異世界転移者はお尋ね者

ひとつめ帽子

祝いの朝焼け

 意識が闇に沈んでいく。
血を流しすぎたせいだ。
だが、今確かにアーシェの声がした。
あいつがここに来た。
オーガがまだいる、この場所に。

 ダメだ。
オーガと戦えばアーシェに勝ち目はない。

どうすれば良い?
俺が守るしかない。

 倒れているのに?
立ち上がるしかない。
傷は治せ。
血も止めろ。
守らなきゃいけない。
今、守ってやれるのは俺しかいないんだ。




『英雄の卵が孵化しました。
スキルの潜伏状態が開放されます。
叡眼メーティスを授かりました』

 なんだ…?
声がいきなり聞こえたぞ。
英雄の卵?孵化?
エイガンメーティスって何だ?

『私は叡眼メーティス。
マスターの新たな力であり、個別の意思でもあります。
並列思考を可能にし、状況分析、判断、解析などが行えますを
また、任意でスキル自動発動も可能です』

 まて…待て待て。
何か色々言ってるが、まったくわからん。
エイガンって何だ。

『マスターの新しい眼です。
私と互いに視界を共有し、必要な情報を表示させる事も出来ますし、視覚能力も向上させる事が出来ます」

 新しい眼?
いや、そんな事はどうでも良い。
早く俺は起きなきゃいけないんだ。
新しい眼だってんなら、とっとと目を覚まさせろ!

『現状の把握が優先と判断します。
また、知覚速度を高速から最速に上がっておりますので、この会話をしていても現実世界では1秒にも満ちません』

 え、そうなの?
じゃあとりあえず現状の把握ってのは何だ?

『現在、マスターの身体の怪我の修復率は67%です。
自然治癒を高速から最速に上がっておりますので、マナを消費し完治させますがよろしいですか?』

 よくわからんがそうしてくれ。

『次に敵固体、オーガへの対応です。
身体能力では劣っている為、魔力変換を行い、マナを闘気に変えますがよろしいですか?』

 …そうしてくれ。

『では、最後に、マスターの瞳を叡眼へと進化させます。
よろしいですか?』

 よろしい!早くしろ。

『了解しました。
進化完了まで残り30秒です。
怪我は完治しております。
では、覚醒します。お気をつけて』



 そう言われ、身体が動くようになり、ゆっくり立ち上がる。
まだ目が開かない。
アーシェの気配を感じ取るが、大分弱くなっている。
何か攻撃を食らったのか?
そして、そのアーシェにオーガが近づいているのがわかる。
アーシェは動かない。
逃げる事も、抗うこともしないようだ。
いや、できないのか?

「諦めるなよ」

 俺は鋭く言い放つ。

「アーシェ、まだ諦めるな。
俺はまだ、負けてない」

 そうだ、俺は負けてない。
傷はもう痛くない。
身体も動く。
目はまだ…開かないが、ひどく熱い。
そして視界は暗闇に包まれている訳ではなく、光が沢山動いてるような気がする。
目は開いていないのに不思議なものだ。

 次の瞬間、風切り音がして、大鉈が迫ってくるのを感じる。
でも、遅い。
さっきまでは反応するのがやっとだった一太刀がひどくゆっくりに感じる。
俺はその刃を握り締め、止める。

「おい、鬼。
お前、アーシェに手出しやがったな」

 ギリギリと大鉈に力が入るのが伝わってくるが、俺もそれに応じて力を込める。
大鉈はビクともにしない。

「俺はもう大切な人を失いたく無い。
大切な人を奪おうとする奴も容赦しない」

 そうだ。
もう俺は敵に対して、容赦などしない。

『眼の進化が完了しました。
叡眼が開かれます』

 目を見開く。
さっきまでより世界が随分クリアに見える。
夜なのに、全く視界が悪くない。
そして、木や地面、小さな葉から石に至るまで輪郭が不思議と強調されてるかのような感覚に陥る。
当然、目の前のオーガや持っている大鉈も同じだ。
  なんだろう。
力が物凄く湧き出てくる。
あの驚異的な鬼を前にして、何も驚異を感じない。
負ける気がしない。

「かかってこいよ、鬼。
ぶちのめしてやる!」

 俺はそう言い放ち、大鉈を全力で握り締めた。
「ビシッ!」と刀身にヒビが入るとそのまま粉々に破壊される。

 その状況に驚くオーガは俺との距離を開け、こちらをジッと見てくる。
どうやら先程との違いを肌で感じているようだ。

「オマエハナンダ?サッキトマルデベツジンデハナイカ」

「あ?同一人物だよ。
目が悪いのか?」

 そう言って俺は駆け出す。
それはまさに電光石火。
一瞬で間合いを詰めた俺は拳をオーガの胸に叩き込む。

「ガッハッ!!!」

 オーガが声を上げ、そのまま吹き飛ばされる。
そのまま大木に激突し、その大木はへし折れ押しつぶされる。

 …なんだこりゃ…。
パンチの威力が更に上がってる。
いや、足の速度も、身体能力が軒並み上がってる?

