よみがえりの一族
42話 記憶
火山が去った後がある意味、僕にとっての一番の修羅場だったのかもしれない。誰にも喋るなというのはこの世で一番辛い作業だろう。
それを気にして火山は中々ここから去らなかったのかもしれない。
……いや、それは考えすぎか?
とにかく、僕は早く先ほどのことを話すかどうか決断を迫られている。決して話したい訳ではないが、話さないこと自体が僕の命を危険に脅かされるようでいてもたってもいられなかった。
「————で? イグニスさんはどうするつもりなのですか?」
「どうっていわれても……」
「男ならハッキリしなさい!」
「ひぃっ!」
「私は頭がモヤモヤして苛々しているんです。これ以上は我慢できないかもしれませんよ?」
それは、僕にがいま最も望んでいないことであるが————
「————それについては本当にしらないんですよ!!」
僕は例の『それ』を見つめながら、感慨深い気持ちを払拭することはできずに、ただ堺のことを恨めしく思うばかりである。
「知らない訳ないですわよねー? イグニスさんが知らないのでしたら、私しかこれを出来る人物はいないのですが? まさか私に罪を被せようというおつもりですか?」
皆が堺のことを忘れているのだから、当然これがもう一度行われることもありえなくはないのだが……。
……だが、これは昨日からあったはずだ。
そんなことを考えているうちにも彼女は迫りくる。その#殺す__やる__#気は何度体験しても常人が耐え切れるものではないだろう。
以前はその殺気を堺と分け合っていたから良かったものの、今回は僕が1人で受け問わなければならない。
「ちょっと待ってくださいって、灯さん!」
僕の言葉も虚しく、僕の顔面に灯の拳が直撃する感触を味わった。
……こんなことなら、最初から謝っておけば良かった。
『なんて情けない奴なんや、イグニス……』
呆れ返った堺の声が聞こえたような気がして、少し嬉しかったような気もするが、
……さすがに殴られて気持ちが良いというのはないだろ……。
そんな僕に駆け寄ってくる灯、僕は彼女のヒールの音だけで恐怖心に襲われる。それにあの目、あのなんでも見透かすような目も恐ろしい。
「イグニスさん、もうわかっているんですよ? あなたのその何かをひた隠しにするその顔……隠しているつもりなんですの?」
僕は怯えながらも言葉を絞り出す。
「な、なにがですか?」
「へえー、まだおしおきが足りないみたいですわね?」
「ちょっと……なんだかいつもとキャラがちがいませんか?」
「そんなことないですわ……私はいつもこうです!」
この状況は本気でまずい! このまま殴られ続けたなら僕は覚醒を迎えるかもしれないっ!! もちろんいい意味ではなく……!
「灯さんのいう通りです! その床の穴は僕が開けました!」
ひとまず、その言葉で灯を止めることは出来たものの、堺の話は出来ないしどうやって説明したものかわからない。
僕は混乱する頭を落ち着かせながらも、次の言葉を待った。
「……どうして初めからそうおしゃらなかったのですか?」
もしかすると、適当に押し切れるんじゃないか?
