BLIZZARD!
第二章66『覚醒ヒーローと後輩ヒロイン』
「何言ってんですか! 早く逃げてくださいよ!」
 
「……え……?」
 
突如襲い掛かってきた『新種』に翔が手を変え品を変え挑んでいたその時、コハルの鋭い言葉が響いた。そのコハルの予想外の言葉に、翔は思わず呆然とする。そんな翔に、コハルはさらに叫んだ。
 
「……っ! 私言いましたよね!? 『私が危なくなったとしてもカケル先輩は私のことを助ける必要なんてない』って。もし逆の立場になったら私は絶対にカケル先輩を助けないって! 言いましたよね!?」
 
「……っ! それは……」
 
翔はコハルが言うその言葉をしっかりと覚えていた。それは、翔とコハルが割れ目に落ちた直後、共に行動すると決めてから最初に交わした無機質な契約のことであった。翔とコハルは、両者ともそれほど戦闘能力が高いわけではない。加えて両者の間の関係もコハルの態度を見るに決して良くないため、二人は助け合うことを辞めたのだった。
 
「……それでも、お前は……」
 
「『それでも』も何もないですよ! 第一、カケル先輩にこの『新種』が倒せるとでも思うんですか!? 遠征隊にも、代理遠征隊にも倒せなかった獣を、カケル先輩一人が倒せるわけないじゃないですか!」
 
「──ぁ」
 
それでも食い下がろうとする翔に、コハルはそう冷水のような冷たい言葉を浴びせる。その言葉を聞いた瞬間、翔は目の前に立ちはだかる現実を改めて見る。
 
どれだけ策を巡らせても、どれだけ相手を観察しても、翔の戦闘能力は決して高いわけではない。対して相手は遠征隊が三年前敗れた『新種』である。翔はそのことを認識した時、改めてその現実に気づかされた。
 
翔は、『新種』には勝てない。よって翔は、コハルを見捨ててそこから逃げるほかに道はない。
 
「……っ! そんなの……っ!」
 
しかし、それはあまりにも救いのない話であった。コハルの言っていることが正しいということは、翔は理論としては理解していた。しかし、翔はコハルを見捨てることが出来なかった。翔の本能の方が、コハルを見捨てることを認めていなかったのだ。
 
そんな中途半端な翔に、コハルはナイフのように鋭い言葉を浴びせた。
 
 
「……そうやって、また英雄ぶるつもりですか」
 
「────っ」
 
そのコハルの冷徹な言葉に、翔は今度こそ言葉を失った。
 
翔はつい先ほど、氷壁登りで消耗したコハル相手に同じようなことを言われたばかりであった。自らの力を過大評価し、すべての責任を自らで背負い込み、そしてすべてを救おうとするその態度は、英雄のそれに他ならない。ましてやそのすべてを救うために立ち向かう敵の力量を図れないなど、命が惜しくない蛮勇と言うほうが正しかった。
 
──そうだ、俺はもう、英雄なんかじゃない。だから……、だけど……っ!
 
葛藤を続ける翔に、コハルはとどめとなる一言を浴びせた。
 
「『余計なことはしない』んですよね? カケル先輩」
 
泣いているような、笑っているような顔でそう言ったコハルを見て、翔はようやく理解した。
 
──コハルは、死ぬ覚悟が出来てる。
 
コハルがそこまで翔の助けを拒絶しているのは、彼女が冷静で合理的だったからだけではなかった。彼女は既に悟っていたのだった。遠征隊とはぐれた状況で、自らの体力も尽き、そして現状実力が未知数な『新種』に捕らわれた時点で、彼女はそこから助かることを諦めていた。
 
「……コハル……」
 
翔がもし英雄であるなら、そんな強い存在であるなら、そうして悲嘆に暮れる少女を助け出し、再び希望を与えることが出来るのだろう。しかし、翔はそんな強い存在ではなかった。加えて、翔の頭の中には先ほどのコハルの言葉によって蘇ったアンリの忠告が渦を巻いていた。
 
『……「余計なことをしない」ことですよ』
 
翔はアンリに、自分が遠征隊の信頼を取り戻すために何をすべきか助言をもらったその時に、そのように言われたばかりであった。合理的に考えれば、翔とコハルの考えのうち正しいのは明らかにコハルの方であった。
 
──そのコハルの言葉を無視して、あの『新種』と戦ったとしたら。それは『余計なこと』にならないのか? 俺は、そんなことをしていいのか?
 
翔は自らの、もうあまり力も入らない手のひらを見つめそう考える。あの過酷な氷壁登りを乗り越えたことで体に疲労が溜まったのはコハルだけではなかった。翔の身体も少なからず消耗している。そんな状態で『新種』の獣と戦うなど、改めて考えずとも無謀だとわかる芸当であった。
 
──俺は、俺は……っ!
 
