BLIZZARD!
第二章22『ただの感謝の言葉』
翔が目を覚ましたのは、その逃走劇の日から二日後の昼のことだった。
「……ん、あ……」
翔が目を開けると、視界に写ったのはいつぞやに見た病室の天井だった。
「……懐かしいな。あの時以来か」
翔が以前この病室を利用したのは──正しくは意識のない状態で『運ばれた』のは──翔が不法侵入者と疑われてここに連れてこられ、その上で嘘を吐いて『氷の女王』を倒すなどと豪語した時のことだった。最も結果的にその目論見は失敗し、瀕死の状態でここに運ばれてきたのだが。
「そう考えると、ホントにくだらない嘘ばっか吐いてんな、俺」
思い返せば、翔はこれまでの戦いで、その嘘無しに敵を突破したことなどなかった。しかしそれも仕方の無いことだった。『時間跳躍』など未知の力を持ちながらも、所詮は凡人である翔が敵に対して
講じることの出来る作戦はそれしかないのだ。とはいえ、翔がそのことを情けないと思わない訳ではなかった。
「……いつか、こんなくだらない嘘吐きをやめたいな」
翔は一人、静かな病室でそう呟いたのだった。
と。そうしていて気付いた。翔がその病室で、一人でないことに。翔の横たわるベッドの腰の辺りに、すやすやと寝息を立てるキラがいたのだ。
「!?」
思わず翔が驚いて声を出すと、その声でキラは目を覚ましたようだった。キラはゆっくりと顔を起こすと、寝ぼけ眼のまま翔に言った。
「あ……、おはようございます」
その挨拶に、「あ、おう、おはよう」とドギマギしながらも返してから、翔は抱いた疑問を口にする。
「……もしかして、俺が起きるのを待ってたのか?」
その翔の言葉にキラは頷いて、そして翔に丁寧にお辞儀をしてから言った。
「改めて、お礼を言いたかったんです。僕を助けてくれて、本当にありがとうございました」
そのキラの裏表のない純粋な感謝の言葉に、翔は思わず恥ずかしくなりながらも小さく笑った。その『ありがとうございました』は、かつてキラが一人で敵に立ち向かおうとした時のそれとは全く違っていた。
その言葉は、かつてはこの世の全てを諦めたような諦念と共に発せられていた。しかし今のものは違う。少し恥ずかしながらも、はにかんだ笑顔を顔に浮かべながら言ったそれは、最早ただの十歳ほどの子供のただの感謝の言葉となっていた。
だからこそ、翔はそのキラの純粋な感謝を受け取れなかった。
「……そんな、やめてくれよ。俺は結局何も出来なかったよ。」
翔は自分にはその感謝の言葉を受け取る価値がない。そう思っていた。
「英雄だなんだって騒いでたってのに、人の発明品に頼って、人の威厳に頼って、そして最後は人に助けられて。結局俺が一人でお前にしてあげられたことなんか、一つも……」
「……違いますよ?」
そうして改めて自らの非力さを語る翔の言葉を差し止めて、キラはそうきっぱりと言った。
「確かに、カケルさんがこの逃亡劇で僕にしてくれたことなんて、カケルさんにとっては何でもないことかもしれません。けど、僕にとってはその一つ一つが、とても大事で、暖かいものなんです」
そのキラの言葉に唖然とする翔に、キラは続けた。
「……ゲンジさんから話を聞きました。僕をあの氷の檻から解き放ってくれたのも、あなただったんですね」
それを聞いた時、翔は乾いた笑いとともにそれを否定した。
「……まぁ、それはそうだけど。あんなのただの偶然だぜ? 解き放った、だなんて大袈裟な……」
「ええ。確かにカケルさんがそう言うんでしたら、そうなのかもしれません。僕を見つけてくれたというのも、言ってしまえばただの偶然です」
その翔の言葉に被せるように、キラはそう言う。そのキラの言葉に翔が何かを言う暇もなく、「ですが……」と前置きをしてからキラは話し出した。
「……あの氷の檻の外に出てからも、僕は囚われたままだったんです。『僕がお父さんとお母さんを殺した』って、そんな罪悪感に」
そのキラの言葉に、翔は思わず押し黙る。
「その呪いから解き放ってくれたのはカケルさん、あなたです。あの逃走劇でカケルさんが僕に何も出来なかったとしても、その前、その逃走劇が始まる前に僕はあなたに救われてたんですよ。ですから、またお礼を言わせてください」