「それは、怒られるのが怖かったからです!」
僕は自信満々でそう言い切った。こうなればやけくそだ、とりあえず勢いだけでおしきるつもり。
「もう、誤魔化さないでください! 堺さんも何か言ってやってください!」
その言葉に衝撃がはしる。
「灯さん、いまなんて……!」
その彼女の口から出るはずのない言葉を耳にしたのだから、僕はその真相を知らなければいけない。
だが、それは彼女もおなじようだ。
「私は今なんといいました? ……頭が割れるように痛いですわ……誰かイグニスさんの他に誰かが……! 一体なんでしょう? …………っ頭が!! 駄目です思い出そうとすればするほど頭が痛くなりますわ!」
彼女は頭を抑えながら自問自答をひたすらに繰り返していた。おそらく、これ以上の負担は彼女の精神を汚染しかねない。
僕は堺のことを思い出させるのを何としても止めなければならなかった。
なにより、頭を抱えて地面に伏す彼女の醜態をみてはいられない。
「僕の他には誰もいませんよ? 灯さんどうしてしまったんですか?」
「そんなはずは……」
苦悶の表情が少し落ち着いたようだ。あと少しで彼女の苦痛を取り払うことが出来るだろうが、それは堺を忘れさせることと同意であり、僕は少しだけ躊躇う。
「……」
「やはり、誰かいたんですねっ?」
その言葉を皮切りに、再び苦痛に顔を歪める灯、僕はもはや考えている猶予はないみたいだ。
「確かに時々はいましたよ……ニヒルが」
「————そうですわ、今日はニヒルはいないんですね?」
なんとか彼女を救うことが出来た。
だが、それは同時に彼女の脳内から堺が追い出されてしまったという事だ。その事を知っているのは僕1人で、この秘密を守るのも僕1人。
人の記憶とはどれほど素晴らしく、どれほど残酷なのであろうか……。
もし、本当に完璧な記憶というものがあるのであれば、都合のいいことだけを覚え、頭の負担を軽くする今のこの状況こそが完璧であろう。
だけど、僕はそんなものは糞食らえだ。僕は脳みそがどれだけ悲鳴をあげることとなったとして、親友を頭から消すことはしないだろう。
いや、したくなかった。
————しかし、僕は人の頭からまた1人を消してしまった。
それは紛れも無い事実であり、否定することもしない。
「灯さん、申し訳ありません……!」
僕はいつにもなく重い頭を地面に擦り付けるように下げる。
それが、望まれたことではなくても、頭の重さに耐えかねた僕がとるべき手段であった。
突然そんなことをされた方は困惑するはずだ。今回も例にもれず、灯は動揺を隠せていない。
「……えっと、私は穴を開けたことはそこまで怒ってませんわよ? 黙ってたこと怒っていただけで……」
さっきまであんなに怒っていたのが嘘のようだ。
「いえ、謝らせて下さい!」
「ちょっと、頭から血が出てるわよ!?」
彼女は驚きのあまり、言葉遣いが乱れている。
……結局成金の娘なだけだから、もともと不自然なお嬢様言葉だったし、こっちの方がいい気がするな。
僕は頭から少し血が抜けて、心持ちが軽くなっていた。だからこそ、記憶を消した悪魔のことが気になってしまい、頭をあげることすら忘れていた。
多分、灯さんは相当慌ててただろうな……。
それを気にして火山は中々ここから去らなかったのかもしれない。
……いや、それは考えすぎか?
とにかく、僕は早く先ほどのことを話すかどうか決断を迫られている。決して話したい訳ではないが、話さないこと自体が僕の命を危険に脅かされるようでいてもたってもいられなかった。
「————で? イグニスさんはどうするつもりなのですか?」
「どうっていわれても……」
「男ならハッキリしなさい!」
「ひぃっ!」
「私は頭がモヤモヤして苛々しているんです。これ以上は我慢できないかもしれませんよ?」
それは、僕にがいま最も望んでいないことであるが————
「————それについては本当にしらないんですよ!!」
僕は例の『それ』を見つめながら、感慨深い気持ちを払拭することはできずに、ただ堺のことを恨めしく思うばかりである。
「知らない訳ないですわよねー? イグニスさんが知らないのでしたら、私しかこれを出来る人物はいないのですが? まさか私に罪を被せようというおつもりですか?」
皆が堺のことを忘れているのだから、当然これがもう一度行われることもありえなくはないのだが……。
……だが、これは昨日からあったはずだ。
そんなことを考えているうちにも彼女は迫りくる。その#殺す__やる__#気は何度体験しても常人が耐え切れるものではないだろう。
以前はその殺気を堺と分け合っていたから良かったものの、今回は僕が1人で受け問わなければならない。
「ちょっと待ってくださいって、灯さん!」
僕の言葉も虚しく、僕の顔面に灯の拳が直撃する感触を味わった。
……こんなことなら、最初から謝っておけば良かった。
『なんて情けない奴なんや、イグニス……』
呆れ返った堺の声が聞こえたような気がして、少し嬉しかったような気もするが、
……さすがに殴られて気持ちが良いというのはないだろ……。
そんな僕に駆け寄ってくる灯、僕は彼女のヒールの音だけで恐怖心に襲われる。それにあの目、あのなんでも見透かすような目も恐ろしい。
「イグニスさん、もうわかっているんですよ? あなたのその何かをひた隠しにするその顔……隠しているつもりなんですの?」
僕は怯えながらも言葉を絞り出す。
「な、なにがですか?」
「へえー、まだおしおきが足りないみたいですわね?」
「ちょっと……なんだかいつもとキャラがちがいませんか?」
「そんなことないですわ……私はいつもこうです!」
この状況は本気でまずい! このまま殴られ続けたなら僕は覚醒を迎えるかもしれないっ!! もちろんいい意味ではなく……!
