BLIZZARD!
第二章17『最後の難関』
「……痛っつー……」
段々とその氷の刃を焚き火に当て溶かしながらも、翔は思わずそう呟く。
翔とキラとフィーリニの三人組はあの戦いの後、再び洞穴に戻っていた。一刻も早く基地へと進路を向けたい一行がそうしていたのは、偏に翔の腕が限界を迎えたからであった。
その氷に包まれた翔の腕が、氷の刃が溶け出したことによりだんだんと空気に触れていく。しかしそれでもその血色は優れず、腕の感覚は遠いままだった。
──完全に凍傷になってんな、これ。後遺症とか残らないか心配だ……
あの包囲を突破する一点において、翔の擬似凍刃作戦は絶大な効果を示したが、その分翔の負ったダメージも大きかった。赤く腫れたその腕の感覚はまだ遠く、そして鈍い痛みを如実に翔に与えていた。
──まぁでも、乗り越えられたからいいとするか。
翔はそう思い一つ息をついた。そうして洞穴に残る二人の仲間に呼び掛ける。
「……あー、ごめんな。さっきあんな意気込んだこと言ったのに、結局俺のせいで足踏みすることになっちまって」
翔のその言葉に、フィーリニとキラは揃って首を振る。そしてキラはこちらを心配そうに覗き込んで翔に尋ねてきた。
「……というかその腕、本当に大丈夫なんですか……? 見るからに痛々しいですけど」
そのキラの不安を吹き飛ばすように翔が笑顔を取り繕い答える。
「大丈夫、大丈夫。一応感覚はあるし、ちゃんと動かせるし」
そうして翔はその凍っていた腕を振り回し、その手でグーとパーを作りキラに見せる。それはキラの不安を取り除くための行動だったが、依然キラの顔に少し不安の色が見られた辺りあまり成功はしなかったらしい。
──そうだ、気を抜くな。まだ英雄を演じ続ける時間は終わってないだろ。
キラのその憂いを見て、翔はそう自省する。そう、まだ翔とキラの逃走劇は幕引きでは無いのだ。逃走劇が終わるのは二人が安全に基地に辿り着く時だ。その時まで翔は、一瞬も気を抜くことが出来ない、抜いてはいけないのだった。
──集中しろ。終幕まであともう少しだろ。
翔は改めてそう気合を入れ直し、そして立ち上がる。
「……悪い、待たせたな。もう大丈夫だ。基地に帰ろう」
そう言い翔はキラを自分の元へ引き寄せる。その様子を見て、自分も、とフィーリニがこちらに手を伸ばしてくる。が、翔はそれを申し訳なさそうに断る。
「ああ、悪いフィル。多分雪兎で抱えていくのはキラ一人が限界だ。フィルは自分で走ってくれるか?」
その翔の頼みにフィーリニは一度頬をふくらませたが、翔が手を合わせて必死に頼んでいるのを見て仕方なさそうに頷く。
「……さて、じゃあ今度こそ帰るか」
そう呼びかけてから、翔はその足を踏み切り、雪兎により急加速する。フィーリニもそれに続くが、やはり雪兎の最高速度には及ばないようだった。
──つっても、これは連続では使えないからな。
どうやら靴底を勢いよく突出させることで大跳躍を可能にしているらしいその雪兎は、その仕組みからして一度跳躍をした後しっかりと足を地に着けることが必要となる。つまりは連続しては使えないのだ。すると最高速度は翔の方が上でも、平均してみると翔の雪兎はフィーリニと同じくらいの速さで雪原を駆けることとなる。
「……それでも充分早いんだけどな」
フィーリニの駆ける速さは、翔の目算では乗用車やそこらにも引けを取らない程であった。それとほぼ同等の速さということは、つまり翔も今それほどの速さで雪原を駆けていることになる。
事実翔の肌には、防寒服を突き抜けてその風の寒さが突き刺さっていた。白ばかりの景色が瞬く間に視界を流れていき、風を切る音がマスクを通して翔の耳を刺激する。
「……改めて凄い装備もらったな、俺」
その靴の開発者の少女に内心感謝しながらも、そうして走り続けて十分ほどが経過した頃だろうか。翔は視界に、ようやくその基地を捉える。
「……よし、基地はもうすぐだ。フィル、ラストスパートだ。あそこまで……」