翔の頭に様々な考えが現れ、消えていく。しかし、どれだけ思考を巡らせても、コハルの言葉が正しく、翔には『新種』から逃げるほかないという現実は変わらなかった。
 
「……そんなに思いつめないでくださいよ。別に、カケル先輩がこの場から逃げることと、私が助からないことはイコールじゃありませんから。ひょっとしたら、カケル先輩がここから逃げることで偶然フィーリニと合流出来て、結果私が助かるって未来もあるかもしれないじゃないですか」
 
コハルは聞いているこちらが辛くなるほど気丈な様子でそう話した。コハルのその言葉も間違ってはいないのだろう。しかし、彼女の話すその展望がどれだけ実現可能性が低いことであるかを考えると、それは気休め程度にもならないものであった。
 
しかし、迷いに迷い、揺れに揺れた翔の心には、そんなコハルの言葉も決定打になりえるものであった。
 
「……そっか、そうだよな。ここで俺が出しゃばって戦って、二人とも死ぬよりそっちの方がいい、よな」
 
翔はその口に微かな笑みを浮かべ、そう呟く。その様子から、翔がようやく自分の考えに従う気になったことを察知したコハルは、再び口を開く。
 
「そうですよ。合理的に考えましょう? ここで二人とも『新種』にやられるより、カケル先輩一人でも無事に遠征隊と合流出来た方がよっぽどいいですよね?」
 
そのコハルの甘いささやきに、翔は無言で頷く。
 
──そうだ、今まで何を悩んでいたんだ。俺は英雄なんかじゃない、そんなに強くはない。だったら、逃げてしまえばいいんだ。逃げてしまっても、いいんだ。
 
翔の心を覆っていたその葛藤が、見る見るうちに消え去っていくのを翔は感じていた。答えなど最初から出ていたのだった。なぜなら、冰崎翔は英雄ではないのだから。
 
「……コハル、ごめんな。見捨てることになっちまって。どうか、恨まないでくれよ」
 
そう申し訳なさそうに言った翔にコハルはかつてないほど優しい顔になって答えた。
 
「気にしなくて大丈夫ですよ。別に、カケル先輩のことを恨んだりもしません。だって……」
 
と、そこまで話してから、少女は三年ぶりに再会したその時からずっと胸の内に秘めていた、その気持ちを口にしようとし、躊躇った。その一瞬の躊躇を目の前の青年に悟られないよう、コハルは必死にその顔を取り繕う。
 
──馬鹿だな、私。もう今ここで伝えなきゃ、永遠にその機会なんてないのに。
 
コハルは自らの意気地のなさを内心嘲笑ってから、その先の言葉を取り繕った。
 
「……だって、小さい頃の私にとって、カケル先輩はヒーローでしたから。その英雄を恨んだりなんかしませんよ」
 
そのコハルの言葉に、翔は「……ああ、ありがとう」としっかりと感謝を口にする。そして、そのコハルの優しい言葉に後押しされ、翔はついにその言葉を口にする。
 
「コハル、決めたよ。お前の言うとおりにする。
 
……俺は、ここから逃げ──────」
 
その言葉を口にしようとしたその瞬間、翔の頭に一つの言葉が蘇った。
 
 
 
『並行世界なんてものがあったとしたら、どの世界でも自分が好きな自分でいたい。
 
つまりまぁ……、俺はどんな世界でも英雄でいたいんだよ』
 
 
「────っ!」
 
その言葉が脳裏に蘇った瞬間、翔はその先の言葉を飲み込んだ。
 
「……カケル先輩?」
 
翔がその最後の一言を言い終わるより前に口を閉じたことを、コハルはそう訝しむ。しかし、その声はもう翔には届いていなかった。
 
──そう、だ。なんで、なんで今まで忘れていたんだ。
 
翔の脳裏に浮かんだその言葉は、翔が絶望の淵に立ったあの夜、罪を犯す前の過去に戻るというニヒの提案を断った時のものだった。
 
──そうだ、そうだろ。俺は、逃げなかったんだろ。
 
その言葉は、翔が基地の人間に恨みの眼で見られることで心身ともに限界に近い状態にいながらも、必死に気力を振り絞ってニヒに言い放ったものだった。傍から見ればなんとも格好の悪い、気障ったらしい一言だった。しかしその言葉は、それを発した翔自身にとっては、大きな価値を持つものだった。
 
──あの夜、あの苦しくて仕方なかった夜に、それでも俺は逃げなかったんだろ。
 
あの夜、翔が不格好ながらも逃げなかったという事実。その事実は、何よりも強く翔の背を押していた。
 
「カケル先輩……? 逃げるなら早く……」
 
その翔の様子に少しの苛立ちを示し始めたコハルは、そう翔を急かそうとする。しかし、そんなコハルの言葉に逆らって、翔は口を開いた。
 
「…………ぇよ」
 
「え……?」
 
「うるせぇって、言ってんだよ」
 
その確かな怒りを含んだ翔の声に、コハルは一瞬身じろぐ。
 
「カケル先輩、一体どう……」
 
「どいつもこいつもうるさいんだよ。『余計なことをするな』だとか、『私が危なくなったとしてもカケル先輩は私のことを助ける必要なんてない』だとか。挙句の果てに、私のことは置いて逃げろ、だぁ?」
 
