異世界転移者はお尋ね者

ひとつめ帽子

約束の硬貨

  夕ご飯はパンと野菜スープ、そしてキノコとお肉のソテーと蒸かした芋だった。
この肉は何?と村娘に尋ねると野ウサギのお肉だと言う。
う、ウサギ…あの可愛らしい生き物を食べることになるなんて。
でも美味しかった。
ありがとう、ウサギさん。

「ご馳走さまでした」

「ごちそーさまでした」

  俺に続けてアーシェが言う。
ちゃんと、手を合わせてるのも忘れていない。
村娘はそんな俺たちの儀式を不思議そうに見ていた。

「自分で言っておいてなんだが、別に無理して合わせなくても良いんだぞ?
こっちにはそういう文化がないようだし」

  一応、俺はそう伝えておく。

「無理してる訳じゃないわ。
むしろ、アキトの話しに納得したからやってるの。
食事に対しての感謝はするべきよね」

  うんうん、と頷きながらアーシェは言う。
まぁ、本人がそう言うならそれで良いか。

  食事を終えると村娘から布と小さい桶を渡される。
「しっかり綺麗にしといて下さいよっ」と、村娘ニヤニヤしながら俺の背を叩く。
この村娘のノリについていけないコミュ障の俺である。

  今回は泉が近くにあるらしく、借りたランプを手に泉までやってきた。
そこで上の服を脱いでゴシゴシと布で身体を洗う。
冷んやりした水が気持ちがいい。
気温はそれほど高くもなく、低くもないのでよそ風も気持ちがいい。
すると、近付いてくる気配を感じる。
これは…。

「アーシェか?」

  姿が見える前に声をかける。

「よくわかったわね」

  アーシェは俺と同じ物を持ってやって来て、目を丸くしている。

「身体を洗いに行くなら一言言ってくれれば良いのに」

  そう言ってアーシェはむくれる。

「いやぁ、だって俺は男だしさ。
一緒に洗いっこって訳にもいかないだろ。
チャチャッと洗って帰ろうかなって思って」

  そう言って布を絞って服を着る。

「邪魔したな。先に帰ってるよ」

  そう言ってランプを手にしようとすると、アーシェが止める。
え?と声に出してアーシェを見る。

「だ、だれか来るかも知れないから、見張っておいてくれる?」

  顔を赤くしながら、目線を逸らしてそう言ってきた。
マジスカ。

「え…そりゃ良いけど、俺が側にいるのも問題じゃないか?」

「むしろ適任よ。
アキトは生体感知があるから近付いて来る人がいたらすぐわかるでしょ。
私にはそういうの無いし…。
だからしっかり見張っておいて。
こ、こっち見ちゃダメだからね!」

  と、最後は怒ってきた。
俺はしぶしぶ近くで見張る事にする。
見張るというか、周囲の気配に気を配りながら、大木の幹に身体を預けて一休みする。
 
  パシャパシャと水面が弾かれる音が聞こえてきた。
ダメだダメだ、なんか聴覚も鋭くなってるから聞いちゃダメな事まで聞こえてしまう。
布地がスルスルと擦れる音もする。
俺は思うんだ。
アーシェって絶対不用心すぎるってな。


「今夜が…最後になるかもしれない」

  不意にアーシェが声をかけて来た。
俺は冷静になる為に目を閉じて素数を数えていたので、急に声をかけられてビックリする。

「な、なにが?」

「クレステリアに着いたら、離れ離れになるじゃない?
だから、一緒にいられるのは、今夜が最後」

  あー、まぁ、そうなるのか。
俺は聖教会に引き渡されて、俺は牢獄にぶち込まれるんだよなぁ。
うーわ、考えるとすごく嫌だ。

「クレステリアに着いたら、アーシェはその後どうするんだ?炎龍の情報とか伝えて、支援とかしてもらうんだっけ?」

「そうね。まずは炎龍が出現した事を伝えて、エールダイトの村に救援を要請するわ。
生き残ってる人がいなかったとしても、あの炎をそのままには出来ないし、亡くなった人達も弔わないと」

