太陽と月の姫 ~Doragon´s Dogma~

Sylvia

私の歩む道

 目の前が白くなって、そのぼんやりとした白がだんだん明るく色を帯びてくる。意識がはっきりしてきた。ここは……?所々に染みのある灰色の天井が覆い被さってくる。あぁ、私たちが領都の拠点として長く借りている部屋だ。アースミスさんの酒場の2階、第二の故郷とも言える場所。ただ、今は頭は痛いし、気分は最悪だけど。
 えーっと、昨日、どうしたんだっけ?うぅ、頭痛い……。確か、行く宛もなくてふらふらしてたら……そうだ、ナユタヤさんに会って、いつからかアルスさんが現れて……んー、いろいろ喋っちゃった気がするぞ。なんか今更恥ずかしくなってきた。でも、とにかく頭痛い。
「お目覚めですか。」
「うッ……、ね、姉さん……。」
ふと掛けられたその声の方を恐る恐る見るけど、いろいろあったからか、声の主の瞳をまともに見られない。
「お水は如何ですか?」
小さくこくんと頷き、きまりの悪さを感じながら、グラスを受け取って一気に飲み干す。なんとなく水の冷たさが心地よかった。
「昨夜は随分とお飲みになられたようですから、ご気分はよろしくないと思います。無理はなさらず。
 ……少し落ち着かれたら、一緒に買い出しなど如何ですか?長城砦の戦いで霊薬など、多く使いきってしまいましたから。」
「あ、……うん。そだね。じゃあ、準備できたら声を掛けるよ。」
「ええ、承知致しました。」
静かに部屋を出ていく姉さんの後ろ姿を見送る。パタンと音を立てて閉まるドア。……姉さんっていつからここにいたんだろう?姉さんだってスッキリしているはずがないのに。それなのに私の傍についていてくれる。それは私のメインポーンだからなの?……さっきは思わず返事をしちゃったけど、姉さんとゆっくり話をするためには、ちょうど良かったのかもしれないね。
 ただ、二日酔いは簡単に治るものじゃない。できるだけ頭を揺らさないように気を付けながら、鏡の前に立った。まぁ、顔は些か窶れてはいるけど、化粧でごまかせるくらいだな。良かった。とりあえず、準備を進めようか。自分でももどかしくなるほどゆっくりした動きで箪笥を漁る。あ、これにしよう。セレナちゃんに貰ってから、全然着る機会がなかったヤツだ。私はモスグリーンのチュニックを左腕に掛けながら、無造作に着ていたシャツを脱いだ。……随分と逞しい二の腕だな。別に私ゃ細い方じゃないけどさ。でも、昔はもっと華奢だったよな。幸い、肌は今も結構綺麗だと自負している。それは、これでも毎晩ちゃんとお手入れしてるし、打撲に擦過傷、裂傷、そういったのを、毎回、癒しの魔法で綺麗にしてもらっているからね。けれど、下着では隠しきれない左胸の大きな傷痕だけは魔法でも決して消えない。私だって女だ。この傷痕を直視できない時期もあったよ。でも、もしかしたら、赤き竜を倒して心臓を取り返したら、この傷は消えるんじゃないかなって淡い期待はもっていた。けど、私なんかじゃあの竜に太刀打ちできるわけない。あの尊大さを目の当たりにしてしまったら、誰だって思うさ。……ここ何年も噂を聞かなかったから、正直、もう赤き竜に会うことはないんじゃないかって思っていた部分もあった。それが急に「目覚めた」とか言うんだから、やってられないよ、まったく。『救済』なんて連中がのさばるくらいだから、人々はやっぱり赤き竜を恐れている。今となってはいつ襲ってくるかもわからないし、何とかしなくちゃいけないとは思う。領王様は再び立ち上がってくれるかな?でも、領都が危機に晒されないと動いてくれないかも知れない。けど……"理"を知るあの人、竜と因縁浅からぬ彼と一緒なら、竜に立ち向かえるかも知れない。きっと故郷を滅ぼした相手をずっと憎んできたはずだから。彼を手伝うことぐらいなら、私にだってできるはずだ。
 ふぅ、と一呼吸。余計に頭痛の種が増えちゃった。とりあえず、チュニックを頭から被る。下は濃紺の膝丈のパンツ、細見のものを合わせた。髪はシンプルな海の色のリボンで結ぶ。あーあ、髪、かなり傷んでるな。毛先がヤバイ。思い切って短くするのもありかな。そもそも、こんな無茶苦茶な生活を余儀なくされる覚者をやりながら髪を伸ばすのは、更に苦労を背負い込むようなものかぁ。

