BLIZZARD!
第一章14『夢』
深く沈んでいる意識の中で、翔は「死ぬのは眠るようだって聞くけど、結構その通りだな」なんて思いながらも、その流れのようなものに身を任せていた。
外で誰かが話しているのがうっすらと聞こえてくる。
「……ルはわ……の……です
あ…たの……んは………きです……」
「……たに…ケ………かせ……ません。
カケ………た…がつれ……き……」
何を話してるんだろう。まぁ、それももう翔には今は関係ない。深い眠りで達したその場所で、翔は自分が死んだのだと悟っていた。神様とやらに結局一泡も吹かせられなかったなぁなんて、諦念に近い思いを抱きながら。
──ふと、目の前に光が現れた。青く、小さく、しかししっかりとした光だった。
「……」
翔はその光を何も言わずに見つめる。どこかでこの光を見たことがある。翔にはそう思えたのだ。
少しして気付いた。この光は、地球だ。
「……」
翔はその目の前の「地球」を見ていた。するとふと、その「地球」に迫っていく一筋の光が見えた。
「これは……」
それが衝突した瞬間、「地球」の色がどんどん「白」に染まり、温度が下がっていくのが見て取れた。あれが『氷の女王』を乗せた隕石。ならばこれは、その隕石の衝突と『氷の女王』が地球を凍らせていく、その様子を表したものなのだろう。
「……だとしても、なんでこんなもの……」
もう翔には必要ないというのに。翔は力尽きたのだ。『氷の女王』に敗けたのだ。もう今更、何を知ったところで…
『カケル……』
──後ろで声がした。やはり毎度毎度同じ夢だ。目の前の「地球」に、見知らぬ「声」。もううんざりだ。
「……毎回毎回気持ち悪いな。
お前はいったい誰なんだよ!」
苛立ちと共に振り返る。すると、その声の主の顔が顕になった。
──それはフィーリニの顔をしていた。
「……え……?」
そこで、翔の「夢」は醒めた。
翔の身体が、心が凍り付いたあの時から、その意識がゆっくりと再生していく。目を開けると、見知らぬ天井が翔の目に映った。「ここはどこだ?」の疑問よりも、「何故生きているんだ?」の疑問の方が先に出てきたあたり、翔は本当に死んだ気でいたことが分かる。
背中の辺りの感触がとても柔らかい。翔の上に被さったフカフカの布団のことも考えると、どうやらこの世界で初めて、翔はベッドで寝ているらしい。地球では布団派だったのに、なんてことは言ってられない。洞穴の中や牢屋の中より寝心地は格別だ。
「……気が付いたか」
翔の横から声がした。見ると、そこに件の女、フィルヒナーがいた。
「……なんで生きてるんですか、俺」
事実疑問もそちらの方から出た。翔は死んだつもりであった。むしろあの状況から助かることを考える方が難しい。
「何故って、私達があなたを助け出したからです」
その言葉は質問の答えになっているようでなっていない。それと何故か突然丁寧口調だ。いったいどんな心境の変化だろうか。
「……じゃなくて、『氷の女王』は……」
まさか翔を助けるためだけにあの化け物に戦いを挑んでいったとでもいうのか。翔はそんなことをされるほどここの奴らに好かれてはいないと思うが。
「……何を言っているんです。ご自分で言っていたでしょう、『氷の女王を追い払う』って……」
──その時、翔は悪寒を覚えた。あの猛吹雪に晒された時よりも異質で、気持ちの悪い寒さ。
翔が『氷の女王』を追い払った?冗談はほどほどにして欲しい。あの絶体絶命の状況で、翔があれほどの強敵を追い払えるはずもない。気まぐれで相手が逃げた、その可能性が高い。もしくは──
「……なぁ、一つ聞いていいか」
翔の頭にその時、ある疑問が浮上する。
「……俺と一緒にいた、獣チックな女の子、ここにいる?」
「……はい。あなた様に付いて寝ていらしたので、ここに連れてきて治療をしています」
──まさか、フィーリニが?
突飛なことではある。彼女はマンモス一頭にも勝てなかったのだ。もちろん普通の人間よりは強い、しかしあんな、『氷の女王』と勝負になれるはずもない。
けれどそんなことが頭をよぎったのは、「夢」のせいもあったのだろう。あの度々見る奇妙な「夢」で、翔の名を呼び続けていたのはフィーリニであったのだ。
「……けど、あいつは……」
喋れないはずである。そもそも自己紹介をしたかも今となっては曖昧だ。あの「夢」はただの夢なのか、それとも。
──一体フィーリニは、何者なのだろうか。
「……具合はいかがですか?」
と、そうしてブツブツ呟いていると、心配されたのか、フィルヒナーがそう聞いてくる。
「結構良好、だと思う、おもいます。
こんな治療までしてくれてありがとう……ございます」
敬語で話せばいいのか普通に話せばいいのかイマイチ分からないので詰まりながらになってしまった。それでも本当に身体に異常はないのだ。少し前死にそうであったことが嘘のようだ。手を握り、開いてみても、身体の痺れなども特に感じない。
──ふと、その時、涙が流れた。
「ど、どうされました!?