『魔力変換の結果です。
既にマスターの身体能力は先程の5倍になっております』

 おい、倍率上げすぎだろ。
メーティスに突っ込みを入れるが、そんなやり取りをしてる間にオーガが大木を吹き飛ばして立ち上がる。
その瞳は怒りに燃えていた。
オーガが腕を自分の目の前に掲げ、力を込める。
その直後、指先の爪が鋭く伸びる。

「ガアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 雄叫びというにはでか過ぎる声をあげ、向かってくるオーガ。
あいつ、爪まで長くして武器になるのかよ。

『ではこちらも武器を持つ事にしましょう』

 いや、武器なんて無いが。

『召喚魔法、武具召喚が使えます。
呼び出したい武器をイメージして下さい。
術式は私が』

 イメージって…。
お前なんでもありかよ。
俺は迫るオーガを尻目に目を閉じる。
そしてイメージするのは剣。
鋭く、軽く、扱いやすい。
アーシェの持っていたような片手剣くらいが良いか。
あんな感じのを…。

『武器召喚完了。
“蒼劔”を召喚しました』

 俺の手には蒼く光る一本の劔。
その刀身は70cm程の長さで、十字の鍔。
柄は握りやすく、手に馴染む。
襲い掛かる爪を剣戟でもって応じる。

 振るわれた刃は爪を切り裂き、そのまま左腕を跳ね飛ばす。
こちらの剣戟がオーガの速度を上回ったのだ。
左腕片腕を失ったオーガは右手を伸ばし、俺に掴みかかろうとする。
その腕を躱し、間合いを詰めて柄頭をオーガの胸に押し当てる。
更に一歩地面を強く踏み込み力を放つと反動で地面が割れ、放たれた衝撃でオーガの胸骨は粉砕し、血反吐をぶち撒けてその場に崩れ落ちる。



 それはあっという間の出来事であった。
あれほど俺を甚振っていたオーガがまるで子供扱いである。軽くあしらっただけで地に伏せている。
これが…俺の力?転生者の力ってやつか?
 いや、それより、アーシェは?

 俺は倒れているアーシェに駆け寄る。
まだ息はあるし、意識もあるようだ。

「大丈夫か?」

 俺はそっと抱き起こしながら尋ねる。

「私は大丈夫…。
これくらいの怪我なら…自分で治せるわ…」

  苦しそうではあるが、アーシェは微笑む。
 
「アキト、あなた自然治癒を持っていたのね。
死ぬかもしれない怪我すら完治してしまうなんて」

 アーシェはそう言って笑う。しかし、怪我に響いたのかうめき声を上げる。

「とりあえず村まで行こう。肩を貸すよ」

 そう言って腕を肩に回そうとした瞬間、オーガがムクリッと起き上がる。
目は白目を向いて、口から血を流しながら笑っている。
アイツ、あの攻撃を受けてまだ生きてるのか?

「グ…グハハ…ハハ…ハ…」

 不気味な笑い声を上げている。
なんだこいつ?

「アーシェ、もう少し待ってろ。
あいつは止めを刺しておかないとダメみたいだ」

 そう言って蒼劔を握り直す。
アーシェは頷き、強い眼差しを送ってくる。
負けないで、と訴えてるのがわかる。
負けやしない。

「ガアアアァァァァアアッ!!!」

 オーガが一際大きな雄叫びを上げる。

『オーガのスキル“狂える者”が発動しました。
身体能力が飛躍的に上昇しています』

   メーティスから警告がくる。
 オーガは右手を斬られた左腕の切断面に触れ、溢れ出すその血を掴み、血が形を成していく。

『血気魔法、“血刃生成”です。
自身の血を変異させ、武器へと形成させる呪術です』

 右手に握られるのは真っ赤な大太刀。
その刃渡りは実に1m近くある。

「シネエエェエェァアアアアアァッ!!!」

 オーガは白目を向いたまま大太刀を振るう。
あれだけの長さにも関わらずその太刀筋は鋭く、さきほどの大鉈よりも斬撃が速い。
しかしアキトはそれを容易く裁ききる。
大太刀の連撃は尽くアキトの剣に弾かれる。
互いの剣戟は余波を生み出し、周囲の木々や地面が切り裂かれていく。
もはや何人たりとも近づく事は適わなず、周囲は紅と蒼の刃の嵐が吹き荒れる。
   その余波でアキトも傷を負うが、負った端から治っていく。
怪我をする事はもはや問題ではなくなっている。
そしてアキトが力を込めた切り上げを放ち、それを受けた大太刀が弾かれ宙を舞う。
その一瞬の隙に、アキトは強く踏み込み、蒼劔をオーガの心臓に突き刺した。

「終わりだよ。鬼。
お前、結構強かったぞ」

 アキトはそう呟き、魔力を刀身に集める。
 メーティスから流れてくる知識が教えてくれる。
何をするべきかを。
この力の使い方を。
そのトリガーも。

「“ゼノ・バースト”!」

 召喚された剣ごと砕け散り、光の爆発が起きる。
俺も一緒にその爆発に巻き込まれるが、衝撃を感じただけでダメージは無かった。
オーガの方は、身体が消し飛び塵すら残っていない。
周囲にキラキラと輝く魔力の欠片を一つ握り締める。
これで、終わったのだ。
あの化け物と呼ぶに値する魔物を倒しきった。 

 


「アーシェ。終わったぞ」

  俺はアーシェの向き直ってそう伝える。
アーシェはヨロヨロと立ち上がろうとする。
俺は慌ててその身体を支えると、アーシェが俺を真っ直ぐ見る。

「アキトのバカ…。無茶し過ぎ。
あんな大怪我までして、私、アキトが死んじゃうんじゃないかって思って…」

  そう言いながら俺の胸を力無くポカポカ殴る。
ほんとばか、ばかなんだから。そう呟いて。

「悪い。ちっとばかし無理したのは間違いない。
ただ、守りたいものを守る為に、バカなりに全力出した結果だ。
許してくれ」

  俺は困ったように微笑んで、アーシェにそう伝える。
それを見たアーシェは頬を赤らめ、俯く。

「…ずるいよ…」

そうアーシェは俯いたまま呟いた。
俺は頬をポリポリしながら、顔が熱くなる。



   そんな二人を祝うように朝焼けの光が照らし出す。
長い、長い夜が明けた。

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