僕は間違っている

ヤミリ

7話

その言葉を聞いた瞬間、胃を鷹掴みされたような感覚が走る。全身の神経を逆撫でされたようだ。思わず顔も引き攣る。そんなことも気付いていない彼は、憎たらしい笑顔で話を続ける。
「一生一緒に居たいと思える人なんだ。そして、彼女は婚約を拒まずに受け入れてくれた。だから必ず助けるんだ」
訳も分からない感情が入り交じって、喋ることが出来ない。そのまま立ち尽くすことしかできなかった。
「だから颯海には感謝してるよ、ありがとう」
僕は獅恩に背を向け、弱々しく頷く。このままではダメだと、不快な気持ちを振り払い口を開く。
「次の…場所へ案内するよ」
そう言いながら、話題を変えたくて理科準備室を出ていく。
「どうしたんだい?顔色が悪いよ」
獅恩が心配そうに顔を覗き込む。
「大丈夫、次で最後だから」
目を合わせられず窓へと視線を逃がす。僕の心情を表すかのように風が強く吹き、赤子のように暴れている。
「無理はしないでくれ」
「分かった」
なるべく会話をしたくなかったので廊下を早足で歩き、少し距離を開けた。そうやって無言で歩いていると、いつの間にか目的の場所へと着いていた。それと同時に、不愉快な気持ちも落ち着いた。
「ここがさっき言っていた弓道場だよ」
弓道場は安全のため緑色のフェンスに覆われている。フェンスの隙間から目を凝らしてよく見ると、道場の床を念入りにほうきで掃いている人が居るのが分かる。背が高く、背中に棒が埋め込まれているのではないかと疑う程姿勢が綺麗な女の人だ。よく彼杵と話しているのを見掛ける。
そう考えていると、
「何か御用ですか?」
とふと声を掛けられた。
「少しお話を伺ってもいいですか?」
僕が返答をする前に獅恩がそう尋ねた。
「もちろんいいですよ、入部希望ですか?」
「違うんです」
申し訳無さそうに答える。
「そうですよね………」と残念そうな反応をされ、少し罪悪感が残る。
「彼杵について、聞きたいんです」
「彼杵ちゃんについて?でも、私も何も知らないんです…」
やっぱり、何も収穫無しか。お礼を言い、諦めて帰ろうとすると「あ!」と引き留められる。
「そこの貴方、土曜日に彼杵ちゃんと部活終わりに二人で帰っていましたか?」
彼女はそう言い、獅恩を指差す。
「気のせいでは?」
獅恩は首を傾げながらそう答えた。
「あ、気のせいみたいです。すいません」
何か言いたそうに下を俯いていたが、別れを告げて弓道場へ去った。
なぜそう聞いたのか? 腑に落ちない点はあるが、なんだか気分が悪いのでそれを気にするどころではなかった。少し休みたい。「これで、学校は大体案内できたよ」
「感謝するよ。けれど、あまり情報は集められなかったみたいだね」
獅恩は溜息混じりにそう言う。
「そうだね。ごめん、少し体調が悪いから保健室に寄ってもいいかな…」
段々と頭痛が酷くなって悪寒がする。今すぐにでも横になりたい。
「大丈夫かい?俺も付いていくよ」
血の気が引いていく僕に気付いたのか、獅恩が肩を貸してくれる。
「ありがとう、ごめん」
力を振り絞り、なんとか脆弱な身体を動かす。いつものように自由に動けなくてもどかしい。頭がボッーとして視界が霞んでいる。どこまで歩いたのか分からない。ドアを開く音がする。保健室の先生らしき人の声が聞こえ、柔らかい物体が自分の体中を包み込む。
意識が朦朧する中、薄く聞こえる会話に耳を澄ます。
「颯海──丈夫な──すか!?」
「熱が少しあるみたいだけど大丈夫よ少──疲労が溜──て──みたいだから────させておきま──」
途切れ途切れにしか聞こえないが、獅恩が凄く心配しているのと、自分は熱があるということが理解出来た。
少し時間が経った後、会話は消え森閑とした空間となった。心做しか気分が安らいだと思った時、
────颯海
刹那、懐かしい声が聞こえた。
「彼杵?」
問いかけると、すぐに返事が返ってくる。
────私は傍に居る
「傍ってどこにいるんだ?戻ってきてよ」
………返事はない。もしかしたら夢なのかもしれない。そう思いそのまま眠気に身を預けた。心地良い窓からのそよ風と、手の暖かい感触を感じながら。

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