その翔の言葉は、確かな怒りを秘めていた。突然その怒りを現した翔にコハルは戸惑いつつも、必死に翔を宥めもう一度その場から離れさせようとする。
 
しかし、それよりも早く、翔の鋭い質問がコハルの耳を刺した。
 
「……コハル、お前悲劇のヒロインにでもなったつもりか?」
 
「は、ぁ?」
 
その翔の挑発するような問いかけに、コハルは思わず語調を荒げる。しかし、その後すぐにコハルは深呼吸をしてその平静を取り戻し、平坦な口調に戻って言った。
 
「……突然何を言い出すかと思えば。私がカケル先輩に『逃げてください』って言ったのは、それが合理的からですよ。別に、自己犠牲の精神だとかそんなのに駆り立てられた訳じゃありません。だから……」
 
早く逃げてください、とその後にコハルが続けるより前に、翔が突然「あー! もう!」と突然大声を上げた。
 
「……それが酔いしれてるって言ってるんだよ。何が自分が犠牲になることが合理的だ。俺もお前も二人とも無事に遠征隊と合流する。これが一番理想的だろうが」
 
コハルの言葉をあざ笑うかのようにそう言った翔に、今度こそコハルの堪忍袋の緒が切れた。
 
「……っ! そんな、何をそんなバカバカしいことを言ってるんですか! そんな絵空事、無理に決まってるじゃないですか! 私とカケル先輩が二人とも助かる!? そのためには、あの『新種』を倒さなきゃいけないってこと分かってるんですか!?」
 
そのコハルの激昂に、翔は冷静に返した。
 
「そんなことわかってるよ。そのうえで言ってるんだ。俺は、絶対にコハルと一緒に助かる。さっき、そう決めたんだ」
 
そう不敵に笑う翔に、コハルはその怒りを残したまま、呆れたように翔に侮蔑の言葉を浴びせた。
 
「……カケル先輩がそこまで愚かだとは思いませんでしたよ。カケル先輩には現実が見えてないんですか? さっきも言いましたが、相手はあの……」
 
「……だから、ごちゃごちゃうるせぇって言ってんだよ」
 
「……はい?」
 
そのコハルの言葉を、翔はその荒ぶった言葉で遮った。そして、その目にかつてないほどの苛立ちを浮かべて、コハルに言い放った。
 
「……じゃあ逆にお前に聞くよ、コハル。お前には、希望が見えてないのか?」
 
「──────っ」
 
その翔の言葉に、コハルは何も返すことが出来ない。そのコハルに追い打ちをかけるように、翔は再び口を開いた。
 
「お前の言うことは多分正しいよ、コハル。合理的に考えるなら、確かにお前を置いて俺は逃げるべきなんだろう。でも……」
 
そこまで言ってから、翔はその次の言葉を発するのを一瞬躊躇う。その先の言葉を発するということは、翔があることに終止符を打つことと同義であった。その言葉の重みに、翔はひとたび口を閉じる。
 
『……あんだけ全部吐き出したんだ。また頑張れるだろ?』
 
その瞬間、翔の頭にかつての親友の言葉が蘇る。その言葉に勇気をもらった翔は、曇りのない笑みを作ってその先の言葉を言い放った。
 
 
「俺は、ヒーローだからな。お前が危機に陥ってるなら、お前が希望を持てないのなら。
 
俺は、必ずお前を助け出す。そして、絶対にお前を死なせない」
 
「────っ」
 
その翔の言葉に、コハルの眼が一瞬揺らぐ。しかし、すぐにその怒りを思い出し、コハルは口を開いた。
 
「……それが、現実を見れていないって言ってるんですよ。『必ずお前を助け出す』? 何を馬鹿げたこと言ってるんですか。それとも何ですか? 英雄には不可能はないだとか、そんな幼稚なことでもいうつもりですか?」
 