そうしてキラはまた改まってから、あどけない笑顔を浮かべて言った。
「……カケルさん、いや、英雄。僕を助けてくれて、ありがとうございました」
再び発せられたその裏表のない感謝の言葉に、照れる気持ちを必死に隠しながら翔はたまらず頭をかいて答えた。
「……だから、礼なんか言わなくていいっつーの」
その翔の言葉にキラが少し残念な顔をするのと同時に、「……代わりにさ」と付け加えて再び翔は話し出した。
「……『カケルさん』って呼ぶの、やめてくれるか。また『カケル兄ちゃん』って呼んでくれよ、キラ」
そう言って翔が笑うのにつられて、キラもニッコリと笑って、
「……勿論です。じゃあ、これからもよろしくお願いしますね、カケル兄ちゃん」
と、笑って言ったのだった。
「お、なんだいつの間にお前らそんなに仲良しになったんだ?」
そうして二人笑い合っていると、そう言いながらその病室に入ってくる男の姿があった。病人と子供の前であるためか、その目印の煙草は封印した元二であった。
その部屋に入ってきた元二の姿を見て、翔はあることを思い出して思わず叫ぶ。
「! そういえば隊長! キラは、キラは基地に住んでいいんですか!?」
翔の疑問は、キラを最初に基地に連れてきた時に生じた問題のことを指していた。得体の知れない存在であるためキラを基地に置くことは出来ない、と主張するフィルヒナーと、基地に住まわしてもいいんじゃないか、と主張する元二の対立は未だ収まっていなかったようであったが……。
「ああ、その件な……」
元二が思い出したようにそう語るのを、翔は注意して聞いていた。
「……実は、な……」
その元二の結論を後回しにするような口調にもどかしさを感じながらも、翔はその次の一言に細心の注意を払っていた。
しかしその注意を嘲笑うかのように、なんとも呆気ない口調で元二が答えた。
「何も問題ないってさ。フィルヒナー曰く、その子供に危険性は何も無いと分かったんだとさ」
その元二の言葉を聞いて、翔は思わず安堵の息をつく。その様子を横目で見て、キラは笑いながら言う。
「だから言ったじゃないですか、カケル兄ちゃん。『これからもよろしくお願いしますね』って」
そのキラの言葉に苦笑いしながら翔は答える。
「……そんなこと頭から吹っ飛んでたよ。悪い悪い。けど、なら安心っすね」
そうして元二の方を見る翔に、元二もつられて笑って言う。
「ああ、まぁな。あとはまだ残る残党の処理やら色々と問題は残ってるが、そこら辺は俺たちの仕事だ。お前らは安心して待ってろ」
元二にそう言われ、翔は改めて安堵と共に長く息を吐く。それを見て、キラが言う。
「……改めて、本当に色々と助けてくれてありがとうございました。カケル兄ちゃんだけじゃなくて、ゲンジさん達も」
そのキラの言葉に、元二は笑って返し、翔は「まーな。それと……」と前置きしてから言った。
「これからも何か困ったことがあったら俺なり隊長なりに頼れよ? 頼むから一人で何もかも解決しようとするのはしていでくれ」
その翔の言葉に、キラはクスリと笑って返す。
「そう……ですね。カケル兄ちゃんは英雄でしたもんね」
その茶化したような口調に翔はその頭を小突いて言う。
「バカにしてんのかてめぇ」
「あ、いえ、そういう訳じゃなくてですね……」
キラはそう答えてから、少し気まずそうな顔をしてから、意を決して再び口を開いた。
「……じゃあ、早速頼ってもいいですか?」
「お、おう、もちろん。何すりゃいいんだ?」
そのキラの言葉に、翔は思わず身構えて答える。そのキラの神妙な様子を見るに、まだこの騒動は本当の意味では終わっていないのかもしれない。どんな大事を頼まれても平成を保てるよう、心の準備をしてから翔はキラのその次の言葉を待った。
一方キラは、そんな翔の準備などつゆ知らず、「いえ、それほど大したことじゃないんですけど、ひとつ聞きたいことがあるんです」と前置きしてから、その悩みを打ち明けた。
「……友達って、どうやって作ればいいんですか?」
「へぁ?」
そのキラの言葉は翔にとってあまりに予想外のもので、その場には翔のそんな素っ頓狂な声が響いたのだった。