と、そこまで言ってから翔は気付いた。
その基地までの道筋に、不穏な人影が二、三居るのを。
「──! フィル! 止まれ!」
翔のその指示が通るのと同時に、その場にひとつの銃声が鳴り響く。
その銃弾は翔のそのマスクを掠めていき、それに僅かな弾痕を残した。
「一旦退避だ!」
その状況を冷静に分析し、瞬時に翔はそう決断する。翔のその指示に従い、フィーリニは翔が駆ける先に従う。
「……はぁ、はぁ……」
銃撃地点から少し離れた岩場まで駆けてから、翔は乱れた息を整えながら乱雑になった思考を整理する。
「……伏兵……? 数は多くねえが……、拳銃が厄介だな……」
翔達が対比したその場所も基地からはそう遠くはなかった。つまりは終着点目前でありながら、障害にぶち当たったこととなる。
「……あいつら、あんな所にいたってことは、十中八九俺らを待ち伏せてたのか」
ということは彼らはこれからも依然としてあそこに居座り続けるということとなる。
「くそっ。最後の最後に厄介な難関がありやがるな」
彼らがあそこから立ち退くことがないということは、翔は彼らの脅威を撃退、もしくはどうにかしてその脅威をすり抜けてその向こうにある基地に辿り着かなければいけないこととなる。今や擬似凍刃を解いた翔にとって、複数人の拳銃持ちの軍人はあまりにも強大な相手だった。
「……さぁて、どうすっかねぇ……」
先の発砲から見るに、既に翔達は彼らに見つかってしまっているようだった。こちらを追ってこないのは恐らくあの場に待ち構えていた方が確実に翔達を仕留められるからであろう。
──まったく、ホントに冷静で厄介な敵だな。
翔達にとっては、むしろ彼らが翔達を追ってくる展開の方があるいは理想的であった。機動力においては翔もフィーリニも恐らくあの敵と比べても十分にあるのだから、こちらを追ってきた敵から逃げながら基地に向かう、ということも不可能ではないはずだ。
しかし敵はこちらを必要以上に追っては来ない。基地前に居座り翔達が来るのを待つ方が確実だと知っているからだった。だから彼らは依然として虎視眈々とこちらの動向を見張りながらも、その場から動くことは無かった。
「……つまりは、どうしても俺らはあの障害を突破しなきゃいけないわけだ」
そう呟きつつも翔の目は絶望に覆われてはいなかった。その理由として、翔は今も隣で息を潜めるフィーリニを見た。
「……さっき洞穴で包囲された時と違って、今はお前もいるもんな、フィル。まだまだ俺は足掻く、足掻けるはずだ」
そう笑ってから、翔は改めて思考を巡らす。
加えて、翔の目に未だ希望が宿っているのは、増援の存在のおかげではなかった。翔達は今や基地を目視できる場所にいる。つまりそれは──
「──これが、文字通り『最後の難関』だもんな」
ここを乗り越えれば、翔とキラの逃走劇は幕を閉じるのだ。そしてその先には、元二やランバートを含めた遠征隊がいる。翔一人で乗り越えるべき難関は、目の前の数人の敵で最後なのだ。
──けど逆にここで失敗しちゃなんの意味もない。正念場、だな。
一度緩みかけた思考をそう律してから、翔は改めてその敵を見張る。
──武器……は、今のところ拳銃以外見当たらねぇな。けど何か隠し持ってる可能性はあるから、正面からの取っ組み合いはなるべく避けた方がいい。
ともなれば翔達が取る手段としては限られていた。戦うのが無理ならば駆ける他ない。翔は基地までの距離を目算し考える。
──……雪兎の大跳躍で、二回、か? けどそうなると、あの敵の近くでもう一回踏み切らなきゃいけなくなる。
雪兎の靴底が再び戻り、大跳躍が可能になるまでの僅かな時間。しかしそれこそが、翔の懸念する点にほかならなかった。
──相手は拳銃持ちなんだぞ……。危険すぎる。正面突破はキツそうか……?
正面突破が無理ならば迂回していく他ないが、それでも敵に見つかっている現状それも有効な手段とは思えなかった。
──ならどうする? 他になかったか、『何か』使えるもの……!
