よみがえりの一族

真白 悟

44話 シリアルキラー

 調子に乗りすぎたようで、頭の痛みは頂点に達していた。家に帰るまでの道のりで僕は少し長く感じた。先ほどの殺気が嘘のように晴れ渡った空気は何ともすがすがしい感じだ。
 頭を押さえながらもゆっくりと一歩ずつ歩く。それは僕にとっては大きな一歩となるだろう。だがそれは僕にとってだけで、他の誰かにとっては邪魔になりえるということだろう。僕が再び歩き始めるとともに尋常ではないほど大きな存在感が背後から迫ってくる。それは殺意と言うにはあまりにも稚拙であるが、やはり殺意としか言い表せる言葉はないだろう。
「……」
 声も上げず音をも殺し、ただ純粋な殺意だけをむき出しにしたそれは僕にめがけて飛びかかってきた。正確には飛びかかったというのには齟齬があるだろうか、飛び出してきたというべきかもしれない。
 何よりも気になるのはその人物の手にあるナイフというべきだろうか、僕はそのことばかりに意識が行ってしまったようで若干のズレが生じてしまったのは言うまでもない。
「っく……!」
 なんとかナイフを避けることは出来たものの、体が一回転する間に僕は避けることが出来ない事実を知ってしまった。それは決して見たくはなかった姿……いや、見なくてもなんとなく気がついていたというべきであろうか? とにかくこのように対面するのは失望したとしか言えない。願わくば自身の口から言ってほしかったというか、言うべきだというのだろうか、とにかく僕が謎を発見するのを避けたかった。
 仰向けに倒れた僕にとどめさすべく地面に突き刺さったままの大剣を引き抜こうとしている存在を凝視する。残念ながら僕の目の錯覚ではなかったようだ。

「ようやく一人になってくれて助かったんだけどね……悪いけど俺にも時間がないんだよ……さっさと死んでくれないかな?」

 不躾にそうつぶやく男。見知った男。いやこの世界での一番最初の知り合い。むしろ一番最初に出会った人物と言えば僕のことを知る人達にとっては難しい問題ではないだろう。
 だがそれは僕にとっても問題ではない。僕にとっての問題は彼が今まさに抜き取ったあの剣。あの柄にあるエンブレム、王冠の刻印は他に比肩するものがないほどに豪華絢爛だ。なにより、あの剣傷は見間違いがない。あそこまで使い込まれた剣は今までに見たことがない。普通であれば剣か使い手のどちらかが先に壊れてしまうだろう。だからこそ僕に強く印象付けられた。あれは堺の大剣だ。
「その剣……」
 火山は僕の予想外な反応に、剣を持ち上げて僕に返答する。何が予想外なのか分からない詰まるところ僕にとってそれが疑問である。
「ああ? これかい?」
「それは堺の剣じゃないのか?」
「…………バカを言うんじゃない……これは俺の剣だ。いや、俺たちの剣だというべきか?」
「……俺たち?」
「すまない、これは秘密だった」
「俺たちとは誰のことだ? まさか―――――――――」
「それは秘密だと言っているだろう?」
 火山は僕に向けて剣を構える。
 どうして火山が僕に剣を向けるのか、それは彼自身から聞いた言葉が真実だろう。
「まさか、本当に悪魔なのか?」
 ありえないスピードでこちらに斬撃を飛ばしてくる彼の攻撃を地面を転がることでようやくよけながら、僕は自身が持っている疑問を口にする。
「おや? まだ信じていなかったのか……言っただろう俺は悪魔ルシフだと?」
 ルシフという名前には聞き覚えがある。それはいつだろうか、堺が僕に貸してくれた悪魔図鑑なるものに乗っていた最悪の悪魔『ルシファー』に似ている。おそらくそれに近しいものなのだろう……だが、もしそうなのだとしたら僕には勝ち目がないだろう。そもそも悪魔っていうだけで僕には力不足だ。
「それは嘘だろ? 本当のことを言えよ!」
「本当のことだと言って……!?」
 どうしてだか、頭を抱え苦しみ始める火山を見て僕はあることを思い出した。嘘つきの悪魔ベリアルの話だ。この話は堺が僕に念を押して説明してもらったものだからこそ、よっぽど頭に植え付けられていたのだろう。だがそれが僕の助けになったというのであればもうけものだ。
「そうだ、神に誓って本当のことを言うんだ!」
 ついには頭を抱えながらうめき声すら上げる火山だが、その仰け反りようは常軌を逸している。つまりはこうだ。悪魔ベリアルは嘘つきで狡猾でなにより神を恐れている。神の名のもとには真実を語る以外にその畏怖から逃れることは出来ないということだ。
「いいだろう真実を話してやろう……。俺はベリアルであり、ルシファーではない。もちろんルシファー本人にもあったことはないし、そんなやつは知らん! さあ他になにが知りたい? 俺の弱点か? 人を殺す理由か? それとも堺を殺した理由か?」
 吹っ切れたのだろうか、火山は本性を現した。やはりというべきか、以外というべきか堺を殺したのはやはりこいつだった。別段驚くべきことでもないことだからやはりという言葉が合っているだろう。

「やはりか……」

 僕はただ知ったような口ぶりでそうつぶやいた。結論から言えば僕は何も知らないし、堺が殺された事実さえ今知った。だが僕の口も脳も知っていたのだ。もちろん僕の脳が知っていたのであれば僕が知らなかったという事自体が不自然な言葉になるだろう。
 だからあえて言うのであれば僕は知らないフリをしていたと言えば辻褄が合う。ただ僕は知っていたのに知らないフリをしていたというだけらしい。

「傲慢だな……お前は……。名前すら傲慢だ。俺はルシフを名乗ったがそれはお前にこそに似つかわしい名前だなイグニス。いや月の名を欲しいがままにするお前に、明けの明星は必要ないな。月にとって金星など必要ないのだ。それともなんだその傲慢な表情はなにを表しているのかな? 月だけではなく金星すら欲するということなのか?」
「お前はよく舌が回るな……俺は、いや僕は月じゃなく火だ……」

 僕の言葉に納得がいったと言うように唸る。だがその表情は月明かりでも見えない。それがあまりにも不安で不穏だった。

「なるほど、お前は太陽に憧れていたというのだな……。いやそれは当たり前なことだった。お前はもともと太陽に憧れていたんだったな? だからこそ俺は火山と名乗ったわけだ」
 そう、彼は僕に対して火山と名乗った。その事実に対して僕は初めから気がつくべきだったのだ。
 彼が僕がここに来るよりも前から僕を狙っていたという事実に…………。

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く