「……ん、あ……」
翔が目を開けると、視界に写ったのはいつぞやに見た病室の天井だった。
「……懐かしいな。あの時以来か」
翔が以前この病室を利用したのは──正しくは意識のない状態で『運ばれた』のは──翔が不法侵入者と疑われてここに連れてこられ、その上で嘘を吐いて『氷の女王』を倒すなどと豪語した時のことだった。最も結果的にその目論見は失敗し、瀕死の状態でここに運ばれてきたのだが。
「そう考えると、ホントにくだらない嘘ばっか吐いてんな、俺」
思い返せば、翔はこれまでの戦いで、その嘘無しに敵を突破したことなどなかった。しかしそれも仕方の無いことだった。『時間跳躍』など未知の力を持ちながらも、所詮は凡人である翔が敵に対して
講じることの出来る作戦はそれしかないのだ。とはいえ、翔がそのことを情けないと思わない訳ではなかった。
「……いつか、こんなくだらない嘘吐きをやめたいな」
翔は一人、静かな病室でそう呟いたのだった。
と。そうしていて気付いた。翔がその病室で、一人でないことに。翔の横たわるベッドの腰の辺りに、すやすやと寝息を立てるキラがいたのだ。
「!?」
思わず翔が驚いて声を出すと、その声でキラは目を覚ましたようだった。キラはゆっくりと顔を起こすと、寝ぼけ眼のまま翔に言った。
「あ……、おはようございます」
その挨拶に、「あ、おう、おはよう」とドギマギしながらも返してから、翔は抱いた疑問を口にする。
「……もしかして、俺が起きるのを待ってたのか?」
その翔の言葉にキラは頷いて、そして翔に丁寧にお辞儀をしてから言った。
「改めて、お礼を言いたかったんです。僕を助けてくれて、本当にありがとうございました」
そのキラの裏表のない純粋な感謝の言葉に、翔は思わず恥ずかしくなりながらも小さく笑った。その『ありがとうございました』は、かつてキラが一人で敵に立ち向かおうとした時のそれとは全く違っていた。
その言葉は、かつてはこの世の全てを諦めたような諦念と共に発せられていた。しかし今のものは違う。少し恥ずかしながらも、はにかんだ笑顔を顔に浮かべながら言ったそれは、最早ただの十歳ほどの子供のただの感謝の言葉となっていた。
だからこそ、翔はそのキラの純粋な感謝を受け取れなかった。
「……そんな、やめてくれよ。俺は結局何も出来なかったよ。」
翔は自分にはその感謝の言葉を受け取る価値がない。そう思っていた。
「英雄だなんだって騒いでたってのに、人の発明品に頼って、人の威厳に頼って、そして最後は人に助けられて。結局俺が一人でお前にしてあげられたことなんか、一つも……」
「……違いますよ?」
そうして改めて自らの非力さを語る翔の言葉を差し止めて、キラはそうきっぱりと言った。
「確かに、カケルさんがこの逃亡劇で僕にしてくれたことなんて、カケルさんにとっては何でもないことかもしれません。けど、僕にとってはその一つ一つが、とても大事で、暖かいものなんです」
そのキラの言葉に唖然とする翔に、キラは続けた。
「……ゲンジさんから話を聞きました。僕をあの氷の檻から解き放ってくれたのも、あなただったんですね」
それを聞いた時、翔は乾いた笑いとともにそれを否定した。
「……まぁ、それはそうだけど。あんなのただの偶然だぜ? 解き放った、だなんて大袈裟な……」
「ええ。確かにカケルさんがそう言うんでしたら、そうなのかもしれません。僕を見つけてくれたというのも、言ってしまえばただの偶然です」
その翔の言葉に被せるように、キラはそう言う。そのキラの言葉に翔が何かを言う暇もなく、「ですが……」と前置きをしてからキラは話し出した。
「……あの氷の檻の外に出てからも、僕は囚われたままだったんです。『僕がお父さんとお母さんを殺した』って、そんな罪悪感に」
そのキラの言葉に、翔は思わず押し黙る。
「その呪いから解き放ってくれたのはカケルさん、あなたです。あの逃走劇でカケルさんが僕に何も出来なかったとしても、その前、その逃走劇が始まる前に僕はあなたに救われてたんですよ。ですから、またお礼を言わせてください」
そうしてキラはまた改まってから、あどけない笑顔を浮かべて言った。
