太陽と月の姫 ~Doragon´s Dogma~

Sylvia

反撃の狼煙

「リュウさん、この世界で一番の物知りって誰だと思う?」
「と、唐突に何ですか?」
長城砦奪還では大活躍だった(と、姉さんもトバちゃんも言っていた)かりんちゃんを迎えにきたリュウさんにふと聞いてみた。そのかりんちゃんは他の世界に呼ばれてて、先刻戻ってきたばかりだから、姉さんと恒例の"お別れの儀式(「まだ帰りたくなーい(涙)」ってヤツさ)"をまだやっている。因みに、私はこの後、領王様に謁見する予定なんだけどね。
「いきなりだったよね、ごめん。いやさ、いろいろあって頭がパンクしそうなんだよ。」
「……少しは伺ってますが。」
覚者カムイさんの心を射止めた熱いイケメンがスッと目を細め、腕を組む。
「……俺が知る限りマッセーラさんだと思っていますが、それだと答えにならないですよね。じゃあ、例えば丘の地上絵ヒル・フィギュアのあの爺さんなんかはどうですか?」
「竜識者かぁ。ずっと前に一度会ったことがあるけど、私、あぁいう勿体振って話す人って苦手なんだよね。」
「わかります。マチルダさんは何かこう『いつもストレートしか投げません』って感じですもんね。」
「……私って、そんなに単純?」
「い、いやだなぁ。う、裏表がない純粋な人ってことですよ。」
「まぁ、いいけどさ。」
「とにかく長く生きているほど博識だとは思いますけど。」
「だから、マッセーラさん?女性を年寄り扱いって酷くない?」
「え……あ、それは、その……。」
リュウさんってば、おろおろしている。本当に優しくていいヒトなんだから。でもさ、ポーンって感情がない戦徒だって言うけれど、こうして私の冗談に付き合ってくれるような優しいヒトもたくさんいる。覚者やいろんな人々と関わって心を得ていくのだとしたら、親や周りの人々に育てられて大きくなっていく人間と変わらない気がするね。勿論、戦徒たるその身体能力、永劫の時間の中で得た知識量なんかは、人間とは比較にならないんだけどさ。
「……マチルダさん?」
「え?あ、あぁ、何でもないよ。ちょっと考え事してただけ。」
「そうですか。分かりました。ただ、くれぐれも無理はしないでください。ウチのもそうですが、覚者ってヤツは自分一人で何でも背負いたがる傾向にあります。俺もかりんもいつでも力になりますから。」
「ありがと。まぁ、私はカムイさんと違って、一人じゃ何にもできないから、みんなに頼ってばっかだけどね、ッとわぁ。」
背後から腰に手が回り、ギュッと締められた。可愛らしい小さな手。
「マ゛ヂルダお゛姉ちゃん、ま゛だ帰りだぐないよ゛ぉ。」
涙で顔をグシャグシャにしたかりんちゃん。思わず手を取ってギュッてしちゃった。
「また呼ぶから大丈夫だよ。今は一回帰って、家族でゆっくりしておいでよ。ね?」
「う゛ぅ……。」
そうして、いつまでもいつまでも名残惜しそうなかりんちゃんと、その手を引き、軽く頭を下げるリュウさんをリムに見送ると、その場には私と姉さんだけが残った。
「寂しくなりましたね。」
「そだね。でも、いつもここがスタートだからさ。」
「いえ、前には進んでいると思います。マチルダ様も私も。」
「そっかな……ううん、そうだよね。神断ちの剣リディルも、フィーの精神体も、今は私が持ってる。ピエロに負けてばかりじゃないよね。」
「それでこそマチルダ様です。私も力の限りお助けいたします。」
「ありがと。じゃあ、領王様との謁見の後、行くところがあるんだ。」

「この度は、領都の防衛並びに長城砦の奪還において、目を見張る活躍であったと聞く。大義であった。して、奴が、ドラゴンが現れたそうだが。」
あの人はいつにも増して尊大だった。けれど、"ドラゴン"の言葉に僅かな揺れがあることを私は見逃さなかった。
