BLIZZARD!
間章02『父親』
遠征隊のメンバーを総動員し行われたその捜索は、意外にも困難を極めた。持ち主の行動範囲はそう広くない。しかしそのすべてを洗いざらい探し尽くしても、白衣のはの字も見つけることが出来なかったのだった。
翔と元二とフィーリニの三人組は初めにアンリの寝床への捜索に向かった。しかし目的地に近付くにつれ、翔はだんだんとその行動の危うさに気付いた。
「……思ったんですけど、一応アンリも少女ですし……
寝床という名のカプセルではありますけど、あんまし野郎が入っていっちゃまずいんじゃ……」
こう言ってはなんだが、当然といえば当然なのだが、翔は女性経験など豊富ではない。半分寝床であるカプセルであろうと、なんだか女子の部屋に入るのは憚られたのだろう。
その提案に元二は一瞬目を見開いてから、頭をボリボリと掻いて返した。
「その気遣いは立派だ。だが、あいつが大人しくカプセルで寝ると思うか?
……残念ながらいいえだ。あいつは大抵あの開発室にこもって寝てるのさ。だから寝床っつっても実際は物置みたいなもんだ」
その言葉に翔は納得するとともにひとつため息をついた。やはりというかなんというか、あの少女に翔などの気遣いは不要なようだ。最もその時、何故か翔に「もう少し夢を見させてくれてもいいのに」なんて思いが浮かんでいたのは元二達には知る由もないのだが。
その元二の言葉通り、その『寝床』は彼女の部屋同様雑然としていた。積み上げられた何かの上の方にはホコリが積み上がっており、改めて人が入った痕跡は見受けられない。しかしそれでもその中を丹念に捜索したが、やはり成果は得られなかった。
「……まぁここにはない、か。
んじゃ、ラン達から連絡が来るのを待つかな」
元二もそれは予想通りの結果だったようで、そんなことを言って彼は懐に手を伸ばした。大方タバコでも吸うつもりなのだろう、と翔は元二を睨むと、やはり図星だったようで、苦笑いを返されることになった。
「……そんなにヤニ臭いか? 俺」
「まぁ今は亡き(?)俺の父親とかに比べればまだマシですけど……。
それでもタバコの匂い自体あまり好きじゃないんで、やめてもらえるとありがたいですね」
おどけてそう言う元二に、翔は鼻をつまみながらそう返した。その言葉にあるとおり、翔の父親は重喫煙者であった。毎日消費するタバコの量は、その分の金で一人の一食分の食費はゆうに賄えるだろう程のものであった。翔のタバコ嫌いはそのことも起因しているのかもしれないが、それでも主たる原因はやはりその健康被害であった。
「……確かにタバコ吸ってるおっさんキャラは大抵渋いですけど。それでも俺はキャラよりも健康を撮りたいですね」
「ちょっとお前が何言ってるか分からないが、とにかくタバコが嫌いなことは伝わった」
そう言う元二に、翔は今もポケットに入っている二十五年前のタバコの存在を告げていない。最も猛吹雪の中を進んだ後では湿気っていて吸えたものではないのかもしれないのだが。
──思えばコレ、どうするかなぁ……。
自分で吸う、などという選択肢は少なくとも今のところはない。翔の父はしょっちゅう「お前も大人になればこのうまさがわかる」なんて言っていたけれど、そんな日が果たして来るのか翔にはいささか疑問だった。少なくともあと二十五年ほどは分かりそうになさそうだ、と翔は思った。それほど隕石が飛来して氷河期が再来でもしない限り。
「……お前も大人になればこのうまさがわかるさ」
