よみがえりの一族

真白 悟

32話 ヤークトフント

 今思えば、灯さんは僕達にアレのことを伝えようとしていたのかもしれない…………。

 この前見た景色と同じで、あたりは突然に廃墟が溢れ出す。その景色が僕達の置かれた状況を表しているようで、僕はどうしようもなく不安だった。だが、堺と一緒にいることで少しはその不安も緩和されていたのかもしれない。
 そうでないのならば、この時の僕がどれほど愚かだったのかは誰にも計り知れないだろう。

 僕はまだこの街に起きている異変に気がついてはおらず、車の中で僕はどうしようもない景色を見ていた。もう2度目だが、廃墟になった街はやはり昔を思い出させ、懐かしい気持ちを思い出させる。それが、いいことかどうかは分からないがそれでも僕が唯一懐かしいと思えるのが、悪魔の所業だというのなら僕は再び悪魔を討伐しなければならない。
 悪魔が僕達の国を滅ぼそうとしたように、今度は僕が悪魔を滅ぼさなければならないのだ。僕は自分の人生を振り返りながら、そんなことを心の中で固く決意した。

 風景を眺めている僕をよそに、車が急停止する。堺があたりを見渡している。
 もしかして、ヤークトフントとかいう魔物でも見つかったのか?
 僕も堺に釣られてキョロキョロと首を横に振り続けるが、特に異変というものが見つからない。堺は一体何を感じ取っているのだろうか? まだまだその魔物について知らない僕にはこの状況がどう理解すべきなのか知るはずもない。
 堺がゆっくりと壁の方を見つめる。僅かだが、爪痕のようなものが残っているが、それはどう見ても野犬がつけるような代物ではない。僕は思わず堺の方に目配せるするが、堺はこちらに気がついていない。
 ただ異様に緊張いているということはその表情から読み取ることが出来た。クエストを受けるときには見られなかった顔だ。

「堺、堺っ! おい、堺 」
 様子が不穏なため思わず何度も何度も呼びかけるが、堺は放心しているように無反応だ。僕はそれが何を意味するのか知っているような気がした。
……まさか? 何か不安要素でもあるのか?
 もしかすると堺はこの時から気がついていたのかもしれない、もしかすると僕自身もその運命から抜け出せないことを知っていたからこそ他の選択を考えることすら出来なかったのかもしれない。

 返事をしない堺と、状況を察しながら気が付かないふりをする僕の脳髄。思えばどちらも間抜けだったのだろう。

「――――おい! 堺! 返事をしろ 」 
 耳元で叫ぶ僕の声によう意識を現実へと戻す堺だが、少し様子がおかしい気がする。

「……っ! ああすまない……討伐目標のヤークトフントはこの辺りに出没するらしいで」
 確かにヤークトフントは今回の目標で討伐するためには見つけなければならない魔物ではあるが、それよりも僕は堺が心配だ。
「なにか心配事があるんだろう? 今日の所は帰らないか?」
「何言うてんねん! 今日の訓練サボるつもりなんか?」
「いや、そういうわけではないけど……もし僕の予想が間違っていなければだけど、何か異様な感じがするんだよ……」
「そんなことは俺もわかってる。でもな……これぐらいなら俺は問題ないんや、『ベア』は確かに強い魔物やけど俺なら倒せんこともない」
 堺のいうベアがどれほどのものなのかは知らないが、明らかにさっきのアレはそういう問題ではない。どう見てももっと重要な何かを隠しているように感じるのは僕の勘違いなのだろうか?

「……わかった、お前が何も言わないのなら俺も何も言わないよ」

 堺が言いたくないなら僕が深く聞くことは出来ない……。それに、彼が大丈夫だというのなら僕に出来ることは唯一。堺を信じるということだけだ!
「わかったならさっさと野犬狩りといこうやないか!」
 堺の言葉に僕は現実に引き戻された。ヤークトフントの討伐に集中する。
 
 それにしても、ここはこの前の場所とは全然違うな。前の場所が草原だというのならここはもろに町中、それも廃墟とは思えないほどきれいな外装と新しい家の香りがする。もしかするとここは、建てられてあまり時間の経っていない家がたくさん並んでいる場所なのだろうか? 
 もしそうだとしすなら、ここに住んでいた人たちには少し酷なことではあるな……。だが、こんなところでも魔物が出るのならしかたがないか……。
 いつ魔物が来るかもわからない中そんなことを考えられたのは若干の余裕が生まれたためだろうか、それとも、その反対だろうか? そんなことはどうでもいい、ただ僕は……

「――――来たぞ! アレがヤークトフントや!」
 ただ魔物を斬りたいだけだ!

 唸り声とともに犬の姿をした魔物『ヤークトフント』(通称:野犬)は僕の方に飛びかかってくる。その時間の間に僕は多分いろんなことを考えていた。
 確かに前倒した魔物より遅いなとか、あの牙に噛まれたら痛いんだろうなとか、やっぱり犬は可愛いななんて、まあ今から斬り殺すんだけね……!

 飛びかかってきた野犬は僕にとっては的でしかない。スピードもないし、ただ剣を振り下ろすだけで十分だろう。
 僕はただ勢いに身を任せて剣を縦に振り抜く、ちょっとだけ硬かったが野犬は簡単に真っ二つになる。何か違和感を感じるが、飛び散る血しぶきによってその疑問も洗い流される。数体の野犬はこちらを見て警戒しているようだ。

「堺、今回はすべて僕に任せてくれないかな?」
 気分が乗っている僕を止めるものは誰一人いないだろうと勝手に思い込んでいた。
「ちょっと待て! イグニス!」
「なんだよ、せっかく気分が乗っているのに!」
 堺はとある方向を指差す。僕は不満を抱きながらも視線をそっちにやる。そこにいたのは大きめのヤークトフントで筋肉が膨張したような姿をしている。最初に説明された筋肉が固くなってしまった形態なのだろう。
 僕は周りの雑魚をなぎ払いながら、そいつのもとへとゆっくりと近づいていくが、そいつは僕のことなど待ったく眼中に内容だ。
 ようやく、筋肉が肥大した野犬もとにたどり着い時にもやつはこちらを見ていない。ずっと堺の方角を見つめ微動だにしない。それだけ、やつの危機管理能力が優れているということだろう。
 僕よりも遥かに強い堺を警戒するのはあっぱれという他ない。

「――――だけど、それは僕にとってはつまらないな……」

 僕はどうにかしてこっちを見てもらいたかった。
「イグニス……お前はまだ俺よりも弱い! だからこそそいつはお前が倒さないとあかん。やけどな、それは今のお前には無理やなぜならまだ本当の実力が出せてないからや!」

……僕の本当の実力? 僕を買いかぶりすぎだよ堺。僕にはもともとそんな実力はない……

「僕はこれで全力だよ……」
 堺の期待には応えることは出来ないだろう。僕は絶対に不意打ちは出来ない。

 

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