「……はい。穢れ山より赤いドラゴンが再び現れました。そして、私は砦の崩落に巻き込まれてしまったので見ておりませんが、再び穢れ山に向かったそうです。目撃した者がおります。」
「ほう。」
私に向けられた眼光が鋭くなる。そこにはいつか見せた優しさの欠片は微塵もない。そして、私がどのような言葉を継ぐのかを、鋭い牙を隠そうともせずに待ち構えている。
「……領王様にお許し頂けるのならば、私は、この覚者としての竜征の任務からお解き頂きたく存じます。」
粛然としていた謁見の間が一気にざわついた。みんな、私の一挙手一投足に注目していたんだ。あの人のその双眸も大きく見開いた。私は一呼吸の後、ざわつきを制するように少し大きな声で言葉を続けた。
「なぜこのようなときに、と思われたかと存じます。けれど、理由は明白です。」
再び謁見の間は静寂が訪れる。
「長城砦で間近にドラゴンを見たとき、私は震えて指一本動かせませんでした。私は領王様のように勇敢な戦士ではありません。私にはドラゴンと戦うだなんて無理です。
 ……それに、私には他に成し遂げたいことがあります。私は、私のために命を賭けてくれた大切な人たちを助けたいのです。どうか私の願いをお聞き届け頂けないでしょうか?」
私の考えは、自分が領王と並ぶべくもなく無力で私的な者だと主張すること。領王の治世にとって歯牙にも懸からない者だと思ってもらうこと。そもそも私の言ったことは嘘ではないし、この場で表明することで、おそらく更に私を貶めるべく声は上がる。もしかしたら、私は竜征伐をできるような正式な覚者ではないと糾弾されることもあり得る。ただ、このときの領王の怖い目は、私の我が儘に対するものだとばかり思ってたんだけどね。
「やはり所詮は田舎覚者ですな!ここまで大変に領王様に御引き立て頂いているのにも関わらず、この期に及んで怖じ気づくとは!」
領王の傍らに控えていた政務官フェデルが如何にもといった感じで怒気を表す。他にも彼方此方であれこれ私の悪口を言っているのが聞こえる。予想したこととはいえ、いい気はしない。
 ざわめきがいよいよ陰口の域を出ようかというとき、領王がスッと左手を挙げ、場を制した。先程までの雰囲気は消滅し、凍るような緊張感が張り詰める。
「それで、奴めは何かほざいてはいなかったか?」
「え?……確か、心臓は預かっているから、いつでも取り返しに来いと。でも、今の私には無理だと。」
「それだけか?」
「はい。それが何か?」
「いや、よい。分かった。お前を竜征の任より解こう。
 ただし、今これよりお前は徒に覚者を名乗ってはならぬ。そして、以後、長城砦に近付くことを禁ずる。よいな。」
「……はい。承知致しました。」
心無し領王様の顔から険しさが和らいだ気がした。ドラゴンとの間に何かのあるのかな?まぁ、いいや。とにかく領王様に生命を狙われることはなくなったんじゃないかな。いやでも、今度は領王の地位を脅かす可能性がある者ということで、他の連中が領王に取り入るために狙ってくることもあるかもしれない。寧ろ、これからの方がそういうことに節操がなくなりそうで怖いのかもね。
 領王様に恭しく礼をして、謁見の間を後にする。王城を出るとき、脇の菜園からエリノア様とマーヴェルさんが手を振ってくれる。エリノア様とはほとんど喋ったことはないけど、他国より領王様のもとに嫁いできた人で、年齢は確か私より二つ上(もしかしたら、「お義母さん」って呼んでたかも知れないなんて不思議だよね)。輝くような金髪と穏やかな微笑みが印象的な美人で、所作が本当にエレガント、素敵なドレスを着てて、やっぱり憧れちゃう部分はある。ただ、今はゆっくり話している気分じゃない。早く姉さんのもとに戻って、旅立つ準備をしなきゃ。
