BLIZZARD!
第一章17『スルガ基地』
ベッドから起き上がり、久々の地面を踏みしめる感触を確かめてから、如何にも病人が履くようなスリッパに足を入れる。
「……前々から思ってたんですけど、ここの施設って変に揃いすぎですよね。誰が作ったんですか?」
病室から出るとやはりそこは無機質な内装であったが、きちんと清掃は行き届いているようだった。前を歩くフィルヒナーを追いながら、翔は先の疑問を発した。
「……そうですね。
彼女のことも話さないといけないですね。この基地を作った、日本を救ったある一人の天才博士のことを」
フィルヒナーは振り返らず続けた。
「……彼女の名前は朝比奈遥。彼女はあの『氷の女王』の襲来をまるで予期していたように、この災害に備えていました」
フィルヒナーの話に耳を傾けつつも、翔は別のことに気を取られていた。フィルヒナーの顔は前を歩いているため分からない。声色もいつもと変わらず平然で冷淡である。しかし何故か翔には、彼女は今にも泣き出しそうな、もしくは懐かしがっているような顔をしていると思えるのだ。
「ここにある大量の物資も、この基地を作ったのも、この基地に沢山の人を避難させたのも彼女です。彼女はこの基地の、いえ、日本の救世主です。
……しかし十年前、突然失踪し、未だ行方不明のままです。外は猛吹雪に人間に有害なガス。恐らく生きてはいないでしょう」
その話を聞く限り、その朝比奈という博士は偉大で、この世界のキーパーソンでもありそうだ。当然翔も彼女のことにも興味が湧いた。
しかしそれよりも、先程からのフィルヒナーの様子が気がかりであった。翔には先の説明が、フィルヒナーが自分を納得させるために、自分に言い聞かせているように聞こえた。
しかしそこに踏み込むほど翔はフィルヒナーと打ち解けてもいない。翔は彼女に、初めて会った時は『不審者』もしくは『原始人』として、今となっては『命の恩人』として扱われているのだ。前者の方がまだ遠慮はなかったであろうが、心の距離は大してどちらも変わらない。
──できれば打ち解けないんだけどな、と翔は心の中で呟いた。
するとフィルヒナーは一つのドアの前で止まり、振り返って言った。
「着きました。まずは何よりもここに住む皆さんの様子を知ってもらいたいので、主な居住区を回っていきます」
扉を開けると、想像していた光景とは違う避難所の様子が広がっていた。そこにいる人の数は二、三十ほどであろうか。もっとも部屋の広さもそれほど広くない、三十畳ほどで、至る所に机があり、本やマンガの立てられた本棚、そして奥に一つだけ大きなテレビがあった。
「……なんか、想像していたよりも楽しそうな感じですね」
「ここは娯楽所ですから。テレビは電波は来てませんから既存のDVDしか見れないのですが。それでも子供たちの楽しみにはなっているようです」
なるほど、確かに考えてみれば外に一歩も出れない、この無機質な空間でずっと暮らしていくのはなかなかのストレスがあるだろう。人は日光を浴びないだけで不健康になっていくと聞いたことがある。そうでなくてもこの閉鎖的な空間である。その時ふと、翔はあることが気になってフィルヒナーに聞いてみた。
「……ちなみに、今は晴れの日ってどれくらいの感覚で来るんですか?」
「……多い年でも年に三回程ですね。ひどい年は一度も晴れません」
それを聞いて、ここは翔の慣れ親しんだ地球ではあるけれど、その実態は随分と変わり果ててしまったことに改めて気付いた。
目の前の娯楽所とやらで無邪気に遊ぶこの子供たちは、毎日、どんな季節であっても週に一度は日の目を見る、あの暖かな地球を知らないのだ。そしてそこで、その晴れた朗らかな午後に、気ままに散歩したり、あるいは友達と遊んだりしたことも無いのだ。二十五年というのはそれほどの月日である。それはあまりにも残酷で、悲しいことだと思った。
ふと思い立って、前のフィルヒナーに聞いてみる。
「フィルヒナーさんは、『氷の女王』が来る前の地球を知っていますか?」
「僅かにですが。『氷の女王』が襲来した時、まだ私は三つや四つでしたので、それほど鮮明に覚えている訳ではありません。しかし、それでもたまに夢に見ます。あの美しい世界のことを」
