BLIZZARD!
第二章34『フレボーグ』
その少女が目覚めと共に見たものは、無機質な基地の見慣れた天井であった。
「──っ!」
そこがどこであるか、今はどんな時であるか、自分は何をすべきかを一瞬で思い出したその少女は、寝起きの気怠い身体に鞭を打ちそこから立ち上がろうとする。が、そのベッドから足を下ろし、二本の足で立とうとした瞬間、彼女の身体は膝から崩れ落ちた。
「──っ! ぁ……!」
その少女はその痛みと無力感から苦悶に表情を歪めた。そしてその少女の起きた音を聞いたのか、まもなくその部屋に別の少女が入ってきた。
「あーあー、まだ立ち上がっちゃダメですって~、フィーリニさん」
その白衣を羽織ったおとぼけた口調の少女、アンリは倒れたフィーリニに手を貸しながらそう言う。しかしその少女はそのアンリの忠告も聞かず、何とか自力で立ち上がらんと努力を続ける。
その様子を見て、アンリがため息と共に言った。
「……無茶ばっかするのはカケルさんと同じですね。流石は『相棒』です。でも……」
そうしてアンリはフィーリニに向き合って言った。
「……今のあなたは病み上がりなんですよ~? ここからカケルさんたちのところに行くのは、いくら人獣でも無理です」
そのアンリのフィーリニを説得する言葉に、フィーリニは再び苦しそうな表情になって顔を背ける。その様子を見て、フィーリニがただ翔達の身の安全を憂慮しているのだと勘違いしたアンリは、その不安を取り除こうとにこりと笑って言った。
「大丈夫ですよ、きっと。カケルさんたちは無事に帰ってきます。だからフィーリニさんは今はここで休んでください」
そのアンリの言葉に、フィーリニはどこか遠くを見つめながら、口惜しそうに小さく頷いた。
「それにしても、もう治ったんですね。改めて驚異的な回復力です。人獣型は症例が基地にも少ないので、もし良かったら色々と実験台になってくれませんかね~?」
ようやく目覚めたフィーリニに、自らの知的好奇心を止める邪魔者がいないことで、アンリはそう機関銃のように言葉を次々に投げかける。しかしそんなアンリの言葉など意にも介さず、フィーリニはただ遠くで戦う相棒のことを心配していた。
「…………」
その視線はただ翔達の行く末を心配するものではなく、むしろその未来を知っているからこその憂慮のようだった。
しかしそのフィーリニの心中は誰にも伝わることなく、その病室の中に霧散したのだった。
********************
「……ハァ、ハァ、ハァ……」
一方フィーリニが思いを馳せるその雪原では、遠征隊と『新種』との戦いが一層混沌と化していた。
暴走した翔に向けた『新種』の攻撃を受けたフレボーグは、息を切らしながらもなんとかその衝撃を受け止め、そして間もなくその手を大きく開いて叫んだ。
「……氷の手!!」
そうフレボーグが叫ぶのと同時に、その手が凍気によって凍り付く。その氷の武装はランバートの凍刃に比べれば随分と粗雑なものだった。凹凸の激しく、指の先は兄の氷爪に似て鋭利に尖っているその手の形状は、さながら怪物か何かの手のようだった。
「……ったく。だからこの技は使いたくなかったんだけどな」
フレボーグ自身その醜さは自覚しているようで、苦笑いしながらそう呟く。だがそんな彼がなりふり構わずその技を使ったということは、それだけその状況が悪いということの証明に他ならなかった。
そう笑ったフレボーグの口の端からは血が滲んでおり、その橙色の防寒具の腹の辺りも赤みを増してきていた。そして何よりもその状況で深刻だったのは、他でもないそのフレボーグの技の代償であったのだ。
「あー、やっぱ痛ぇーなチクショウ」
そう言ってフレボーグが見るのは出血した腹ではなく凍りついた手の方であった。
その動きからも察せる通り、フレボーグはランバートとは違い凍気の制御が完璧ではない。それはつまり翔と同じく、凍気によって自ら凍らせた部位が凍傷になる危険性を孕んでいるということとなる。
──腹の傷だけでも長くは持たないだろうに、手の方も時間制限付き……か。こんな時くらい『成功』してくれてもいいのにな。