 って、門塀のところで難しい顔をしている領都正規軍団長がいる。今は面倒事は避けたいなぁ。けど、いろいろお世話にもなったしなぁ。まぁ、私、こういうのスルーできないんだよねぇ。
「覚者殿……。」
「マクシミリアンさん、お久しぶりです。」
仕方ないから、とびきりの笑顔で応対したよ。
「覚者殿がお忙しいのは重々承知しておりますが、実はご相談申し上げたいことがありまして……。」
そら、来たよ。

 何年前だっけ?蒼月塔を目指したことがあった。まだ、姉さんとの旅を始めたばかりの頃だったな。徴募隊の人たちの眼差し、ルゥさんやリュウさんの熱い思い、因縁の魔道士……あそこにはまだ寄ろうと思える気持ちの余裕はない。"丘の地上絵ヒル・フィギュア"は、蒼月塔までの道のりの途中にあるから、姉さんと二人きりの道中、どうしてもそれを意識してしまって、私は自然と暗くなってしまう。それでも、とにかく領都の北にある古い大きな橋を越え、歩みを進める。今日は風断ち砦までかな。
 その領都北の要塞に不穏な噂があると、マクシミリアンさんから聞いた。そこにメルセデスさんが向かったとも。でも、噂じゃなくて、どうやらとんでもないことになっているみたいだ。遠くからでも風に乗って喧騒が聞こえてくる。私は姉さんとアイコンタクト、そしてダッシュ。防寒のためにごわごわ着込んでいるから走りづらいけど、そんなことを言っている場合じゃない。宿営地からのハイドラの首運搬のとき、徴募隊を仕切っていたメルセデスさんは無事だろうか。徴募隊のことに思いを馳せていただけに、どうしても力が入ってしまう。
「メルセデス様は清廉な方です。マクシミリアン卿から事情も伺っておりますので、メルセデス様にお力添えをすることを第一に考えればよいと思います。」
「そうだね。」
私の堅い表情を察してか、姉さんが声を掛けてくる。平然と話し掛ける姉さんに、私は全力疾走してるから簡単な返事しかできなくて、とにかく了解の気持ちを込めて無理矢理に笑顔を作ってみた。姉さんも頷いてくれる。さぁ、いよいよ巨大な門が近付いてきた。領都の北方を守護するこの砦は、北の諸国家を睨む意味を込めてか、長城砦ほどの大きさではないものの、堅固な要塞として常に多くの勇猛な兵士たちが駐留しているはず。私は走りながら、背負っていた魔導弓を左手に取り、ギュッと握り締めた。
 門をくぐった私の目に飛び込んできたのは、同じ領王配下の鎧を纏った者同士の殺し合い。いや、殺し合いというより、多勢な側が明らかに少数を嬲っている。思わず顔を背けたくなるような光景だった。
「同じ領都兵でも白薔薇の徽章はメルセデス様の兵。このままでは全滅も時間の問題かと。」
「助けなきゃ……でも、メルセデスさんがいないよ!」
「おそらく先へ進まれたのでしょう。マチルダ様、ここは私にお任せください。」
「分かった!私はメルセデスさんを探す!後はお願いね!」
「マチルダ様!……どうかご武運を。戦場で負けるということは、女にとって死ぬ以上の苦しみを味わうことになります。無論、メルセデス様も同様ですが。」
姉さんの言っている意味は勿論、解る。これまで生命の危機は何度も感じてきたけど、それとは別の悍ましさに鳥肌が立った。私は、その気持ち悪い黒雲を振り払うべく頭を振り回し、阿鼻叫喚の砦内を駆け出した。間髪を置かず、隣の白銀の剣士は「やぁぁぁ!」という掛け声と共に切り合いの場に躍り込んでいく。
 囮になってくれた姉さんのおかげで、私に気付いて向かってきた数人をかわしただけで、どうにか切り合いの場を抜けることができた。その先の石造りの城壁沿いに上への階段。上か?一気に駆け登る。そこで気付いた。探している人物の声!この先だ!