翔より何歳も年上のフィルヒナーでさえそうなのだ。この星は変わりすぎた。いつかこの星が、元の緑の豊かな美しい星に戻ることはあるのだろうか。
ふと、あることに気付いた。『氷の女王』が来襲した時フィルヒナーは三つや四つ。そしてその時から二十五年の時が経っている。つまり、フィルヒナーの年齢は…
「……女の歳を知ろうとするなどマナーがないものだな」
と、心を見透かされたように冷たい目で睨まれた。まずい、と翔が思った時、フィルヒナーはすぐに一つ咳払いをして、
「……失礼しました。恩人に先のような言葉を。気を付けます」
と、フィルヒナーは謝罪した。それほど謝罪されることではないし、先程のような対応の方が距離を感じなくて好きなのだが。そんな翔の心中など察するはずもなくフィルヒナーが続ける。
「カケル様の思案した通り、ここにはもう元の地球を知る者は少ないのです。だからトモヤ様のお話は本当に貴重で、毎日子供たちが楽しみにしています」
フィルヒナーがそう言うと、松つんが得意げにこっちを見た。なるほど、確かにそれは彼のキャラクターに似合っている。それに、前の地球のことを実体験として知っている松つんの話を皆が聞いてくれるのなら、みんなの夢も膨らむだろう。
ここで生まれ、ここで育った子供たちは太陽を知らない。彼らの夢と、希望となるのは、松つんのような人の話す、元の世界の話なのだ。
それに気付くと同時に、翔は一つの考えを巡らせていた。元々翔はそんな柄ではない。人前で話すことは苦手であるし、子供の相手は苦手である。ただの足でまといになるかもしれないが、それでも、
「松つん、今度からそれ、俺も参加していいか?」
翔も元の地球を知る者だ。知っているならばそれを伝える義務があるだろう。しかし翔の手助けなど松つんには無用、むしろ邪魔なのかもしれない。しかし、そう提案すると、松つんは二十五年前の面影が残る顔で
「おう! 楽しみにしてる」
と笑ったのだった。
「次は宿泊設備を見てもらいます。ここに比べると、随分と味気なくなってしまいますが」
と、フィルヒナーが連れて行ったのは、前置きした通り味気ない、カプセルホテルのような地点であった。
「これ、閉所恐怖症の人はどうするんですか」
「そのような人達のために、また一人で寝れないお子さん、あのスペースで寝ることの出来ない身体の大きな人のために娯楽所でも布団を敷いて寝ることができます」
なるほど、翔の心配するような問題は無いらしい。それにしても随分と窮屈だが、スペースを最大限利用するには仕方が無いのかもしれない。
「このように地下のスペースを最大限活用することで、現在この基地には三百人ほどの人を収容しています。が、宿泊カプセルにはほぼ予備がなく、この基地の限界は近付いてきています」
フィルヒナーのその話を聞く限り、この基地の未来もそう明るくはなさそうだ。いくらその朝比奈という女が物資を整えて準備をしていたといえど、そこに永遠に暮らしていける訳はない。
「……そう、限界が近付いている。だから私達は、数年前から『氷の女王』の打倒を目標に立ち上がったのです。
元より自家栽培できる食料は限られていました。貴重なタンパク源を得るため、そうしてあわよくば『氷の女王』を倒すため、遠征隊は編成されたのです」
フィルヒナーはその言葉に続けて言う。
「朝比奈博士の考えとしては、この基地は『逃げ』のための場所ではありません。『抗う』ための場所なのです。
隕石の爆心地からそう遠くないここに基地を置いたのも、『氷の女王』の移動距離がそれほど長くないと知っていてのことでした。『氷の女王』を倒すために、目標は近い方がいいですから。」
そう言いフィルヒナーは今もどこかで世界を凍てつかせているその女王を睨んだ。
「……といっても、まだ武器の準備も整っておらず、そのため前回の襲来時はカケル様に頼ることになってしまいましたが」
と、また感謝されたようだが、翔には本当に何もやった実感はない。ただそこに倒れていただけだ。恐らく『氷の女王』を追い払ったのは隣にいた……
「……あれ?何か忘れてる気が」