そのコハルの言葉は確かな棘を持っていたが、微かにその声は震えていた。その目に滲み出している涙も、恐らく怒りによるものだけではないだろう。
 
そんなコハルの様子を確認してから、翔は不敵な笑みを浮かべて言った。
 
「そんな阿保らしいことは俺も言うつもりはねぇよ。確かに、俺は敵がどんなに強くてもお前を守ってみせる。でも、不可能なことはある」
 
そこまで言ってから、翔は『新種』に捕らえられたコハルを指さして言った
 
「……助けを求めてないやつを、助けることだよ」
 
「────ぁ」
 
その翔の言葉に、今度こそコハルの心が揺らいだ。
 
「──コハル、俺に助けを求めろ」
 
「…………っ」
 
まっすぐ目を見つめられそう言われたコハルの眼から、熱い雫がこぼれていく。そのコハルに、翔は最後に言い放った。
 
「俺はもう逃げない。お雨が俺に助けたその瞬間、俺は絶対にお前を死なせない、そのための英雄になってやる。
 
だから、俺に助けを求めろ、コハル」
 
「…………っ!」
 
その翔の最後の一押しに、コハルはとうとう嗚咽交じりに泣き始める。
 
「……本当に、そんな無茶をするつもりですか?」
 
「当たり前だ。お前を救うためになら、なんだってやるぜ」
 
コハルのその問いかけに、翔はそう笑って返す。
 
「……あなたも死ぬことになるかもしれないんですよ? 『新種』に対しての作戦はあるんですか?」
 
「作戦は──あることにはある。お前を助け出すためのものならな。そこから先のことは──、お前にも手伝ってもらうことにするよ、コハル」
 
コハルの二度目の問いかけに、翔は躊躇せずにそう答える。翔は今英雄を名乗りながらも人に頼ることを恐れていなかった。なぜなら、その頭には親友の言葉が今も残っていたのだから。
 
『いいじゃんか。周りに頼って縋って、おんぶにだっこで進んでいく弱っちい英雄がいても』
 
その言葉が、親友の言葉の一つ一つが、今まさに翔の背中を押していた。その翔の毅然とした態度に、コハルは最後の質問を投げかけた。
 
「……っ!
 
私のことを、絶対助けるって約束してくれますか?」
 
涙に塗れたその質問に、翔ははっきりと答えた。
 
 
「……ああ、約束するよ。俺は、絶対にお前を助けてやる」
 
「────っ」
 
その翔の答えに、とうとうコハルはその言葉を口にした。
 
「だったら……!
 
私を助けてくださいよ、英雄!」
 
そうしてとうとうその言葉を耳にした翔は、不敵に笑った。
 
「もちろんだ。今すぐ助けてやる」
 
その言葉とともに、翔は『新種』へ三度突進した。その右腕には依然スタン警棒が握られている。しかし、仮に翔がどんなに迅い攻撃をしたとしても、その攻撃は高い学習能力を持つ『新種』には通用しないようにコハルには思えた。
 
──ああ、確かに『新種』の学習能力は驚異的だ。それでも、一度も見たことのない技は避けられない。否、避けられるはずがない。
 
翔はその右手に持ったスタン警棒のスイッチを、もう一段階強く押し込む。すると、そのスタン警棒から突如電子音が鳴り始めた。
 
「……コハル! 防げ!」
 
その叫びとともに、翔はそのスタン警棒を『新種』の顔面目掛けてぶん投げた。その翔の指示からその意図を悟ったコハルは、唯一自由となった右腕に全神経を集中させ、叫んだ。
 
「……『盾』!」
その叫びと同時に、コハルの前方、コハルと投げられたスタン警棒を遮る位置に氷の盾が生成された。『新種』がその盾の意味に気づくより前に、翔の手によって投げられたそのスタン警棒が爆発した。
 
「────!!!!!」
 
眼前で突然起こったその爆発に、『新種』は並々ならぬダメージを負った。その痛みにより身体の拘束が緩んだことを感じたコハルは、全身に力を入れてその『新種』の腕から脱出した。
 
「……っ!」
 
「コハル!」
 
そうして雪原に転がったコハルに、翔は雪兎で瞬時に駆け寄った。翔が指示した通りコハルが凍気を使って盾を作ったことで、コハルは爆発によるダメージはほぼ負っていなかった。
 
「……よし、うまくいった」
 
そう呟いて、翔は思わずニヤリと笑った。
 
『新種』がどれだけ高い学習能力を持っていたとしても『新種』が一度も見たことのない技は防げないという翔の考えは正しかった。『新種』は恐らくスタン警棒というものが触ってはいけないものだということはどこかで知っていたのだろう。しかし、『新種』は知らなかった。否、知る由もなかった。それが、爆発し得るということは。
 
「……まさか、アンリの変な発明品がここで役立つとはな……」
 
翔はその予想外の事態にそう苦笑しながら、改めて前を向いた。
 
「……さぁーて、ここからが本番だ」
 
翔の前方には、爆発により多少のダメージを負っていながらも立つ『新種』がいた。見たところその片目は先の爆発により使えなくなっているようだったが、それでも前方の『新種』は戦闘態勢にあった。
 
「……さっきの爆発で倒れててくれればそれが一番楽だったのに……。まぁ、そんなにうまくはいかないか」
 
翔は臨戦態勢を解かない『新種』を前にそうぼやいた。『新種』は先程の爆発で傷こそ負ったが、そのせいもあってかその殺意は先程より増しているように感じられた。恐らく、『新種』も先ほどの爆発で少なからずキレているのだろう。
 