やはり気分が……」
隣でフィルヒナーが狼狽えるが、翔は涙を止めることが出来なかった。
「あ……ぁ……」
──生きている。俺は、生きている。
その時やっと自覚した。自分が死にかけていた時の恐怖、今生きているということの奇跡。身体が凍りついていく時に覚えた、あの「冷たさ」。
「……生きている……」
至極当たり前のことだ。幼稚園児にも分かることだ。しかし、翔はその時、死にかけてからようやくその事に気付いた。
「……生きている」
神様とやらも翔の事がそれほど嫌いではないようだ。もしくはその気まぐれかもしれないが、今はなんであってもいい。この、自分という命が今生きているということに感謝をしたい。そうしてこれからも、その事に感謝して生きていこう。
と、そんな事を思っていたら横のフィルヒナーが未だに狼狽しているのに気付いた。
「……あ、えぇと、大丈夫です。ちょっと感傷に浸っちゃっただけなんで……」
「……あ、そうですか、はい。……良かったです」
その場になんとも言えない気まずさ名が残る。その時になってやっと、その違和感を口に出す機会が得られた。
「……ええと、その、なんで敬語使って……」
前の時とは大違いである。豚でも見るような目で睨まれ、蔑まれ、ゴミに吐き捨てるように言葉をかけられていた。一部の人には御褒美かもしれないが、翔は生憎そんな趣味は持ち合わせちゃいない。
「……はい。カケル様は私たちの恩人ですし、それに……」
「それに?」
まだ何かあるのだろうか。翔はそれほどフィルヒナー達に恩など貸した覚えはないが。
「……これに関しては、実際に見てもらうのが一番でしょう。入ってきてください」
彼女がそう言うと、翔の正面にある扉が開かれた。そこから顔を覗かせたのは、ある一人の成人男性。元の世界、二十五年前の地球であったら働き盛りであろうか。一見それは翔にとって見知らぬ者であった。しかしその顔に、身体に、雰囲気に、どこか懐かしい雰囲気を覚えた。
「……翔……!」
そうしてその男が、そう言ったとき、その声を聞いた時、翔はその者の「正体」に気付いた。
「……松つん?」
その一言が引き金になって、翔のその、怒涛の日々の中で薄れていた彼の記憶が蘇っていく。
「……ひとまず、座りましょう。
お互いわからないことが沢山でしょうけれど、一つ一つ、話していきますから」
フィルヒナーがそう言うのを皮切りに、それまで翔が抱いていた沢山の疑問の『答え合わせ』が始まったのだった。
外で誰かが話しているのがうっすらと聞こえてくる。
「……ルはわ……の……です
あ…たの……んは………きです……」
「……たに…ケ………かせ……ません。
カケ………た…がつれ……き……」
何を話してるんだろう。まぁ、それももう翔には今は関係ない。深い眠りで達したその場所で、翔は自分が死んだのだと悟っていた。神様とやらに結局一泡も吹かせられなかったなぁなんて、諦念に近い思いを抱きながら。
──ふと、目の前に光が現れた。青く、小さく、しかししっかりとした光だった。
「……」
翔はその光を何も言わずに見つめる。どこかでこの光を見たことがある。翔にはそう思えたのだ。
少しして気付いた。この光は、地球だ。
「……」
翔はその目の前の「地球」を見ていた。するとふと、その「地球」に迫っていく一筋の光が見えた。
「これは……」
それが衝突した瞬間、「地球」の色がどんどん「白」に染まり、温度が下がっていくのが見て取れた。あれが『氷の女王』を乗せた隕石。ならばこれは、その隕石の衝突と『氷の女王』が地球を凍らせていく、その様子を表したものなのだろう。
「……だとしても、なんでこんなもの……」
もう翔には必要ないというのに。翔は力尽きたのだ。『氷の女王』に敗けたのだ。もう今更、何を知ったところで…
『カケル……』
──後ろで声がした。やはり毎度毎度同じ夢だ。目の前の「地球」に、見知らぬ「声」。もううんざりだ。
「……毎回毎回気持ち悪いな。
お前はいったい誰なんだよ!」
苛立ちと共に振り返る。すると、その声の主の顔が顕になった。
──それはフィーリニの顔をしていた。
「……え……?」
そこで、翔の「夢」は醒めた。
翔の身体が、心が凍り付いたあの時から、その意識がゆっくりと再生していく。目を開けると、見知らぬ天井が翔の目に映った。「ここはどこだ?」の疑問よりも、「何故生きているんだ?」の疑問の方が先に出てきたあたり、翔は本当に死んだ気でいたことが分かる。
背中の辺りの感触がとても柔らかい。翔の上に被さったフカフカの布団のことも考えると、どうやらこの世界で初めて、翔はベッドで寝ているらしい。地球では布団派だったのに、なんてことは言ってられない。洞穴の中や牢屋の中より寝心地は格別だ。
「……気が付いたか」
翔の横から声がした。見ると、そこに件の女、フィルヒナーがいた。
「……なんで生きてるんですか、俺」
事実疑問もそちらの方から出た。翔は死んだつもりであった。むしろあの状況から助かることを考える方が難しい。
「何故って、私達があなたを助け出したからです」
その言葉は質問の答えになっているようでなっていない。それと何故か突然丁寧口調だ。いったいどんな心境の変化だろうか。
「……じゃなくて、『氷の女王』は……」
まさか翔を助けるためだけにあの化け物に戦いを挑んでいったとでもいうのか。翔はそんなことをされるほどここの奴らに好かれてはいないと思うが。
「……何を言っているんです。ご自分で言っていたでしょう、『氷の女王を追い払う』って……」
──その時、翔は悪寒を覚えた。あの猛吹雪に晒された時よりも異質で、気持ちの悪い寒さ。
翔が『氷の女王』を追い払った?冗談はほどほどにして欲しい。あの絶体絶命の状況で、翔があれほどの強敵を追い払えるはずもない。気まぐれで相手が逃げた、その可能性が高い。もしくは──
「……なぁ、一つ聞いていいか」
翔の頭にその時、ある疑問が浮上する。
「……俺と一緒にいた、獣チックな女の子、ここにいる?」
「……はい。あなた様に付いて寝ていらしたので、ここに連れてきて治療をしています」
──まさか、フィーリニが?
