よみがえりの一族

真白 悟

40話 堺の生死

   火山がどうしてここにいたのか僕には見当もつかなかったが、それよりも僕たちは大きなミスを犯してしまったようだ。こんな人が入ってくる可能性がある場所で悪魔の話をすること自体間違っている。だが、その話を聞かれてしまった今となっては、反省したところでどうなるものでもない。

「どうした? 俺は面白い話をしているな? と言っているんだが、聞こえなかったのか?」
 何とか誤魔化すように取り繕わなければならない。
「何のことですか?」
 僕はもちろんだが、ノウェムも冷や汗をかいている。火山は僕たちがいた世界の住人とは全く関係のないただの一般市民で悪魔や魔法の話を聞かれるのは非常にまずかった。
「俺に鎌をかけようとしたって意味なんかないぞ? 俺は知っているからな……」
 僕は驚きを隠せない。火山は悪魔のことを『知っている』といったのだ。それはつまり、そこはかとなく非常にまずい事態だ。
 彼は、まぎれもなく僕たちのことを知らないわけだから、考えられうることは2つある。それは、彼の知る悪魔というやつがこちらの宗教上の悪魔を指しているということ、もしくは彼自身が悪魔であるという2つである。

「何を知っているんですか?」
 僕は細心の注意を払いながらもなるべく核心に触れることのないように尋ねた。
 しかし、それも失敗に終わる。
「もちろん、悪魔について……いや、魔法士についてと言っておこうか?」
 火山からの殺意によって僕の疑念は確信へと変化を遂げた。
 だが、剣を抜くのはまだ早い。もう少し探ってからの方がいいはずだ。

「魔法士? それは一体何ですか?」

「おっと、そんな言葉に意味などないぞ! 俺はもともとお前たちを殺しにここに来たんだからな……。それにそっちの女からは魔法の痕跡が嫌というほど感じられる?」
 彼はノウェムの方を指さした。
 それには大きな違和感を感じる。何というか、彼女からは一切の魔力の痕跡が見られなかった。まあ僕ほどの魔力の感受性があったとしても、魔力の痕跡が感じられないということがないわけではないが…………
 それを火山が感じられるはずなどあるのか? それほどまでに高貴な悪魔だとでもいうのだろうか……? もしそうだとするなら、勝ち目などあるはずもない。逃げることを最優先に考えなければならないだろう。
 だが、力がはるかに上の相手から逃げることは、立ち向かうことよりもはるかに難しいと聞く。何とか隙をつくほかない。

「火山さん、また面白い冗談を言って……どうしたんですか? 今日は調子でもいいのですか?」
 僕はあくまで一般人として貫き通すことにした。その方が都合がいいし、ばれたのは彼女だけ、それならば彼女を逃がすことに全力を尽くすべきだろう。

「君は冷静で聡いな? だが、果たしてこれを聞いても平常でいられるかな?」
 それは、思わせぶりなセリフでも、鎌をかけたわけでもなく。僕にとっては会心的な一撃をお見舞いする凶悪ともいえる最悪の事実だった。
「————堺君の魂を喰らったのは俺だよ」

 普通であるならば、僕はここで激昂して怒りに身を任せることになるはずだった。たぶん昨日の夜だったら僕は間違いなく火山に切りかかっていただろう。
 しかし、僕の心は成長……ある人にとっては退化ともいえるが、とにかく精神的に安定しているのだ。

「堺? それは一体誰ですか?」
 心が痛めつけられるような激痛を抱えながらも、僕は何とか堺を知らないふりをした。
「ふーん、知らないんだ? 本当かなぁ? まあどっちでもいいんだけどさ、僕も一応警察という職に就いたからには失いたくはないわけよ。だから出来れば過剰防衛ぐらいに抑えれたらななんて思っていたんだけど……そうもいかないみたいだね?」
 火山からの殺気は膨れ上がる一方で治まりを見せない。僕はどうやら失敗したようだ。最初から殺す目的で来たものにとって、誤魔化しなど意味がなかったらしい。

「えーと火山っていったけ? 少しだけ黙ってくれないか?」

 味方だと思って油断していた方角からただならぬ邪気を感じる。僕はノウェムのことをただの魔法士だと勘違いしていたようだ。
 もともと、彼女は最後の魔女と僕に名乗ったはずなのにそれを忘れてしまうとは情けない。
「なるほど、その感じから察するにあなたは魔女だったのか? これはうれしい誤算だな」
 そうつぶやくとクツクツと不気味に笑う火山。

「いや、君にとっては悲しい誤算になると思うよ。我にとってもだけどね……」
 彼女の一人称がいつもと同じように戻ったっ時、僕はふと彼女の魔法について思い出していた。