そうして戦闘意欲をあらわにする『新種』を前に、翔は笑って呟いた。
 
「さあ。始めようぜ」
 
そうして、翔と『新種』の激戦が幕を開けたのだった。
 
「……え……?」
 
突如襲い掛かってきた『新種』に翔が手を変え品を変え挑んでいたその時、コハルの鋭い言葉が響いた。そのコハルの予想外の言葉に、翔は思わず呆然とする。そんな翔に、コハルはさらに叫んだ。
 
「……っ! 私言いましたよね!? 『私が危なくなったとしてもカケル先輩は私のことを助ける必要なんてない』って。もし逆の立場になったら私は絶対にカケル先輩を助けないって! 言いましたよね!?」
 
「……っ! それは……」
 
翔はコハルが言うその言葉をしっかりと覚えていた。それは、翔とコハルが割れ目に落ちた直後、共に行動すると決めてから最初に交わした無機質な契約のことであった。翔とコハルは、両者ともそれほど戦闘能力が高いわけではない。加えて両者の間の関係もコハルの態度を見るに決して良くないため、二人は助け合うことを辞めたのだった。
 
「……それでも、お前は……」
 
「『それでも』も何もないですよ! 第一、カケル先輩にこの『新種』が倒せるとでも思うんですか!? 遠征隊にも、代理遠征隊にも倒せなかった獣を、カケル先輩一人が倒せるわけないじゃないですか!」
 
「──ぁ」
 
それでも食い下がろうとする翔に、コハルはそう冷水のような冷たい言葉を浴びせる。その言葉を聞いた瞬間、翔は目の前に立ちはだかる現実を改めて見る。
 
どれだけ策を巡らせても、どれだけ相手を観察しても、翔の戦闘能力は決して高いわけではない。対して相手は遠征隊が三年前敗れた『新種』である。翔はそのことを認識した時、改めてその現実に気づかされた。
 
翔は、『新種』には勝てない。よって翔は、コハルを見捨ててそこから逃げるほかに道はない。
 
「……っ! そんなの……っ!」
 
しかし、それはあまりにも救いのない話であった。コハルの言っていることが正しいということは、翔は理論としては理解していた。しかし、翔はコハルを見捨てることが出来なかった。翔の本能の方が、コハルを見捨てることを認めていなかったのだ。
 
そんな中途半端な翔に、コハルはナイフのように鋭い言葉を浴びせた。
 
 
「……そうやって、また英雄ぶるつもりですか」
 
「────っ」
 
そのコハルの冷徹な言葉に、翔は今度こそ言葉を失った。
 
翔はつい先ほど、氷壁登りで消耗したコハル相手に同じようなことを言われたばかりであった。自らの力を過大評価し、すべての責任を自らで背負い込み、そしてすべてを救おうとするその態度は、英雄のそれに他ならない。ましてやそのすべてを救うために立ち向かう敵の力量を図れないなど、命が惜しくない蛮勇と言うほうが正しかった。
 
──そうだ、俺はもう、英雄なんかじゃない。だから……、だけど……っ!
 
葛藤を続ける翔に、コハルはとどめとなる一言を浴びせた。
 
「『余計なことはしない』んですよね? カケル先輩」
 
泣いているような、笑っているような顔でそう言ったコハルを見て、翔はようやく理解した。
 
──コハルは、死ぬ覚悟が出来てる。
 
コハルがそこまで翔の助けを拒絶しているのは、彼女が冷静で合理的だったからだけではなかった。彼女は既に悟っていたのだった。遠征隊とはぐれた状況で、自らの体力も尽き、そして現状実力が未知数な『新種』に捕らわれた時点で、彼女はそこから助かることを諦めていた。
 
「……コハル……」
 
翔がもし英雄であるなら、そんな強い存在であるなら、そうして悲嘆に暮れる少女を助け出し、再び希望を与えることが出来るのだろう。しかし、翔はそんな強い存在ではなかった。加えて、翔の頭の中には先ほどのコハルの言葉によって蘇ったアンリの忠告が渦を巻いていた。
 
『……「余計なことをしない」ことですよ』
 
翔はアンリに、自分が遠征隊の信頼を取り戻すために何をすべきか助言をもらったその時に、そのように言われたばかりであった。合理的に考えれば、翔とコハルの考えのうち正しいのは明らかにコハルの方であった。
 
──そのコハルの言葉を無視して、あの『新種』と戦ったとしたら。それは『余計なこと』にならないのか? 俺は、そんなことをしていいのか?
 
翔は自らの、もうあまり力も入らない手のひらを見つめそう考える。あの過酷な氷壁登りを乗り越えたことで体に疲労が溜まったのはコハルだけではなかった。翔の身体も少なからず消耗している。そんな状態で『新種』の獣と戦うなど、改めて考えずとも無謀だとわかる芸当であった。
 
──俺は、俺は……っ!
 
