僕は間違っている

ヤミリ

10話

見覚えのない天井が見える。驚いて体を起こすと、保健室のベッドに寝ていたことに気付く。
「やっと起きたのね」
咄嗟に視線を横に移すと、千夏が椅子に座っていた。
「どうしてここに?」
「戻ってきた時、獅恩から事情を聞いたのよ。情けないわね」
うっ……病人にそこまで言わなくても。
「そっか、獅恩はどこに?」
「貴方の荷物を取りに行っているわ」
獅恩にはお礼を言わなければ。普通は僕が助ける立場なのに反対だ。自分の貧弱さに呆れる。
そういえばどれくらい眠っていたのだろう。窓を見ると外は街灯の明かりしかないようだ。隅々まで周りを見渡すが、時計が見当たらず時間が分からない。
それに気付いたのか、
「2時間程眠っていたのよ」
と答えてくれた。
「そんなに? 何か情報は掴めた?」
「さっき達秋から聞いたのだけれど、彼杵は居なくなった前日、物凄いイケメンと行動していたそうよ」
物凄いイケメン? そんな人彼杵の側に居ただろうか。頭を悩ませていると、思い当たる人物が浮かぶ。
「獅恩か」
「私もその可能性が高いと思ったわ。念の為本人にはこのことは秘密にして、調査するべきよ」
「それは、獅恩を警戒しろっていうことか?」
あんな優しい人を疑うなんてしたくはない。
「誰が犯人かなんて分からないんだから。疑ってかかるべきよ」
確かに千夏の言うことは正しい。けれど恩を仇で返すようなことはしたくはない。不満そうな顔をしている僕を見兼ねたのか、千夏は
「そんな生半可な気持ちならやめればいいじゃない。本当に彼杵を探す気あるのかしら?」
と血も凍りそうな冷たい口調で言った。
 「ごめん。分かったよ」
「もうそういうことは言わないで」
こんなにも怒気があった千夏を見るのは初めてだった。一瞬心臓が止まったかと思う程の鬼の形相だった。
「でもどうやって調査を?」
「帰り道の尾行よ。ボロが出るのをひたすら待つの」
獅恩は警察官の息子だったはず。バレたらリスクが高い。
「捕まる覚悟を持ちなさい」
僕の心情を察したのか、千夏が強く言い放つ。エスパーかよ。
「分かったよ。今日早速付けてみよう」
「ええ。良かったわ、実行に移せない程の約立たずじゃなくて」
ここまで毒舌だともう清々しい。
「ちなみに他に情報は無かった?」
そう聞くと千夏は難しい顔をした。何か言おうとしているが躊躇っているようだ。
「千夏?」
僕がそっと問いかけると、千夏が口を開く。
「みつけ」

────トントントン
三文字だけ言ったタイミングで、ドアを叩く音に遮られる。
「千夏さん。颯海、起きたのかい?」
獅恩の声が聞こえる。鞄のキーホルダーの音もするので、荷物を持ってきてくれたようだ。
カーテンを開いた獅恩は安心そうに笑みを浮かべた。その顔を見ると、疑うのに罪悪感が残る。
「ありがとう、色々とごめん」
そのことも含め謝る。
「大丈夫さ、いつでも頼ってくれよ!友達だろ?」
ここまで善人なら犯人の可能性も低いんじゃないか? 悶々としつつもベッドから降りて鞄を受け取る。
「もう体は大丈夫なの?」
さっきの態度とは裏腹に、とても心配そうに千夏が声を掛けてくる。さっきの冷たさはどこへいったのだろうか。今のが演技だとしたら恐ろしい。
「あ、大丈夫だよ。2人共こんな時間までありがとう。珠里と達秋はもう帰った?」
「うん、そうみたいだよ。さっき連絡が来たんだ。」
獅恩はスマホを鞄から出して、メッセージを見せる。本当に帰ったようだ。
「そっか、僕達も帰ろう」
「颯海、送っていくよ」
「颯海は自分の父が迎えに来るみたいだから大丈夫よ」
僕が断る理由を探している内に、すぐに千夏がカバーをしてくれた。
「そ、そうなんだよ」
「良かった。じゃあまた明日!」
そう言い、手を振って去っていく。そしてすぐさま窓から姿が見えなくなったのを確認する。
そういえばさっき、千夏が言おうとしていたことはなんだったんだろう。しかし今はこっちが優先だ。また後で聞こう。
「行くわよ」
千夏の合図と共に、僕達は彼の後を追った。

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