目の前の元二からもその一言が飛び出た。タバコを吸う人はこれしか言うことがないのだろうか、などと翔は失礼なことを考えてから、例の問題に思考を戻した。
自分で吸うつもりは無い。だからと言って目の前の男に渡すというのも今はまだ考えられない。喫煙をやめて欲しい、などと言っている者がタバコをプレゼントするなど馬鹿げている。という訳で、考えられる二つの選択肢がどちらも今のところイマイチな以上、この一箱のタバコはまだしばらく翔のポケットに収まることになりそうだ。
と、そんなことを考えていると、目の前の元二がどこかいたたまれない顔をしているのに気付いた。
「……? どうしたんです?」
「いや、さっきの一言の重さが今時間差で感じられてな……」
さっきの一言、というのが何を指すのか翔は逡巡したが、『今は亡き俺の父親』のあたりが響いたのだろう、と翔は推測した。
「……そっか。そうだよな。この基地にいなけりゃ、そういうことになるか……」
目の前の元二はどうにか『死んだ』という言葉を避けてそう言ったが、翔はもう既に悟っていた。翔は齢十七にして時間跳躍などという未知の現象で親離れをしてしまったことになるが、それでもその時間跳躍の先のこの世界の、日本で唯一安全なこの基地に彼らがいないということは、それはつまりそういうことなのだろう。翔の両親は、『氷の女王』の襲来で息絶えたのだ。
だが、そうも飄々としている翔を見て、元二は訝しんだ。
「カケル、お前……。
悲しくないのか? 親御さんが死んで」
その元二の疑問は至極当然のものであったがために、翔は一瞬怯んだ。その感情を悟られないためにひとまず口を開く。
「……悲しくない、って言ったら嘘になりますけど……」
翔はその心中を説明するのがとても大変だということに気付いた。もちろん親が死んで何も思わないほど翔は非情ではない。しかし──
「……多分、まだ実感できてないんだと思います。この世界に来てから、生きるか死ぬか、みたいな生活をずっと送ってきたので、両親が亡くなった、なんてことに気付いてもそんなことを悲しんでいる暇もない、のだと。
ずっとここで過ごしてきた隊長達には分からないかもしれませんが、俺にとってはここは『地球』でも『異世界』みたいなもんなんです」
翔は上手く自分の心境を言葉で表せたと思った。事実、翔にはまだ実感がわかないのだ。翔はこの世界で生きてはいるが、まるで気分は何かの物語を外から眺めている傍観者のような気分なのだ。両親のことなど、今の今まで考えてもいなかった。
「……まぁ、訓練が過酷なのもあると思いますけど?」
「そっか。お前が悲しんでいないなら、……良かったよ」
その翔の皮肉は無視して、元二はそう言った。それでも気まずい雰囲気は拭えたことだから、翔は良しとすることにした。
「……それでも」
そんなことを思っていたら、ふと目の前の元二が再び口を開いた。
「何かあったら、遠慮なく俺とかに相談しろよ?遠征隊は、お前の親みたいなもんだからな」
そんな気恥しいことを言われ、翔は思わず目をそらす。
「……なんすか、それ」
翔は照れ隠しにそれを嘲ろうとしたが、それも声が震えて上手くいかない。そんな様子を見て見ぬふりをして元二は続けた。
「いや、な。俺実は近頃父親になるんだ。だからその予行演習も兼ねてな」
その言葉に翔は元二をハッとしてみた。確かに元二は、正確な年齢は分からないが見た目から察するに三十半ばから後半といったところだろうか。子供を持ち始めてもおかしくない、むしろ遅すぎるくらいかもしれないが。
しかし、それならば、と翔は口を開いた。