と、今の今まで忘れられていた獣の少女のことを翔が思い出そうとしたその時、
翔達の背後で突然、爆発が起こった。
「……前々から思ってたんですけど、ここの施設って変に揃いすぎですよね。誰が作ったんですか?」
病室から出るとやはりそこは無機質な内装であったが、きちんと清掃は行き届いているようだった。前を歩くフィルヒナーを追いながら、翔は先の疑問を発した。
「……そうですね。
彼女のことも話さないといけないですね。この基地を作った、日本を救ったある一人の天才博士のことを」
フィルヒナーは振り返らず続けた。
「……彼女の名前は朝比奈遥。彼女はあの『氷の女王』の襲来をまるで予期していたように、この災害に備えていました」
フィルヒナーの話に耳を傾けつつも、翔は別のことに気を取られていた。フィルヒナーの顔は前を歩いているため分からない。声色もいつもと変わらず平然で冷淡である。しかし何故か翔には、彼女は今にも泣き出しそうな、もしくは懐かしがっているような顔をしていると思えるのだ。
「ここにある大量の物資も、この基地を作ったのも、この基地に沢山の人を避難させたのも彼女です。彼女はこの基地の、いえ、日本の救世主です。
……しかし十年前、突然失踪し、未だ行方不明のままです。外は猛吹雪に人間に有害なガス。恐らく生きてはいないでしょう」
その話を聞く限り、その朝比奈という博士は偉大で、この世界のキーパーソンでもありそうだ。当然翔も彼女のことにも興味が湧いた。
しかしそれよりも、先程からのフィルヒナーの様子が気がかりであった。翔には先の説明が、フィルヒナーが自分を納得させるために、自分に言い聞かせているように聞こえた。
しかしそこに踏み込むほど翔はフィルヒナーと打ち解けてもいない。翔は彼女に、初めて会った時は『不審者』もしくは『原始人』として、今となっては『命の恩人』として扱われているのだ。前者の方がまだ遠慮はなかったであろうが、心の距離は大してどちらも変わらない。
──できれば打ち解けないんだけどな、と翔は心の中で呟いた。
するとフィルヒナーは一つのドアの前で止まり、振り返って言った。
「着きました。まずは何よりもここに住む皆さんの様子を知ってもらいたいので、主な居住区を回っていきます」
扉を開けると、想像していた光景とは違う避難所の様子が広がっていた。そこにいる人の数は二、三十ほどであろうか。もっとも部屋の広さもそれほど広くない、三十畳ほどで、至る所に机があり、本やマンガの立てられた本棚、そして奥に一つだけ大きなテレビがあった。
「……なんか、想像していたよりも楽しそうな感じですね」
「ここは娯楽所ですから。テレビは電波は来てませんから既存のDVDしか見れないのですが。それでも子供たちの楽しみにはなっているようです」
なるほど、確かに考えてみれば外に一歩も出れない、この無機質な空間でずっと暮らしていくのはなかなかのストレスがあるだろう。人は日光を浴びないだけで不健康になっていくと聞いたことがある。そうでなくてもこの閉鎖的な空間である。その時ふと、翔はあることが気になってフィルヒナーに聞いてみた。
「……ちなみに、今は晴れの日ってどれくらいの感覚で来るんですか?」
「……多い年でも年に三回程ですね。ひどい年は一度も晴れません」
それを聞いて、ここは翔の慣れ親しんだ地球ではあるけれど、その実態は随分と変わり果ててしまったことに改めて気付いた。
目の前の娯楽所とやらで無邪気に遊ぶこの子供たちは、毎日、どんな季節であっても週に一度は日の目を見る、あの暖かな地球を知らないのだ。そしてそこで、その晴れた朗らかな午後に、気ままに散歩したり、あるいは友達と遊んだりしたことも無いのだ。二十五年というのはそれほどの月日である。それはあまりにも残酷で、悲しいことだと思った。
ふと思い立って、前のフィルヒナーに聞いてみる。
「フィルヒナーさんは、『氷の女王』が来る前の地球を知っていますか?」
「僅かにですが。『氷の女王』が襲来した時、まだ私は三つや四つでしたので、それほど鮮明に覚えている訳ではありません。しかし、それでもたまに夢に見ます。あの美しい世界のことを」
