BLIZZARD!

青色魚

第二章09『再来』

 ちらちらと雪が降る中、真っ白なそのキャンパスに、小さな足跡が描かれていく。氷漬けになっていた少年、キラは外に出ると基地から離れた方向へひたすら歩いていた。どこかなにかを隠したような、そんな顔をしながら。

 ──どこまで行くんだ?

 後をつける翔は疑問に思いながらもそれを少し離れて追う。気分転換のための散歩、と聞いて見張りのために翔はその少年を尾行しているのだが、しかしそれにしては妙だった。

 ──基地から距離を取ろうとしている?

 周りの景色など見ず一目散に遠くに歩いていく。その日は比較的天気がいい日であり、雪はちらついているが視界は良好であった。そうでなかったらひょっとしたら見失っていたかもしれない、それほど早くキラは歩いていた。

「……ちょっと、キラくん?」

 その不気味な様子に、翔はいよいよ声を上げる。しかし少年は足を止めることなく、どこか遠くを目指してずんずんと進んでいった。仕方が無いので、翔は速度を上げてキラを追う。

「ほら、待ってって、おい」

 しかし翔が走り出すと同時にキラもその翔から逃げようとするかのように走り出した。逃げようとしているのか、と翔は思ったが、それにしては様子が妙であった。まるで『逃げたい』のではなく、基地から距離を取りたいだけのような。

 数分後、翔はキラをなんとか捕まえた。その微かにひんやりとしたキラの肩をしっかりと掴んで、翔は問い掛ける。

「……キラくん、いや、キラ。君は、一体何を隠してる?」

 その翔の質問に、キラは答えづらそうに俯く。

 ──やっぱりこの子供、なにか隠している。

 翔はそのキラの様子に、自らの推理が当たっていたのを確信する。全身からいつも放出している凍気フリーガスに、何故か基地から離れようとするその姿勢。やはりどこか普通ではない。何かを隠しているような、そんな様子であった。

 と、翔が問い詰めたその時、キラの顔色がどこが悪いことに気付く。その時になってようやく、翔はキラがマスクを付けるのを忘れていたことに気づく。

「……ひとまず色々聞くのは基地に帰ってからだ。ほら、早くマスクを……」

 具合が悪そうだというのになおマスクを付けようとしないキラに、翔はそう呼び掛ける。しかしキラはその翔の差し出したマスクを払い除けて言った。

「────」

「……え?」

 その聞こえなかった言葉を翔が聞き返した時、翔はようやくそのに気付いた。

 一方その頃、時刻は昼の十時になろうかといったその時になって、ようやく目を覚ましたアンリがフィルヒナーの元に駆け込んでいた。

「ヒナ! 大変なの!」

 開口一番アンリはそう叫んだ。その言葉にフィルヒナーは疑問を返す。

「……? どうしたんだ? アンリ」

「今すぐあの子をここに連れてきて! 確認したいことがあるの!」

 アンリは切迫した様子でそう言った。そのアンリの焦った様子に面食らいながらもフィルヒナーは返す。

「……あの子供なら、今カケルと一緒に外にいるが」

「外!? 今すぐ連れ戻して、早く!」

 そのフィルヒナーの悠長な答えを聞いて、アンリはそう叫ぶ。その様子を見て、部屋の中にいた元二もこちらに来て言った。

「……? アンリ、一体どうしたんだ?」

 アンリは彼らのそののんびりとした様子を見て、ため息をついて話し始めた。

「……あの子供、氷漬けになって外にいたんですよね?」

「ああ、そうだが……」

「その子供の周りにはなにか落ちてませんでした?」

 アンリがそう矢継ぎ早に質問するのに、元二は少し考えて答えた。

「……いや、なにも」

 その元二の答えを聞いて、アンリはさらにその顔を苦くして言った。

「……だったら、その子は氷漬けに・・・・・・・・なる前・・・マスク無しで・・・・・・どうやって《・・・・・》暮らしてたんですか・・・・・・・・・?」

 その時になってようやく元二はその子供の異常さに気付いた。氷漬けになっていても生きていた、それはまだ納得ができた。しかしそれよりも問題なのは、氷漬けになる以前・・のことであった。

「……ってことは、まさか……!」

「ええ。恐らくですがあの子は、外のガスが通じない特異体質……!」

 これまで基地の歴史では、そんな体質は翔以外にはいなかった。むしろこの世界でその特異体質を持つのはそれをまき散らした張本人の『氷の女王』と翔くらいなのだ。

 世界に冬をもたらした存在と、時間跳躍という未知の力によりこの世界に迷い込んだ翔。その二人と並ぶほどの体質を持つということは、その子供が只者ではないということは言うまでもない。

 しかし、元二は未だアンリのその焦った様子の理由がわからなかった。あごに生えた不精ひげをいじくりながら、元二は問い掛ける。

「けど、それだけなら別に問題はなくねぇか? マスク無しで外で生きられる、ってだけだろ?」

「……いえ、むしろその事実があるだけで事態は深刻になるんですよ。忘れたんですか? 同じ体質を持ったカケルさんが、危うく攫われそうになったことを」

 元二のなんとも楽観的なその考えに、アンリがぴしゃりとそう言う。そのアンリの言葉が何を表すかは、もう元二にも明白であった。

「……じゃあ」

「ええ。……あの子は狙われています。カケルさんの時と同じように、あるいはそれよりも大規模で」

 その言葉通り、翔の耳には、何かプロペラのようなものが高速で回る音が鳴り響いていた。そうして翔が空を見上げた時、そこにはなんとも懐かしいものが浮かんでいた。

「……まじかよ」

 空にはキラを狙う機体、地上にはその子供をかっさらうために配備された者達。端的に言えば、それは少年にとっては絶体絶命な状況であった。その身を奪おうとしている敵が四方八方にいるのだ。まさに四面楚歌。しかし、何故かキラは平然とした様子であった。

 一方アンリの思考はさらに進んでいた。あのキラという少年が特異体質を持ち、そして何者かに狙われていており、その危害が翔に及ぶ。ここまでは誰にでも予想のできる範囲での最悪のパターンである。しかし、問題はその先にあった。

「……もし、あの子が共犯グルだった場合」

 つまりは自分が連れ去られるついでに翔の身をも引き渡そうとしていた場合、翔の身の危険性は更に上がることとなる。

「……ひとまず、早くあの子を連れ戻すか、もしくは置き去りにしないと。カケルさんが危険です」

 そんなアンリの願いとは裏腹に、翔はキラを追いかけ随分ときたから離れた場所に来てしまった。加えて周りには翔とキラの身を狙う者達が構えており、空にはいつか攫われた時と同じような、空を飛ぶその回転翼機ヘリコプターが翔達を威嚇している。その場から逃げ出すのは明らかに不可能のように思えた。

「……またなんつー絶望的シビアな状況だな……」

 改めて神様とやらに心の中で悪態をついてから、翔は周囲を取り囲むその敵を睨んだ。

 凍気フリーガスの秘密の鍵を握る少年と、翔を狙う者達の再来。そうして事態は急転直下、またひとつの動乱へと物語ストーリーは転がっていったのだった。

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