異世界転移者はお尋ね者

ひとつめ帽子

残された者

 一瞬の出来事だった。
たった一度の攻撃で、街は壊滅した。
ドラゴンはその攻撃だけ放つと、すぐに飛び去っていく。
一体、何だったのか。
街を壊す事が目的だったのか?
それは何故?
ドラゴンってのは、破滅をばら撒く存在なのか?


 そして傍らに力無く倒れこむ美少女騎士の存在に気付く。


「おいっ!生きてるか!おいっ!」


 肩を揺する。
あ、意識がない人の肩を揺するのは良くないって前テレビで見た気がする…。
忘れてたわ。人間咄嗟にそういう判断できないよね。


 そんな事を考えていると、美少女騎士は薄目を開ける。


「生きてたか。
グッタリしてるからてっきり…っ!」


 美少女騎士は俺を突き飛ばし、街を見る。
俺は後ろに倒れこみ、「いってー、女の癖に力強いな、おい」とぼやくが、聞こえていない様子。
俺は振り返り、彼女を見る。
彼女のその姿を、きっと俺は忘れない。


「あ…あぁ…あああぁぁァァァ…ッ!!!」


 嗚咽。そして叫び。
目を見開いて、そこから零れる涙。
彼女はガックリと膝を落とし、目の前の光景に愕然とする。


 俺は…何も言ってやれなかった。
そりゃそうだろ?
自分のいた村や街がミサイルが飛んできて跡形も無く吹き飛びました。
その光景を目にした住人に何を言えば良い?
生き残って良かった?生きてれば何とかなる?泣きたい時は泣けばいい?
アニメとか漫画の台詞が何とも陳腐に聞こえる。
こんな時、かけられる言葉なんて俺には無かった。
ただ、縁も縁も無いこの世界での惨状は、どこか遠い国で起きた出来事をニュースで見ているような気分でもあった。
現実味が無い。
あまりに、非現実的過ぎて。
きっと、俺自身、混乱しているのだろう。


「…助けないと…」


 彼女は呟く。


「…誰か、生き残りが…いるかもしれないっ…」


 そう言って、立ち上がる。


「ちょ、ちょっと待て!」


 俺は彼女の肩を掴んで止める。


「離してっ!何故止めるの!」


「馬鹿野郎!よく見ろ、この惨状を!」


 俺は街を指差す。
それはただ崩壊した街というだけではない。
炎だ。
炎に包まれている。
これだけ離れたこの場所ですら、皮膚がヒリつくような熱さが伝わってくる。


「ここですらこんな熱さを感じるのに、街の中がどれだけ危険な状態かわかるだろ!?」


「だからなんだっ!」


 彼女は俺の腕を振り払う。


「…生きている人がいるかもしれない…っ。
生き残っている私は、助けにいかなければい!
私は聖騎士よ…。
人々を守る守護者である以上、ここで動かない訳にはいかないっ!」


 彼女は叫ぶ。
悲痛な叫びだった。
誰かに生き残っていて欲しい、という、切望だ。
だが…。


「知るか馬鹿!
てめぇが死ぬぞって言ってんだ!」


 怒鳴り返した。
行けば、きっと焼け死ぬ。
そもそも近付けやしない…。
それに、段々炎は広がっている。
どういう訳なのか、燃えるモノが無いのに、炎が広がっているのだ。
近づけばきっと飲み込まれる。


「逃げるしかない。
ここから、少しでも遠くに!」


「逃げたいなら勝手に逃げればいい。
私は…止めない…。
私は街に行く…」


 彼女はそう言って俺を振り切り、街に近づこうと走り出す。


 こいつは馬鹿なのか!?
 自殺志願者なのか!?
冷静に考えればこの状況で近付ける訳がない。


…そうだ…。
冷静でなんていられる訳が無い。
あの街には、きっと友人や、家族がいるのだ…。
助けなければ、と思うのは自然な事。
ただ、生きているかどうかは…別問題だと、俺は思う。
でも、助けたいとそう思う事は人ととして当たり前なんだろう。


