異世界転移者はお尋ね者

ひとつめ帽子

再会

 放たれた銃弾は水の鷲を消し飛ばし、真っ直ぐ首輪の宝石にぶち当たる。
その瞬間、迸る魔力の光。
首輪は魔力の欠片を散らせながら消えていく。
深紅の宝石も砕け散り、血飛沫を散らすように欠片が舞っていく。
シェリーはゆっくり手を首にあてると、長年自分を縛り続けた呪われた首輪は、そこに無かった。

「あ…あぁ…ぁ…」

 誓約から解放されたのを感じる。
ずっと、ずっと…恐怖と痛みから逃げる為に交わした誓約に縛られていた。
それしか道がないのだ、と幼い自分が諦めて歩き出したその道が、ようやく終えた。

「う…ぁ…あ…」

 零れるのは嗚咽。
視界も涙で歪む。
この人は…本当に…。
私を…。

 思わず手で顔を覆う。
涙が止まらない。
そして嗚咽を零す。

 本当に、助けてくれた。
救い出してくれた。
長い、長い闇の中から、私を…。

「ば、ばかなっ!破壊したのなら、お前も死ぬはずだっ!!なぜだ…なぜ生きて…!?」

 大司教は「ありえないっ!」と首を振りながら後ずさる。

 アキトはゆっくり、大司教へと近付いていく。
大司教は「ヒィィイ!」と声を上げてその場に尻もちをつく。
その額に銃口をつける。
撃鉄をガチリと下ろし、鋭く大司教を睨む。

「さて、その狂った脳みそ、散らす準備はいいか?」

 俺はそう言って引き金に指をかける。
大司教は「だ、誰か助けろ!!こいつらを止めろぉ!!」と叫ぶが、誰も動けない。
それは今の今まで、人外の戦闘を見せつけられたばかりだからだ。
誰もが思う。
こんな化け物に抗う事など出来ない、と。

「た、頼む…助けてくれ…」

 顔を涙と鼻水でグシャグシャにしながら大司教は命乞いをする。
俺は…。

「お前なんて、死んだ方が世の中の為だ。
だがな…」

 銃口を思いっきり押し付け、その顔に俺も近付く。

「俺は優しいからな…。
殺さないでやるよ」

 そう言って、銃口を股間に向けて撃ちぬいた。
中庭に響く絶叫。
俺はのたうつ大司教に背を向けて告げる。

「もしも、次に転移者を傷つけてみろ。
今度は俺が、俺達が味わった痛みを、地獄を、お前に味合わせてやる。
この世に生まれた事を後悔するほどにな」

 そう言って歩き出す。
アーシェはと言えば、倒れているキリエスに剣を差し向けている所だった。
あっちも終わったみたいだな。

「…とどめを刺さないのか…アーシェ…」

 弱々しく、キリエスはアーシェに尋ねる。

「えぇ、そんな事しない。
私を騙した事は許せないけど、あなたの事、嫌いではないから」

 そう言って、剣を仕舞う。
その言葉にキリエスは「っは…」と鼻で笑い、項垂れる。

「君らしいな。
まさか、あの時の模擬戦とは立場が逆になったようだ」

「過去に縋りつく人は嫌いよ、キリエス」

 そう言ってアーシェはキリエスに背を向ける。
キリエスは「…そうだな…」と言って苦笑いをする。

「アキト、片が付いたみたいね」

 そう言ってアーシェが近付いてくる。
俺もまた、アーシェに近付く。

「なんとかな。
それで…えっと…メイドっ娘…そういや名前なんて言うんだ?」

 未だ、泣き崩れているメイド少女に俺は声をかける。
すると、シェリーはゆっくりと俺に顔を上げ、口を開く。

「シェリー…シェリー・メイ、と申します。
本当に助けていただいて…何と感謝を申し上げればいいか…」

 そう言って立ち上がり、俺を真っ直ぐ見る。
光のないあの瞳は、散々泣いて潤んでいるが、光を取り戻している。

「ありがとうございます。サエキ・アキト様」

 シェリーはそう言って深々と頭を下げる。

「別にいいって。
なんつうか、ついでみたいなもんだ」

「ついで…ですか。
私にとっては、そのついで、はとうの昔に諦めた希望でした」

 俺は頬をポリポリしながら、我ながら偉そうな口を叩いたもんだ、と思う。

「と、とりあえず、どうするか」

 周りを見れば、衛兵や聖騎士達が集まっているが、聖騎士最強のキリエスが倒れ、転移者であるシェリーも解放され、全員が震えあがっている。

「…とりあえず、こっから俺は出させてもらうぞ。
まだやる、って奴はいるか?
いるなら一応、相手にはなるが」

 そう言ってカラドリウスをチラつかせる。
その場の全員がビクリッと飛び上がり、後ずさる。

「いないな。それじゃ…俺はもうこの街はうんざりだ。
とっとと出るよ。
アーシェとシェリーはどうするんだ?」

 二人を見て俺は尋ねる。

「私はアキトと一緒に行く。
もう聖騎士には戻れないし、ここまでの事をしたら流石に反逆者として追われる身になるからね。
あなたと同じお尋ね者って事」

 そう言ってアーシェは微笑む。

「私も、よろしければご一緒してもよろしいでしょうか?
この命を救っていただいた御恩は、必ずお返しします。アキト様」

 そう言って俺を真っ直ぐ見つめるシェリー。
お、おう…。
そこまで別に恩に着せるつもりないのだが。

「わかった。そんじゃ行くか」

 そんな俺達を、よろめきながら立ち上がったキリエスが声をかける。

「…君たちは、今後ずっと追われるぞ。
私達聖騎士はもちろん、聖教会全体で君達を追い詰める。
いつか、また、君達を捕える」

 キリエスはそう宣言する。
俺はゆっくり振り返り、答える。

「そん時は、俺は改めてお前をぶっ飛ばしてやるよ。
それまでお預けだ。
今すぐやってもいいが、今回はアーシェに譲ってやったからな。
追いたきゃ追ってこい。
今度はぶちのめす」

 そう言って俺は再度背を向け歩き出す。
堂々と門を通り、その街から出ようとした時だった。



 尋常じゃない魔力を感じた。
しかも、これは覚えがある。
これは…コイツは…!!

「やばい…アイツがくる…」

 俺は真顔で呟く。
脇の二人は不思議そうな顔で俺を見る。
「アキト?」「アキト様?」と声をかけてくるが、俺はその気配の方向に目を走らせる。

 そしてすぐに駆け出し、跳躍し、この街で一番でかい時計台の天辺に上る。
慌てて追って来た二人も俺と同じ場所にたどり着くと、それを見て目を見開く。
アーシェは…身体を震わせていた。
シェリーはギリッと歯ぎしりする。

 まだ遠く…しかし、ものすごい速度でこちらに向かってくるその影は、次第にハッキリと姿を現す。
真っ赤な鱗に、巨大な翼。
口からは炎を吐き出しながら、長い尻尾をくねらせ、真っ直ぐにこの街へと向かってくるその存在。
かつて、エールダイトを一撃で葬った、あの猛威。
あの脅威。

「炎龍…」

 アーシェは震える声で呟いた。


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