「この反乱騒ぎ……まさか貴様……『救済』と通じていたか……!」
私が見たのは、対峙する白と黒の騎士。
「……『救済』?
 ふん、知ったことではない。破壊だの、救いだの……そのような戯言はどうでも良いのだよ。ただ、既に一度、エドマンはドラゴンを退けている。その彼が、またもドラゴンを排したとあっては、この国の勢力は自ずと高まる。勢いのある隣国というのは厄介なもの……そうではないか?」
「勝手なことを!」
メルセデスさんが銀製の細剣シルバーサーベルの鋒を黒い甲冑の騎士に向けた。私は思わず足を止めた。そして、その剣の先には……隣国ボルドアの騎士、ジュリアンさん!?
「常はどうあれ……ドラゴン来襲は火急の重事。近隣諸国は協力を惜しまぬが、古来よりの約定であろう!」
鋒が向いていることなど意にも介さぬふうに黒騎士は言葉を続ける。
「本気で約定を守る気であれば、貴殿の父君は、精兵を揃えた貴殿の兄君をこの地に寄越したのではないかね?まともに一兵すら扱えぬ貴殿のような半端者ではなく……な。」
明らかに挑発してる!そして、やっぱりその言葉にメルセデスさんは激昂してしまった。
「私を……侮辱する気か!」
「だとすれば、どうする?」
「誇りに賭けて、貴様に決闘を申し込む!」
「そちらは……助太刀かな?私は構わんがね。」
メルセデスさんがハッとこちらを向く。
「覚者……マチルダ……。」
「……メルセデスさん、ごめんね、私、勝手に助太刀するよ。たとえ他人事でも、さっきの言い様は許せない。それに、この砦の兵士も嫌な感じだし。」
私はメルセデスさんの隣に並ぶと、魔導弓を手から離し、両手に短剣を構えた。
「あ、それから、私、もう『覚者』って名乗れないから、そこんとこヨロシク。」
「手を出すな!」
けれど、彼女は強い口調で私を制した。
「奴は、私と……私の国を貶めたのだ!」
「そんなの関係ないじゃん!負けたら何にもならないんだよ!」
「騎士ではないお前には分からないことだ!」
私の方をキッと振り返るメルセデスさんの瞳は少し潤んでいるようにも思えた。
「メルセデスさん……。」
そして……何だろう?このときの彼女は、なぜか酷く小さく見えた。
「……私の生きる意味は何だ?王が側女に生ませた女には、女であるという価値しかないのか?ならば、神はなぜ、宮廷で男に媚びを売ることだけしか能がない他の女のように私を作らなかったのだ!
