BLIZZARD!
第一章11『召喚の真実』
──白、白、白。一面白に染まった世界を、それは歩いていた。昨日から向かっているというのに、目標の場所まではまだ遠い。景色も変わらず白だけが映る。
退屈だ。しかし彼に出会うための旅路だと思えば、そう悪くも思えない。
そうしてそれはまた動き出した。内に秘めたる、恋慕の思いを焦がしながら。
「──カケル」
その愛のつぶやきは、吹雪の音にかき消されるだけであった。
********************
「『ここは地球か?』……か」
静かな牢屋にその声はよく響いた。
翔はこの時ほど一秒、一瞬というものの長さを感じたことは無かっただろう。その口が開くまで、実際は三秒も無かったであろう。しかし翔には永遠の時のように思えた。その答えが、翔にとって最重要事項であるから。
目の前の女はその質問を反芻し、そして、答えを口に出した。
「……その通りだ」
その一言はあらゆる驚きを引き連れると共に、翔のある「賭け」の成功を表していた。
********************
「……危ねぇ、危うく質問の権利を一つ無駄にするところだった」
『ここはどこだ?』と翔が口に出そうとした時、翔は気付いたのだ。その質問は悪手であると。
「『ここはどこだ?』って質問だと、『地球』と答えられなくもないが、『基地』とも『牢屋』とも答えられる。俺の望む答えが必ず得られるっつー確証はない」
ならば翔は賭けたのだ。ここが翔のいた、地球であるという確率に。もし外れたとしたらそれこそ質問の権利を一つ無駄にすることになったかもしれないが、結果論で言えば質問を変えて成功したと言えるだろう。
「……にしても、ここは地球なのか」
改めて考えてみると、やっぱりな、という気持ちと、マジで?という気持ちが半々といった感じだ。伏線は存在していたのだ。日本語、ひいてはアルファベットが存在し、また銃火器などの文明の利器があった。翔は異世界召喚などされていなかったのだ。翔はずっと、この地球にいたのだ。
けれど、まだ納得がいかない点がある。ここが地球だとするのなら、いったいこの猛吹雪はどうなっているのだ。ただの吹雪だけならばまだ納得出来るかもしれないが、あのマンモスに、引いてはフィーリニのような人獣の存在、また翔の足を凍らせたあの超能力のようなものの存在が不可解だ。
これらのどの疑問を解くか。それは迷うまでもなかった。
「……なら、二つ目の質問だ。
この止まない猛吹雪の、発端はなんだ?」
マンモスの存在、人獣の存在などはまだ寒さから説明出来ないことはない。そもそもの原因、この寒さ、吹雪の原因は何なのか。
その問いには、女は少し考え込んでから答えた。
「……発端、か。
強いて言うならば、『氷の女王』だな」
その言葉に、翔はピクリと眉を動かす。
「……続けてくれ」
「分かった。そいつは隕石に乗って地球にやってきたと伝わっている。そいつが来てから、ここの気候はまるで変化した。いついかなる時も雲は晴れず、毎日のように吹雪が吹き荒れる。詳しいことは話さないが、その『氷の女王』が発端だと答えておく」
──氷の女王。いかにも厨二なネーミングセンスだが、ひとまず突っ込むのはよすとする。
なるほど、確かにそのような人智を超えた存在が現れたのならば、この天候の変わりようも説明出来なくはないだろう。一見非現実的に思えて、ある意味現実的に思えてきてしまう。ともあれ、疑問の一つに無理矢理にでも理由付けが出来たことで翔は安心した。
さて、問題は最後の質問だ。
ここまで完全に、翔の知的好奇心を満たすためだけの質問をしてきた。しかし最後の質問の権利は、ここから脱出するために使った方がいいだろう。いくらこの世界のことを知ったところで、ここから脱出できなければ何も意味が無い。
しかし、そう知ってはいるものの、翔はその質問を、せざるを得なかった。ここが地球だということと、氷河時代の原因は隕石の衝突であるということから、その仮説が頭から離れないのだ。
「じゃあ、最後の質問だ」
翔は意を決して、その問を口に出す。
「……今は、西暦何年《・・・・》だ?」
一見しておかしいこの質問に、女は表情を動かさずに答えた。
「西暦2041年だ」
そうして、翔はその仮説が実証されたのを感じた。
翔はミレニアムベイビー、つまりは2000年生まれである。今の翔は十六歳、つまりは元の世界から消えた時、その西暦は2016年であった。そしてここは、翔のいたその地球だと先程の質問で判明した。
これらが表すことは一つだ。翔が巻き込まれたのは異世界召喚などではない。時間跳躍(タイムスリップ)であったのだ。翔は教室で居眠りをしていたあの時、2016年の時から2041年のこの氷河時代まで、タイムトラベルをしてきた。そしてその四半世紀もの間のどこかで地球に隕石が衝突し、この猛吹雪の気候が作られた。