翔の頭に様々な考えが現れ、消えていく。しかし、どれだけ思考を巡らせても、コハルの言葉が正しく、翔には『新種』から逃げるほかないという現実は変わらなかった。
 
「……そんなに思いつめないでくださいよ。別に、カケル先輩がこの場から逃げることと、私が助からないことはイコールじゃありませんから。ひょっとしたら、カケル先輩がここから逃げることで偶然フィーリニと合流出来て、結果私が助かるって未来もあるかもしれないじゃないですか」
 
コハルは聞いているこちらが辛くなるほど気丈な様子でそう話した。コハルのその言葉も間違ってはいないのだろう。しかし、彼女の話すその展望がどれだけ実現可能性が低いことであるかを考えると、それは気休め程度にもならないものであった。
 
しかし、迷いに迷い、揺れに揺れた翔の心には、そんなコハルの言葉も決定打になりえるものであった。
 
「……そっか、そうだよな。ここで俺が出しゃばって戦って、二人とも死ぬよりそっちの方がいい、よな」
 
翔はその口に微かな笑みを浮かべ、そう呟く。その様子から、翔がようやく自分の考えに従う気になったことを察知したコハルは、再び口を開く。
 
「そうですよ。合理的に考えましょう? ここで二人とも『新種』にやられるより、カケル先輩一人でも無事に遠征隊と合流出来た方がよっぽどいいですよね?」
 
そのコハルの甘いささやきに、翔は無言で頷く。
 
──そうだ、今まで何を悩んでいたんだ。俺は英雄なんかじゃない、そんなに強くはない。だったら、逃げてしまえばいいんだ。逃げてしまっても、いいんだ。
 
翔の心を覆っていたその葛藤が、見る見るうちに消え去っていくのを翔は感じていた。答えなど最初から出ていたのだった。なぜなら、冰崎翔は英雄ではないのだから。
 
「……コハル、ごめんな。見捨てることになっちまって。どうか、恨まないでくれよ」
 
そう申し訳なさそうに言った翔にコハルはかつてないほど優しい顔になって答えた。
 
「気にしなくて大丈夫ですよ。別に、カケル先輩のことを恨んだりもしません。だって……」
 
と、そこまで話してから、少女は三年ぶりに再会したその時からずっと胸の内に秘めていた、その気持ちを口にしようとし、躊躇った。その一瞬の躊躇を目の前の青年に悟られないよう、コハルは必死にその顔を取り繕う。
 
──馬鹿だな、私。もう今ここで伝えなきゃ、永遠にその機会なんてないのに。
 
コハルは自らの意気地のなさを内心嘲笑ってから、その先の言葉を取り繕った。
 
「……だって、小さい頃の私にとって、カケル先輩はヒーローでしたから。その英雄を恨んだりなんかしませんよ」
 
そのコハルの言葉に、翔は「……ああ、ありがとう」としっかりと感謝を口にする。そして、そのコハルの優しい言葉に後押しされ、翔はついにその言葉を口にする。
 
「コハル、決めたよ。お前の言うとおりにする。
 
……俺は、ここから逃げ──────」
 
その言葉を口にしようとしたその瞬間、翔の頭に一つの言葉が蘇った。
 
 
 
『並行世界なんてものがあったとしたら、どの世界でも自分が好きな自分でいたい。
 
つまりまぁ……、俺はどんな世界でも英雄でいたいんだよ』
 
 
「────っ!」
 
その言葉が脳裏に蘇った瞬間、翔はその先の言葉を飲み込んだ。
 
「……カケル先輩?」
 
翔がその最後の一言を言い終わるより前に口を閉じたことを、コハルはそう訝しむ。しかし、その声はもう翔には届いていなかった。
 
──そう、だ。なんで、なんで今まで忘れていたんだ。
 
翔の脳裏に浮かんだその言葉は、翔が絶望の淵に立ったあの夜、罪を犯す前の過去に戻るというニヒの提案を断った時のものだった。
 
──そうだ、そうだろ。俺は、逃げなかったんだろ。
 
その言葉は、翔が基地の人間に恨みの眼で見られることで心身ともに限界に近い状態にいながらも、必死に気力を振り絞ってニヒに言い放ったものだった。傍から見ればなんとも格好の悪い、気障ったらしい一言だった。しかしその言葉は、それを発した翔自身にとっては、大きな価値を持つものだった。
 
──あの夜、あの苦しくて仕方なかった夜に、それでも俺は逃げなかったんだろ。
 
あの夜、翔が不格好ながらも逃げなかったという事実。その事実は、何よりも強く翔の背を押していた。
 
「カケル先輩……? 逃げるなら早く……」
 
その翔の様子に少しの苛立ちを示し始めたコハルは、そう翔を急かそうとする。しかし、そんなコハルの言葉に逆らって、翔は口を開いた。
 
「…………ぇよ」
 
「え……?」
 
「うるせぇって、言ってんだよ」
 
その確かな怒りを含んだ翔の声に、コハルは一瞬身じろぐ。
 
「カケル先輩、一体どう……」
 
「どいつもこいつもうるさいんだよ。『余計なことをするな』だとか、『私が危なくなったとしてもカケル先輩は私のことを助ける必要なんてない』だとか。挙句の果てに、私のことは置いて逃げろ、だぁ?」
 