そのフレボーグの、腕の時間制限のことを改めて知ったような口ぶりは、彼がごく稀にその技を成功させていたからであった。その技が成功した時には、フレボーグはランバート同様凍傷の危険性もなくその氷の武装で戦うことが出来ていた。しかしその技の完璧な成功率は一割がいいところであり、そのためフレボーグにとってやはりその技は進んで使いたくはない、大博打の技に他ならなかったのだった。
──おまけに相手は未知の獣。これは、さっき考えたアレに縋る他ないよな。
フレボーグは深刻な顔でそう考えてから、その通信を元二に繋いだ。
「……隊長。お願いがあります」
フレボーグがその事を考えていたあいだ、『新種』を牽制することで必死にその注意をフレボーグと翔から逸らしていた元二は、その通信の先を黙って聞く。
「この『新種』は俺一人で相手をします。ですから、隊長はラン達を連れて早く基地に戻ってください」
そのフレボーグの、あまりに自己犠牲的な提案に元二は思わずその口を開く。
「おい、待てビー! まさかお前も、カケルに釣られて熱くなってるんじゃないだろうな!?」
その元二の通信に、フレボーグは必死にその腕と腹の痛みを隠して、冷静に振舞って答えた。
「……もちろん、俺はしっかり冷静ですよ。
現状、戦力の半分以上が手負いをおってるこの状況はまず危険です。戦力不足もそうですが、守るべきものが多い、って点でも相当マズイ。
だったら現状すべきことは決まってる。まずは傷病人を基地に送り届ける。そしてその後、遠征隊の全戦力をもって『新種』を撃退する。これが一番現実的な道です。
でもそれには問題がある。あの獣の女の子、フィーリニが参加してない今回の遠征の参加者は六人。そのうち半分が今や手負いとなってるってことは、動ける一人が手負いを一人背負ったとしても余裕はない、つまり『新種』の足止め役はいない。加えて大柄なヒロを基地に連れて帰るには、どうあっても二人以上の人員が必要。
となれば考えうる策は一つ。基地に連れて帰る手負いの数を一人減らすしかない。そしてその手負いが『新種』の相手をする。つまり手負いの中でもまだ動ける俺が『新種』の相手をして、その間に隊長達にランとヒロを連れてってもらうしかないんすよ」
そう淡々と自らの考えを述べてから、フレボーグは続けた。
「加えて、失敗版の氷の手を発動しちゃった今、どのみち俺は戦う他に道がありません。今から基地に戻って治療したところで、前みたいに凍傷になるのはほぼ確実ですしね」
そう言ってから、なおも決断しかねている元二の様子を見て、フレボーグは必死にその元気を取り繕って言う。
「なぁに、カケルの言葉をとる訳じゃないですけど、時間稼ぎならそこそこ得意ですから。隊長達がランを基地に預けてからここに戻ってくるまで、必死に逃げ回って生き延びてやりますよ」
そうフレボーグは元二に説得するが、元二はやはり眉間にシワを寄せてその判断に迷っていたのだった。その理由としては至極単純。元二はフレボーグのその無理を見抜いていた。恐らく彼が先程語った作戦などは口実であり、本当は自らを犠牲にする代わりに遠征隊を逃がそうとしていることに、元二は気付いていた。だから遠征隊隊長として、その決断を下すのは至難の業であった。
しかし、その決意を後押ししたのは、やはりフレボーグの言葉であった。なおも迷いの色を見せている元二に、「……それに」と前置きしてフレボーグは言った。
「ランが戦闘不能になった現状、遠征隊最高戦力の隊長という戦力はまだ温存すべきです。
だってこの『新種』は頭良いんですよね? だったら、ここの周りにもいるって場合も考慮すべきです」
「──っ!」
そのフレボーグの言葉に、元二は自らの洞察の甘さを悟った。『新種』が高度な知能を持っている以上、今この状態でフレボーグが下した判断さえ読んでいたことも否めない。一人を犠牲にして基地に帰ろうとする遠征隊のことを、虎視眈々と狙う別の『新種』の個体が存在しないとは言い切れないのだ。
──もしビーの考えが正しかったとしたら、遠征隊が全滅、なんてこともありえる。それだけは現状避けたい。いや、避けなきゃいけない。
フレボーグのその考察を聞いて、元二は、遠征隊隊長は大いに悩んだ結果、いよいよその苦渋の決断を下した。