  そう、だよな。
多分、今も尚あの街は燃えているんだろう。
瓦礫の山になったあの街だけれど、紛れもなくアーシェにとってはそこが故郷。
炎を無くし、葬いの場としたいのは当然か。

「そうだよな。俺も花くらい、供えておきたいもんだがな」

  とは言え、俺は捕まってるから無理な話かもしれないが。

「そう言ってくれるのは嬉しいわ。
それなら、アキトが出てきたら一緒に行きましょうか」

  アーシェはそう提案してきた。

「嬉しい申し出だけど、俺はそんなに早く釈放されるんかね?」

「大丈夫よ。聖騎士の私が口添えすれば、ある程度は理解してくれるはずよ」

  そんなもんかね。
そうであるならありがたいけれど。

「ただ、葬いに行くのに遅くなったら悪いから、アーシェだけでも行ける時があれば先に行っておけよ。
俺は自分の無害さをしっかりと教会の連中にアピールしておくさ」

  俺はそう言って笑った。

「そうね。でも、早く出てきて欲しいのは本音だから。
出来る限りの事は協力するわ」

  そう言って、ジャバーッと水をかける音がした。
ん?アーシェは水浴びしてんのか。

「ねぇ…アキトがいた世界はどんなところなの?」

  アーシェが尋ねてくる。
どんなところ、か。
うーん、どんなところなんだ?

「とりあえず、この世界より文明は進んでるな。
俺のいた世界じゃ魔法は使えないし、精霊さん達もいらっしゃらないようでさ。
何も出来ない人間は知恵を振り絞って科学を発展させた訳。
だから、こっちでは考えられないような物が溢れてるよ」

「魔法が使えないなんて、不便な世界ね」

「そうでもないさ。
みんな使えないんだから、不便だとも思わなかったし。
それに、科学の進歩によって魔法と見間違えるほどの発明品もあるぞ?」

「例えば?」

「えっと、例えば…。
スマートフォンとかな」

「すまーと…何?」

「スマートフォン。略してスマホだ。
俺もこの世界に着いた時は持ってたけど、壊れちまってさ。
離れた人と会話したり、世界中の人と連絡が取り合えたり、風景を保管したり、音楽聴けたり、何でも出来る便利アイテムだ」

「へぇ。それは凄いわね。
見てみたかったわ」

  まぁ、この世界では使い道は無さそうだがな。

「それに、地下には高速で移動できる乗り物もあったり、空も人を運べる乗り物があるんだ。
終いにゃ空を超えて宇宙にまで行っちまったし」

「ウチュウ?ってなにかしら」

「宇宙ってのは…空の更にその先だ。
この空の向こう側にも、まだ世界は広がってるんだよ。
ほら、星とか見えるだろ?
俺らがいるのも、あの小さな星の1つって訳。ちなみに月にも人類は到達してる。
凄いよなぁ」

  アーシェは驚いたように、そんな事ができるの?と感想をこぼす。

「もといた世界の人間はとっても非力だったから、皆頭使って出来ない事を出来るようにしてきたんだろうな。
今にしてみれば、かなり凄い世界だったのかも」

  あそこに住んでいた時は何もかもが当たり前だったのだが。

「…戻りたい?」

  アーシェが優しく尋ねてくる。
俺はその質問に胸がキュッと痛くなるのを感じ、ハッとする。

  あの世界に戻りたい。
それは、無意識に蓋をした気持ちだった。
この世界に来てすぐに慌ただしい事ばかり起きたから、落ち着いて感傷に浸ることも出来なかった。
  でも、落ち着いて考えればその想いが強くなる。

  帰りたい。
元いたあの場所に。
こんな訳のわからない世界じゃなく、あの場所に。
でも、帰り方がわからない。
そう考えると無性に悲しくなった。
寂しくなった。
俺は…二度と地球に戻る事は出来ないのだろうか?

