BLIZZARD!

青色魚

第二章18『囮』

 ちらちらと雪が舞い散るその雪原で、男達はとある岩場を見つめていた。その手に握られているのは拳銃ハンドガン。その望遠鏡を通して彼らが見張っているのは、その標的の三人組が隠れた岩場であった。

 その男達が狙っていたのは、凍気フリーガスという力を常時発しているという少年であった。その少年はどういう訳か、外のガスに耐性があるようなのだ。その特性の有用性は、雇われ軍人である男達にも理解出来た。その仕組みを解明すればその国は屋外そとでの無制限の活動が可能になることになる。その優位性アドバンテージは決して無視できるものではなかった。

 世界に永遠の冬をもたらした『氷の女王』の襲来などという未曾有の大災害も、この地球の社会情勢までは変えることはできなかった。その気候は急変したが、それは主にその『氷の女王』の乗った隕石の墜落した日本を中心にしての話であった。それこそその爆心地の地球の裏側に位置する阿非利加アフリカの辺りでは、その影響は気温を数度下げる程に留まったという。

 しかしその女王の変えた世界の理はもう一つあった。それは人は長い間屋外そとに存在できない、というものだった。もちろんそれも日本を中心に拡散しており、遠く離れた米国アメリカなどではそれはちょっとした大気汚染程にしか感じられなかったという。しかし中心の日本においては、マスクなどの防衛手段なしでは人は外を出歩けなくなったのだった。

 そして更に悪いことに、その『氷の女王』による気候の変化かガスの変化故か、地球ではまるで雪山のように電波が通りにくくなったのだった。無論遠征隊が今も使っている簡易な連絡程度だったら行えるのだが、国家間の連絡はほぼ断絶されたと言っても過言ではなかった。

 外国そとに行くことは難しく、それと通信することも叶わない。ともすればその大災害に対して各国が講じた手段は自然にひとつに定まっていた。すなわち、『発覚されバレなければいい』の精神においての国際法ルール違反だ。

 それを最初に始めたのはどこの国だったかは今となっては定かではない。ただ確かなのは、世界に永遠の冬が来てから二十五年と少し経った現在、この地球において各国の団結などは霧散したということだ。各国は自国じぶんの利益のために他国そと侵略を繰り返す。そしてその主たる標的となったのは、『氷の女王』の襲来したまさにその地で最も冷気とガスの影響を受けていた日本だったのだった。

 今は小さな子供を狙っている彼らも、最初はそのような命令を受けてこの日本に降り立ったのだった。しかしガスの効かない子供を発見した、などというならば話は別であった。その子供を手に入れ、上手く利用する・・・・ことが出来れば、他国そとへの侵略はよりいっそう容易に成し遂げられるようになるだろう。

 以上の理由でその男達は岩陰に隠れたその子供を狙っていた。男達にとって厄介なのはそれを護らんとする遠征隊の青年の存在だが、生憎と男達は対人訓練もこなしている上拳銃という絶対的な武器があった。子供キラを通すことも、その青年が自分たちを倒すこともない。男達はそう確信していた。

 しかしこの直後、男達はその青年に欺かれることとなる。その、冰崎翔という男に。

 標的の一行が隠れてから十分ほど後、男達が見張っていたその岩場から、ひとつの影が飛び出した。

「──!」

 その影はこちらに直線的に向かってくる訳ではなく、どうやら迂回をして男達の背後の基地に向かっているようだった。その防寒具の色が桃色ピンクであることから、それが情報データにあった半獣の少女であることを男達は悟る。

 その少女は標的キラを連れてはいないようだった。しかしだからといってそこを通していい理由にはならなかった。男達はその手に持った拳銃をその少女の方向に向け、その引き金を引──

「おいおい、女子供相手に情けねぇなぁ!」

 突如響いたその声に、男達はその引き金にかけた指を止めた。その声がした方向を見ると、そこには急加速してこちらに近付く、肩に何かを抱えた青年がいた。

「残念だけど、こっち・・・が本命だぜ!」

 そう叫ぶ翔は少女フィーリニとは違い、迂回せずこちらに正面から向かってきていた。つまりはそれは先に飛び出したフィーリニを囮にした特攻である。そしてその肩に抱えたものは、その大きさからその中身が標的の子供であることは男達にも容易に想像できた。

 子供を通すわけには行かない。そう考えた男達は、瞬時に子供を連れていないフィーリニから意識を逸らし、男達はその拳銃をこちらに駆けてくる翔に向ける。

「──!」

 その反応速度の速さに、翔は思わず目をむく。未だ翔は一度目の大跳躍から接地しておらず、すなわち基地へ辿り着くための二度目の大跳躍への準備が整ってはいなかったのだ。

 ──まずい。

 翔がそう思った時にはもう遅かった。

 バン、と銃声がその場に鳴り響き、雪原に赤い血が滲む。その銃弾は翔の脚に見事当たり、その後着地した翔が再び大跳躍をすることを不可能にした。

「うっ……ぐ……!」

 思わずその銃創を押さえる翔に、男達は無慈悲にその拳銃を再び構える。その男達は極めて冷静であった。少女フィーリニの囮に気付き、急接近する翔にその弾を発砲するまでコンマ数秒のことであったのだ。その冷静さにより今や男達は翔を追い詰めていた。その引き金を引けば間もなく男達の目の前にいる翔は死ぬ。そんな状況にあって、男達は尚も油断せず目の前の敵を見抜いていた。

