BLIZZARD!

青色魚

第二章05『回顧』

 基地の一角の扉を開けると、そこは雪景色であった。相も変わらず白と黒だけで表せるその目の前の光景に、翔は思わず嘆息した。

 ──この景色がどこか美しいと思い始めてるあたり、俺も相当この世界に毒されてきてるな。

 翔は自分の内心を顧みてそう苦笑する。この世界で既に相当の時間を過ごした翔は、かえってその光景が日常であるような、そんな錯覚を覚えていた。まるで、生まれた時からこの世界のことしか知らない、基地に住む彼らのように。

「……って、やばいやばい。この世界に『馴染む』のはいいけど、『慣れ』ちゃダメだ」

 翔の最終目的は変わらない。『氷の女王』を倒し、この世界の『冬』を終わらせる。そのためには、この極寒の景色が普通だと思ってはいけないのだ。

「そうだ、待ってろよ『氷の女王』……!」

 翔はもう以前の翔ではない。顔すら見れず敗北した前回とは違うのだ。今もどこかで世界を凍てつかせているその『氷の女王』に、翔がそうして宣戦布告したその時、

「カケルッ!」

 突然元二のその緊迫した声が翔に届く。その瞬間翔は臨戦態勢に入り、腰の獲物に手をかけ周囲を警戒する。

 ──なんだ、何かが来るのか……!?

 翔はそう焦りながらも警戒を怠らない。その一連の動きの流れは紛れもなく歴戦の戦士のそれであった。

 しかしその注意の糸も、その後の元二の言葉に切られることとなる。

「くっ……ふ」

 初めに聞こえてきたのはその元二の笑い声だった。翔がそれを訝しむ暇もなく、元二は言った。

「お前、いつまで経ってもダイヤル全開にする癖治らないな」

 いつかしたミスのように、翔はまたダイヤル全開、全員に聞こえる状態でそう独り言を言っていたのだった。


 ********************


「……またやっちまった」

「お前毎度毎度よくやるよな。あとそれも聞こえてるぞ」

 ため息とともに発せられたその翔の言葉も筒抜けのものだったらしく、元二からまた注意をされる。赤面しながらもダイヤルを回そうとすると、元二がその言葉に付け加えて言った。

「でも本当に気をつけろよ。もうそんなミス注意してくれる奴はいねぇんだからよ」

 その『注意してくれる奴』が誰を指すのか翔は少し考えてから結論を出した。

 ──真……。

 半年前、遠征隊を裏切り翔を誘拐しようとした張本人の名前だ。思えば初めての遠征で右も左も分からない翔にダイヤルの使い方を初め遠征のいろはを教えてくれたのはその真に違いなかったのだ。

 ──まぁ、それもこれも演技だったんだけどな。

 その真はその実裏切り者スパイとして遠征隊に所属していた。外のガスに抗体を持ち屋外で時間無制限に活動できる翔の特殊体質を知った真は、遠征の最中翔を誘拐した。しかし結果裏切りが遠征隊に発覚し、真は乗った旋空機ヘリコプター諸共地上に落下、翔は無事基地に帰ってくることが出来たのだった。

 しかし、未だその一連の事件に関しては不明な点が多い。真は翔が遠征隊に入る以前から遠征隊に所属していた。翔はおよそ二十五年分の『時間跳躍』を経てこの世界に来たため、あの遠征時点、翔がこの世界に来てからすぐのあの時点で基地の誰も翔の特異体質のことは知らない、否、知るはずもないのだ。ならば一体、真は翔がこの世界に来る以前は、一体何をしていたのか・・・・・・・・・・

 そしてそれに加えてもう一つ、真の行方が知れないのだ。

「……てっきり死んだと思ってたんですけど……。まだ死体は見つかってないんですよね?」

「ああ。まぁ仮にあの墜落で生き残ったとしてもマスクまで無事とは限らない。加えてマスクあれ付けててもある程度はガスが体内に入ってきてるからな。今も生きてる見込みはほぼないだろ」

 元二がそう言うのを聞いて翔は一安心する。真が仮にまだ生きていたとしたら何より自分の身が危険であるし、そしてそれに加えて……

 ──もし生きてたとしたら、今更どんな顔して会えばいいんだよ……。

 翔は真のことを友人だと思っていたが、真は翔のことを単なる誘拐の標的にしか思っていなかったのだ。今翔が真に会ったとしても翔は真に友好的になれる自信はない。そして真は友好的になろうともしないだろう。裏切りが発覚した今、次に会うことがあってもそれは敵同士の関係であるだろうから。

 翔がそんなことを考えているその時、元二もその裏切り者のことを考えていた。しかしそれは翔とは少し違った想いであった。翔よりも十年ばかり真という人間を見つめてきた元二は、彼が死んだということに安堵とともにやりきれない苛立ちを感じていた。

 ──なぁ、真。なんで俺らを裏切ったんだ?

 その答えは一見して単純シンプルである。特殊体質を持ちながら凍気フリーガスを使えない翔の存在は、恐らく真にとってはまさにネギを背負ったカモ絶好の標的であったと言えるだろう。しかし、元二が聞きたいのはそんな答えではなかった。

 元二は未だに真が遠征隊に入った時のことを覚えていた。十年前、つまりは真は入隊時僅か七歳であった。それほど小さくして遠征隊に入ることが出来たのはその凍気フリーガスが基地内の大人に比べても秀でていた点に加え、真は両親のいない子であったからだった。せめて遠征隊という居場所を用意してあげれば真の寂しさも和らぐかもしれない、そんな提案によって真は若くして遠征隊に入った。

 若くして優秀であったと言っても所詮は小学生ほどの子供である。初めての遠征では翔と同じようなミスを度々したり、誤って仲間に凍気フリーガスを発動させたりなどと散々な結果であった。

 そんな中元二を含め遠征隊の面々が真に手を差し伸べ、遠征から無事に帰らせていたことは言うまでもない。次第に真も成長し、その若さでは信じられないほど優秀になったが、それでもその笑い方には失敗ばかりしていた幼い頃の面影が残っていた。

 ──ランは真の乗ったヘリを撃ち落とす時、『俺はお前のことを仲間だと思っていたかった』って言ってたらしいが、ありゃ俺のセリフだ

 元二も、真のことを敵だなどと思いたくはなかった。遠征隊が真と共に過ごした十年あまりの月日が、偽りだったとは思いたくなかったのだ。

 ──俺はお前に仲間でいて欲しかったよ、真。

 そう元二が心の中で言った瞬間、翔からの通信が届く。

「隊長! 前方に牙象マンモスの影があります!」

 その言葉で元二は現実に引き戻される。真が遠征隊を裏切らなければありえたかもしれない『今』の想像をやめ、元二はひとつ息を吐いて全体に通信をする。

「……総員、臨戦態勢。狩るぞ」

 その一言で遠征隊の全員がどこか遠足ピクニックに似た雰囲気から戦いの体制に入る。それは翔も同様であった。腰から愛用の高圧電流棒スタンガンを抜き、目の前の巨大なターゲットに向き合う。

 元二も先程までの回顧をきっぱりと断ち切り、その目線を目標に向けていく。が、その途中で先程まで話をしていた少年に目を移し、ニヤリと笑ってその少年に告げた。

「……今回も頼りにしてるぜ、うちの遊撃部隊・・・・

凍気フリーガスも使えない身でそんな期待重圧でしかありませんけど、とりあえずありがたく受け取っておきます」

 元二にそう言われた翔はそう返して手に持った武器に電流を流し始めた。

 そうしてその雪原でまた遠征隊の戦闘が始まろうとしていた。

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