「……分かった。ビー、『新種』の相手、お前に任せるぞ」
その元二の容認の言葉を聞いて、フレボーグはニヤリと笑って答える。
「……了解」
そうして彼は眼前の白い獣に注意を移して、ニコリと笑って言った。
「……という訳で、な。『新種』の化物くん」
そうしてフレボーグが見合う『新種』の獣は、少しの油断も見せずフレボーグのことを見ていた。その様子に少し苛立ちが見えるのは、それが狙っていた人間を仕留め損ねたからか。いずれにしろその狡猾は失わないまま、かつてない獣気と『怒り』を放っているその『新種』の様子は、フレボーグにはあまりに絶望的に写った。
──やっぱ勝てる訳ない……よな。
目の前に広がるその光景にフレボーグはそうため息をつく。が、そのため息をついてからすぐ、彼はその吐ききった息を再度吸い込んで、その笑いを再び取り繕って言った。
「キミの相手はこの俺だ。隊長達に比べたら歯応えはないだろうが、ここを通りたくば俺を倒していけ、ってことなんでな」
そうして最後を冗談めいた口調で締めたフレボーグだったが、その場を和ませようとするフレボーグの言葉も『新種』には通じない。『新種』はその苛立ちを抑えることなく、やはりフレボーグに明確な殺意を向けるばかりであった。
突如、『新種』の腕がフレボーグ目掛けて振り下ろされる。
「うおっ! ……っとと」
『新種』にとってその一撃はフレボーグの虚を付くものだった。事実フレボーグはその攻撃が当たる直前までその攻撃に気付いてはいなかった。にも関わらず彼がその攻撃を防ぎ得たのはその超人的な反射神経と、その凍り付いた手のお陰であった。
──ホント、何故かこの手の時だけ反射神経が上がるんだよなぁ。
その超反応はフレボーグがその技、氷の手を発動した時にのみ成功していたのだった。それも半ばフレボーグの意思など置き去りにして、自動的に敵の攻撃に反応するのだった。加えてその右手は氷で武装されてるため並大抵の攻撃は通さない。その両者が相まって、フレボーグは盾であり矛でもあるその右手で『新種』の一撃を防ぎ得たのだった。
フレボーグが自らの攻撃を防ぎきったのを見て、『新種』は少なからず驚いたようだった。その様子を見て、フレボーグはニヤリと笑って改めて『新種』と向き合う。
──やっぱり、俺がこいつに勝てる訳はない。けど、負ける訳にもいかない。
そうフレボーグは決意を新たにして、その手を前に突き出して言った。
「……さぁ、『新種』クン。
俺と一緒に踊ろうか!」
そのフレボーグの一言を皮切りに、雪の舞い散る雪原で両雄の戦闘が幕を開けた。
********************
「カケル! おい、カケル!」
一方、フレボーグと元二の通信の間放心状態にあった翔は、元二のその言葉により意識を取り戻していた。
「話は聞いてたよな? 撤退するぞ!」
「……はい」
続けてそう言う元二の言葉に、翔は苦々しい顔で頷く。その心中は未だ整理がついておらず、先程までの自らの愚行と、その間翔の心を支配していた黒い感情について、翔は未だ悶々としていたのだった。
──ホント何だったんだ、さっきまでの俺は。
先の暴走時、翔は何かに身体を操られているようだった。その暴走時にも、翔の意識があったことには変わりない。しかしその時、翔の頭は黒いものに囚われ、自らが『新種』を倒す、『新種』を追い払う、という考えに固定されていたのだった。
──けど、考えるのは後……だよな。
自らの心の内がすっきりとしないまま、翔はそうして立ち上がった。先程までの自らの蛮行は許されるものではないが、それでもそのことを考えてただ呆然としていても何も状況は変わらないからだ。
──早く、基地に戻ろう。
そうして立ち上がった翔は、突然自らの足にかかった『重さ』に尻餅をついた。
「……?」
翔は驚いてその足を見る。するとその翔の足には、いつ巻き付けられたのか、鎖のような何かが巻き付いていた。
──っ! なんだ、コレ……。
そうしてその謎の鎖に驚く翔の耳に、いつか聞いた誰かの言葉が響いた。
『そう……ですね。カケル兄ちゃんは英雄でしたもんね』
──っ!
