植物人間

透華

崩れ去る音

目の前の少女は今にも轢かれそうだ。
俺は咄嗟に道路に飛び出した。
何やってんだよ、俺…!
そんなことを考える間も無く、俺は少女の背中を押した。
グシャッ
人生の崩れ去る音が耳元で聞こえた…。

ピッ、ピッ、ピッ…
規則正しい音が耳元で鳴り響く。
人生がリセットされるような、そんな感じの音。
薄っすらと目を開くと、目の前は真っ白だった。
目が潤んで、周りが水彩画みたいに滲んで見える。
何度か瞬きをすると次第に視界が開けて、自分の爪先が見えた。
どうやら、ここはベッドの上みたいだ。
俺は身体を起こそうと、左腕に力を入れた。
でも、嘘みたいに感覚がぼやけている。
力が入らない。
俺は諦めて、力を抜いた。
もう一度、ベッドに横たわる。
ふと日が射している方を見ると、目の前に筒状のものが転がっている。
ボタンのようだ。
「呼出」、そう書かれたオレンジ色のボタンがこちらを向いている。
俺は力の入らない指でボタンを押し込んだ。
程なくして、看護師さんらしき人が引き戸を開けてこちらに向かってくる。
どうやら、ここは病院で間違い無いようだ。
「目をお覚ましになったんですね!」
看護師さんは嬉しそうに俺に笑いかけた。
「あの、今日は何日ですか?」
「7月15日ですよ」
「1週間もねてたのか」
俺が溜息をつくと、看護師さんが申し訳なさそうに口籠った。
「あの…ですね。5年間、眠ったままだったんですよ。松笠さん」
5年間。
俺はその数字に唖然とした。
俺の普通の人生は既に崩れ去っていた。

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