 ……私は必死の思いで剣技を磨き、政治を学び、騎士の叙勲を受けた。それこそが私の誇りだった。自分自身の生きる意味だった。けれど……けれど、女だから私はお飾りに過ぎないのか!なのに、騎士の誇りまで汚されてしまったら……私は……もうすがるものさえないのだ!」
彼女の独白。私には掛ける言葉がなかった。そして、彼女は向き直ると、剣を水平に構え、黒騎士に向かって猛然と突進した。
 ジュリアンさんは小さく一つ息を付く。
「男だとか女だとか、そんなことは関係ない。貴殿が凡庸であるだけのこと。」
そして、左手の戦闘用の仮面を着け直し、手にした戦棍メイスを構えた。
 メルセデスさんの渾身の突きは迷いのない一撃だった。決して悪い一撃ではなかった。けれど、黒騎士は僅かなステップでそれを左にかわし、そのまま女騎士の胴に蹴りを見舞う。メルセデスさんは渾身の突進をした分、よけきれず、腹にまともに蹴りを受けてしまった。胴を着けているとはいえ、重甲靴サリットの一撃は重く、体勢を崩し、よろけて膝を着く。その頭にメイスが振り下ろされる。

──キーン。

 甲高い金属音に、私は思わず瞑った目を恐る恐る開く。ちょうど、跳ね上げられたメルセデスさんの細剣が、今度はやや鈍い金属音で遥か後方の地面に落ちるところだった。
 力の差は明白だった。明らかにジュリアンさんは本気を出していない。軽量の細剣では戦棍をまともに受け止められないのをわかっていて、見舞った振り下ろしだった。
 黒騎士は、今は無力となった女騎士の首筋に戦棍を突き付ける。
「……殺せ!」
「生命までは取らん。半端者とて生かしておけば、砦の兵どもの慰みもの程度の役には立とう。」
「な……!? き、貴様、どこまで……!」
カッチーン。流石に今のは私の頭に血を上らせるには十分すぎた。まぁ、すぐに熱くなっちゃうあたり、私もまだ甘ちゃんなんだけどね。ただ、そんなことをお構い無しに、黒騎士はメルセデスさんに背を向け、私に向き直って言った。
「さぁ、覚者殿。見てのとおり勝負はついた。貴君はどうするかね?」
「やるに決まってるだろ!お前は絶対に許さない!」
昂る私の言葉を聞いて、黒騎士は小声で吐き捨てる。
「……ふん、もう少し賢明だと……。」
それは私にはよく聞こえなかった。けど、それよりも、私には風の獣となって、黒騎士の喉元を狙うことが重要だったんだ。
 瞬くほどの時間の後、私の右手の銀の刃がまさに黒騎士の仮面から覗く口部を貫いた!と思った瞬間、予期せぬ下からの突き上げに私は吹き飛ばされた。なんとか受け身を取り、片膝を着いて見上げると、老人の顔が意匠された不気味な盾を振りかざした黒騎士の姿があった。
「覚者殿、手加減はせぬぞ?」
言うが早いか、黒騎士は手にした重量武器を恐ろしい速さで振り回す。なんて力だよ。私は左右に転がりながら、重い戦棍の乱撃を避ける。私の短剣でも勿論、あれは受け止めることができない。
「覚者殿、貴君は情に流されるだけの愚か者か?それとも、メルセデス殿やこの国に義理立てせねばならぬ何かがあるのか?」
黒騎士は息を乱すことなく、私に問い掛ける。当然、攻撃の手は休まらない。
「情だとか義理だとか……そんなの知らない。……私は……私が思うように生きるだけだ!」
「わからんな。ほんの僅かの間に幾つもの武勇を挙げ、大きな名声を得た。それは貴君の力によるものだが、貴君はまるで名誉や金に執着が見られん。
 それがなぜ、この国に留まる?この国はドラゴンの来襲という災厄に見舞われ、間違いなく滅びの道を歩んでいる。貴君は、ドラゴン殺しの名声が欲しいわけではないのだろう?」
「さっき言っただろ……私はもう『覚者』じゃない。竜とは戦わない。」
この時、私の視界の片隅に、あるものが映った。
「貴君は知っているか?この国の民は、今や領王ではなく、貴君がドラゴンを討ち滅ぼすことを望んでいることを。だが、貴君はドラゴンと戦わないという。では、果たして、領王は二度、ドラゴンを退けることができるのか?……この戦、エドマンに勝ち目はない。程なくして領都軍は瓦解し、大きな犠牲を払い、この国は滅びる……。」
「私に……どうしろって言うんだ!」
どうしても大振りになる戦棍の隙を突いて、何度か反撃を試みるんだけど、甲冑相手に短剣では分が悪過ぎる。
「……どうもこうもない。貴君はここで朽ちゆく宿命だ。」
ん?黒騎士の連続攻撃のリズムが変わった?次の瞬間、戦棍ではなく、飛んできたのは強烈な蹴り。いつもより少し着込んでいるからといって、あんなのまともにもらったら内臓が破裂しちゃうよ。私の判断は……身体を開いて少しでもダメージを受け流すこと。ぶっ飛ばされるのは想定内だ。
 覚悟はしていても、目の前が真っ白になるほどの衝撃が全身を駆け巡る。肋骨が何本か折れたな。口の中は血の味がする。まぁ、気を失わなかったのは、これまでのたくさんの経験が生きたんだと思う。そして、気を失わないのが不思議なほど激痛に耐えながら、手を伸ばす。チャンスはここしかない!手にしたのは魔導弓!