次第に翔を蝕み始めたその呪いと共に、その地獄の遠征も、次第に収束へと向かっていくのだった。
「──っ!」
そこがどこであるか、今はどんな時であるか、自分は何をすべきかを一瞬で思い出したその少女は、寝起きの気怠い身体に鞭を打ちそこから立ち上がろうとする。が、そのベッドから足を下ろし、二本の足で立とうとした瞬間、彼女の身体は膝から崩れ落ちた。
「──っ! ぁ……!」
その少女はその痛みと無力感から苦悶に表情を歪めた。そしてその少女の起きた音を聞いたのか、まもなくその部屋に別の少女が入ってきた。
「あーあー、まだ立ち上がっちゃダメですって~、フィーリニさん」
その白衣を羽織ったおとぼけた口調の少女、アンリは倒れたフィーリニに手を貸しながらそう言う。しかしその少女はそのアンリの忠告も聞かず、何とか自力で立ち上がらんと努力を続ける。
その様子を見て、アンリがため息と共に言った。
「……無茶ばっかするのはカケルさんと同じですね。流石は『相棒』です。でも……」
そうしてアンリはフィーリニに向き合って言った。
「……今のあなたは病み上がりなんですよ~? ここからカケルさんたちのところに行くのは、いくら人獣でも無理です」
そのアンリのフィーリニを説得する言葉に、フィーリニは再び苦しそうな表情になって顔を背ける。その様子を見て、フィーリニがただ翔達の身の安全を憂慮しているのだと勘違いしたアンリは、その不安を取り除こうとにこりと笑って言った。
「大丈夫ですよ、きっと。カケルさんたちは無事に帰ってきます。だからフィーリニさんは今はここで休んでください」
そのアンリの言葉に、フィーリニはどこか遠くを見つめながら、口惜しそうに小さく頷いた。
「それにしても、もう治ったんですね。改めて驚異的な回復力です。人獣型は症例が基地にも少ないので、もし良かったら色々と実験台になってくれませんかね~?」
ようやく目覚めたフィーリニに、自らの知的好奇心を止める邪魔者がいないことで、アンリはそう機関銃のように言葉を次々に投げかける。しかしそんなアンリの言葉など意にも介さず、フィーリニはただ遠くで戦う相棒のことを心配していた。
「…………」
その視線はただ翔達の行く末を心配するものではなく、むしろその未来を知っているからこその憂慮のようだった。
しかしそのフィーリニの心中は誰にも伝わることなく、その病室の中に霧散したのだった。
********************
「……ハァ、ハァ、ハァ……」
一方フィーリニが思いを馳せるその雪原では、遠征隊と『新種』との戦いが一層混沌と化していた。
暴走した翔に向けた『新種』の攻撃を受けたフレボーグは、息を切らしながらもなんとかその衝撃を受け止め、そして間もなくその手を大きく開いて叫んだ。
「……氷の手!!」
そうフレボーグが叫ぶのと同時に、その手が凍気によって凍り付く。その氷の武装はランバートの凍刃に比べれば随分と粗雑なものだった。凹凸の激しく、指の先は兄の氷爪に似て鋭利に尖っているその手の形状は、さながら怪物か何かの手のようだった。
「……ったく。だからこの技は使いたくなかったんだけどな」
フレボーグ自身その醜さは自覚しているようで、苦笑いしながらそう呟く。だがそんな彼がなりふり構わずその技を使ったということは、それだけその状況が悪いということの証明に他ならなかった。
そう笑ったフレボーグの口の端からは血が滲んでおり、その橙色の防寒具の腹の辺りも赤みを増してきていた。そして何よりもその状況で深刻だったのは、他でもないそのフレボーグの技の代償であったのだ。
「あー、やっぱ痛ぇーなチクショウ」
そう言ってフレボーグが見るのは出血した腹ではなく凍りついた手の方であった。
その動きからも察せる通り、フレボーグはランバートとは違い凍気の制御が完璧ではない。それはつまり翔と同じく、凍気によって自ら凍らせた部位が凍傷になる危険性を孕んでいるということとなる。
──腹の傷だけでも長くは持たないだろうに、手の方も時間制限付き……か。こんな時くらい『成功』してくれてもいいのにな。
