異世界転移者はお尋ね者

ひとつめ帽子

深い闇

「さて、まず単刀直入に聞こう」

 大司教は俺に近づいて言う。

「我々に従うつもりはあるか?」

 そう聞いてきた。

「どういう意味なのかわからないな。
あんたの部下で働けって事か?」

 俺の物言いが癇に障ったのか、衛兵がこちらに近付いて来ようとするが大司教が止める。

「言い方を変えよう。
我々に従い、異世界転移者狩りの手伝いをするつもりはあるか?」

 異世界転移者狩り…こいつはそう言ったか?


「そりゃなんだ?俺のような転移者と親睦を深めるって訳じゃなさそうだが」

 大司教はそんな俺の言葉を無視して続ける。

「つまりだ。我々は君達転移者を1つの兵器と考えている。兵器が野放しになっていたり、他の国が所有するとなると脅威であろう?
だから我々で囲い込むという事だ。そして我々以外の転移者は滅ぼす。
その手伝いをしろ、と言っているのだよ」

 なるほど、内容は理解した。
だが、要請から命令に変わってないか?

「正直、俺は他の転移者とやり合いたくはないね。同じ境遇の人間を好き好んで倒したくはないだろ」

 大司教はそれを聞くと溜息をついた。

「確かに私は最初に君に尋ねたが、君に選択肢などないのだよ。
我々に協力するか、苦しんで死ぬか、それしかないんだ」

 そう言ってニヤリと笑う。
あぁ、コイツは悪人だ。
間違いないと俺は思う。

「拒否権はないってか。悪いんだが、あんたみたいな悪人面の野郎に従うなんて御免だね」

 そう俺が言い捨てると衛兵が俺の顔面を殴りつけてきた。
今度は大司教は止めなかった。

「ハッ、口でダメなら暴力で従わせるのか?
聖教会ってのは随分と下衆な集団みたいだ」

 俺はペッと血を吐き捨てる。
口の中が切れたようだ。すぐ治るだろうが。


「ふむ。頑丈な君達に生半可な拷問など無意味だと我々は理解しているよ」

 そう言って大司教は衛兵を一人外に出した。
拷問って言ったな。
やっぱりここはそういう部屋かよ。
聖都ってのは思ってた以上に最悪な場所らしい。
そして出て行った衛兵が戻ってくる。
手には一際大きな手枷を持っていた。

「縄じゃやっぱり不安か?」

 俺がそれを見て聞く。
大司教はその質問に下衆な笑みを浮かべて応える。

「これが只の手枷だと思うか?こらは拷問具だよ。飛びっきりのな」

 大司教はそう言って、衛兵が縄をズラして俺に手枷を付ける。
次の瞬間、腕に激痛が走った。

「ぎゃあアアァァッ!!!」

 俺は余りの激痛に叫び声を上げる。
コイツは…こいつはっ!?
俺の腕の中を何かが食らいついている!?

「覿面だなぁ。この手枷の内側には魔甲虫という虫を仕込んである。こいつは魔力を食らう。肉と一緒にな。魔力を奪われるとスキルも発動しなくなり、耐性すらも無効化する。痛みに対する耐性があっても、精神の耐性があっても、こいつに食わせればただの人間に成り下がるんだよ」


 大司教が何か言っているが俺の叫びで良く聞き取れない。
痛い痛い痛いイタイイタイイタイッ!!!
腕が、肩が、身体がもげそうだっ。
激痛が全身を駆け巡る。
あまりの痛みで意識を失い掛けるがまた激痛で引き戻される。

「抜いてやれ」

 大司教が言うと手枷が外される。
痛みはまだ引かない。
俺の身体は痙攣して視界は明滅している。
あれはヤバイ。
今まで焼かれたり切り刻まれたり骨も粉砕されたり目も失ったが、この痛みに勝るものなどない。

「もう一度聞くぞ。
我々に、協力するか?」

 大司教はゆっくりと聞いてくる。
俺は…おれは…。

 大きく息を吸って、唾を大司教に飛ばした。
大司教の法衣に俺の唾がかかる。
顔面を狙ったんだがな。

「…そうか。なら、楽しむがいい。
やれ」

 やめろ…。
それを付けるな。
近付け…。

「アガアアァァォッ!!」


 また俺の声が部屋中に響く。
そして大司教と衛兵達は去っていった。
最後に去っていくメイド服の少女は俺に哀れな眼差しを向けて去っていった。
激痛は続く。
いつまでも…いつまでも…。