そうして超速化する思考の中、翔はある一点でつまづく。
──あれ、そういえば……。
その翔にとって盲点であった事実に気付いた時、翔は顔に笑みを浮かべていた。
──これなら、行ける。これを犠牲にすれば、キラは無事に基地に辿り着ける。
その確信とともに翔は隣のフィーリニとキラに向かって話し出した。
「……二人とも、聞いてくれ。基地に帰るための作戦を伝える」
そうして翔は心の中で呟く。
──覚悟を決めろ。これが、俺の英雄としての最後の仕事だ。
そう笑ってから、翔は口を開く。
「……つーわけでフィル、ちょっと頼みたいことがあるんだが……」
そうして翔の口から滑り出た言葉は、英雄というにはあまりにも情けない言葉であった。
「……ちょっとお前、囮になってくんね?」
段々とその氷の刃を焚き火に当て溶かしながらも、翔は思わずそう呟く。
翔とキラとフィーリニの三人組はあの戦いの後、再び洞穴に戻っていた。一刻も早く基地へと進路を向けたい一行がそうしていたのは、偏に翔の腕が限界を迎えたからであった。
その氷に包まれた翔の腕が、氷の刃が溶け出したことによりだんだんと空気に触れていく。しかしそれでもその血色は優れず、腕の感覚は遠いままだった。
──完全に凍傷になってんな、これ。後遺症とか残らないか心配だ……
あの包囲を突破する一点において、翔の擬似凍刃作戦は絶大な効果を示したが、その分翔の負ったダメージも大きかった。赤く腫れたその腕の感覚はまだ遠く、そして鈍い痛みを如実に翔に与えていた。
──まぁでも、乗り越えられたからいいとするか。
翔はそう思い一つ息をついた。そうして洞穴に残る二人の仲間に呼び掛ける。
「……あー、ごめんな。さっきあんな意気込んだこと言ったのに、結局俺のせいで足踏みすることになっちまって」
翔のその言葉に、フィーリニとキラは揃って首を振る。そしてキラはこちらを心配そうに覗き込んで翔に尋ねてきた。
「……というかその腕、本当に大丈夫なんですか……? 見るからに痛々しいですけど」
そのキラの不安を吹き飛ばすように翔が笑顔を取り繕い答える。
「大丈夫、大丈夫。一応感覚はあるし、ちゃんと動かせるし」
そうして翔はその凍っていた腕を振り回し、その手でグーとパーを作りキラに見せる。それはキラの不安を取り除くための行動だったが、依然キラの顔に少し不安の色が見られた辺りあまり成功はしなかったらしい。
──そうだ、気を抜くな。まだ英雄を演じ続ける時間は終わってないだろ。
キラのその憂いを見て、翔はそう自省する。そう、まだ翔とキラの逃走劇は幕引きでは無いのだ。逃走劇が終わるのは二人が安全に基地に辿り着く時だ。その時まで翔は、一瞬も気を抜くことが出来ない、抜いてはいけないのだった。
──集中しろ。終幕まであともう少しだろ。
翔は改めてそう気合を入れ直し、そして立ち上がる。
「……悪い、待たせたな。もう大丈夫だ。基地に帰ろう」
そう言い翔はキラを自分の元へ引き寄せる。その様子を見て、自分も、とフィーリニがこちらに手を伸ばしてくる。が、翔はそれを申し訳なさそうに断る。
「ああ、悪いフィル。多分雪兎で抱えていくのはキラ一人が限界だ。フィルは自分で走ってくれるか?」
その翔の頼みにフィーリニは一度頬をふくらませたが、翔が手を合わせて必死に頼んでいるのを見て仕方なさそうに頷く。
「……さて、じゃあ今度こそ帰るか」
そう呼びかけてから、翔はその足を踏み切り、雪兎により急加速する。フィーリニもそれに続くが、やはり雪兎の最高速度には及ばないようだった。
──つっても、これは連続では使えないからな。
どうやら靴底を勢いよく突出させることで大跳躍を可能にしているらしいその雪兎は、その仕組みからして一度跳躍をした後しっかりと足を地に着けることが必要となる。つまりは連続しては使えないのだ。すると最高速度は翔の方が上でも、平均してみると翔の雪兎はフィーリニと同じくらいの速さで雪原を駆けることとなる。
「……それでも充分早いんだけどな」
フィーリニの駆ける速さは、翔の目算では乗用車やそこらにも引けを取らない程であった。それとほぼ同等の速さということは、つまり翔も今それほどの速さで雪原を駆けていることになる。
事実翔の肌には、防寒服を突き抜けてその風の寒さが突き刺さっていた。白ばかりの景色が瞬く間に視界を流れていき、風を切る音がマスクを通して翔の耳を刺激する。
「……改めて凄い装備もらったな、俺」
その靴の開発者の少女に内心感謝しながらも、そうして走り続けて十分ほどが経過した頃だろうか。翔は視界に、ようやくその基地を捉える。
「……よし、基地はもうすぐだ。フィル、ラストスパートだ。あそこまで……」
と、そこまで言ってから翔は気付いた。
その基地までの道筋に、不穏な人影が二、三居るのを。