 しかしその平静さが崩れたのは、その直後のことだった。

 突如翔がその肩に持った何かを男達にぶちまける。それは決して標的キラなどではなく、ただの氷の塊であった。

「……残念だったな。こっち・・・が外れだ!」

 そうニヤリと笑う翔に、男達は驚いてもう一方、フィーリニの方を見る。すると男達は気付いた。その少女フィーリニの防寒具の中、子供が一人入っているような膨らみがあることに。

「──!」

 標的がいるのはあっち・・・か、と男達はその拳銃をフィーリニの方に向けようとする。

 が、それは後ろから伸びてきたその腕によって妨げられる。それが遮られたのは、標的を連れていないことが分かったことによって男達の注意から完全に消えていた翔によってのことであった。

「……残念だけど、あいつらに発砲はさせないし、あいつらを追わせもしない。俺が、絶対にさせない」

 男達が拳銃を持つ手に万力の力をかけながら、翔はそう笑う。その翔の様子を見て、翔は最初からこの時のため、一度男達の注意を集めてから標的キラを連れたフィーリニを逃がす時間稼ぎをするためにこちらに急接近したのだと悟る。

 そしてそれは確かに事実であった。翔が作戦を話していたあの岩陰において、翔が発した英雄ヒーローらしからぬ言葉には続きがあったのだった。

「……囮、っていっても実はお前が本命だ、フィーリニ。キラはお前が、基地に連れて行って欲しい」

 その翔の言葉にフィーリニは首を傾げる。一方キラは少し考えてからその意味を理解したようで、手をぽんと叩いてから言う。

「……つまり、二重の囮ってことですか?」

「そういうことだ。最初にフィーリニが、キラを隠しながら岩陰から飛び出す。敵がフィーリニに発砲する前に俺があいつらに雪兎シュネーハーゼで急接近するから、お前らは安心して基地に向かってくれ。俺があいつらから時間を稼ぐ」

 フィーリニを囮とした翔の特攻と見せかけて、その翔も実は囮であり、キラを連れた本命はフィーリニの方である。確かにその作戦は一見そう悪くないようにキラにも思えた。しかしその作戦には一つ決定的な問題があることにキラは気付く。

「……けど時間稼ぎって……。それ、あな……カケル兄ちゃんは大丈夫なんですか?」

 キラの心配も最もであった。翔の戦闘能力はそう低くないとはいえ、敵は拳銃持ちの軍人である。時間稼ぎどころがまともに戦うことが出来るかも分からない。しかしそのキラの心配を振り払うように、翔はニコリと笑って言った。

「安心しろ。俺は時間稼ぎは得意なんだよ。それこそ、俺がこの世界に・・・・・・・来た時から・・・・・、な」

 その翔の言葉に首を傾げるキラを無理やり制して、その作戦は決行された。そして事実、作戦は半ばまで成功し、あとはその『時間稼ぎ』を残すのみとなったのだった。

「……そうだ。もう少しだよな。ここを乗り越えりゃ終わりなんだ」

 そう呟きながら、翔は目の前の男達に向かっていく。その顔に、僅かな笑みを浮かべながら。

 ──この最終局面、使えるものは限られているが、犠牲にできるものがもう一つだけあった。

 標的キラを追うのを邪魔をする翔を排除するのが先だと判断した男達は再びその拳銃をキラに向け発砲する。しかしその銃弾がその身体を貫通しながらも、翔はその突進を止めず、ついにその男達の懐に飛び込んで行った。

「──!」

 しかし男達には拳銃以外にも獲物はあった。そのポケットからナイフを取り出すと、それを翔に振り下ろそうとする。

 しかし翔は何も焦っていなかった。ここまで全て、計画シナリオ通りだったのだから。

「……だから言ったろ。お前らはここで、俺に足止めされるって」

 そう言いながら翔は頭の中である感覚を思い出す。相棒フィーリニに似たその少女に会う夢を見た、あの感覚を。

 ──この最終局面ゴール寸前では、もうヒーローの存在は必要ない・・・・。だったらそれを犠牲にするまでだ!

 そう翔は笑ってから、男達にその捨て台詞を吐いた。

「……さぁ、俺と一緒に、楽しい時間旅行・・・・をしようぜ!」

 その言葉に男達が反応するより前に、翔が叫んだ。

「……『時間……跳躍』!!」

 その叫びと共に、翔とその男達は、その雪原から姿を消した。

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