「……これでもくらえ!」
激痛覚悟で、無理に体勢を起こす。そして!蒼白い光弾が六芒星を描きながら黒騎士に襲い掛かる!黒騎士は盾を構えた防御姿勢で相対する。
──!
まさかと思った。黒騎士の盾が輝く光の壁と化し、私の放った連魔弾を全て弾き飛ばしてしまったんだ。ただ、私も唖然とするばかりじゃない。すぐに次の手に切り替えるため、痛む胸を押さえながら黒騎士の右手方向に回り込む。
「……これならどうだぁ!」
輝く光弾が黒騎士目掛けて一直線に飛び、そして弾けて鮮烈な輝きを放つ。見たか!私の十八番、閃魔……。
「この程度か、覚者殿。」
今度は、黒騎士の盾が闇の魔導を放ち、閃光を全て喰らい尽くしてしまった!さらに、黒騎士の戦棍にも赤い魔力をの輝きが増していくのが分かる。何が来るのかは分からないけど、今の私じゃ、よけきれる気がしない。どうしよう……?
 よけられないなら、よけることに拘らない。私が動けないなら、相手を動かせばいい。シャロットさんにみっちりやってもらった練習以外では使ったことがないけど、やるしかない。そう、私の魔導弓には、私のためにわざわざ稽古を付けてくれたシャロットさんの思いも籠っている。そう信じてる。アイツの魔導盾なんかに負けるもんか!
 黒騎士が赤い魔力の凝縮された戦棍をまさに地面に突き立てようとする瞬間、私の魔導弓の方が一瞬早く完成した。
「いっけぇ!」
私の魔導弓から放たれた白い輝きが、私の足元に魔力の渦を造り出した。
「……ッ!?」
黒騎士が足を滑らせ、体勢を崩す。魔力渦に引き寄せられているんだ。
「マチルダ、これを使え!」 
メルセデスさんだ!地面に落ちていた自分の剣を拾い、私の方に投げて寄せる。後は魔力渦の力で引き寄せられた細身の剣サーベルを、私は右手で拾い上げ、左手を添えて、肉食獣のように低い姿勢で狙いを澄ます。もう一歩踏み出すのさえ億劫になるほどの痛みを抱えている。この一撃が通じなかったら、私の敗けだ。
 踏ん張って耐えていた黒騎士だったが、遂に魔力渦に飲み込まれるように一気に吸い寄せられた。そして──!
