異世界転移者はお尋ね者

ひとつめ帽子

満身創痍

  呆気なくオーク達を一蹴した俺は一息付いていた。
昼間見た時はこの体格差にビビったが、度重なる戦闘での慣れか戦うことに恐怖は感じなくなってきた。
それは自分の力が前の世界に比べてかなり強くなっている、という裏付けもあるからだが。
とは言え、戦う事に慣れている自分にも不思議と違和感は感じなかった。
この世界にきてから、身体だけではなく精神面の変化もあるのだろうか?

  呑気にそんな事を考え、帰るか、とオークの屍に背を向けた時、まだ気配が複数残ってる事に気がつく。
その中に一際素早く、そして真っ直ぐこちらへ近付いてくる気配を感じた。
  最初はアーシェか?と思ったが、村とは逆方向だし、アーシェは眠っているはず。
だが、その速度はアーシェのそれと遜色ない程である。
では一体なにが?
  その答えは相手の一太刀が出してくる。

  咄嗟に身を躱すと、俺がいた場所に大鉈が振り下ろされ、地面に叩きつけられる。
あまりの衝撃に地面が割れ、周囲の大木が一斉に揺れる。
葉が周囲に舞い落ち、その人影が明らかになる。
斬撃を放ったのは額に二本のツノがある紅い皮膚をした鬼だった。
  獣の腰巻に腕にはボロボロの布地。
上半身は裸で筋肉がはち切れんばかりに盛り上がっている。
  鋭い牙がギザギザと並んだ歯を見せてニヤリと笑い、続けて攻撃を仕掛けてくる。

  身構えてすぐに反応する。
鬼が放つのは横薙ぎの一閃。
屈んで避けて、腰を落とし、カウンターで顎を打ち抜こうとするが、鬼はそのまま一回転して更に薙ぎ払いを放ってくる。
すぐに跳びのき距離を取ろうとするが、鬼はその薙ぎ払いをピタリと止めて、俺が下がった分だけ距離を詰める。
  そのまま振り上げられた大鉈を、宙に浮いている俺は身をよじって躱そうとした。
しかし間に合わず、腰から肩にかけてザックリと肉が切り裂かれた。

「ヅァッ!」

  俺は激痛に声を漏らし、斬撃の衝撃で後ろに吹っ飛ばされる。
大きな木の幹に叩きつけられ、「カハァッ!」と肺から空気が押し出される。

  辛うじて倒れこまず、踏ん張るが鬼は休む間も無く追撃してくる。
大きく跳躍した鬼は大鉈を振りかぶり、そのまま両手で持って兜割りを放つ。
地面を転がって避ける俺だが、あまりの威力に衝撃波起き、俺を襲う。
吹っ飛ばされた俺を鬼が追い、俺の足を掴んで宙を振るう。
そのままの勢いで地面に叩きつけられ、地割れが起きた。
強烈な一撃に、身体のいたる所の骨が砕ける音がした。
  倒れこむ俺に鬼は大鉈を振り下ろす。
力を振り絞り腕を振るって刃にぶち当て、斬撃をズラし、その反動でもって身体を立て直す。
時間にすればほんの少しの攻防だったが、俺は既に身体中傷だらけになっていた。

  これだけボロボロでも立てる自分に感動する。
いや、それよりなんなんだ、この化け物は…。
強いってレベルじゃない。
強過ぎる。そして速すぎる。
アーシェの話じゃ異世界転生者はすこぶる強いって聞いていたから、俺は強いのでは?と思っていたが、勘違いだったようだ。
まさしく、強者とは目の前の存在を指すのだろう。
だが、関心してる場合じゃない。
このままだと…殺される。

  鬼は悠然と大鉈を構え直し、こちらを見てくる。
隙があるように見えて、全く感じない。
どうすればいい?
逃げるか?
いや、逃げるにしても何処に逃げるって話だ。
アーシェがいても、こいつと戦うのは危険過ぎる。
それに、俺が逃げれば村人を危険に晒す事になる。
そんな事は避けなければ。

「キサマノカラダハオカシイナ」

  鬼が喋った?
こいつ喋れるのか。

「ニンゲンナラサンカイハコロシテイルガ、オマエ、モウキズガフサガッテヤガル」

  え、そうなのか?
俺は腰から肩にかけての傷口に触れるともうそこには傷は存在しなかった。
それに、バキバキに砕けた骨も、今では問題ないように感じる。
これは…。

「マァイイガナァ。
ドコマデアガクカタノシミダ」

  鬼はそう言って手の平を前に突き出す。
魔法陣が鬼の足元に浮かび上がった。
次の瞬間、俺の視界が奪われる。
いや、視界が奪われる、というより、両目が切り裂かれて視界を失う。

「ガアアァァッ!」

 無くなった両目を抑える。
なんだ?なにをされた!?

  訳もわからず俺はその場に崩れそうになるが、目前に迫る気配を感じた。
風切り音を頼りに大鉈の一振りを避け、続く連撃も避ける。

「ハッハッハァァッ!イイゾォ、オドレオドレェ!」

  大鉈が絶え間なく振るわれる。
俺はその度に神経を研ぎ澄ませて躱す。
しかし、どうしても反応に遅れが生じ、捌き切れない斬撃が容赦なく身体を引き裂いていく。

「ヨクカワス!
ナラバコレハドウダ!」

 鬼は楽しげな声を上げる。
そして何の前触れもなく身体が切り裂かれていく。
鋭い痛みに耐えながら、これは大鉈の斬撃ではない事を悟る。
恐らく魔法の類。
鎌鼬のようなものだろう。
魔法は大鉈の攻撃と違い、攻撃を感知出来ない。
  その時、風切り音が迫る気配がした。
しかし、鎌鼬に耐えていた俺は回避行動が遅れる。
その一瞬の隙を鬼は見逃さず、俺の首を大鉈が捉える。

  ギリギリで上半身を逸らすが、大鉈が首筋を切り裂いた。
喉まで刃は届き、声も出ない。
口からゴボッと血が吐き出される。
信じられないほど血が首から吹き出して手が濡れていく。

  ヤバイ…意識が…。

  ゆっくりと膝を落とし、身体が倒れていく。
その時、聞き覚えのある声が耳に届いた。

「アキトっ!いやぁああっ!」



アー…シェ…。


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