その翔の言葉は、確かな怒りを秘めていた。突然その怒りを現した翔にコハルは戸惑いつつも、必死に翔を宥めもう一度その場から離れさせようとする。
 
しかし、それよりも早く、翔の鋭い質問がコハルの耳を刺した。
 
「……コハル、お前悲劇のヒロインにでもなったつもりか?」
 
「は、ぁ?」
 
その翔の挑発するような問いかけに、コハルは思わず語調を荒げる。しかし、その後すぐにコハルは深呼吸をしてその平静を取り戻し、平坦な口調に戻って言った。
 
「……突然何を言い出すかと思えば。私がカケル先輩に『逃げてください』って言ったのは、それが合理的からですよ。別に、自己犠牲の精神だとかそんなのに駆り立てられた訳じゃありません。だから……」
 
早く逃げてください、とその後にコハルが続けるより前に、翔が突然「あー! もう!」と突然大声を上げた。
 
「……それが酔いしれてるって言ってるんだよ。何が自分が犠牲になることが合理的だ。俺もお前も二人とも無事に遠征隊と合流する。これが一番理想的だろうが」
 
コハルの言葉をあざ笑うかのようにそう言った翔に、今度こそコハルの堪忍袋の緒が切れた。
 
「……っ! そんな、何をそんなバカバカしいことを言ってるんですか! そんな絵空事、無理に決まってるじゃないですか! 私とカケル先輩が二人とも助かる!? そのためには、あの『新種』を倒さなきゃいけないってこと分かってるんですか!?」
 
そのコハルの激昂に、翔は冷静に返した。
 
「そんなことわかってるよ。そのうえで言ってるんだ。俺は、絶対にコハルと一緒に助かる。さっき、そう決めたんだ」
 
そう不敵に笑う翔に、コハルはその怒りを残したまま、呆れたように翔に侮蔑の言葉を浴びせた。
 
「……カケル先輩がそこまで愚かだとは思いませんでしたよ。カケル先輩には現実が見えてないんですか? さっきも言いましたが、相手はあの……」
 
「……だから、ごちゃごちゃうるせぇって言ってんだよ」
 
「……はい?」
 
そのコハルの言葉を、翔はその荒ぶった言葉で遮った。そして、その目にかつてないほどの苛立ちを浮かべて、コハルに言い放った。
 
「……じゃあ逆にお前に聞くよ、コハル。お前には、希望が見えてないのか?」
 
「──────っ」
 
その翔の言葉に、コハルは何も返すことが出来ない。そのコハルに追い打ちをかけるように、翔は再び口を開いた。
 
「お前の言うことは多分正しいよ、コハル。合理的に考えるなら、確かにお前を置いて俺は逃げるべきなんだろう。でも……」
 
そこまで言ってから、翔はその次の言葉を発するのを一瞬躊躇う。その先の言葉を発するということは、翔があることに終止符を打つことと同義であった。その言葉の重みに、翔はひとたび口を閉じる。
 
『……あんだけ全部吐き出したんだ。また頑張れるだろ?』
 
その瞬間、翔の頭にかつての親友の言葉が蘇る。その言葉に勇気をもらった翔は、曇りのない笑みを作ってその先の言葉を言い放った。
 
 
「俺は、ヒーローだからな。お前が危機に陥ってるなら、お前が希望を持てないのなら。
 
俺は、必ずお前を助け出す。そして、絶対にお前を死なせない」
 
「────っ」
 
その翔の言葉に、コハルの眼が一瞬揺らぐ。しかし、すぐにその怒りを思い出し、コハルは口を開いた。
 
「……それが、現実を見れていないって言ってるんですよ。『必ずお前を助け出す』? 何を馬鹿げたこと言ってるんですか。それとも何ですか? 英雄には不可能はないだとか、そんな幼稚なことでもいうつもりですか?」
 
