100回目の勇者人生〜俺の頭の中ではこんなにも《ゆるい転生物語》が繰り広げられている。

しみずん

13話 水の都ベネツィ

「村長大丈夫かな……」

 険しい山道を歩く俺は、遠く離れた村長に思いを馳せる。あれからずっと村長の事ばかり考えてる、何をしていても村長の事ばかり。俺は村長に恋をしてしまったんだろうか? と、本気で心配になる。村長の屈託のない笑顔を見る度に可愛いなあ、とか思っちゃったり。でもこの気持ちは恋じゃない、大切な仲間に対する親睦の心だ。

「…………」

 俺は何を自問自答してるんだ。『この気持ちは恋じゃない!』とか当たり前だ。

 ようするに一人ぼっちの登山が寂しいだけだ、それだけ。

 バカな事を考えている間に険しい山道も残す所あと少し、この爽やかな森林浴も終わりという事だ、フィトンチッドをたっぷり吸収し気分もリフレッシュ出来た。次は村長も連れて来てあげよう等と考えていると視界が開けてきて、俺は駆け足気味に山道を下る。
 
 生い茂る木々の間をすり抜けて俺の目に飛び込んできたものは、雄大に広がる光の大地だった。つい目を細めてしまう程に発光する大地に向かって最後の斜面を一気に駆け降りる。

 足元に広がる光の大地は柔らかい風を受けて小刻みにうねりをあげ、光を乱反射させている。うねりはリズム良く岸にぶつかり水しぶきを宙へと舞い上げる、水しぶきは瞬く間に光の雫となり見る者全てを幻想の世界へ誘う。

 風が俺の髪をとかし、頬から顎先へ雫が伝い、宙へと舞い上がった雫が湖の中へと帰り、心地よい音と共にウォータークラウンを形成し、目で、耳で、肌で、全身で透き通るような癒やしを実感する。

《水の都ベネツィ》広大な湖の中心に位置し湖と共に歴史を刻んできた都。都市内部には大小何本もの水路が至る所に張り巡らせてあり、その流麗な流れが住む人の心を癒やし、和ませ、生活を支えている。

 湖畔をゆっくりと歩き都市の正面へと回り込む。サイズ的には小さいが結構立派な造りの桟橋を渡り都市内部に入っていく。正門をくぐった先にあるのは商業地区で広い通りの両サイドに多種多様な店が立ち並んでいる。大勢の人々の活気に溢れた声や、音や、表情が、俺の前を目まぐるしく行ったり着たりしている。

「さすが大都市ベネツィ、いつ来ても賑やかだな」

 ベネツィ名物の人混みに流され歩いていると酒場の前を通りかかった、そこで1人の大男に話し掛けられる。

「勇者様! お待ちいたしておりました。私はあなたと旅を共にする為、戦士として今日まで――」

「ああ、ごめん! 今回はもう戦士枠埋まっちゃったんだよね!」

 そう言って俺は立ち止まる事も出来ずに人混みに流されていき、大男はといえば右手を掲げたまま固まっていた、まさか断られるとは夢にも思わなかったのだろう。断るのも、断られるのも互いに初めての経験だ。

 因みに戦士枠は勿論《村長》である。

 大男も見えなくなるほど流れた所で今度は宿屋が見えてきた、店先で客引きをする綺麗なお姉さんに目が止まる。

「いらっしゃいませー! ただいま特別サービス実施中でーす!」

 考える必要もなく。

「と、特別サービスお願いします! あと……仲間になって下さい!」

 全力で流れに逆らってみたが行く手を阻む人混みに、人壁に、お姉さんとの距離は遠く離れていく。

「お姉さん! ちょっと! 特別サービスとは、いったい何かね!? 特別とは……俺の特別になって……」

 魂の叫びは辺りの喧騒に飲み込まれかき消された。くそう、ベネツィ名物《人混み流れ》恐るべし。

 お姉ちゃんの事は諦めて本来の目的に集中する。目的の路地まで約300メートル、今の内から路地の方へ少しずつ寄っていく。路地まで約20メートル手前にさしかかった所で通りの左端まで移動できた、そこからタイミングを見計らい素早く路地に滑り込む。

 薄暗い路地は大通りとは対照的に人通りが少なく、使用方法もわからない物を売る怪しげな店が少なからずある。俺は更に路地を左に右に折れて、道端に座り込む真っ黒なフードを被った男に話し掛ける。

「おい、これなんだが……」

 男はなにも言わず顎先を少しあげフード越しに上目遣いで俺の差し出した物をみる。

「これは……まさか」

「お前がずっと探し求めてるもんだ」

 男は何かに取り憑かれたように目を見開き、震える手でそれを受け取りのっそりと立ち上がる。フードを深く被りなおし、言う。

「ついてこい」

「…………」

 俺は何も言わずに男の後ろを着いていく。

 男は小民家の中に入り俺も後に続く。後ろ手に戸を閉め男の背中をジッと見つめ男の次の行動を待つ、そこで男がようやく口を開く。

「お前……これをどこで?」

「あるモンスターのドロップアイテムだ」

「そうか……」

「お願い出来るか?」

 男は最初小さく震えていたがやがて、身体を激しく揺らし大声で笑い出した。

「当たり前だ! 俺はずっと、ずっと、ずっとこの《光の星屑》を探し求めていたんだ! ようやく、ようやく俺の夢が叶う! 生涯最高の一振りを完成させられる! ……ハハハハハ!」

 男は気が狂ったように叫び、驚喜していた。この男、実は人間界に隠れ住む魔族でかなりの腕を持つ鍛冶屋だ。普通に冒険をしていたら、ただの怪しい男なのだが《光の星屑》を見せるとイベントが開始する。

「あんた、獲物は?」

「俺は刀なんだけど、この木刀を媒体に使ってくれ。あと杖が2本と細身の剣を1本頼む」

「木刀……?」

 男は訝しみながら木刀を手に取り、矯めつ眇めつ眺める、やがて。

「確かに星屑の粒子が持つ特性を考慮したら、硬い物質よりは……しかし、相反する性質の物を共存させるには……いくら俺でも……」

 俺はこの男の実力を知っている、誰よりも。だから確信に満ちたエールを贈る。  

「魔界一の刀匠なんだから絶対大丈夫だよ! あんたなら出来る。出来るよ!」

 言葉は相手を元気にする為に使いたい。それが俺のポリシーだ。

 男は面を食らったような顔をして、それから両頬をバシンと叩き決心したようだ。

「しばらく一人にしてくれないか? こんな大仕事は本当に久しぶりだ……集中したい。時間は掛かるが最高の逸品を造ってやるよ」

「ああ、頼んだぜ」

 俺は背中にただならぬ熱い情熱と決意を感じながら戸を閉め、路地を宛もなくゆっくりと歩きだした。
 

 

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