「……カケルさん、いや、英雄。僕を助けてくれて、ありがとうございました」
再び発せられたその裏表のない感謝の言葉に、照れる気持ちを必死に隠しながら翔はたまらず頭をかいて答えた。
「……だから、礼なんか言わなくていいっつーの」
その翔の言葉にキラが少し残念な顔をするのと同時に、「……代わりにさ」と付け加えて再び翔は話し出した。
「……『カケルさん』って呼ぶの、やめてくれるか。また『カケル兄ちゃん』って呼んでくれよ、キラ」
そう言って翔が笑うのにつられて、キラもニッコリと笑って、
「……勿論です。じゃあ、これからもよろしくお願いしますね、カケル兄ちゃん」
と、笑って言ったのだった。
「お、なんだいつの間にお前らそんなに仲良しになったんだ?」
そうして二人笑い合っていると、そう言いながらその病室に入ってくる男の姿があった。病人と子供の前であるためか、その目印の煙草は封印した元二であった。
その部屋に入ってきた元二の姿を見て、翔はあることを思い出して思わず叫ぶ。
「! そういえば隊長! キラは、キラは基地に住んでいいんですか!?」
翔の疑問は、キラを最初に基地に連れてきた時に生じた問題のことを指していた。得体の知れない存在であるためキラを基地に置くことは出来ない、と主張するフィルヒナーと、基地に住まわしてもいいんじゃないか、と主張する元二の対立は未だ収まっていなかったようであったが……。
「ああ、その件な……」
元二が思い出したようにそう語るのを、翔は注意して聞いていた。
「……実は、な……」
その元二の結論を後回しにするような口調にもどかしさを感じながらも、翔はその次の一言に細心の注意を払っていた。
しかしその注意を嘲笑うかのように、なんとも呆気ない口調で元二が答えた。
「何も問題ないってさ。フィルヒナー曰く、その子供に危険性は何も無いと分かったんだとさ」
その元二の言葉を聞いて、翔は思わず安堵の息をつく。その様子を横目で見て、キラは笑いながら言う。
「だから言ったじゃないですか、カケル兄ちゃん。『これからもよろしくお願いしますね』って」
そのキラの言葉に苦笑いしながら翔は答える。
「……そんなこと頭から吹っ飛んでたよ。悪い悪い。けど、なら安心っすね」
そうして元二の方を見る翔に、元二もつられて笑って言う。
「ああ、まぁな。あとはまだ残る残党の処理やら色々と問題は残ってるが、そこら辺は俺たちの仕事だ。お前らは安心して待ってろ」
元二にそう言われ、翔は改めて安堵と共に長く息を吐く。それを見て、キラが言う。
「……改めて、本当に色々と助けてくれてありがとうございました。カケル兄ちゃんだけじゃなくて、ゲンジさん達も」
そのキラの言葉に、元二は笑って返し、翔は「まーな。それと……」と前置きしてから言った。
「これからも何か困ったことがあったら俺なり隊長なりに頼れよ? 頼むから一人で何もかも解決しようとするのはしていでくれ」
その翔の言葉に、キラはクスリと笑って返す。
「そう……ですね。カケル兄ちゃんは英雄でしたもんね」
その茶化したような口調に翔はその頭を小突いて言う。
「バカにしてんのかてめぇ」
「あ、いえ、そういう訳じゃなくてですね……」
キラはそう答えてから、少し気まずそうな顔をしてから、意を決して再び口を開いた。
「……じゃあ、早速頼ってもいいですか?」
「お、おう、もちろん。何すりゃいいんだ?」
そのキラの言葉に、翔は思わず身構えて答える。そのキラの神妙な様子を見るに、まだこの騒動は本当の意味では終わっていないのかもしれない。どんな大事を頼まれても平成を保てるよう、心の準備をしてから翔はキラのその次の言葉を待った。
一方キラは、そんな翔の準備などつゆ知らず、「いえ、それほど大したことじゃないんですけど、ひとつ聞きたいことがあるんです」と前置きしてから、その悩みを打ち明けた。
「……友達って、どうやって作ればいいんですか?」
「へぁ?」
そのキラの言葉は翔にとってあまりに予想外のもので、その場には翔のそんな素っ頓狂な声が響いたのだった。
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