異世界転移者はお尋ね者

ひとつめ帽子

終わらない闇

 どれだけの時間が経っただろうか。
時計もない上に窓もないこの地下では、時間の感覚も無い。
あの魔甲虫とやらの手枷が外されて大分経ったからか、魔力が回復してきたようだ。
それに伴って自然治癒の力も戻ってくる。
精神耐性の力も戻り、意識もハッキリしてくる。
ボロボロの身体も精神も、スキルによって元に戻されてくる。
しかし、激痛の記憶、そして恐怖の記憶だけは深く刻み込まれた。

 やはり、ここに来るべきではなかったのだろうか。
俺は椅子にもたれ掛かり、遅すぎる後悔をする。
けれど、まさかこんな目に合わされるとは思ってもみなかった。
多少の殴る蹴るくらいは覚悟していたが…いや、それすら無いに越したことはないのだが、それでも取り調べにあたっての暴力は覚悟していた。
しかし、ここまで度を越した拷問が待っているとは…。
傷が癒える力がある俺の身体ですら、こうなのだ。
普通の人間では耐えられないだろう。

 縄に力を入れて引きちぎろうとするが、ビクともしない。
やはり、特殊な縄なのだろう。

メーティス、聞こえるか?

 少し待つが、反応は無い。
やはりマナを使う能力は制限されているようだ。
ならば召喚魔法もまた使えない。

 どうする?どうやってここを出る?
あたりを見回しても何があるわけでもない。
天井と壁と床、そして椅子。
俺は立ち上がり、思いっきり出入口の扉を蹴り飛ばそうするが、扉に足が触れる瞬間に跳ね返された。
予想通りと言えば予想通り。
ここにも何かしらの細工がされているようだ。
そんな簡単に脱出は無理、か。
ならば…。



 俺は神経を集中する。
そして近づいてくる気配を感じた。
ようやく来たか。
待ちかねた。

 扉のすぐ脇に行き、壁にピッタリと身を寄せる。
「ガチャッ」と扉が開いた瞬間、俺は入って来た人を押しのけ、そのまま脱出を図る。
押しのけられたのは衛兵。
その後ろにいる衛兵も驚いて俺を取り押さえようとするが、それを回避する。
こんな鈍間に捕まるか。
 その後ろには…あのメイド少女。
俺はその脇をすり抜ける。
 こいつは何もしないのか?
後ろを振り向くと、メイド少女が一言呟く。

「無駄な事は止めてください。手間も取らせないで下さい」

 なんの感情も込めず、冷たい声でそう言った。
そして次の瞬間、俺は地面に叩きつけられる。
「アッガァッ!」と思わず呻き声を上げる。
 なんだ?今、なにが起きた?
身体が鉛のように重い!?立ち上がる事も出来ない!
手も触れていない。何も唱えていない。
でも身体が急に重くなって、地面に"押し付けられた”。
 コツコツ、とメイド少女が近づいてくる。
俺の首根っこを掴むと、体格差など関係なしに俺を持ち上げ、牢獄に放り込んだ。
ゴロゴロと俺は床を転がり、壁に激突する。

「随分乱暴だな…。
こっちは昨晩ひでぇ拷問を受けて疲労困憊だってのによ」

「逃げる元気はあるようですが」

 メイド少女はそう言い放つ。
改めて、メイド少女を見る。
栗色の髪はショートヘアにしており、顔つきは小さく幼さが見える。
身体つきも大分小柄で随分細い。
可愛らしい顔なのに、まるで人形のように無表情だった。
そして、瞳には光が見えない。

 なんとなく、コイツがどういう存在なのか、わかった気がした。
そして俺は衛兵二人に囲まれ、殴り、蹴られる。
ひとしきり俺を痛めつけるのをメイドは見終えると、そっと地面にパンと水を置いた。