そのフレボーグの、腕の時間制限のことを改めて知ったような口ぶりは、彼がごく稀にその技を成功させていたからであった。その技が成功した時には、フレボーグはランバート同様凍傷の危険性もなくその氷の武装で戦うことが出来ていた。しかしその技の完璧な成功率は一割がいいところであり、そのためフレボーグにとってやはりその技は進んで使いたくはない、大博打の技に他ならなかったのだった。
──おまけに相手は未知の獣。これは、さっき考えたアレに縋る他ないよな。
フレボーグは深刻な顔でそう考えてから、その通信を元二に繋いだ。
「……隊長。お願いがあります」
フレボーグがその事を考えていたあいだ、『新種』を牽制することで必死にその注意をフレボーグと翔から逸らしていた元二は、その通信の先を黙って聞く。
「この『新種』は俺一人で相手をします。ですから、隊長はラン達を連れて早く基地に戻ってください」
そのフレボーグの、あまりに自己犠牲的な提案に元二は思わずその口を開く。
「おい、待てビー! まさかお前も、カケルに釣られて熱くなってるんじゃないだろうな!?」
その元二の通信に、フレボーグは必死にその腕と腹の痛みを隠して、冷静に振舞って答えた。
「……もちろん、俺はしっかり冷静ですよ。
現状、戦力の半分以上が手負いをおってるこの状況はまず危険です。戦力不足もそうですが、守るべきものが多い、って点でも相当マズイ。
だったら現状すべきことは決まってる。まずは傷病人を基地に送り届ける。そしてその後、遠征隊の全戦力をもって『新種』を撃退する。これが一番現実的な道です。
でもそれには問題がある。あの獣の女の子、フィーリニが参加してない今回の遠征の参加者は六人。そのうち半分が今や手負いとなってるってことは、動ける一人が手負いを一人背負ったとしても余裕はない、つまり『新種』の足止め役はいない。加えて大柄なヒロを基地に連れて帰るには、どうあっても二人以上の人員が必要。
となれば考えうる策は一つ。基地に連れて帰る手負いの数を一人減らすしかない。そしてその手負いが『新種』の相手をする。つまり手負いの中でもまだ動ける俺が『新種』の相手をして、その間に隊長達にランとヒロを連れてってもらうしかないんすよ」
そう淡々と自らの考えを述べてから、フレボーグは続けた。
「加えて、失敗版の氷の手を発動しちゃった今、どのみち俺は戦う他に道がありません。今から基地に戻って治療したところで、前みたいに凍傷になるのはほぼ確実ですしね」
そう言ってから、なおも決断しかねている元二の様子を見て、フレボーグは必死にその元気を取り繕って言う。
「なぁに、カケルの言葉をとる訳じゃないですけど、時間稼ぎならそこそこ得意ですから。隊長達がランを基地に預けてからここに戻ってくるまで、必死に逃げ回って生き延びてやりますよ」
そうフレボーグは元二に説得するが、元二はやはり眉間にシワを寄せてその判断に迷っていたのだった。その理由としては至極単純。元二はフレボーグのその無理を見抜いていた。恐らく彼が先程語った作戦などは口実であり、本当は自らを犠牲にする代わりに遠征隊を逃がそうとしていることに、元二は気付いていた。だから遠征隊隊長として、その決断を下すのは至難の業であった。
しかし、その決意を後押ししたのは、やはりフレボーグの言葉であった。なおも迷いの色を見せている元二に、「……それに」と前置きしてフレボーグは言った。
「ランが戦闘不能になった現状、遠征隊最高戦力の隊長という戦力はまだ温存すべきです。
だってこの『新種』は頭良いんですよね? だったら、ここの周りにもいるって場合も考慮すべきです」
「──っ!」
そのフレボーグの言葉に、元二は自らの洞察の甘さを悟った。『新種』が高度な知能を持っている以上、今この状態でフレボーグが下した判断さえ読んでいたことも否めない。一人を犠牲にして基地に帰ろうとする遠征隊のことを、虎視眈々と狙う別の『新種』の個体が存在しないとは言い切れないのだ。
──もしビーの考えが正しかったとしたら、遠征隊が全滅、なんてこともありえる。それだけは現状避けたい。いや、避けなきゃいけない。
フレボーグのその考察を聞いて、元二は、遠征隊隊長は大いに悩んだ結果、いよいよその苦渋の決断を下した。
