よみがえりの一族

真白 悟

19話 事務員さん

 この一週間は異様に長く感じた。知らない場所での日々は新鮮だからそう感じたのかもしれない。
 僕はなれたように、毎日繰り返していた洗顔と歯磨きを作業的に行い。いつものようにリビングへと向かう。
 そこで、ニヒルと会い他愛もない話をするのだ。
 そうして、リビングに向かいニヒルと一緒にごはんの準備をしていると、眠気まなこの堺が入ってくる。
 しばらくすると堺が他愛もない話をし始める。

 またいつものように、会社へと向かう準備をする。ただいつもの違うのは勉強道具を持っていないことだろうか……

 僕は確かに、ニヒルの出した課題を無事にクリアすることは出来たが、まだまだ読むことの出来ない漢字がたくさんあることも事実だ。
 
 しっかり、勉強しなければな。 
 そういえば結局、魔物を狩る会社って一体どんな会社なのだろう……普通は国の財源をふんだんに使って、騎士団を導入してやっと成り立つものだ。民間の団体としてどのようにお金をやりくりしているのだろう……
 考えても仕方がないか……仕事にありつけるだけありがたいことだろう。

 そんなことを考えながらも、準備お終わらせる。部屋を出て玄関へ向かうと、いつものようにニヒルが……いや、何故だか堺も待っていた。
 俺とニヒルの貴重な時間を……

「――――今日からしっかり仕事を教えて行ったるで!」
 
 どうやら、堺は僕の教育係なようで、やる気に満ち溢れている様子。先輩として威厳を見せてくれるのかな?
「今日はもしかして、魔物退治の仕事に連れて行ってもらえるのかな?」
 僕の突然の問いかけは、朝の陽気さに気を抜かしていたニヒルにとっては意外なもののようで、慌てたようだ。
「そ、そうです。今日からクエストにも出てもらおうと思うのですが……」
 彼女が言い終わるよりも早く、堺が元気よく声をあげる。
「そうや、今日から研修として俺と一緒にクエストについてきてもらう! ニヒルはお前のことを心配しとるようやけど、何があっても俺が守ってやるから安心しろ!」

 堺の言葉は有難くはあるけど……僕は堺の実力をまだ知らないからな……
  
「そういうことやからニヒルも安心してええぞ!」
 堺はいつものようにヘラヘラしてそう言うと、今度は僕のほうを向いて意味ありげな表情をする。
「それに、イグニスのためならなんでもするつもりやからな。」
 
 もちろん、それが誤解されるような変な意味じゃないことぐらい僕でも分かるが…………
「僕はそっちの気はないよ?」
 暗い空気は苦手だ。ちょっとでも空気が和らぐようにと冗談をかました。

―――――堺とニヒルは顔を付き合わせ、何言ってんだこいつ? という顔をした。この国の文化の一つに男色というものがあった筈だが……ちょっと勉強し過ぎたかな?
 2人の表情に僕は耐えきれない屈辱を受けた気分だ。もう二度と知識をひけらかすことはしないと心に誓おう。

 だけど、ちょっと決断が遅かったようだ。ニヒルが僕に追い打ちをかける。
「……変な意味ってどういうことですか?」
 流石に口に出して説明できるほど、僕の覚悟は強くはない。僕はなんでもないと何度も何度繰り返した。

 今日ほど堺を憎いなどと思ったことはないだろう。堺は意味を説明しようとしない僕をさらに追い詰める。
「気になって仕事出来んやろ!」
 それでも、僕はなんでもないと繰り返した。

 そんなやり取りの最中、なんだかニヒルが吹き出したようだ。
―――――なにが面白いのか……、まさか!