「灯さんのいう通りです! その床の穴は僕が開けました!」
ひとまず、その言葉で灯を止めることは出来たものの、堺の話は出来ないしどうやって説明したものかわからない。
僕は混乱する頭を落ち着かせながらも、次の言葉を待った。
「……どうして初めからそうおしゃらなかったのですか?」
もしかすると、適当に押し切れるんじゃないか?
「それは、怒られるのが怖かったからです!」
僕は自信満々でそう言い切った。こうなればやけくそだ、とりあえず勢いだけでおしきるつもり。
「もう、誤魔化さないでください! 堺さんも何か言ってやってください!」
その言葉に衝撃がはしる。
「灯さん、いまなんて……!」
その彼女の口から出るはずのない言葉を耳にしたのだから、僕はその真相を知らなければいけない。
だが、それは彼女もおなじようだ。
「私は今なんといいました? ……頭が割れるように痛いですわ……誰かイグニスさんの他に誰かが……! 一体なんでしょう? …………っ頭が!! 駄目です思い出そうとすればするほど頭が痛くなりますわ!」
彼女は頭を抑えながら自問自答をひたすらに繰り返していた。おそらく、これ以上の負担は彼女の精神を汚染しかねない。
僕は堺のことを思い出させるのを何としても止めなければならなかった。
なにより、頭を抱えて地面に伏す彼女の醜態をみてはいられない。
「僕の他には誰もいませんよ? 灯さんどうしてしまったんですか?」
「そんなはずは……」
苦悶の表情が少し落ち着いたようだ。あと少しで彼女の苦痛を取り払うことが出来るだろうが、それは堺を忘れさせることと同意であり、僕は少しだけ躊躇う。
「……」
「やはり、誰かいたんですねっ?」
その言葉を皮切りに、再び苦痛に顔を歪める灯、僕はもはや考えている猶予はないみたいだ。
「確かに時々はいましたよ……ニヒルが」
「————そうですわ、今日はニヒルはいないんですね?」
なんとか彼女を救うことが出来た。
だが、それは同時に彼女の脳内から堺が追い出されてしまったという事だ。その事を知っているのは僕1人で、この秘密を守るのも僕1人。
人の記憶とはどれほど素晴らしく、どれほど残酷なのであろうか……。
もし、本当に完璧な記憶というものがあるのであれば、都合のいいことだけを覚え、頭の負担を軽くする今のこの状況こそが完璧であろう。
だけど、僕はそんなものは糞食らえだ。僕は脳みそがどれだけ悲鳴をあげることとなったとして、親友を頭から消すことはしないだろう。
いや、したくなかった。
————しかし、僕は人の頭からまた1人を消してしまった。
それは紛れも無い事実であり、否定することもしない。
「灯さん、申し訳ありません……!」
僕はいつにもなく重い頭を地面に擦り付けるように下げる。
それが、望まれたことではなくても、頭の重さに耐えかねた僕がとるべき手段であった。
突然そんなことをされた方は困惑するはずだ。今回も例にもれず、灯は動揺を隠せていない。
「……えっと、私は穴を開けたことはそこまで怒ってませんわよ? 黙ってたこと怒っていただけで……」
さっきまであんなに怒っていたのが嘘のようだ。
「いえ、謝らせて下さい!」
「ちょっと、頭から血が出てるわよ!?」
彼女は驚きのあまり、言葉遣いが乱れている。
……結局成金の娘なだけだから、もともと不自然なお嬢様言葉だったし、こっちの方がいい気がするな。
僕は頭から少し血が抜けて、心持ちが軽くなっていた。だからこそ、記憶を消した悪魔のことが気になってしまい、頭をあげることすら忘れていた。
多分、灯さんは相当慌ててただろうな……。
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