「死なれては困る、との事です。
食べて下さい」

 俺はそのパンと水を見る。
次いで、メイド少女を見る。

「…お前も、こんな目に合ったのか?」

 メイド少女の言葉を無視して、質問を投げかける。
しかしメイド少女は答えない。

「食えと言っている!」と衛兵がパンを俺の口に押し入れようとするのをメイドが止める。

「私が面倒を任されています。
一人で十分です」

 そう衛兵二人に言う。
衛兵二人は顔を見合わせ、舌打ちをすると牢獄から出ていった。
そして俺とメイド少女だけが残された。

 しばらくの静寂。
どちらも、何も口を開かない。
お互いの存在を確認するように見合う。

「…転移者だろ、お前」

 俺はもう一度質問を投げかける。
しかしメイド少女は答えない。
そっとパンを拾う。

「…あなたには、もう選択の余地などない」

 静かに、そう話し始める。

「ここで飼い慣らされる。
自分を殺し、心を殺し、感情を消して、人の不幸にも目を瞑り、それが日常になる。
抵抗する事に、何の意味があるのです?」

 質問を返された。

「お前はそう思ったのか。
だから、あんなクソ野郎に従ってるのか?
俺はそんなのは御免だ」

 そう言い返す。
メイド少女はパンを俺の口の前に運ぶ。

「…苦しみが続くだけ。悲しみを増やすだけ。辛さを重ねるだけ。
いずれわかります」

 俺の前にパン突き出しながら、少女は言う。
何の感情もこもらない声で。
俺はそのパンを受け取る。

 すると、少女は立ち上がり、扉へと向かう。

「なぁ…お前はそれで良いのか?」

 もう一度、質問を投げかけるが、少女は何も言わず部屋を出て行ってしまった。
俺は残されたパンをかじる。
味はしない。
食事など、どうでも良かった。
ただ、あの感情を失った人形のような少女が、俺の事を気にかけていたように見えたのが、気になった。
お前は…それで良いのか…?



 また扉が開く。
またメイド少女が入ってきて、次いで大司教が入ってくる。

「さて、一晩が経った。
今朝は逃げ出そうとしたらしいな。
報告を受けたぞ。
逃げる事など出来ないのだが、しかし一晩でそこまで体力を戻したのはやはり驚く外にない」

 そう言って楽しそうに笑う大司教。

「お前はその娘にも俺と同じような事をしたのかクソ野郎」

 俺は大司教を睨みつけながらそう言い放つ。

「うん?あぁ、シェリーの事か。
こやつも転移者と気付いたのだな。
お前と同じような、か。
そうとも言えるし、違うとも言える。
だが、同じような境遇であったのは事実だな。
そして彼女は私の下に付く事を選んだ。
正しい判断と言える。
君もいずれ、その選択をするだろう。
いや、むしろもう気持ちは決まったか?」

 そう言って俺を見てくる。

「決まってるだろ。
お前に従うなんて事は死んでもゴメンだ。
とっととここをオサラバして、いつかここに戻ってきてお前をぶっ飛ばす」

「ッは、随分と威勢が戻って来たな。
もう一度手枷をはめるか?」

 そう言ってジャラリと手枷を大司教は掲げる。
俺は無意識に身体がビクリッと反応する。

「恐怖は植え付けれたようだ。
一歩前進だな。
では、今日の取り組みといこうか」

 取り組みだと?このクソ野郎、今度は何を…。

 すると大司教は扉から出ていく。
メイドはその場に残り、目を閉じている。
そして、大司教と入れ替わりにぞろぞろと男女合わせて7人もこの牢獄に入って来た。
なんだ?この人達は?

 性別も、年齢もバラバラ、そして手に持っている物もバラバラ。
けれど同じものが一つ。
その目に宿る憎悪という感情だ。
それぞれの手にはナイフ、槍、鎌、鉈、と様々だ。
部屋の外から大司教の声が響いた。

「楽しむがいい、異世界の転移者よ」

 その声を皮切りに、一人の男が俺の背中にナイフを突き立てた。

「なぜ…なぜこんな悪魔がまだいるんだ…。
お前が…お前らがいなければ、俺達の村は…」

 次に俺の腹部に槍が突き刺さる。
刺してきたきたのは若い女性だ。

「あの子を返して…。
どうして、どうして殺したの!お前等悪魔はどれほどの命を奪えばっ!」

 次々と投げかけられる罵詈雑言。
その言葉一つ一つはまるで呪詛のよう。
俺はこの人達を知らない。
けれど、彼等は俺じゃない転移者を知っている。
きっと、大切なモノを沢山奪われたのだろう。
俺と同じ転移者に。
そして、どこにもぶつけられなかったその感情を俺にぶつけてけてくる。
容赦なく、躊躇なく。
しかし、傷をつけた端からその傷が癒えていく。
それが余計に腹立たしいとばかりに俺の全身は切り刻まれる。
その刃物よりも鋭く刺さる言葉を俺にぶつけながら。
何度も…何度も…。



あぁ、俺は…こんなにもこの世界に拒絶されていたのか?
どうして、俺をこの世界に呼んだ?
どうして、俺を選んだ?
どうして…俺を…。



終わりのない闇はまだ続く。

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