100回目の勇者人生〜俺の頭の中ではこんなにも《ゆるい転生物語》が繰り広げられている。

しみずん

15話 怖いお嬢ちゃん

「あっ、そうだ。旅に出る前に借り物の本を返しておきたい」

「そうか、借り物はちゃんと返さないとな。で、どんな本を借りたんだ?」

「エロ本だ! ちょっと行ってくる」

 家に向かい走り出す少年の背を見ながら思う、何を堂々と言ってんだこいつは……こっちが恥ずかしくなってきた。まあ、年齢的にも興味をそそられる時期なのかもな。むしろエロ本の一冊も読まんようでは男は成長出来んのかもしれん。

「お待たせ!」

 そうこう言ってると少年がエロ本片手に帰ってきた。俺はエロ本を見てしばし熟考したのち。 

「……俺ももっと成長が必要だな」

 俺はプロの勇者で、まだ若いが結構な大人で、読書が好きで、知識もある方だ、だけどそれで満足しちゃいけないと思う。常に日々精進するべきだと思う、それに人間には知識欲というものがあって知らない事は知りたくて……そう考えれば、そう考えればだよ? 少年の持つあのエロ本も知識欲を満たす為の書物と考えるのは、ごく当たり前の事ではないだろうか? うん、よし。そうと決まればあの本を返却するまでの間だけ、あの本に詰まった膨大な知識を拝見、拝借しようではないか。全く我が事ながら自分の勤勉さには心底感服してしまう。さて、結論が出たなら後は行動あるのみだ、俺も暇じゃあ無いからな自慢の速読を駆使して読ませて貰おうじゃあないか。

「少年よ。その本をちょっと、こちらに寄越したまえ」

「ダメだよ、又貸しになっちゃうから」

 ……むぅ、なんてしっかりした子供だ。確かに絶対ダメだよね、又貸し。

「借りるんじゃないんだ、ちょっと見るだけ。ねっ? お願い!」

 どんだけ必死なんだ俺は……。

「ダーメ!」
  
 貸し借りのルールを徹底的に守る少年は、とても立派に見えて。ルールを破るように諭す俺は……俺は……。

 エロ本を借りる貸さないの話は街を出てなお続き、本の持ち主である木こりの主人が働く、通称《盗賊の森》(街の近くにある森)にまで、その話題だけで来てしまった。

 どれだけエロ本好きなんだ俺……。

 そんな時、突如としてこの必死の攻防を打ち崩すように悲鳴が聞こえてきた。

「キャーッ!」

 俺達は互いの顔を見るや否や、すぐさま悲鳴が聞こえた方へと走り出した。すると少し開けた場所で少女が見事に模範的な山賊数名に取り囲まれていた。

「さあさあ金目の物、全部置いていきな! お嬢ちゃん」

「嫌よ! これは酒場を始める為の大切な資金なんだからっ!」

「そうかそうか仕事の為か、そりゃご苦労なこった。しかし俺達山賊も金品巻き上げるのが仕事なもんでな、まあ今回は諦めてくれや」

「くっ……」

 荷物袋を守るように抱える少女はじりじりと後ずさる。

 典型的なシーンである。ここで俺が飛び出してあの少女を助ければ、あの少女は『ありがとうございます、好きです! もう結婚してください!』と、言い出す例の奴だ。

 俺は今にも飛び出していきそうな少年を『危ないから』と、説得してから頃合いを見計らい茂みの中から一歩踏み出す。

「おい山賊! てめ――」

「てめえらしつこいんだよ! ダメだって言ってんだろ!? 人の話くらいちゃんと聞け! それとも理解が出来ねえのか? 今のご時世に山賊やるくらい頭悪いから、私の話が理解出来ねえのか!? ああ!? 私が女だからってなめてんのかこら!?」

「なっ……」

 少女のあまりの変貌ぶりに言葉を失う山賊と俺の姿がそこに取り残された。少女は自らの頭をガシガシと掻いて舌打ちをしながら不満をぶちまける。

「ったく、どうして男は……ああ、もう腹立つ……殺す、殺そう。いや殺すまでもない、さっさと死ね、自分で死ね。うがああああああああああー!」

 完全に狂気と化した少女を見て凍り付いていた俺の思考が、だんだんと溶け始め、最優先でとるべき行動は救助ではなく《待避》であると判断した。

 踏み出していた右足を慎重に引っ込めて、何事も無かったように茂みの中へ座り込んだ。途中、小枝を踏んで弾けてしまい心臓が止まるかと思った。

「兄貴……あの人……なに?」

 少年が恐怖のあまり震える声で俺に問う。……なぜ突然の《兄貴》呼び。

「あれは……たぶん何か戦闘民族的な女の子じゃないかな……たぶん」

 少女のあまりの剣幕に、もはや地球人ではないかも知れない説が浮上し始めた矢先に。

「痛っ! うわあ! 止めろ!」

 逃げ惑う山賊達の悲鳴が響き渡る。

「てめえらが悪いんだろ!? しつこいから! きもいから! バカだから! 私は……私はなあ! 私はお前等と違って……死にくされー!」

「『違って……』何なんだよっ! 気になるだろ!? 痛っ! 痛いって! 何だこの女、本当やばいぞ。 痛い痛い痛いって!」

 鞭を巧みに操り罵声と共に山賊達を打ちのめす、悪魔のような少女の姿がそこにはあった。
 
「にっ……逃げろー! 痛っ!」

 山賊達は逃げ去り先程までの喧騒は木々の隙間をすり抜け去っていく。土煙も落ち着き、辺りは静けさを取り戻した。ようやく自分達の出番かと虫達は一斉にさざめきだす。

 虫は歌い、樹は奏で、風がそれらを運んでいく。
 
 ここは誰が呼んだか《盗賊の森》慌ただしい喧騒と自然のハーモニーが織り成す魅力的な場所。

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