「姉さん、お待たせ。」
努めて明るく振る舞う。
「マチルダ様、よくお似合いですよ。」
姉さんはニコッと微笑む。なぜだか胸の奥がズキンとする。
 それからは会話という会話もなく街の大通りを二人で歩いた。途中、テヴォンさんのお店はやっぱり気になって、思わず覗き込んじゃった。
「切っちゃおうかなぁ……。」
「……マチルダ様をあまりに見慣れておりますので、今まで意識したことはありませんでしたが、旅を始めた頃に比べて、お顔立ちが随分と大人びたように思います。髪を短くされるのもよいかと思います。」
「そ、そぉ?……変じゃないかな?」
姉さんは穏やかな表情で続ける。
「活動的なマチルダ様ですので、ショートもお似合いかと存じます。
 ……覚者として大変な思いもたくさんしてこられました。時には使命を忘れ、一人の女性としての時間を楽しむのも必要なことではないでしょうか。」
「……姉さんがそういう言い方をするのって、なんか不思議だね。」
「そうでしょうか……。」
姉さんの顔が翳る。私、何かマズいこと言っちゃった!?
「……そうかもしれません。
 私の心中は言葉にするのを憚られるほどに乱れておりますから。」
「そうなの!?そうは見えないけど。」
姉さんが立ち止まる。私も連れて足を止める。姉さんが私を見つめた。その漆黒の瞳に見えるのは憂い?でも、それだけではない気がした。
「……私はもう戦徒ではないのかもしれません。この心というものを、自分で御することもできないのです。……ラベル様を見て心を乱し、……ラベル様に寄り添うマチルダ様を見て、また心を乱してしまうのですから。」
「姉さん……。」
姉さんの言葉に、まるで全身に稲妻が走ったような気がした。
「このところずっと、私は自分が自分でないように感じております。それ故、心が制しきれず、マチルダ様に非礼があったことなどは、お詫びのしようもありません。」
黒い瞳の向かう先は私から外れ、俯き加減。
「……昨日、マチルダ様が飛び出していかれてから、ずっと考えておりました。マチルダ様のこと、ラベル様のこと、私自身のこと。この暗い霧の中を、私はこれから何を目指して歩めばよいのかと。」
私は、ただ姉さんを見守った。
「……けれど、心という不思議な大海を彷徨ううちに、ただ一つ、決して揺れることのない私だけの真実を見つけることができました。それは、この身に代えてでも貴女をお守りしたいということ。ポーンとしての使命感ではありません。常に前を向き、困難を乗り越えるために成長し、変わっていく貴女を傍らで見られることこそ私の喜び。貴女を守り戦えることが、私の誇りだと思えるからです。
 ……マチルダ様、どうかされましたか?」
もう……嫌だな。歳を重ねると涙脆くなる。
「やっぱり姉さんは姉さんだ。今も昔も。……ごめんなさい。どうかしてた。私、バカだし、器用じゃないから。今までだって一番いいと思う道をただ進んできただけなのに。」
私の方こそ心は乱れまくりだし、迷ってもいた。けれど、私の中にも真実はちゃんとあったよ。
「姉さん、力を貸して。私、フィーを助けたい。ユリカやジョリーンさんやマッセーラさんを助けたい。だって、みんな、私の大切な人だから。ついでに、あのピエロをやっぱりぶん殴ってやりたい。」
姉さんの瞳からも涙が零れた。ただ、私が今までに見た中で一番素敵な微笑みで頷いてくれた。
「ええ、喜んで。私にとっても掛け替えのない友人たちです。必ず助けましょう。」

 その後、私たちはゆっくり領都を回り、たくさんの話をしながら、いろいろ買い物をした。とは言っても、急に姉さんの口数が増える訳じゃない。殆んど私が喋り倒して、でも、姉さんは何でも聞いてくれた。そんな中で、これまでより姉さんの表情が生き生きとしている気がしたんだ。これは本当に嬉しいことだよね。そして、今の私たちは誰が見ても本物の姉妹だろうって思う。
 あ、結局、買い物からランチの流れで、その後に髪はバッサリやったよ。これは毎日の支度が絶対に楽になるな。

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