BLIZZARD!

青色魚

第二章56『吐き出して、また』

 ──全く。頼った私が言うのもなんですが、あの人よく翔を助けられましたね……。

 その存在は照れくさそうに笑い合う二人の男達を遠目に感慨深く見守る。

 ──松本マツモト友哉トモヤ。特別な力も凍気フリーガスも持たない、ただの・・・善人・・ですか。

 年甲斐もなく親友と楽しそうに笑うその男を見て、その存在は小さく笑ってその場をあとにした。

 その顔からその存在の感情は読み取れなかったが、その存在の頭頂部に着いたが嬉しそうに動いていたのは、本人すら気づかなかった失態ミスであったのだった。





「……あれ?」

「? どうした?」

 そうして走り去る人影を見て、翔は首を傾げる。

「いや、今フィルがそこに居たような……」

「フィル……フィーリニちゃんか。あの獣耳の子だよな」

 翔の呟きに、『松つん』こと友哉はそう解釈をする。と、その瞬間、その頭に鈍い痛みが走った。

「──っつ!」

「? どしたまっつ──じゃなかった友哉?」

 急に頭を抑えだした友哉を翔は怪訝な目で見つめる。だがその頭の痛みは友哉本人にも不可解なものであった。ほぼ一年中基地に暮らし、日光の当たることの無い暮らしを『健康的』などとは言えないが、それでも彼は決して病気がちな人物ではなかったのだから。

「……あれ、俺ついさっきあの子フィーリニに会った……?」

「な、本当マジかよ松つん!」

 その友哉の言葉に、翔は思わず食いつく。だがその期待とは裏腹に、友哉は苦い顔で続けた。

「……いや、思い出せないな。何だったんだあれは……? 夢、なのか?」

 友哉には少女、フィーリニとどこかで出会った記憶が朧気だが存在した。だがその記憶は時が経つにつれ薄れていき、今まさに忘却の彼方になろうとした。

「松つん、もう少し詳しく思い出せないか? あいつフィーリニと何処で会ったとか、どんな話をしたかとか」

 そんな友哉に、翔は必死にそう質問を投げかける。だが、返ってきたのは渋い答えだけだった。

「……いや、悪い。もう・・何も・・思い出せない・・・・・・。あの子に会ったことすら、ついさっき俺が言ったことなのにもう自信が無い」

 傍目から見ても異常な速度で、友哉のその夢の記憶は消えていった。

 そうして友哉の中に残された僅かな『異常』の記憶は完全にかき消されたのだった。

「……そうか」

 その答えを聞いて残念な顔になる翔に、友哉は意地悪そうな顔をして言った。

「俺のあったかどうかも分からない夢のことなんかどうでもいいだろ。というか、呼び名・・・戻ってるぞ」

「……あ」

 その友哉の注意で、つい先程交わした約束のことを思い出した翔は平謝りした。

「ごめん、友哉。やっぱり慣れなくてさ」

「いいよ別に。少しずつ慣れていこうぜ、翔」

 そうして翔に笑いかけた友哉であったが、その後「……さて」と付け加えて、その顔を真面目にして続けた。

「話を続けるか。翔、ここからお前はどうする・・・・?」

 その友哉の問いかけに、翔も真剣な表情に戻って口を開く。

「……ああ、そうだよな。俺が元気を取り戻したところで、まだ何も解決・・してないんだよな」

 そう翔は、遠い目をしながら呟いた。

 親友ともやが絶望に伏した自分を助けに来てくれたこと。彼に助けてもらったこと。彼に元気を貰ったこと。それらは確かに翔の前進の礎となるものであったが、それでも事態は未だ何も好転していないのだった。

「……そうだ、むしろここからが本番だよな。期待も信頼も何もかも失った弱っちいヒーローが、どう取り戻す・・・・か」

 翔の目の前に立ち塞がる課題は、未だその大きさを変えないまま健在であった。変わったのは翔の心の持ちようだけであり、翔がどれだけ元気を取り戻してもそれらは解決される訳では無いのだ。

