BLIZZARD!

青色魚

第二章12『洞穴』

 逃げれば勝ち。アンリからその状況を聞いた翔は、一目散にある場所へと進路を決めていた。

 逃げれば勝ち、この場合鬼ごっこタグよりも隠れんぼハイドアンド・シークの方が翔には勝ち目があった。つまりはあえてその姿を晒して逃げ回るより、相手を振り切りどこかで増援であるフィーリニが来るのを待った方が安全ということだ。そしてその場合、隠れ場所としては翔にはすぐに頭に浮かんだ候補があった。

 それはかつて翔とフィーリニが二人暮らしたその洞穴。そこは食料も水も、ガスを防ぐためのマスクすらない環境だが、だからこそ翔はその場所が隠れる場所として最適だと思った。

 ──俺もキラも、外のガスが通じないせいでマスクはいらない。だったら当然、気付かれにくいノーマークの場所を目指した方がいい。

 敵はキラが特異体質であることは知っているが、そのキラと一緒に逃げた翔の正体までは恐らく気付かれてはいない。あの時翔は終始マスクを付けており、敵にその顔を見られた心配はなさそうだからだ。

「……というわけで、ほれ、着いたぞ」

 そうして思考をひとまず切り上げて、翔はキラにそう呼び掛ける。雪兎シュネーハーゼを最早完全に使いこなした翔は、あっという間に敵を振り切りその洞穴に達していた。

 ──とはいえ、相当扱い方にクセがあるのは確かだな。

 完全に使いこなした、といってもその実その状態は薄氷一体であった。翔は持ち前の運動能力、反射神経、集中力、それらの全てを使い雪兎シュネーハーゼの爆発的な加速力になんとか反応しているに過ぎないのだ。その靴を使いこなしていることには代わりなかったが、少しでもその集中が途切れた時、その跳躍が成り立たなくなることは明白だった。

 ──以前状況は変わらず、油断も隙もない、ってか。

 翔はそうため息をつきながらも、その抱き抱えたキラをようやく下に下ろして、そのつぶらな目と見合う。瞬間、翔は先までの自分の思考を後悔する。

 ──そうだ、悲観的ネガティブになってる暇なんかないし、そんな様子をこの子には見せちゃいけなかったんだったな。

 翔はキラの前では英雄ヒーローで居続けなければいけない。そのため少しでもキラに不安を悟られてはいけないのだ。翔はそう気合を入れ直し、その洞穴に入る。

「……久しぶりだな。体感で半年ぶりだ」

 実際は『時間跳躍』をしたこともあったのでもう少し長いかもしれないが、それほど長い年月を経た後もその洞穴は最後に訪れた時から何ら変わっていなかった。毛布代わりに使っていたマンモスの毛皮、翔がここを去る直前消し忘れていった薪の跡。それらの全てが、翔にはとても懐かしく感じられた。

 ──って、懐かしんでいる暇はねぇんだった。

 翔はそこにひとまずキラを入れてから、かつて『扉石』と呼んでいたその大きな岩を動かし洞穴に蓋をした。それによりとても簡易的ながらその洞穴には蓋がされ、外から翔とキラの姿は見ることができなくなった。

 ──ひとまず、これでひと段落かな。

 安全な場所に隠れることができた今、フィーリニの助けを待ち、合流して基地に帰ることが翔に残された使命ミッションとなる。もちろん少しでも基地との距離を縮めた方がフィーリニとの合流を早められるのだが、それには同時に危険が伴う。翔単身の逃亡劇ならばまだしも、キラという必ず守らなければならない対象が一緒となれば話は別であった。

 キラはその洞穴に入ると、すぐにその場に座り込んでいた。その顔には少し疲れが見られる。といってもそれは無理もないのだろう。キラは翔の雪兎シュネーハーゼによる大跳躍中、翔の身体に必死にしがみついていたのだから。