  ツーっと涙が頬を伝うのを感じた。
あれ、何泣いてんだ俺は。
慌てて目尻をこすって無かったことにする。

「ゴメンね。
辛い事聞いちゃったかな」

  アーシェが謝ってくる。
顔を見た訳ではないが、きっと申し訳なさそうな顔をしてるのだろう。
バカヤロウ。
謝られると、余計悲しくなるだろうが。
また涙が溢れ出す。
くそ、なんで?

  いつの間にかアーシェは服を着て、俺をそっと抱きしめてきた。
優しい匂いがする。
抱きしめられたのがあまりにも優しくて、切なくて。
俺は涙を止められなかった。

  あぁ、そうか。
俺は帰りたかったんだ。
この世界に来て初めて、その気持ちを自覚した。

泣き続ける俺を、アーシェは黙って抱きしめて、背中をさすってくれた。
それがあまりにも暖かくて、優しくて、また泣けてきたのだった。




「悪いな。なんか、滅茶苦茶格好悪かった姿を晒した気がする」

  目尻を赤くして俺はそう言った。
まだ鼻水が止まらずグズグズ言っている。
我ながらダサい…。

「格好悪くなんかない。
私も故郷を失ってしまったから、気持ちは少しだけわかるわ」

  そう優しく微笑んでくれた。

「そんじゃ、帰って今度は泣き虫アーシェの添い寝をしてやるか」

  俺は冗談めかしてそう言って伸びをする。

「な、泣き虫じゃないから!
全く、人がせっかく優しくしてあげたのに!」

   プンスカ怒るアーシェである。
俺はその姿を笑いながら見て嘘だよ、と言う。

「あ、そうだ。アーシェ、これやるよ」

   そう俺はポケットの中に手を突っ込む。
そしてボロボロになってしまった財布を出して、一枚の硬貨を取り出す。
アーシェも近付いてそれを見つめる。
取り出したのは500円玉である。

「…銀貨…ではないわね。凄く精巧な作りの硬貨だわ。
これ、アキトがいた世界のお金?」

「そう。この硬貨は記念硬貨って言って、特別な出来事とかがあった時、記念に残す為の硬貨なんだよ。
普通のお金としても使えるけど、記念品って感じだな」

  俺は500円の記念硬貨をアーシェに渡す。

「これは俺の産まれた年に出来た記念硬貨はなんだ。
父さんと母さんが俺が産まれた年の記念にって用意してくれたらしい。
ようは形見であり御守りみたいなもんだ」

   そう説明するとアーシェは慌てて俺に返そうとする。

「ダ、ダメだよ!そんな大事なものもらえないわ」

「そんじゃ、預かっててくれ。
俺が捕まって出てくるまで、持っていてくれよ。
またその時に返してくれればいいから。
それまで俺だと思って大事に握って、添い寝しなくても寝れるようにするんだぞ」

   ふふん、と俺は笑う。
アーシェは顔を真っ赤にしながら、「ば、馬鹿にしないでよ」と言うが、続けて、

「大事にする。
アキトが出てくるまで、大切に私が持っててあげるわ」

   と言って記念硬貨を握りしめた手を胸に押し当てた。

「よろしく頼むぞ」

「まったく、何でさっきから上から目線なのよっ」

   そう言ってアーシェは俺を小突く。
俺たちは笑いながら夜道を帰る。



   その夜、アーシェが泣くことは無かった。
俺の渡した記念硬貨を宝物のように胸に抱いて、眠ったのだった。
そんなアーシェを見て、俺も安心して眠りにつく。









 これにて第1章が終わりになります。
次は第2章 「聖都の闇」です。
初めての小説投稿にで、1日1話書けるように頑張っております。
ご感想を頂ければ幸いです。

では、第2章でのアキトとアーシェ、更に追加されるキャラクター達をお楽しみに!



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