翔が巻き込まれた時間跳躍(タイムスリップ)と地球に衝突した隕石が、翔にとってこうも難解な、まるで異世界召喚のような現象を引き起こしたのだ。
まるで喉の奥の小骨が取れたような感覚。翔にとって大きな謎であったその問題が解決されたことで、翔はとても晴れやかな気分になっていた。
しかし、問題に気付いたのはその時であった。
「……ではこれで貴様の三つの質問に対して私は回答を終えたわけだ。もう話すことは無いな?原始人」
目の前の女がそう言って立ち去ろうとする。まずい。ここでこの女に消えられると、翔は本当に脱出する術をなくす。
隣のフィーリニは枷を壊そうと躍起になっているが、成果がありそうにもない。ここから出ることが出来なければ、この目の前の女やその仲間に、何をされるか分かったものではない。
「ま、待ってくれ!」
その言葉に振り返ることもなく女は
「質問は三つまでと言っただろう。それに貴様も同意した。これ以降何も、貴様と言葉を交わす必要は無い」
と言い放つ。このままではまずい。何か、何か手はないのか。
と、その時、上階からのドアが勢いよく開け放たれる。
「フィルヒナー様!」
ドアを開けて叫んだのは一人のヒゲを生やした男であった。この場にいる人間から、目の前の女の名前が「フィルヒナー」であるのだと推測する。
「……どうした」
「……報告します!
先程から動きは見せていましたが、たった今、解析班の結論が出ました」
二人がなんの話をしているかが翔には分からなかった。しかし、次の一言の意味は、この世界に無知である翔でも重大性が理解出来た。
「……『氷の女王』が、基地に近付いてきています!」
「なんだと!?」
この報告には目の前の女も驚愕を隠せなかった。情報をかいつまんでしか知らない翔にとっても衝撃であった。この世界に永遠の「冬」をもたらした存在が、近付いてきている。そのことの重大さは説明するまでもないだろう。
そして同時に、それが翔にとって起死回生の出来事であると、翔は考えたのだった。
----------------------------------------------
どうも、作者の青色魚です。
まずはここまで話を読んでいただきありがとうございます。もしよろしかったら評価やコメント等よろしくお願いします。
十一話以降の話は三十分毎に、二十五話分公開させていただきます。引き続き楽しんで読んでいただけると幸いです。
退屈だ。しかし彼に出会うための旅路だと思えば、そう悪くも思えない。
そうしてそれはまた動き出した。内に秘めたる、恋慕の思いを焦がしながら。
「──カケル」
その愛のつぶやきは、吹雪の音にかき消されるだけであった。
********************
「『ここは地球か?』……か」
静かな牢屋にその声はよく響いた。
翔はこの時ほど一秒、一瞬というものの長さを感じたことは無かっただろう。その口が開くまで、実際は三秒も無かったであろう。しかし翔には永遠の時のように思えた。その答えが、翔にとって最重要事項であるから。
目の前の女はその質問を反芻し、そして、答えを口に出した。
「……その通りだ」
その一言はあらゆる驚きを引き連れると共に、翔のある「賭け」の成功を表していた。
********************
「……危ねぇ、危うく質問の権利を一つ無駄にするところだった」
『ここはどこだ?』と翔が口に出そうとした時、翔は気付いたのだ。その質問は悪手であると。
「『ここはどこだ?』って質問だと、『地球』と答えられなくもないが、『基地』とも『牢屋』とも答えられる。俺の望む答えが必ず得られるっつー確証はない」
ならば翔は賭けたのだ。ここが翔のいた、地球であるという確率に。もし外れたとしたらそれこそ質問の権利を一つ無駄にすることになったかもしれないが、結果論で言えば質問を変えて成功したと言えるだろう。
「……にしても、ここは地球なのか」
改めて考えてみると、やっぱりな、という気持ちと、マジで?という気持ちが半々といった感じだ。伏線は存在していたのだ。日本語、ひいてはアルファベットが存在し、また銃火器などの文明の利器があった。翔は異世界召喚などされていなかったのだ。翔はずっと、この地球にいたのだ。
けれど、まだ納得がいかない点がある。ここが地球だとするのなら、いったいこの猛吹雪はどうなっているのだ。ただの吹雪だけならばまだ納得出来るかもしれないが、あのマンモスに、引いてはフィーリニのような人獣の存在、また翔の足を凍らせたあの超能力のようなものの存在が不可解だ。
これらのどの疑問を解くか。それは迷うまでもなかった。
「……なら、二つ目の質問だ。
この止まない猛吹雪の、発端はなんだ?」