「つーか、改めて振り返ってみると絶望的な状況に居るな、俺」

 翔は今や遠征隊なかまの信頼を失った身である。友哉しんゆうという例外を除いて、基地の人々からの評価も決して良い訳では無い。

「そんな状況で、どう信頼を取り戻せっていうんだろうな……」

 翔は奇しくも今回の騒動で深く学んでいたのだった。信頼というものが、かくも崩れ落ちるのは一瞬であるくせに、取り戻すのには時間がかかるものであると。

「……信頼、ねぇ」

 その翔の呟きに、友哉はそう反応する。そして少しの思案の後、友哉は再び口を開いた。

「……やっぱり、遠征で成果をあげる以外にないんじゃねーの?」

「…………それは……」

 友哉のそのもっともな言葉に、翔は反論する言葉を持たない。友哉のその意見は、至極正当もっともなものであったのだった。しかし……

「……言うは易し行うは難し、ってな」

「まぁ、それはな……」

 その友哉の案が、容易に実行できるものでもないことも事実であった。

「……俺は、もう遠征隊に信用されてないからな」

「らしいな。だったら、まず遠征に・・・参加する・・・・ことが第一の難関ってことか」

 一名を除いて遠征隊の全員を三年後の未来へ連れ込む。そんなことをしでかした翔が、以前のように遠征に参加出来る道理はなかった。

 人の信用を失うとはそういうことである。そのことは、翔自身この一件で身にしみていたのだった。

「……とりあえず、遠征に参加させてもらうよう頼み込むしかないか。隊長……か、フィルヒナーさん辺りに」

 ならば、と翔の出した答えは単純であった。翔がここから遠征隊の信用を取り戻すには、どの道遠征に参加する他道はない。ならば頭を下げてでも次の遠征に参加し、そこで成果をあげるのが一番単純シンプルな手であろう。

 その翔の言葉に、友哉は静かに頷く。それは翔の意見に彼が同意したという無言の意思表示メッセージであり、それを読み取った翔は心を決める。

「よし、じゃあ早速フィルヒナーさんを探して……」

「その必要はありませんよ、カケル様」

 その翔の言葉を遮るように、その場に凛とした声が響いた。

「……っ!?」

「こんな所にいらしたんですね、カケル様」

 その声に翔は後ろを振り返る。するとそこには、噂のフィルヒナーが毅然とした態度で立っていた。

「……なんで、こんな所に……

 いや、それよりも……」

 翔の頭に真っ先に浮かんだのは、その疑問ではなかった。彼が気付いたのは、気付いてしまったのは、悲しいほどの違和感であった。

「……敬語・・……っ!」

「……もう、砕けた話し方をするほどの仲でもないでしょう」

 フィルヒナーが翔に使っていたその敬語は、翔が正式にこの基地に迎えられたその時に廃絶されたものだった。されたもののはずであった。それがかつてであった時のように戻ったということは、悲しいほどにフィルヒナーの翔への心の距離を表していた。

「…………っ!」

 その事実に翔が顔を悲愴に染めようとしたその時、その背中が強く叩かれた。

なぁーにをいじけてんだよっ!」

いっつ──!?」

 そうして突如友哉に背中を平手打ちされた翔は、涙目にそう叫ぶ。突然の友のその奇行に翔は訝しげに友哉を見るが、その表情が表す言葉メッセージに気付き、翔は押し黙る。

 ──そうだ。いつまでも過ぎたこと気にしてたらなんも変わらない。さっき松つんに……、友哉に教えてもらったばっかだろ。

 そう心を持ち直してから、翔は改めてフィルヒナーの方を見る。その様子を見て友哉は満足そうに微笑んでから、眉をひそめてフィルヒナーに問いかけた。

「……それで、基地長フィルヒナーさん。その口ぶりだと、翔を探してたみたいだが何用なんだ?」

 その友哉の問いかけに、フィルヒナーは冷徹な態度を崩さないまま答えた。

「先程言った通りですよ、トモヤ様。カケル様は遠征に行くために私を説得する必要なんてありません。そのこと・・・・を、伝えに来たのです」

 そのフィルヒナーの妙な口ぶりに、翔は首を傾げる。そんな翔の様子は気にもせず、フィルヒナーは続けた。

「カケル様に、次回の遠征・・・・・についての話をしに来ました」

 そのフィルヒナーの予想外の言葉に、翔は思わず目を丸くして尋ねる。

「……俺も遠征に行っていいんですか?」

「ええ、本来ならばカケル様のしたことを考えれば遠征参加は認められませんが……」

 その先の言葉に、翔は希望を馳せる。翔は願っていた。自らが遠征への参加が許されたのは、彼女フィルヒナーに僅かに残った翔への温情からだと。

 しかしその次に告げられた言葉は、何よりも冷たいものであった。

「……ランバート隊員とヒロ隊員が遠征参加が難しく、フレボーグ隊員も消えた今遠征隊は人手不足・・・・です。よって、私はカケル様にも頼らざるを・・・・・得ない・・・のですよ」

 そのフィルヒナーの冷徹な言葉に、翔は奥歯を噛み締める。しかしそれは、悔しさからでは・・なかった・・・・

 ──上等だよ。

 その口の端に漏れていたのは闘争心溢れる笑みであった。翔はそのフィルヒナーの言葉に戦意喪失するどころが、逆にその心に火を付けたのだった。

 ──どんな理由であれ、俺が遠征に参加できるのは事実だ。ならやってやんよ・・・・・・。期待されてなかろうが何だろうが、成果を上げてやる。

 その決意の眼差しを見てその先の言葉は要らないと考えたフィルヒナーは、きびすを返してその場を立ち去り始める。その最中さなか、静かに翔の方を振り返って付け加えた。

「遠征は二日後出発です。加えて、カケル様には一つご留意していただきたいことがあります」

 その先を一度溜めてから、フィルヒナーはその言葉を強調して言った。

「カケル様には『時間跳躍・・・・に関する・・・・力の・・全ての・・・使用を・・・禁じます・・・・。使おうとした素振りを発見した時点で拘束するように元二たいちょうにも伝えているので、そのつもりで」