「……なら、尚更タバコはやめた方がいいですね」
「うぐっ……。お前、痛いところ突くね」
元二はその言葉に苦笑いで返す。そんなやり取りをして、翔はふと気付いた。
「……父親、って……
お相手は誰なんです? 基地内の誰かですよね?」
「あ?そりゃもちろん……」
と、その先を言おうとして、元二はその言葉を止めた。その場にいながら会話に入り込めていないフィーリニが、翔の袖を引っ張っているのに気付いたからだ。
「ん? どうした? フィル」
フィーリニの方を見ると、翔がフィーリニに袖を引かれているのと同時に、フィーリニも一人の少女に袖を引かれていた。その少女の幼いながら整った顔立ちに、翔はすぐにその少女の正体がわかった。
「コハルちゃん? どうしたの?」
コハル、というのはこの基地に住む十歳やそこらの少女だ。翔が松つんの二十五年前談義に飛び入り参加した時に知り合い、以降とても仲が良くなった子供たちの一人だった。翔は初めは子供たちとの接し方に戸惑い、彼らとの接触を避けようとしたが、彼らの朗らかな笑顔にそんな抵抗は吹き飛ばされたのか、今はこの基地に住む子供たちの全員と仲が良くなっていたのだった。
今や白衣を失くしたどこぞの発明少女と同い年程でありながら、その性格はアンリと似ても似つかないほどおしとやかで真面目で、そして可愛かった。勿論翔には七、八歳ほど年齢が下の少女に恋愛感情など覚えるはずもないが、あと四、五年年が近かったらあるいは危うかった、などということは翔の中だけの秘密だ。
「……あのね、遠征隊さんが、アンリちゃんの白衣探してるって聞いて……」
「おお、耳が早いな。え、まさか俺たちより先に見つけた、とか言わないよね?」
そんなことを言われては遠征隊の名折れだ。大の大人が七人も集まって情けない、などと翔が思っていると、目の前の少女は首を横に振ってから答えた。
「まだ、見つけられてはないんだけど……、
男の人が、アンリちゃんの白衣を持ってくのを見て、怖くて……」
その言葉を聞いた瞬間、翔は身震いした。
──まさか、この一連の騒動は……『事故』じゃなくて『事件』……?
目の前のコハルの証言が正しいのならば、アンリが白衣を失くしたのではなく、何者かがアンリから白衣を奪ったということになる。しかしそれならばまた疑問は残る。
「……誰かが盗んだ、ったって……。
一体なんのために白衣を……」
こういっては失礼だが、あんな白衣などもはや『白衣』と呼べる代物ではない。ところどころが破け、煤け、白の要素はなくなりつつあるものだ。
──あんなものを盗んでも何にもならないと思うが……。
それでも何かが翔の中で引っかかった。そしてそれは、背後にいる元二も同じのようで、
「……ひとまず、遠征隊を全員集合させるか」
と言い放った。
どこか不穏な空気が流れた中、白衣の捜索は難航を極めるのだった。
翔と元二とフィーリニの三人組は初めにアンリの寝床への捜索に向かった。しかし目的地に近付くにつれ、翔はだんだんとその行動の危うさに気付いた。
「……思ったんですけど、一応アンリも少女ですし……
寝床という名のカプセルではありますけど、あんまし野郎が入っていっちゃまずいんじゃ……」
こう言ってはなんだが、当然といえば当然なのだが、翔は女性経験など豊富ではない。半分寝床であるカプセルであろうと、なんだか女子の部屋に入るのは憚られたのだろう。
その提案に元二は一瞬目を見開いてから、頭をボリボリと掻いて返した。
「その気遣いは立派だ。だが、あいつが大人しくカプセルで寝ると思うか?
