか?と俺は言うが、アーシェの顔は優れない。

「コカトリスの他に、あの森では様々な魔物を目撃されているわ。
エルフの里を襲撃しに行った荒くれ者が何十人と集まって空と地上から森へと向かったらしいわ。
けれど、帰ってきたのはたったの二人。
その二人も一人は猛毒に侵され、もう一人は石化が侵食していて、どちらも命を落としたとか。
それだけ危険な場所でもあるの。
だから、この子は森に入る前に帰してあげたいわ」

 マジか。
って事は、俺達はエルフの里を見つけれなかったら足を失った状態で森に取り残されると。
それに受け入れてもらえなくても、その後の行き先を失う。

「迷いの森にいる魔物程度ならば私達なら遅れはとらないでしょう。
とは言え、迷いの森の霧はとても深いので、絶対に逸れないようにしなくては」

 シェリーも険しい顔でそう言う。

「なんにせよ、アキト。あなただけが頼りよ。
エルフの里を少しでも早く見つけて、そこに辿り着く事。
エルフ達に受け容れてもらえるかは二の次ね」

 一気にプレッシャーを感じ始める。
思ったより重責だな、俺…。

「転移者がいる、と言われてる街はエルフの里以外にはクリステリアくらいなもの。
そのクリステリアは大司教が捕らえて従えていただけだし、他の街にはそういう事を耳にしないわ。
なんにせよ、エルフの里に賭けるしかない。
私達も頑張るから、アキトの力を貸してね」

 頷く俺。
やるっきゃないんだよな。
今更引き下がる訳にもいかない。
前に進むしかないのだから。
ダメならダメで、その時に考えよう。

 そう前向きに思えるのは、こうして共に歩いてくれる人がいるからだろう。
もしも、俺がこの世界にたった一人でどうにかしなくては、といえ状況なら、こんな風に前向きになんて思えなかったはず。
それだけアーシェやシェリーの存在が大きいのだ。


「明日は少し大変な一日になるはず。
交代で見張りをしながら眠りましょう。
私がまず見張りをしておくわ。
二人は少しでも休んでおいて。
アキト、もしも異変を感じたらすぐに声をかけてね」

 そう言ってアーシェは立ち上がり、跳躍すると木の上に登る。
少しでも視野の広い場所で見張る為だろう。

「…アーシェのやつ、大丈夫かな。
街の事についてはあれきり触れたりはしないけれど」

 俺は頬に手を当てて、アーシェを眺めてそう言った。


「胸の内は複雑でしょうね。
整理しきれないものも、抑えきれない感情もあるでしょう。
だから、少しでも何かをしていたいのかもしれませんね」

 シェリーもアーシェを眺めてそう答える。

「…そうだよな…。
言わないだけで、色々考えてんだよな…」

 それをわかってあげたい、と俺は素直にそう思う。
あいつの抱えてるものは、一人で抱え込ませたくはない。

「だから、私達は暗くなっていてはいけません。
しっかりと身体を休めて、アリシア様も身体を休ませなければ」

 シェリーは強い眼差しで俺を見る。
そうだな、と俺は答えて、目を閉じる。

 恋人にはなったけれど、まだ実感がわかない。
俺は、アーシェにとって特別でありたい。
あいつが悲しい時、悲しいと言える人に。
苦しい時に苦しいと言える存在に。
そんな、頼れる人になりたい。
心からアーシェが安らげる場所を、作ってやりたい。

 その為に、今やるべき事を精一杯やろう。
俺はそう思い、しばしの休息を得る。



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