「もしかして、本当は意味をわかってるんじゃないだろうな?」
 今でも堺のバレたかという顔は忘れることは出来ないだろう。

 だけど、こんなくだらないやりとりはいつ以来か、バカなことをいい合うだけでも楽しいな。

『くだらない話ばかりしていないで仕事場に移動しよう』と切り出したのは、いがいにも堺であった。

 家を出てからは、いつもどおり商店街で街の住人に絡まれるニヒル、結局また1時間もかかってしまった。だけど、彼女のお陰で僕もこの街に随分と馴染めたきもするな。

 会社には、1週間ずっと他の社員が来ていない、本当にこの会社は大丈夫なのだろうか? そんな不安をよそに2人は楽しそうに談笑している。
 だけど僕にとっては不安で仕方がない。本当にこんな会社で仕事などあるのだろうか…… 

「そういえばさ、事務員のあとの2人はいつになったら会えるの?」

 僕は思い切ってそう切り出したが、彼女たちはあまり気にかけていないようで、さあとかなんとか答えるだけで結局期待した答えなど帰ってこない。
「あ、でもそういえば今日から出てくると言っていたような……」
 思い出したように言うニヒルだが、やはり信憑性かける情報に僕はガックシとした。

 どうしてだか、ニヒルは突然に散らかっていた机の上を急いで片し始めた。
―――――どうしたんだろう?
 堺の方に目配らせしたところで答えは帰ってこない。どうやら、彼にとってそれはなんら不思議ではない行動らしい。

「なあ、堺?」
「ん?」
「どうして、ニヒルは片づけを始めたんだ?」
「今にわかるからみとき」
 
 一体なんなんだ?

 その答えはすぐにわかった。会社のドアが勢いよく空いたと思えば、2人の女性が入ってきた。しかも一人の女性は入ってくるなり大声でニヒルを怒鳴りつける。あれではどちらが社長で、どちらが社員なのかわからない。
「ニヒル……あんたってやつは! また散らかしっぱなしだったのね!!」
「いえ……これはその……」
 ニヒルは大人びてはいるものの、やっぱり子供だ。叱られるとしどろもどろになってしまう。
 
 そんなニヒルにさらなる追撃がおそう。
「片付けは、人にとってとても大切なことなのよ! それなのにあなたって人はいつもいつも散らかしてばかり!」
「ごめんなさい~!」
 丁寧で優しいニヒルが、彼女を相手にするとタジタジだ。
 
 だけど、僕もそれをただ見ているという訳にはいかない。……何故なら僕は新入社員だから、いかなる状況であろうが自己紹介しなければならないからだ!
「あの、取り込み中すみませんが……」
「ああ、貴方が例の新人さんね? 私はこの会社で事務兼社長秘書を任されているドゥオよ」
 彼女は僕の声を遮り、まくしたてるように自己紹介した。
「ご丁寧にありがとうごさいます。僕はイグニスっていいます。」
「よろしくね、イグニス。」
 ドゥオとはあまり仲良くなれそうにはない、何故だか騎士の訓練をしていた頃の教官のことが思い出される。それに比べるともうひとりの女性は正反対だった。
「我はノウェムだ。よろしくなイグニス君。ちなみに、私は事務しかしないから、人手不足でない限りはここにいる。」
「ノウェムさんですね、よろしくお願いします。」
 
 ひと通り自己紹介が終わると、ドゥオは再びニヒルに説教を始めた。しかし、ニヒルがだらしないというのは意外だ。家事も家のそうじも甲斐甲斐しくやっているニヒルなのに会社ではどうしてこうなんだろう……

「とりあえず、あの2人は放っておこう。イグニス君には、即戦力になってもらわなければ私の仕事は増えるばかりだよ。」
 ノウェムはそう言って溜息をついた。僕は大変そうですねとだけ返し、彼女の出方を待つことにした。

「ノウェムちゃん、えらい今日はやる気やな。」
 ずっと様子を見ていた堺がノウェムに声を掛けた。堺に話し掛けられたことに対しノウェムは溜息を吐いた。
「堺も居たのか...お前の方がやる気満々で気持ち悪いな......」
「失礼なやつやな...敬語で話せとは言わんけど、年上には少しぐらい気を使えよ...」
「誰が、どこのちゃらんぽらんに気を使えと......?」
「まあ、ええか。今日はイグニスの初めての仕事やから、俺も指導したろかと思うてな。」
「まさか!!今日は槍でも降るのではないか!?外には出られないな...。」
 
 2人はとてもが良さそうだった。 

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