……残念ながらいいえだ。あいつは大抵あの開発室にこもって寝てるのさ。だから寝床っつっても実際は物置みたいなもんだ」
その言葉に翔は納得するとともにひとつため息をついた。やはりというかなんというか、あの少女に翔などの気遣いは不要なようだ。最もその時、何故か翔に「もう少し夢を見させてくれてもいいのに」なんて思いが浮かんでいたのは元二達には知る由もないのだが。
その元二の言葉通り、その『寝床』は彼女の部屋同様雑然としていた。積み上げられた何かの上の方にはホコリが積み上がっており、改めて人が入った痕跡は見受けられない。しかしそれでもその中を丹念に捜索したが、やはり成果は得られなかった。
「……まぁここにはない、か。
んじゃ、ラン達から連絡が来るのを待つかな」
元二もそれは予想通りの結果だったようで、そんなことを言って彼は懐に手を伸ばした。大方タバコでも吸うつもりなのだろう、と翔は元二を睨むと、やはり図星だったようで、苦笑いを返されることになった。
「……そんなにヤニ臭いか? 俺」
「まぁ今は亡き(?)俺の父親とかに比べればまだマシですけど……。
それでもタバコの匂い自体あまり好きじゃないんで、やめてもらえるとありがたいですね」
おどけてそう言う元二に、翔は鼻をつまみながらそう返した。その言葉にあるとおり、翔の父親は重喫煙者であった。毎日消費するタバコの量は、その分の金で一人の一食分の食費はゆうに賄えるだろう程のものであった。翔のタバコ嫌いはそのことも起因しているのかもしれないが、それでも主たる原因はやはりその健康被害であった。
「……確かにタバコ吸ってるおっさんキャラは大抵渋いですけど。それでも俺はキャラよりも健康を撮りたいですね」
「ちょっとお前が何言ってるか分からないが、とにかくタバコが嫌いなことは伝わった」
そう言う元二に、翔は今もポケットに入っている二十五年前のタバコの存在を告げていない。最も猛吹雪の中を進んだ後では湿気っていて吸えたものではないのかもしれないのだが。
──思えばコレ、どうするかなぁ……。
自分で吸う、などという選択肢は少なくとも今のところはない。翔の父はしょっちゅう「お前も大人になればこのうまさがわかる」なんて言っていたけれど、そんな日が果たして来るのか翔にはいささか疑問だった。少なくともあと二十五年ほどは分かりそうになさそうだ、と翔は思った。それほど隕石が飛来して氷河期が再来でもしない限り。
「……お前も大人になればこのうまさがわかるさ」
目の前の元二からもその一言が飛び出た。タバコを吸う人はこれしか言うことがないのだろうか、などと翔は失礼なことを考えてから、例の問題に思考を戻した。
自分で吸うつもりは無い。だからと言って目の前の男に渡すというのも今はまだ考えられない。喫煙をやめて欲しい、などと言っている者がタバコをプレゼントするなど馬鹿げている。という訳で、考えられる二つの選択肢がどちらも今のところイマイチな以上、この一箱のタバコはまだしばらく翔のポケットに収まることになりそうだ。
と、そんなことを考えていると、目の前の元二がどこかいたたまれない顔をしているのに気付いた。
「……? どうしたんです?」
「いや、さっきの一言の重さが今時間差で感じられてな……」
さっきの一言、というのが何を指すのか翔は逡巡したが、『今は亡き俺の父親』のあたりが響いたのだろう、と翔は推測した。
「……そっか。そうだよな。この基地にいなけりゃ、そういうことになるか……」
目の前の元二はどうにか『死んだ』という言葉を避けてそう言ったが、翔はもう既に悟っていた。翔は齢十七にして時間跳躍などという未知の現象で親離れをしてしまったことになるが、それでもその時間跳躍の先のこの世界の、日本で唯一安全なこの基地に彼らがいないということは、それはつまりそういうことなのだろう。翔の両親は、『氷の女王』の襲来で息絶えたのだ。
だが、そうも飄々としている翔を見て、元二は訝しんだ。
「カケル、お前……。
悲しくないのか? 親御さんが死んで」
その元二の疑問は至極当然のものであったがために、翔は一瞬怯んだ。その感情を悟られないためにひとまず口を開く。
「……悲しくない、って言ったら嘘になりますけど……」
翔はその心中を説明するのがとても大変だということに気付いた。もちろん親が死んで何も思わないほど翔は非情ではない。しかし──
「……多分、まだ実感できてないんだと思います。この世界に来てから、生きるか死ぬか、みたいな生活をずっと送ってきたので、両親が亡くなった、なんてことに気付いてもそんなことを悲しんでいる暇もない、のだと。