 翔はその疲労を察し、キラの隣に座り込んで言った。

「ひとまずお疲れさん。基地に戻るまではあと少しだから、頑張ろうぜ」

 その言葉にキラはこくりと頷いて返す。そうしてその場にしばしの沈黙が訪れてから、翔は口火を切る。

「……キラ、お前はすごいよな」

 その翔の言葉に、キラは驚いて翔を見る。

「……なんですか、急に」

「いや、素直にそう思ったからさ。俺はお前みたいに小さな頃、自分を犠牲にして他人を助ける、なんて漫画やアニメの中の話だと思ってたよ」

 翔はキラにそう語りかける。翔は未だ自らを庇って攫われそうになったキラの姿が忘れられなかった。その姿はまるで、翔よりもずっと、英雄ヒーローなどというもののようだったから。

「それに氷漬けになる前、ひとりで暮らしてきたんだろ? ホントにすげぇよ、お前は」

 キラ曰くキラの両親は既に死んでいる。つまりそれはこの猛吹雪の世界で、こんな小さな子供が一人で生きてきたことになる。翔は本当に、純粋に、キラを尊敬していた。翔と似た特異体質でありながら、翔よりも強く生きるキラのことを凄いと思ったのだ。

 しかしキラはその翔の羨望の言葉に、少し恥ずかしそうにして返した。

「……べつに、たいしたことないですよ。それと、僕は一人で生きてきたわけじゃありませんよ?」

 そのキラの最後の言葉に翔が首を傾げると、キラは平然とこう答えた。

「……お父さんとお母さんが死んでからはあの人、ハルさんが世話してくれましたから」

 そのキラの言葉を聞いて、翔の頭にすっかり忘れていた疑問が蘇る。

「そうだ、あの手紙! あれは本当に朝比奈アサヒナハルの書いた手紙なのか?」

 キラの手に握られていた手紙には差出人が朝比奈遥と書いてあり、そしてそこには翔が将来朝比奈遥と出会うことになる、と書いてあった。あの手紙に書いてあることがすべて事実ならば、朝比奈遥は基地を失踪して十年が経つ今も生きているということになる。

 その翔の疑問にキラは少し首を傾げて答えた。

「……質問の意味が少し分かりませんが、あれは間違いなくハルさんの書いた手紙ですよ。あの手紙はハルさんから直々に渡されたものなので、間違いありません」

 そのキラの言葉はつまり、翔の先の推測、朝比奈遥はまだ生きているということを立証していた。

 ──正気の沙汰じゃねぇな、そりゃ。

 この猛吹雪の世界で一人、何の装備も持たずに十年以上生きていくなど常人のできることとは思えない。翔は改めてその異質な力に身震いしながらも、次なる疑問に話を移した。

「待てよ、じゃあなんで朝比奈遥は基地に帰ってこないんだ……?」

 それは至極単純な疑問であった。朝比奈遥は『氷の女王』の襲来を予知し、今の基地を設立した。基地からはまさに『救世主』として崇められており、彼女にとって基地は決して居心地の悪い場所ではないと思われるのだが。

「それにキラが氷漬けになってたことも謎だ。朝比奈遥が世話をしてたなら、なんでそんなことが起こったんだ……?」

 外の世界で十年近く生きてきたその『救世主』が、一人の子供を守れず見殺しにするとは翔には思えなかった。

 その翔の疑問に、キラは神妙な顔になって、ひとつの疑問で返す。

「……その件についてですが、ひとつお聞きしたいんです。

 今は、西暦何年ですか・・・・・・・?」

 いつか翔がしたようなその質問を聞いて、翔は何も考えずに答える。

「今は西暦2042年だ。季節は……年中冬みたいな状態だけど、一応時期としてはそろそろ春になるな」

 その翔の答えを聞いた時、キラはどこか納得がいったような表情になる。その様子を見て、翔の頭にひとつの考えが思い浮かぶ。

「……キラ、まさかお前……!」

「……そうです。僕の記憶の最後にあるのは、2031・・・・年です」

 翔が発した疑問に、キラはきっぱりとそう答えたのだった。

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