「……分かった。ビー、『新種』の相手、お前に任せるぞ」
その元二の容認の言葉を聞いて、フレボーグはニヤリと笑って答える。
「……了解」
そうして彼は眼前の白い獣に注意を移して、ニコリと笑って言った。
「……という訳で、な。『新種』の化物くん」
そうしてフレボーグが見合う『新種』の獣は、少しの油断も見せずフレボーグのことを見ていた。その様子に少し苛立ちが見えるのは、それが狙っていた人間を仕留め損ねたからか。いずれにしろその狡猾は失わないまま、かつてない獣気と『怒り』を放っているその『新種』の様子は、フレボーグにはあまりに絶望的に写った。
──やっぱ勝てる訳ない……よな。
目の前に広がるその光景にフレボーグはそうため息をつく。が、そのため息をついてからすぐ、彼はその吐ききった息を再度吸い込んで、その笑いを再び取り繕って言った。
「キミの相手はこの俺だ。隊長達に比べたら歯応えはないだろうが、ここを通りたくば俺を倒していけ、ってことなんでな」
そうして最後を冗談めいた口調で締めたフレボーグだったが、その場を和ませようとするフレボーグの言葉も『新種』には通じない。『新種』はその苛立ちを抑えることなく、やはりフレボーグに明確な殺意を向けるばかりであった。
突如、『新種』の腕がフレボーグ目掛けて振り下ろされる。
「うおっ! ……っとと」
『新種』にとってその一撃はフレボーグの虚を付くものだった。事実フレボーグはその攻撃が当たる直前までその攻撃に気付いてはいなかった。にも関わらず彼がその攻撃を防ぎ得たのはその超人的な反射神経と、その凍り付いた手のお陰であった。
──ホント、何故かこの手の時だけ反射神経が上がるんだよなぁ。
その超反応はフレボーグがその技、氷の手を発動した時にのみ成功していたのだった。それも半ばフレボーグの意思など置き去りにして、自動的に敵の攻撃に反応するのだった。加えてその右手は氷で武装されてるため並大抵の攻撃は通さない。その両者が相まって、フレボーグは盾であり矛でもあるその右手で『新種』の一撃を防ぎ得たのだった。
フレボーグが自らの攻撃を防ぎきったのを見て、『新種』は少なからず驚いたようだった。その様子を見て、フレボーグはニヤリと笑って改めて『新種』と向き合う。
──やっぱり、俺がこいつに勝てる訳はない。けど、負ける訳にもいかない。
そうフレボーグは決意を新たにして、その手を前に突き出して言った。
「……さぁ、『新種』クン。
俺と一緒に踊ろうか!」
そのフレボーグの一言を皮切りに、雪の舞い散る雪原で両雄の戦闘が幕を開けた。
********************
「カケル! おい、カケル!」
一方、フレボーグと元二の通信の間放心状態にあった翔は、元二のその言葉により意識を取り戻していた。
「話は聞いてたよな? 撤退するぞ!」
「……はい」
続けてそう言う元二の言葉に、翔は苦々しい顔で頷く。その心中は未だ整理がついておらず、先程までの自らの愚行と、その間翔の心を支配していた黒い感情について、翔は未だ悶々としていたのだった。
──ホント何だったんだ、さっきまでの俺は。
先の暴走時、翔は何かに身体を操られているようだった。その暴走時にも、翔の意識があったことには変わりない。しかしその時、翔の頭は黒いものに囚われ、自らが『新種』を倒す、『新種』を追い払う、という考えに固定されていたのだった。
──けど、考えるのは後……だよな。
自らの心の内がすっきりとしないまま、翔はそうして立ち上がった。先程までの自らの蛮行は許されるものではないが、それでもそのことを考えてただ呆然としていても何も状況は変わらないからだ。
──早く、基地に戻ろう。
そうして立ち上がった翔は、突然自らの足にかかった『重さ』に尻餅をついた。
「……?」
翔は驚いてその足を見る。するとその翔の足には、いつ巻き付けられたのか、鎖のような何かが巻き付いていた。
──っ! なんだ、コレ……。
そうしてその謎の鎖に驚く翔の耳に、いつか聞いた誰かの言葉が響いた。
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