 叫びすぎて声が出ない。
もはや痛みの感覚などわからないはずなのに、未だに激痛が走っている気がする。
小便を垂れ流し、白目を向いて口からは泡を吹いていた。

 俺の腕から手枷が外された。
もはやそれに反応することもできない。

「さて、もう夜になってしまったぞ。
随分と汚らわしい姿になったな。
しかし息がある事が驚きだ。
普通の人間ならものの数分で絶命するのだぞ」

 いつの間に戻ってきたのか、誰かが俺に話しかけてくる。

「それにしてもこれで3つ目だ。
アキトと言ったな。
お前は一体どれ程の魔力を有している?
私は魔甲虫が満腹になるのを見た事がないぞ」

 誰かはさも面白げに笑う。

「お前に興味が湧いてきた。
お前は面白い。
どれほどの力があるのかを確かめるとしよう。
しかし、この部屋は余りに汚くなってしまったな。
貴様もだが。
おい、洗い流してやれ」

 その言葉に女の声で「はい、ご主人様」と誰かが答え、

「“エクタス・アクア”」

 何かが唱えられる。
そして冷水が俺に降り注ぐ。
顔面から被ったので口の中にも水が大量に入り、窒息するかと思った。

「ガハッゲホッ!ハァ…ハァ…」

 意識が戻る。
だんだんとハッキリと。
目の前にはメイド服を着た少女。
その後ろに大司教、そしてキリエスもいた。

 大司教の手には丸い水晶玉があった。

「さて、見てみるとしよう。
“ステータス鑑定”」

 大司教が唱える。
そして大司教がその水晶玉を覗き込む。

「これは…!?
は、はは!ハハハッ!!
大当たりだっ!コイツは素晴らしいっ!」

 大司教はキリエスにもその水晶玉を渡し、見てみろ、と言う。
それを見たキリエスも目を見開く。

「なるほど、3匹も魔甲虫が腹が膨れる訳だ。この化け物め。
しかし、これは手放し難いな。
危うく殺すところだったが殺すには惜しすぎる」

 大司教はニヤニヤと下衆な笑みを浮かべて言う。

「私は反対です。
この化け物はあまりに力を持ちすぎている。
魔将と魔王の卵も持ち合わせています。
ここで討つべきでしょう」

 キリエスがそう言って腰の剣に手をかける。

「まぁ待て待て。
そう結論を急ぐでない。
むしろ逆であろう?
コヤツを引き入れれば、もはやどのような転移者が現れようとどうとでもなる」

「それはコイツが服従した場合です。
心を折らねば魔術契約は効きませんよ?」

 キリエスは反発する。

「だから急ぐな、と言っているであろう。
時間ならいくらでもある。
最早コイツはここから出ることは出来ん。
ならばじっくりと心を折れば良い。
なぁ、そうであろう?シェリー?」

 大司教がメイド少女に囁く。
メイド少女は光を失った瞳で「はい」と小さく答える。

「さぁ、もう一度聞こう。
サエキ・アキトよ。
我らに協力しろ。
そろそろ限界であろう?」

 俺は答えられない。
答える気力も無い。
だが、次第に意識がハッキリしてくる。
自然治癒とマナ回復が同時に行われてるからか。

「誰が…お前らになんか…」

 そう掠れた声で告げる。
こんなクソみたい奴等に従うなどゴメンだ。
またあの虫が俺を食らうんだろう。
また終わりのない激痛が襲うんだろう。
怖い。
嫌だ。
でも、コイツらに従うのはもっと嫌だ。
俺の意思を、気持ちを踏みにじって、思い通りにさせられるなど、絶対に嫌だ。

 キリエスが前に出て剣を抜く。
それを大司教が手で制する。

「なかなか…骨のあるヤツだ。
だが、まだ初日。
明日はまた違った趣向でいこうか。
明日、また会うとしよう」

 そう言って大司教は去っていく。
その後をキリエスも出ていく。
最後に出ていくメイドの少女は光の無い瞳をしていたが、俺の事をジッと見つめてから部屋を出ていく。



聖都の闇はまだ深く、光が見えることは無かった。


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