…………ノウェムの魔法とは、決して魔法と呼べる代物ではない。ただ単に魔力を放出して、空気中にある魔力を隷属させるというものであり、魔力の痕跡が残るようなことは最初っからありえないのだ。

 もしかすると、二人が共謀して僕を図ろうとしているのではないだろうか……そんなおぞましい想像が頭をよぎる。
「ちょっと質問してもいいですか?」
 こんな時になんだという顔付をしている二人だが、僕はもう見逃さないぞ。
「イグニス君、今悪魔と対峙しているんだぞ? 一体どうしたというのだ?」
 僕は出来るだけ厭味ったらしく言葉を選んだ。
「あー、そもそもの話なんでるけどね? ノウェムから魔力の痕跡を感じるってのはおかしくないですか? それに、彼女が魔女だと分かった時の反応は明らかに魔力の痕跡のことを忘れている様子で、僕にはなんだか初めから仕組まれていたことのようにしか思えないんですけど?」

 二人は途端に真剣な顔を解き、ばれたかというようにため息をついた。
「ノウェム、だからこんな下らないことに突き合わせるなといったんだ……」
「火山さんの方が乗り気だったじゃないか? それよりも、もっと役を作りこんでくれよ……あれじゃ悪魔というよりも、凶悪な殺人犯でしかないよ……」
「仕方ないだろう。俺は悪魔なんて見たことないんだから……。あーあ、せっかく俺がイグニス達を支援しているのは自分たちが魔法士らしき人物たちを見極めるためっていう設定まで作りこんだのに、すべて台無しじゃないか!」
「そんなこと知らないよ、でもせっかく堺が認めるイグニス君の魔法の力を見ることが出来る機会だったのに……私はそのために中年のおっさんを好いていたフリまでしたんだぞ?」
「それは本当のことだろ?」
「黙れ!」
「年上のお兄さんに向かってその口の利き方はないだろう?」

 二人の言い争いを見ているとすべてどうでもよくなった。いや、どうでもよくないんだけどね……
 とにもかくにも、二人を止めないとこの前の二の舞になるかもしれない。もし、決闘を始めるなどと言われてしまえばおしまいだ。

「ちょっと、二人ともいい加減にしてください? 一番怒りたいのは僕なんですから?」

 どうして、二人がこのようなことをしたのかは知らないが、こいつらを止めるためには怒っているように努めるのが一番だろう。
「ちょっと黙ってくれイグニス君!」
「イグニスは黙っていてくれ!」
 せかっく僕が我慢しているのに何というやつらだ! 心の奥に押し込めた怒りが再び面に出る。

「————あのね、いい加減にしないとブチ切れるよ?」
思わず敬語を使うのを忘れてしまうほどに大きなストレスを感じていたようだ。
 僕の顔を見て本当に怒っていることに気が付いたのか黙り込む二人をみて、優越感に浸ることが出来た。だが、今はそんな場合ではない。
「二人は堺のことについて何か知っているんだよね?」

 この質問が二人にとって答えにくい質問があったのであろうか、しばしばの沈黙が訪れた。
 それは、大体時間にすると20分ぐらい経ったのかもしれないし、それは気まずい空気から錯覚してしまったのかもしれない。
 最初に口を開いたのは火山の方だった。

「もちろん知っているよ……ただ、今の君に教えるつもりなんて毛頭ないけどね」
 続けてノウェムが僕を心配するかのように言った。
「君はどうやら本当の悪魔を知らないらしいし、教えることがそのまま危険につながるんだ。だから教えられない」
「そういうことだ……」
 僕が悪魔のことを知らないはずはないだろう……二人よりも知っているはずだ。

「悪魔についてなら知っているぞ」

 ノウェムのため息はもはや聞きなれてしまうほどに聞いているはずだが、今回はかなり大きい。それはもうどれほど僕に対してあきれを抱いているのかわかるほどに……
「君はまた、本質を見逃すんだね? さすがの我も擁護できないよ……」
「僕が何を見逃しているというんだ……?」
 矮小な頭で思考を巡らせはするものの、彼女のいう本質というものが何かはわからない。
「それがわからないんじゃ、堺が今どこにいるのかなんて教えられない。何よりも、君は堺との約束を忘れてしまっているみたいだしね……」
「堺との約束って、もしかして誰にも言うなってやつか?」
 僕は出来る限りに頭を働かせ、堺の最後の言葉を思い出した。

「やっぱり君には重要な言葉を聞き逃す才能があるようだね?」
 彼女は僕を嘲るかのようにそうつぶやいた。
 一体、僕が何を聞き逃したというのだろうか…………
「っ! まさか堺は生きているのか?」

「そういうことだ。それだけは教えておいてあげるよ」

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