突飛なことではある。彼女はマンモス一頭にも勝てなかったのだ。もちろん普通の人間よりは強い、しかしあんな、『氷の女王』と勝負になれるはずもない。
けれどそんなことが頭をよぎったのは、「夢」のせいもあったのだろう。あの度々見る奇妙な「夢」で、翔の名を呼び続けていたのはフィーリニであったのだ。
「……けど、あいつは……」
喋れないはずである。そもそも自己紹介をしたかも今となっては曖昧だ。あの「夢」はただの夢なのか、それとも。
──一体フィーリニは、何者なのだろうか。
「……具合はいかがですか?」
と、そうしてブツブツ呟いていると、心配されたのか、フィルヒナーがそう聞いてくる。
「結構良好、だと思う、おもいます。
こんな治療までしてくれてありがとう……ございます」
敬語で話せばいいのか普通に話せばいいのかイマイチ分からないので詰まりながらになってしまった。それでも本当に身体に異常はないのだ。少し前死にそうであったことが嘘のようだ。手を握り、開いてみても、身体の痺れなども特に感じない。
──ふと、その時、涙が流れた。
「ど、どうされました!?
やはり気分が……」
隣でフィルヒナーが狼狽えるが、翔は涙を止めることが出来なかった。
「あ……ぁ……」
──生きている。俺は、生きている。
その時やっと自覚した。自分が死にかけていた時の恐怖、今生きているということの奇跡。身体が凍りついていく時に覚えた、あの「冷たさ」。
「……生きている……」
至極当たり前のことだ。幼稚園児にも分かることだ。しかし、翔はその時、死にかけてからようやくその事に気付いた。
「……生きている」
神様とやらも翔の事がそれほど嫌いではないようだ。もしくはその気まぐれかもしれないが、今はなんであってもいい。この、自分という命が今生きているということに感謝をしたい。そうしてこれからも、その事に感謝して生きていこう。
と、そんな事を思っていたら横のフィルヒナーが未だに狼狽しているのに気付いた。
「……あ、えぇと、大丈夫です。ちょっと感傷に浸っちゃっただけなんで……」
「……あ、そうですか、はい。……良かったです」
その場になんとも言えない気まずさ名が残る。その時になってやっと、その違和感を口に出す機会が得られた。
「……ええと、その、なんで敬語使って……」
前の時とは大違いである。豚でも見るような目で睨まれ、蔑まれ、ゴミに吐き捨てるように言葉をかけられていた。一部の人には御褒美かもしれないが、翔は生憎そんな趣味は持ち合わせちゃいない。
「……はい。カケル様は私たちの恩人ですし、それに……」
「それに?」
まだ何かあるのだろうか。翔はそれほどフィルヒナー達に恩など貸した覚えはないが。
「……これに関しては、実際に見てもらうのが一番でしょう。入ってきてください」
彼女がそう言うと、翔の正面にある扉が開かれた。そこから顔を覗かせたのは、ある一人の成人男性。元の世界、二十五年前の地球であったら働き盛りであろうか。一見それは翔にとって見知らぬ者であった。しかしその顔に、身体に、雰囲気に、どこか懐かしい雰囲気を覚えた。
「……翔……!」
そうしてその男が、そう言ったとき、その声を聞いた時、翔はその者の「正体」に気付いた。
「……松つん?」
その一言が引き金になって、翔のその、怒涛の日々の中で薄れていた彼の記憶が蘇っていく。
「……ひとまず、座りましょう。
お互いわからないことが沢山でしょうけれど、一つ一つ、話していきますから」
フィルヒナーがそう言うのを皮切りに、それまで翔が抱いていた沢山の疑問の『答え合わせ』が始まったのだった。
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