僕は間違っている

ヤミリ

22話

***
事件当日────
僕は彼杵に会ってほしい、と言われ家まで迎えに来ていた。
「颯海! お待たせ!」
純白のワンピースで僕の目の前に現れる。この世のものとは思えない程、美しく似合っていた。
「こんな遅い時間に大丈夫?」
「大丈夫だ。少し話があるから、森へ行かないか?」
「分かった」
彼杵に言われた通り、森へと歩いていく。いつもと違った雰囲気の彼女に、違和感を覚える。
何か会話する気にもなれなかったので無言でただ、歩き続けていた。鳥のさえずり、
頬を撫でる夜風を、心地良いと感じた。
ボッーとしながら歩いていると、いつの間にか目的地に到着していた。
適当な丸太を見つけ、そこに向かい合わせで座る。
「実は」
そう、この時彼杵は、獅恩のことを僕に全て話していた。信じられない、言葉にできない気持ちでずっと、黙って聞いていた。
「私は、結婚のために、遠い所に引っ越すことになった。もちろん颯海にももう会えない。存在は知られている。私の生き甲斐はもうない」
静かに、淡々と、彼杵は喋る。
「さっき両親に嫌だと言ったら、縛り付けられそうになった。『養子のくせに生意気だ』と。もう戻ることは出来ない」
僕の手を握り、目を揺らぎなく見つめてくる。
僕は、蝉の鳴き声が頭の中で木霊するように響いていたが、そんなことを忘れるぐらい彼女に魅入っていた。魔女のようだと思った。
抑えきれない緊迫感に、思わず固唾を飲む。
「だから、約束通り、一緒に死んでほしい。もう颯海には会えなくなってしまう。その前に」
「待ってよ、そんな、急に」
「もう疲れたんだ。お願いだ」
そう言って僕の手を自身の首へと持っていく。
「嫌だ、そんなの、嫌だ」
僕の手は今までにないほど震えている。
「そうだなあ、せめて死ぬのが怖いなら私を殺した後、食べてくれよ。それが私の望みだ」
冗談じゃない、そんなことできない。それでも彼女はそれを望んでいる。僕の手を首へ押さえ付けてくる。
「やめろ、やめろよ」
「私は、ちゃんと君を愛したかった。普通の人と同じ方法で。でも、私の愛情はこのやり方でしか伝えられない」
嫌がる僕に、そんな言葉を言ってくる。それじゃあもう断れないじゃないか。
「今までの、今までのことを続ければいいじゃんか」
「それはもうできないんだ」
唇が歪み、心臓がねじれるような精神的苦痛を感じる。あの時約束をしなければ良かったのかもしれない、とふと思う。
「逃げるのか? ならもう颯海は必要ないな」
それだけは言われたくなかった。僕の存在を認めてくれるのは彼杵だけだった。無我夢中で細い喉を絞める。
「あ、うっううっ」
彼杵は苦しげな声をあげ、笑顔を見せている。なんでこんな時まで笑っていられるんだよ。なんで、こんな時まで、こんなに美しいんだろう。彼女自身が持て余すほどの美貌が、苦しんでいるのか喜んでいるのか分からない表情を浮かべている。けれど今までに見たことがない程、満足気で、引っ掛かりが消えたようだった。
「は、やみ。泣か、ない…で」
自分でも気付かずに、涙が目に溜まっていた。静かに流れ、彼女の頬に伝っていく。
「ありがと…う。愛し、て、る。最高の…誕、生日プレゼントを…ありが…とう」
いつまで絞め続けていたかは定かではない。けれどこれだけは分かる。彼杵の心臓はもう、一時も動くことは無かった。
その後何度も、何度も、彼杵から声が聞こえるのを待った。けれど人形のように動くことはなくて、悲しみで体中が押し潰されそうになる。
何度も、何度も、感触を確認しても、動くことは無かった。
────食べてくれよ
彼杵の最後の希望を思い出し、彼女の体を所構わず貪った。味は分からない。
最後には骨の髄まで食べ切り、血まみれになった純白のワンピースを抱き締めた。
そして暗闇の中、証拠を消すために彼女の残った骨と、ワンピースを川に投げ捨てた。
それから、どうやって家に帰ったかは覚えていない。

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