 俺は首を振って、彼女の後を追う。


「…何故ついてくる…?逃げるんじゃないのか」


 彼女はこっちを見ずにそう問いかける。


「お前が倒れたら、抱えて逃げる為だよ」


「余計なお世話。
放っておいてくれて構わない。
臆病なあなたは逃げ出したいんでしょ」


 苛立たし気にそう言い放ってくる。


「こんな時に煽ってる場合かよ。
生存者を見つけるんだろうが。
だったら一人より二人で探したほうが手っ取り早い」


 生存者がいれば…だが…。


 彼女はそれを聞いて無言で走る速度を上げる。
俺もそれ以上は何も言わず、その後を追う。


 街に近づくにつれてどんどん熱さが増す。
炎が近くにある訳ではないのに、身体が燃え上がりそうだ。
あまりの熱さに俺達は足を止める。
街が…いや、街だった所が間近に迫ると状況はより絶望的になる。
まだ街の中に入ってすらいないはずなのに、服が燃え始めた。
これ以上の接近は、本当にやばい…。


「…おい、もうわかるだろ…これ以上は…」


「黙ってて。
"光の羽衣"!」


 彼女はそう唱えると、彼女の身体に光が纏っていく。
そして歩き出すが、一歩踏み込んだ瞬間に彼女の身体が燃え上がる。


「ぐ…っ!」


 彼女が呻き声を上げるが、皮膚は焼けていない。
どうやら身体に纏った光が守っているようだが、苦し気な表情からは何も感じない訳でもなさそうだ。
それでも一歩、二歩と前に進んでいく。


 くっそ…俺にはそんな便利な秘術ないんだよっ。


 心の中で悪態をつきながら、一歩踏み出す。
その足が地面に着いた瞬間、足が燃え上がる。


「くっそっ!」
飛び退いて炎を払う。
消えない!?
その場でジタバタ炎を消すのに躍起になっていると、目の前の彼女がバタリッと倒れる。


「…えっ!?おい!どうしたんだよ!」


 声を上げるが返事がない。
どうしたんだ!?


 彼女がどんどん炎に包まれていく。
なんだか纏っている光も弱くなっている感じがした。


 なんで倒れたかはわからないが、このままだとヤバイ。
俺も炎に焼かれながら、彼女に近づく。


「あっづぃいあああああ!」


 雄たけびを上げて、彼女を拾い上げる。
彼女の意識が無い。
とにかくここにいたらダメだ!


 俺はすぐさま引き返し、全力で走る。






 熱いっ!
もう街から大分離れているのに、自分に付いた炎が消えないのだ。
焼かれっぱなしなのに何でか俺の皮膚に火傷の痕が付かない。
熱いは熱いのだが、我慢出来ないほどでもない。
それより、炎が消えないのだ。
それは彼女も同じ。
もう彼女を纏っている光は儚げになっている。
神経を研ぎ澄ますと、森の奥に川の流れる音がした。
 全速力でそこに向かうと、小さな小川が見えた。
彼女を抱きかかえたまま、そこに飛び込む。
ジュワッ!と蒸気が上がり、ようやく炎は沈下する。


 めっちゃ熱かった…。
ホントに死ぬかと思ったわ。
でも、そう思っただけで、実害は大してない。
皮膚が頑丈になっている?
よくわからないが、とにかく無事だった。
幸い、彼女も無事だ。


 ビショ濡れになった彼女を抱きかかえて、太い幹に寄りかからせて座らせる。
俺もその場に大の字になる。


 ひどい目にあった…。
あの街の人達は…きっと生きていないだろう…。
あの炎は多分、普通の火ではない。
何か特別な力を帯びた炎だった。


 彼女は…怒るだろうか…。
俺は天を仰ぎながら考える。
意識が無かったとは言え、引き返させたのだ。
生きている人はいない、というのは俺の判断で、彼女の意思はそこにない。
だが、放っておけば彼女は間違いなく死んでいただろう。
もう彼女を纏った光は無くなっている。
怒られたとしても、彼女を救ったことは間違ってない。
とにかく、命を1つでも助ける事が出来て良かった。


 あの状況で残された者は、俺達二人しかいないのだから。 

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