 私が狙ったのは甲冑の継ぎ目、脇の下。一撃で逆転できる人体の急所。巨大な戦棍の下を潜り抜け、狙った一点に細剣を力一杯突き入れた。未だに違和感を感じるイヤな感触。貫通することこそなかったけど、赤い筋が細剣を伝って流れ出した。最後の力でなんとか剣を引き抜く。溢れ出した生温かい赤いものが私の顔を汚した。黒騎士は戦棍を地に落とし、両膝を着いた。苦しいのか、震える左手で仮面を外す。息が荒い。改めて見ると、思ったよりジュリアンさんの顔が近い。苦しげな表情の中で、美しい青い瞳が印象的だった。
「……見事だ、覚者殿。」
「……!?」
騎士は、そのまま前のめりに崩れ落ちる。辛うじて、左肘を着き、顔を上げた。
「……この度のドラゴンとの戦……この地には勝ち目がないと見ていた。……こうして……反乱を扇動し……早々に兵力を総崩れにすることで……無駄な犠牲を減らせる……そんな計画だった。」
「……え?」
「……ただ……一つ、引っ掛かりがあった……貴君だよ、覚者殿。」
「……。」
「……貴君ならドラゴンを倒すかもしれぬ……そう思えたのだ。」
「い、今更、何を言ってるんだよ?私にはそんなこと無理なんだから!」
「……ただの勘だ。……だが、剣を交えてみてわかった。……どのような死地でも活路を見いだす強さ……民が貴君に期待を掛けるのもわかる。」
「それがマチルダ様ですから。」
その聞き慣れた声に、私は振り返った。
「砦内の兵士は全て屈服させました。簡単に退かぬ相手故に、時間が掛かってしまいました。申し訳ありません。」
姉さんがメルセデスさんと共に近付いてきた。
「とりあえず……応急手当を致しましょう。」
姉さんがジュリアンさんの介抱に入る。それからメルセデスさんが遠慮がちに私に手を差し伸べた。
「情けないところを見せてしまったな。」
「ありがとう。私こそ、助太刀とか言ってボッコボコにされちゃったけどね。」
私は苦笑いしながら、メルセデスさんの肩を借りて立ち上がった。
「ジュリアン卿の言うとおりだ。私は……強くない……。私がこの国に遣わされたのも、あくまで政治的な、形式だけのこと。誰も本気で私の働きになど期待してはいなかったんだ……。そんなこと、とっくに分かりきっていたというのに……いい気になって……滑稽だ……。」
「そんなこと、ないよ。」
ただ、その弱々しい言葉とは裏腹に、メルセデスさんはいつもの凛々しい彼女に戻っていた。
「一度、国元へ戻る。戻って、本当にここの民のために兵を出してもらえるよう、具申してみるつもりだ。何より……お前の力になりたい。少しでもドラゴンの脅威がお前の行く末に影を落とさぬように。そのために私は、きっとここに帰ってくる。……すまんな。」

 反乱の後処理はメルセデスさんに任せた。あまり目立ちたくなかったから、反乱はメルセデスさんが鎮圧したということで。彼女は嫌がったけど、そこはこちらの事情を汲んでもらったよ。ジュリアンさんは領都で出頭するということだ。私のことは黙っててもらう約束をした。
「マチルダ様、本当にこのままお進みになるつもりですか?」
砦の一室で、姉さんに当て木とサラシで簡単に処置してもらった。これで随分楽。歩くことはできる。
「大丈夫!ここまで来て、引き返すのはイヤだからね。後は姉さんに守ってもらうからいいよ。」
「……。」

 風断ち砦を後にした私たちを迎えるのは、丘側の針葉樹林と海からの吹きっ晒しの風。しっかり着込んだ外套のおかげで寒くはない。けど、やっぱり傷には堪えるな。そのこと、きっと姉さんは気付いているよね。
 まぁ、ダイヤウルフだのスノーハーピーだのと遭遇したけど、私たちを襲ってくることはなかった。賢明な奴らだよ。

 巨大な岩を幾つも組んでできた祠に、その人はいる。傍らには"愚者"と呼ばれる戦徒ポーンを従えて。
 ……相変わらず陰気な場所だね。おおっと、いたいた。
「よく来た、覚者よ。」
「ご無沙汰してます。ちょっと聞きたいことがありまして。」
「私が、求める答えを識る者かどうか……識る者は知るべくして知る由を識り、識らぬ者は知る由を得ず、故に知らず。」
「……それ、前に愚者さんから聞きました。」
「……コホン。
 覚者よ、時は満ち、扉は開かれた。長城砦より連なる穢れ山の神殿……。その頂きにて環の理を語る竜が待つ。
 けれど、汝が目指すは、環の理を忌み、史の暗きに潜む影。彼の者は、深き深き業の深淵にて機を伺う……。」

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