そのコハルの言葉は確かな棘を持っていたが、微かにその声は震えていた。その目に滲み出している涙も、恐らく怒りによるものだけではないだろう。
 
そんなコハルの様子を確認してから、翔は不敵な笑みを浮かべて言った。
 
「そんな阿保らしいことは俺も言うつもりはねぇよ。確かに、俺は敵がどんなに強くてもお前を守ってみせる。でも、不可能なことはある」
 
そこまで言ってから、翔は『新種』に捕らえられたコハルを指さして言った
 
「……助けを求めてないやつを、助けることだよ」
 
「────ぁ」
 
その翔の言葉に、今度こそコハルの心が揺らいだ。
 
「──コハル、俺に助けを求めろ」
 
「…………っ」
 
まっすぐ目を見つめられそう言われたコハルの眼から、熱い雫がこぼれていく。そのコハルに、翔は最後に言い放った。
 
「俺はもう逃げない。お雨が俺に助けたその瞬間、俺は絶対にお前を死なせない、そのための英雄になってやる。
 
だから、俺に助けを求めろ、コハル」
 
「…………っ!」
 
その翔の最後の一押しに、コハルはとうとう嗚咽交じりに泣き始める。
 
「……本当に、そんな無茶をするつもりですか?」
 
「当たり前だ。お前を救うためになら、なんだってやるぜ」
 
コハルのその問いかけに、翔はそう笑って返す。
 
「……あなたも死ぬことになるかもしれないんですよ? 『新種』に対しての作戦はあるんですか?」
 
「作戦は──あることにはある。お前を助け出すためのものならな。そこから先のことは──、お前にも手伝ってもらうことにするよ、コハル」
 
コハルの二度目の問いかけに、翔は躊躇せずにそう答える。翔は今英雄を名乗りながらも人に頼ることを恐れていなかった。なぜなら、その頭には親友の言葉が今も残っていたのだから。
 
『いいじゃんか。周りに頼って縋って、おんぶにだっこで進んでいく弱っちい英雄がいても』
 
その言葉が、親友の言葉の一つ一つが、今まさに翔の背中を押していた。その翔の毅然とした態度に、コハルは最後の質問を投げかけた。
 
「……っ!
 
私のことを、絶対助けるって約束してくれますか?」
 
涙に塗れたその質問に、翔ははっきりと答えた。
 
 
「……ああ、約束するよ。俺は、絶対にお前を助けてやる」
 
「────っ」
 
その翔の答えに、とうとうコハルはその言葉を口にした。
 
「だったら……!
 
私を助けてくださいよ、英雄!」
 
そうしてとうとうその言葉を耳にした翔は、不敵に笑った。
 
「もちろんだ。今すぐ助けてやる」
 
その言葉とともに、翔は『新種』へ三度突進した。その右腕には依然スタン警棒が握られている。しかし、仮に翔がどんなに迅い攻撃をしたとしても、その攻撃は高い学習能力を持つ『新種』には通用しないようにコハルには思えた。
 
──ああ、確かに『新種』の学習能力は驚異的だ。それでも、一度も見たことのない技は避けられない。否、避けられるはずがない。
 
翔はその右手に持ったスタン警棒のスイッチを、もう一段階強く押し込む。すると、そのスタン警棒から突如電子音が鳴り始めた。
 
「……コハル! 防げ!」
 
その叫びとともに、翔はそのスタン警棒を『新種』の顔面目掛けてぶん投げた。その翔の指示からその意図を悟ったコハルは、唯一自由となった右腕に全神経を集中させ、叫んだ。
 
「……『盾』!」
その叫びと同時に、コハルの前方、コハルと投げられたスタン警棒を遮る位置に氷の盾が生成された。『新種』がその盾の意味に気づくより前に、翔の手によって投げられたそのスタン警棒が爆発した。
 
「────!!!!!」
 
眼前で突然起こったその爆発に、『新種』は並々ならぬダメージを負った。その痛みにより身体の拘束が緩んだことを感じたコハルは、全身に力を入れてその『新種』の腕から脱出した。
 
「……っ!」
 
「コハル!」
 
そうして雪原に転がったコハルに、翔は雪兎で瞬時に駆け寄った。翔が指示した通りコハルが凍気を使って盾を作ったことで、コハルは爆発によるダメージはほぼ負っていなかった。
 
「……よし、うまくいった」
 
そう呟いて、翔は思わずニヤリと笑った。
 
『新種』がどれだけ高い学習能力を持っていたとしても『新種』が一度も見たことのない技は防げないという翔の考えは正しかった。『新種』は恐らくスタン警棒というものが触ってはいけないものだということはどこかで知っていたのだろう。しかし、『新種』は知らなかった。否、知る由もなかった。それが、爆発し得るということは。
 
「……まさか、アンリの変な発明品がここで役立つとはな……」
 
翔はその予想外の事態にそう苦笑しながら、改めて前を向いた。
 
「……さぁーて、ここからが本番だ」
 
翔の前方には、爆発により多少のダメージを負っていながらも立つ『新種』がいた。見たところその片目は先の爆発により使えなくなっているようだったが、それでも前方の『新種』は戦闘態勢にあった。
 
「……さっきの爆発で倒れててくれればそれが一番楽だったのに……。まぁ、そんなにうまくはいかないか」
 
翔は臨戦態勢を解かない『新種』を前にそうぼやいた。『新種』は先程の爆発で傷こそ負ったが、そのせいもあってかその殺意は先程より増しているように感じられた。恐らく、『新種』も先ほどの爆発で少なからずキレているのだろう。
 
そうして戦闘意欲をあらわにする『新種』を前に、翔は笑って呟いた。
 
「さあ。始めようぜ」
 
そうして、翔と『新種』の激戦が幕を開けたのだった。
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