マンモスの存在、人獣の存在などはまだ寒さから説明出来ないことはない。そもそもの原因、この寒さ、吹雪の原因は何なのか。
その問いには、女は少し考え込んでから答えた。
「……発端、か。
強いて言うならば、『氷の女王』だな」
その言葉に、翔はピクリと眉を動かす。
「……続けてくれ」
「分かった。そいつは隕石に乗って地球にやってきたと伝わっている。そいつが来てから、ここの気候はまるで変化した。いついかなる時も雲は晴れず、毎日のように吹雪が吹き荒れる。詳しいことは話さないが、その『氷の女王』が発端だと答えておく」
──氷の女王。いかにも厨二なネーミングセンスだが、ひとまず突っ込むのはよすとする。
なるほど、確かにそのような人智を超えた存在が現れたのならば、この天候の変わりようも説明出来なくはないだろう。一見非現実的に思えて、ある意味現実的に思えてきてしまう。ともあれ、疑問の一つに無理矢理にでも理由付けが出来たことで翔は安心した。
さて、問題は最後の質問だ。
ここまで完全に、翔の知的好奇心を満たすためだけの質問をしてきた。しかし最後の質問の権利は、ここから脱出するために使った方がいいだろう。いくらこの世界のことを知ったところで、ここから脱出できなければ何も意味が無い。
しかし、そう知ってはいるものの、翔はその質問を、せざるを得なかった。ここが地球だということと、氷河時代の原因は隕石の衝突であるということから、その仮説が頭から離れないのだ。
「じゃあ、最後の質問だ」
翔は意を決して、その問を口に出す。
「……今は、西暦何年《・・・・》だ?」
一見しておかしいこの質問に、女は表情を動かさずに答えた。
「西暦2041年だ」
そうして、翔はその仮説が実証されたのを感じた。
翔はミレニアムベイビー、つまりは2000年生まれである。今の翔は十六歳、つまりは元の世界から消えた時、その西暦は2016年であった。そしてここは、翔のいたその地球だと先程の質問で判明した。
これらが表すことは一つだ。翔が巻き込まれたのは異世界召喚などではない。時間跳躍(タイムスリップ)であったのだ。翔は教室で居眠りをしていたあの時、2016年の時から2041年のこの氷河時代まで、タイムトラベルをしてきた。そしてその四半世紀もの間のどこかで地球に隕石が衝突し、この猛吹雪の気候が作られた。
翔が巻き込まれた時間跳躍(タイムスリップ)と地球に衝突した隕石が、翔にとってこうも難解な、まるで異世界召喚のような現象を引き起こしたのだ。
まるで喉の奥の小骨が取れたような感覚。翔にとって大きな謎であったその問題が解決されたことで、翔はとても晴れやかな気分になっていた。
しかし、問題に気付いたのはその時であった。
「……ではこれで貴様の三つの質問に対して私は回答を終えたわけだ。もう話すことは無いな?原始人」
目の前の女がそう言って立ち去ろうとする。まずい。ここでこの女に消えられると、翔は本当に脱出する術をなくす。
隣のフィーリニは枷を壊そうと躍起になっているが、成果がありそうにもない。ここから出ることが出来なければ、この目の前の女やその仲間に、何をされるか分かったものではない。
「ま、待ってくれ!」
その言葉に振り返ることもなく女は
「質問は三つまでと言っただろう。それに貴様も同意した。これ以降何も、貴様と言葉を交わす必要は無い」
と言い放つ。このままではまずい。何か、何か手はないのか。
と、その時、上階からのドアが勢いよく開け放たれる。
「フィルヒナー様!」
ドアを開けて叫んだのは一人のヒゲを生やした男であった。この場にいる人間から、目の前の女の名前が「フィルヒナー」であるのだと推測する。
「……どうした」
「……報告します!
先程から動きは見せていましたが、たった今、解析班の結論が出ました」
二人がなんの話をしているかが翔には分からなかった。しかし、次の一言の意味は、この世界に無知である翔でも重大性が理解出来た。
「……『氷の女王』が、基地に近付いてきています!」
「なんだと!?」
この報告には目の前の女も驚愕を隠せなかった。情報をかいつまんでしか知らない翔にとっても衝撃であった。この世界に永遠の「冬」をもたらした存在が、近付いてきている。そのことの重大さは説明するまでもないだろう。
そして同時に、それが翔にとって起死回生の出来事であると、翔は考えたのだった。
----------------------------------------------
どうも、作者の青色魚です。
まずはここまで話を読んでいただきありがとうございます。もしよろしかったら評価やコメント等よろしくお願いします。
十一話以降の話は三十分毎に、二十五話分公開させていただきます。引き続き楽しんで読んでいただけると幸いです。
コメント