翔より何歳も年上のフィルヒナーでさえそうなのだ。この星は変わりすぎた。いつかこの星が、元の緑の豊かな美しい星に戻ることはあるのだろうか。
ふと、あることに気付いた。『氷の女王』が来襲した時フィルヒナーは三つや四つ。そしてその時から二十五年の時が経っている。つまり、フィルヒナーの年齢は…
「……女の歳を知ろうとするなどマナーがないものだな」
と、心を見透かされたように冷たい目で睨まれた。まずい、と翔が思った時、フィルヒナーはすぐに一つ咳払いをして、
「……失礼しました。恩人に先のような言葉を。気を付けます」
と、フィルヒナーは謝罪した。それほど謝罪されることではないし、先程のような対応の方が距離を感じなくて好きなのだが。そんな翔の心中など察するはずもなくフィルヒナーが続ける。
「カケル様の思案した通り、ここにはもう元の地球を知る者は少ないのです。だからトモヤ様のお話は本当に貴重で、毎日子供たちが楽しみにしています」
フィルヒナーがそう言うと、松つんが得意げにこっちを見た。なるほど、確かにそれは彼のキャラクターに似合っている。それに、前の地球のことを実体験として知っている松つんの話を皆が聞いてくれるのなら、みんなの夢も膨らむだろう。
ここで生まれ、ここで育った子供たちは太陽を知らない。彼らの夢と、希望となるのは、松つんのような人の話す、元の世界の話なのだ。
それに気付くと同時に、翔は一つの考えを巡らせていた。元々翔はそんな柄ではない。人前で話すことは苦手であるし、子供の相手は苦手である。ただの足でまといになるかもしれないが、それでも、
「松つん、今度からそれ、俺も参加していいか?」
翔も元の地球を知る者だ。知っているならばそれを伝える義務があるだろう。しかし翔の手助けなど松つんには無用、むしろ邪魔なのかもしれない。しかし、そう提案すると、松つんは二十五年前の面影が残る顔で
「おう! 楽しみにしてる」
と笑ったのだった。
「次は宿泊設備を見てもらいます。ここに比べると、随分と味気なくなってしまいますが」
と、フィルヒナーが連れて行ったのは、前置きした通り味気ない、カプセルホテルのような地点であった。
「これ、閉所恐怖症の人はどうするんですか」
「そのような人達のために、また一人で寝れないお子さん、あのスペースで寝ることの出来ない身体の大きな人のために娯楽所でも布団を敷いて寝ることができます」
なるほど、翔の心配するような問題は無いらしい。それにしても随分と窮屈だが、スペースを最大限利用するには仕方が無いのかもしれない。
「このように地下のスペースを最大限活用することで、現在この基地には三百人ほどの人を収容しています。が、宿泊カプセルにはほぼ予備がなく、この基地の限界は近付いてきています」
フィルヒナーのその話を聞く限り、この基地の未来もそう明るくはなさそうだ。いくらその朝比奈という女が物資を整えて準備をしていたといえど、そこに永遠に暮らしていける訳はない。
「……そう、限界が近付いている。だから私達は、数年前から『氷の女王』の打倒を目標に立ち上がったのです。
元より自家栽培できる食料は限られていました。貴重なタンパク源を得るため、そうしてあわよくば『氷の女王』を倒すため、遠征隊は編成されたのです」
フィルヒナーはその言葉に続けて言う。
「朝比奈博士の考えとしては、この基地は『逃げ』のための場所ではありません。『抗う』ための場所なのです。
隕石の爆心地からそう遠くないここに基地を置いたのも、『氷の女王』の移動距離がそれほど長くないと知っていてのことでした。『氷の女王』を倒すために、目標は近い方がいいですから。」
そう言いフィルヒナーは今もどこかで世界を凍てつかせているその女王を睨んだ。
「……といっても、まだ武器の準備も整っておらず、そのため前回の襲来時はカケル様に頼ることになってしまいましたが」
と、また感謝されたようだが、翔には本当に何もやった実感はない。ただそこに倒れていただけだ。恐らく『氷の女王』を追い払ったのは隣にいた……
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