ずっとここで過ごしてきた隊長達には分からないかもしれませんが、俺にとってはここは『地球』でも『異世界』みたいなもんなんです」
翔は上手く自分の心境を言葉で表せたと思った。事実、翔にはまだ実感がわかないのだ。翔はこの世界で生きてはいるが、まるで気分は何かの物語を外から眺めている傍観者のような気分なのだ。両親のことなど、今の今まで考えてもいなかった。
「……まぁ、訓練が過酷なのもあると思いますけど?」
「そっか。お前が悲しんでいないなら、……良かったよ」
その翔の皮肉は無視して、元二はそう言った。それでも気まずい雰囲気は拭えたことだから、翔は良しとすることにした。
「……それでも」
そんなことを思っていたら、ふと目の前の元二が再び口を開いた。
「何かあったら、遠慮なく俺とかに相談しろよ?遠征隊は、お前の親みたいなもんだからな」
そんな気恥しいことを言われ、翔は思わず目をそらす。
「……なんすか、それ」
翔は照れ隠しにそれを嘲ろうとしたが、それも声が震えて上手くいかない。そんな様子を見て見ぬふりをして元二は続けた。
「いや、な。俺実は近頃父親になるんだ。だからその予行演習も兼ねてな」
その言葉に翔は元二をハッとしてみた。確かに元二は、正確な年齢は分からないが見た目から察するに三十半ばから後半といったところだろうか。子供を持ち始めてもおかしくない、むしろ遅すぎるくらいかもしれないが。
しかし、それならば、と翔は口を開いた。
「……なら、尚更タバコはやめた方がいいですね」
「うぐっ……。お前、痛いところ突くね」
元二はその言葉に苦笑いで返す。そんなやり取りをして、翔はふと気付いた。
「……父親、って……
お相手は誰なんです? 基地内の誰かですよね?」
「あ?そりゃもちろん……」
と、その先を言おうとして、元二はその言葉を止めた。その場にいながら会話に入り込めていないフィーリニが、翔の袖を引っ張っているのに気付いたからだ。
「ん? どうした? フィル」
フィーリニの方を見ると、翔がフィーリニに袖を引かれているのと同時に、フィーリニも一人の少女に袖を引かれていた。その少女の幼いながら整った顔立ちに、翔はすぐにその少女の正体がわかった。
「コハルちゃん? どうしたの?」
コハル、というのはこの基地に住む十歳やそこらの少女だ。翔が松つんの二十五年前談義に飛び入り参加した時に知り合い、以降とても仲が良くなった子供たちの一人だった。翔は初めは子供たちとの接し方に戸惑い、彼らとの接触を避けようとしたが、彼らの朗らかな笑顔にそんな抵抗は吹き飛ばされたのか、今はこの基地に住む子供たちの全員と仲が良くなっていたのだった。
今や白衣を失くしたどこぞの発明少女と同い年程でありながら、その性格はアンリと似ても似つかないほどおしとやかで真面目で、そして可愛かった。勿論翔には七、八歳ほど年齢が下の少女に恋愛感情など覚えるはずもないが、あと四、五年年が近かったらあるいは危うかった、などということは翔の中だけの秘密だ。
「……あのね、遠征隊さんが、アンリちゃんの白衣探してるって聞いて……」
「おお、耳が早いな。え、まさか俺たちより先に見つけた、とか言わないよね?」
そんなことを言われては遠征隊の名折れだ。大の大人が七人も集まって情けない、などと翔が思っていると、目の前の少女は首を横に振ってから答えた。
「まだ、見つけられてはないんだけど……、
男の人が、アンリちゃんの白衣を持ってくのを見て、怖くて……」
その言葉を聞いた瞬間、翔は身震いした。
──まさか、この一連の騒動は……『事故』じゃなくて『事件』……?
目の前のコハルの証言が正しいのならば、アンリが白衣を失くしたのではなく、何者かがアンリから白衣を奪ったということになる。しかしそれならばまた疑問は残る。
「……誰かが盗んだ、ったって……。
一体なんのために白衣を……」
こういっては失礼だが、あんな白衣などもはや『白衣』と呼べる代物ではない。ところどころが破け、煤け、白の要素はなくなりつつあるものだ。
──あんなものを盗んでも何にもならないと思うが……。
それでも何かが翔の中で引っかかった。そしてそれは、背後にいる元二も同じのようで、
「……ひとまず、遠征隊を全員集合させるか」
と言い放った。
どこか不穏な空気が流れた中、白衣の捜索は難航を極めるのだった。
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