太陽と月の姫 ~Doragon´s Dogma~

Sylvia

神断ちの剣

 鋭い痛みが胸に刺さった。そんな私を冷静に感じている私もいた。隣では姉さんが胸から血を流し、倒れて動かない。後ろでフィオーラは動く気配もない。なんて静かなんだろう。……これが死?私は死んでしまうの?最期は大好きなみんなが迎えてくれると、密かに思ってたんだけど、一人なんだね。あぁ、痛みだけが強くなっていく。氷の刃が突き刺さった部分が熱い。凡そ耐えられないほどなのに、なんだか他人事でもある。私が悶絶する。胸が、胸が切り裂かれるみたいだ……!

「……っはっは……は愉快だ……。」
朦朧とする意識の中で耳に届く声。倒れようとした私を誰かが後ろから受け止める。冷たく細い腕……?
「……ーラ、ちゃんと支え……くんだよ。」
目の前にぼんやりと赤い人影。
「さあ……神……ちの剣……ィルをそ……ら抜き……げるよ。」
 誰?誰なの?何?何のこと?神?赤い人影の手が私の胸に伸びる。……どうするの?え?えぇ!痛い!痛い!痛ぁい!!私を見下ろす私までしっかり感じるほどの痛み。おかげで少し意識がはっきりした。フィオーラに羽交い締めにされた私の胸の傷痕に、ピエロが手を突っ込んでいる。
「あった!あったぞぉ!何百年探し続けたか!やっと見つけたよ。今日はなんてハッピーな日なんだ。」
なんだ、コイツ。他人の胸の傷に腕を突っ込んではしゃいでる。やっぱ、おかしいよ!どうかしてる!
 喜ぶピエロは胸の傷から何かを取り出すように腕を引き抜く。黄金の光……目映く輝く柄、そして銀の刀身が現れる。私の胸の何処にこんなのが入ってたの?っていうくらい、ちゃんとした一振りの剣が、ピエロの手に握られていた。一方で、『私』はぐったりして動く気配もない。
「フィオーラちゃん、これが僕の探し求めた神断ちの剣!憎き界王を殺すことのできる唯一の武器、リディルさ。」
興奮が収まらないのか、捲し立てる。
「いやぁ、長かった。この剣のことを知るまででもウン百年。それから、何処にあるのか調べるのだって、かなりの手間だった。そして、コイツらを利用するための準備だって、相当なもんさ。」
コイツらを利用?私を利用しようとしてたのはサロモじゃないの?あ、ピエロがフィオーラの手を取った。無表情な彼女を無理矢理抱き寄せる。おかげで、フィオーラに支えられていた私の身体は堅い床に無造作に倒れ込んだ。何するんだ、チクショー。またお肌に傷が付いちゃうじゃないかよ。しかも、空いた左手でフィオーラの顎を引き寄せやがった!
「フィオーラ、君はもう戻らない。なのに、ただ繰り返すこの世界。そんな世界、必要ないんだ。」
真剣な眼差しのピエロにドキッとする。いや、そういう意味じゃなくて、今までに見たことのない顔だったからさ。
 暫く間近でフィオーラを見つめたかと思うと、何を思ったか、突然、フィオーラを力一杯突き飛ばした。フィオーラは糸の切れた人形のように力無く倒れる。
「やはり人形はフィオーラにはなれない。紛い物は……目障りだ。」
地に伏したフィオーラに近付き、その手にある剣を振りかぶる。あぁっ!
 しかし、煌めいたのはピエロの剣ではなく、氷の刃。鋭く蒼い鋒がピエロを後ろから貫いていた。道化は蜘蛛の巣にかかった羽虫のようにもがき、呻くけれど、手にしていた剣は乾いた音を立てて床に落ちる。
「……道化よ、邪魔するな!これは俺の戦い。……決して貴様などに操られたのではないわ!」
そこには信じられない光景があった。身体が半分吹き飛び、至るところから血を流しながら、それでもブリザードアローを放つサロモ。何がそこまで……。
「……貴様の目的など……知らん。だが、貴様の……思うように事が進むなど……血ヘドが出る。」
「め、珍しいですね、貴方と意見が合うとは。」
ふらふらになり、聖剣を支えにして立ち上がった姉さん。無事だったんだ!ピエロの手から零れ、転がった剣を拾い上げる。
「ぐはっ……なんだなんだ、この死に損ないどもが!」
ピエロは口から血を吐きながらも、力ずくで氷の刃を抜く。そして、悪態をつく。
「このクソ魔術師が!もう自然消滅なんかさせてやるもんか。存在ごとかき消してやる!」
ピエロの瞳に激しい怒りの炎が宿る。あぁ、私は何をやってるんだ!立たないと……早く立ち上がらないと。拳に力を入れようとすると、倒れた私に引き寄せられる不思議な感覚を覚えた。二つの私がもう一度一つになっていくんだ。両手を付き、膝も付く。次第に胸に焼け付く痛みも鮮明になってくる。歯を食い縛り、必死に立ち上がる。そして、ピエロを穴の開くほど睨み付ける。
「死に損ないどもが!そこで待ってろ。用無しは腐れ魔術師の次に消してやる。」
「うる……さい……お前なんかに……負けてたまるか!」
姉さんは私の横に近付きながら、奴に言う。
「貴方を許しはしません。この身が朽ちようとも、必ず討ち果たします。」
その後に、小声で私に語りかける。
「マチルダ様、ご無事で何よりです。ただ、私たちが満身創痍なのは否めません。道化を許す気はありませんが、今の私たちで敵うかどうか……。せっかく援護くださった皆様がジオゴーレムを足止めしてくださっているのに。
 ですが、ヤツの欲していた剣が私の手に在ります。私では持つのが精一杯で、もしかしたら、覚者にしか扱えぬものなのかも知れません。
 ……賭けではありますが、これが道化の言うような力を秘めたものであれば、逆に奴を討ち滅ぼすこともできるやも知れません。マチルダ様、ご決断ください。」
「なんだか怖い気もするけど、私の胸の傷から出てきたものだしね。無策で戦うよりはマシだよね、きっと。」
「何をごちゃごちゃ言ってるんだ!ほら、見ろよ。汚い花火を上げてあげてやるから。」
道化は内緒話の私たちを一瞥すると、両の掌を、鋭い眼光だけでもう殆ど動かないサロモに向ける。
「え!?ちょっと!アンタ、止めなさいよ!」
私の叫びも虚しく、サロモの周りに巨大な半透明の球状が浮かび上がる。信じられないけど、あれは魔力だ。それも凄く強大な魔力だ。それがみるみるうちに小さく凝縮されていき、直視できぬほどの輝きとなり、サロモの残された半身に付く。だけど、サロモは抵抗するでもなく、首だけ動かして、道化でなく私を見た。
「……貴様が俺の器となっていたらと思うと口惜しいわ。が、貴様らとの戦いは退屈ではなかったぞ。」
更に首を巡らして、姉さんを見る。
「従者よ、覚者をここで果てさせるなよ。貴様らと戦った俺様のことを語り継ぐ者がいなくてはな。」
もう血塗れでよく分からないはずだけど、確かにサロモは最後に笑った気がした。それも、穏やかな笑みだ。そして、次の瞬間、激しい閃光と轟音を上げて、白い大爆発が起こった。そこから先は覚えていない。

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