 そのフィルヒナーの言葉は、すなわち『余計なことはするな』という意味を孕んでいた。彼女がそう言うのは翔には当然のように思われた。まさにその翔がした『余計なこと』のせいで、今のこの状況は形作られたのだから。

「……『時間跳躍』にまつわる力を使うな、か。予想はしてたけど、相当過酷シビアだな」

 翔は出されたその条件の厳しさに舌を巻く。先程翔自身が吐露した通り、翔は自らの力だけで事を為したことは一度もない。そしてその時頼ってきた力の大部分は、何故自分に与えられたかもわからない『時間跳躍』の力だ。その力のせいで翔がここまで失落したことを考えても、その力の使用を禁じられることは翔の戦力が半減することになるのは明白であった。

「……それでも、やるしかない」

 しかし、そんな難題を突きつけられても翔は今度は俯かなかった。否、翔はもう諦めるはずもなかった。先程親友ともから貰った平手打ちあつさの感覚が、まだその背に残っていたのだから。

「……伝達事項は以上です。それでは」

 その様子を見て、フィルヒナーは冷ややかな態度を崩さないまま立ち去って行った。

 その姿を見送ってから、翔は改めて友哉に向き直って言った。

「……よし、じゃあそういうことらしいから頑張ってくるわ。応援よろしくな」

 その翔の冗談めいた言葉に、友哉は笑って答えた。

「ああ、せいぜい基地の中でお前の活躍を祈ってるよ。それと……」

 と、そこまで言ってから友哉は真剣な面持ちになって続けた。

「……ひとつ、励ますときに言い忘れてたことがあってな。今のお前にはもう必要なさそうだけど、一応伝えておく」

 その友哉の真剣な表情と言葉に、翔も居住まいを正してその先を聞かんとする。

 その翔の様子に満足そうにしてから、友哉は口を開いた。

「……お前が気にしてた『成功』だとか『失敗』なんてのは、結局後付けのことに過ぎないんだ。分かるだろ? 何かをしている最中にそれが成功してるのか失敗してるのかなんてなかなか分からん。全て終わってから、あの時自分は成功していたのか、はたまた失敗していたのか。振り返ってから初めて分かるものだよな」

 その友哉の妙な言葉に、翔は首を傾げながらその続きを聞く。そんな翔に笑いかけながら、友哉は飛びっきりの笑顔で続けた。

「今回の事件ことも同じだ。後から振り返って成功だったと思えるように、頑張ろうぜ」

「…………っ!」

 その親友ともの予想外の応援の言葉エールに、翔は思わず目を潤ませる。それを必死に拭いながら、翔は笑って言った。

「……松つ──じゃなかった、友哉のその名言はどっから出てるんだよ、全く」

「年の功舐めんなよー? 伊達にお前より三十年近く生きてねぇわ」

 そうして笑う友哉であったが、翔は内心本当に彼に感謝をしていた。

 ──不思議な感覚だ。友哉に貰った言葉の一つ一つが、俺の力になっていく感じがする。

 翔はつい先程どん底まで落ちぶれ、そして全てを吐き出した。そうして空っぽになったその冷たい身体に、友哉のその言葉たちは確実にエネルギーを与えていた。

「……あんだけ全部吐き出したんだ。また頑張れるだろ?」

 その友哉の問い掛けに、翔は笑って答えた。

「当然だよ。楽しみに待ってろ。俺がまた英雄ヒーローになって帰ってくる、その時をな」

 その翔の言葉に、友哉も嬉しそうに微笑んたのだった。






「総員、準備はいいな」

 その場に集まった面々に、元二はそう声を掛けた。その中の一人、翔は静かに闘志を込めてその場にいる者達の顔を見回す。

 その場にいた遠征隊の隊員メンバーは、フィルヒナーの『人員不足』という言葉の通り決して全員出席フルメンバーでは無かった。ランバートとヒロの二人は今も治療中のためその場におらず、その代わりに二人の『代理遠征隊』がその穴を補うためにそこに参加していた。

「……キラくん、コハルくん、改めて俺らがいなかった間基地を守ってくれたことに感謝する。そして、長らく基地を開けてたこと、本当にすまなかった」

 防寒服に身を通したその二人の少年少女に、元二は真剣な表情でそう言った。元二の言葉に二人が頷いたのを見て、元二はわずかな笑みを浮かべて続けた。

「今回から君らと一緒に遠征に行けることを後衛に思うよ。頼りない俺らだが、どうか一緒に戦ってくれ」

 その元二の言葉に、また二人は静かに頷く。その様子から遠征隊の雰囲気に問題は無いと判断した元二は、外へと続くその扉に手をかけて言った。

「……よし。ではこれより、遠征を開始する!」

 その言葉に翔は士気を上げて、遠征隊に続いて基地を出た。

 そうして、全てを吐き出した翔はまた、吹雪の世界に足を踏み入れたのだった。

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