「──! フィル! 止まれ!」
翔のその指示が通るのと同時に、その場にひとつの銃声が鳴り響く。
その銃弾は翔のそのマスクを掠めていき、それに僅かな弾痕を残した。
「一旦退避だ!」
その状況を冷静に分析し、瞬時に翔はそう決断する。翔のその指示に従い、フィーリニは翔が駆ける先に従う。
「……はぁ、はぁ……」
銃撃地点から少し離れた岩場まで駆けてから、翔は乱れた息を整えながら乱雑になった思考を整理する。
「……伏兵……? 数は多くねえが……、拳銃が厄介だな……」
翔達が対比したその場所も基地からはそう遠くはなかった。つまりは終着点目前でありながら、障害にぶち当たったこととなる。
「……あいつら、あんな所にいたってことは、十中八九俺らを待ち伏せてたのか」
ということは彼らはこれからも依然としてあそこに居座り続けるということとなる。
「くそっ。最後の最後に厄介な難関がありやがるな」
彼らがあそこから立ち退くことがないということは、翔は彼らの脅威を撃退、もしくはどうにかしてその脅威をすり抜けてその向こうにある基地に辿り着かなければいけないこととなる。今や擬似凍刃を解いた翔にとって、複数人の拳銃持ちの軍人はあまりにも強大な相手だった。
「……さぁて、どうすっかねぇ……」
先の発砲から見るに、既に翔達は彼らに見つかってしまっているようだった。こちらを追ってこないのは恐らくあの場に待ち構えていた方が確実に翔達を仕留められるからであろう。
──まったく、ホントに冷静で厄介な敵だな。
翔達にとっては、むしろ彼らが翔達を追ってくる展開の方があるいは理想的であった。機動力においては翔もフィーリニも恐らくあの敵と比べても十分にあるのだから、こちらを追ってきた敵から逃げながら基地に向かう、ということも不可能ではないはずだ。
しかし敵はこちらを必要以上に追っては来ない。基地前に居座り翔達が来るのを待つ方が確実だと知っているからだった。だから彼らは依然として虎視眈々とこちらの動向を見張りながらも、その場から動くことは無かった。
「……つまりは、どうしても俺らはあの障害を突破しなきゃいけないわけだ」
そう呟きつつも翔の目は絶望に覆われてはいなかった。その理由として、翔は今も隣で息を潜めるフィーリニを見た。
「……さっき洞穴で包囲された時と違って、今はお前もいるもんな、フィル。まだまだ俺は足掻く、足掻けるはずだ」
そう笑ってから、翔は改めて思考を巡らす。
加えて、翔の目に未だ希望が宿っているのは、増援の存在のおかげではなかった。翔達は今や基地を目視できる場所にいる。つまりそれは──
「──これが、文字通り『最後の難関』だもんな」
ここを乗り越えれば、翔とキラの逃走劇は幕を閉じるのだ。そしてその先には、元二やランバートを含めた遠征隊がいる。翔一人で乗り越えるべき難関は、目の前の数人の敵で最後なのだ。
──けど逆にここで失敗しちゃなんの意味もない。正念場、だな。
一度緩みかけた思考をそう律してから、翔は改めてその敵を見張る。
──武器……は、今のところ拳銃以外見当たらねぇな。けど何か隠し持ってる可能性はあるから、正面からの取っ組み合いはなるべく避けた方がいい。
ともなれば翔達が取る手段としては限られていた。戦うのが無理ならば駆ける他ない。翔は基地までの距離を目算し考える。
──……雪兎の大跳躍で、二回、か? けどそうなると、あの敵の近くでもう一回踏み切らなきゃいけなくなる。
雪兎の靴底が再び戻り、大跳躍が可能になるまでの僅かな時間。しかしそれこそが、翔の懸念する点にほかならなかった。
──相手は拳銃持ちなんだぞ……。危険すぎる。正面突破はキツそうか……?
正面突破が無理ならば迂回していく他ないが、それでも敵に見つかっている現状それも有効な手段とは思えなかった。
──ならどうする? 他になかったか、『何か』使えるもの……!
そうして超速化する思考の中、翔はある一点でつまづく。
──あれ、そういえば……。
その翔にとって盲点であった事実に気付いた時、翔は顔に笑みを浮かべていた。
──これなら、行ける。これを犠牲にすれば、キラは無事に基地に辿り着ける。
その確信とともに翔は隣のフィーリニとキラに向かって話し出した。
「……二人とも、聞いてくれ。基地に帰るための作戦を伝える」
そうして翔は心の中で呟く。
──覚悟を決めろ。これが、俺の英雄としての最後の仕事だ。
そう笑ってから、翔は口を開く。
「……つーわけでフィル、ちょっと頼みたいことがあるんだが……」
そうして翔の口から滑り出た言葉は、英雄というにはあまりにも情けない言葉であった。
「……ちょっとお前、囮になってくんね?」
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