太陽と月の姫 ~Doragon´s Dogma~

Sylvia

宿敵

 その言葉が引き金となったのかは分からないけど、それは私たちの目の前で起こった。
 道化師の傍らに微かにキラキラした光の粒子が現れ始める。金色のそれはやがて数多を成し、集まり、ぼんやりとだけれど人型へ。そして、見とれている間に、輪郭から肌の色、嫌らしい顔つきまで少しずつだけど、はっきりしてきた。勿論、思い出したくもないアイツ、領王の陰で野心を膨らませた魔導士、サロモだ。
「ぐぉぉ……。」
くぐもった唸り声。
「さぁ、サロモ君。この間は結構こっぴどくやられたんだろう?その時の借りはしっかり返してあげなよ。」
しかし、悪の魔導士は俯いたままで、瞳はまだ開かれない。それを見計らってか、姉さんが叫ぶ。
「覚者カイ、私にはまだ分からないことがあります。なぜ、今になってサロモを蘇らせたのですか?もう奴との勝負は付いているはず。」
「ヤになっちゃうね、勝者の理論。サロモ君からしたら負けて終わるなんて嬉しくないだろ。」
 ここまでくると、私もだいぶ話についていけるようになった。
「だからぁ!サロモの復活で何を企んでいるか聞いてるんでしょ!」
「企み?もう、疑い深いなぁ。僕は根っからのピエロ。笑顔が見たいだけさ。今回はサロモ君の、だけどねぇ。」
嘘臭い。はっきりそう思った。サロモを蘇らせることで、このピエロにどんな得があるのだろう?サロモは極めて個人的な欲望で動いていた。いなくなった奴の研究を盗むのは、きっとこのピエロには容易いことだろうし、サロモの望む世界に興味があるとも思えない。そもそも、サロモよりこのピエロの方がより危険な力を秘めているように感じる。
「そういうことなんで、サロモ君、張り切っていこう!」
ピエロはサロモに魔杖を手渡しながら言う。あの嫌らしい笑みはまだ消えない。
「……けん。」
ん?サロモ……?
「ん?どうしたんだい?『反魂』が不完全で上手く喋れないなんてなしだよ?」
道化がサロモをわざとらしく覗き込む。
「……俺様は誰の指図も受けん!消え去れ、道化!」
 あまりに急で、私も姉さんも何が起こったかすぐには理解できなかった。サロモが隣にいるピエロに向かって、火球を放ったんだ。
「おおっと!なんだよ、なんだよ。"命の恩人"に向かってそれはないだろ。」
ピエロはそれを軽々と避けつつ、ニヤニヤしながら軽口を叩く。そして、私たちが来たのと反対側、更に深くへと至る通路に身を翻しながら、
「ボク、拗ねちゃったんだからね。もう知らなーい。」
「あ、待て……。」
風のように消えてしまった。呆気に取られ、立ち尽くしてしまう。そこへ姉さんの緊張に満ちた声がかかった。
「マチルダ様、油断されることのないよう。地下墓地でも消えたと思わせて、機を窺っていましたから。」
「う、うん。そうだね。」
やっぱ姉さんは冷静だなぁ。確かにそうだと思う。

 そして、改めて対峙するサロモ。薄暗くて、表情は読み取れない。けれど、以前ほど尊大で、どこか下卑た、あの雰囲気は感じられない。もっとムカつくあのピエロを見たからかな?でも、ピエロの命令を蹴ったんだ。もしかしたら……。
「……マチルダ様、いけません。奴は貴女の運命を狂わせた男。それも至極個人的な理由でです。許せる相手ではありません。」
その時だ、姉さんの言葉に反応するかのように、サロモの双眸が赤く輝いたのは。
「俺もナメられたものだな。
 赤き竜に怯えるだけの無能な領王の下で、恥辱に耐えながら研究を重ねた長き年月、それをぶち壊されたのだ。貴様らなど、魂の一片までも消滅させんと俺の気が済まんわ!」
「くっそぅ、一瞬でも一緒にって思った自分がバカだったよ。姉さん、行くよッ!」
と、飛び掛かろうとした私を姉さんが制止する。掴まれた二の腕が痛い。
「サロモ、何を考えているのです?私たちを倒すだけなら、道化に従い、共にいた方がよいはず。それに『反魂』は……。」
「そこまでだ、従者。これは俺と貴様らとの戦いだ。道化ごときに入る隙間はない。さぁ、ゆくぞ。」
サロモ……?いや、考えてる暇はない。サロモを取り巻くように足下から巨大な炎が巻き上がる。攻撃魔法?いや、何者かが地を割り、這い出してくるんだ。それも三体も!私は、改めて、左の魔導弓を持つ手に力を込めて握り直す。隣の姉さんも聖剣を構える。ただ、いつになく緊張の横顔……?
 みるみるうちに、見上げるほどの岩の巨人が三体、私たちの前に立ちはだかった。ゴーレム?いや、こいつは炎に包まれている。熱波で吹き飛ばされそうなくらいだ。
「……ジオゴーレム。古き魔導書に載っているのを、以前、マッセーラ様に教えて頂いたことがあります。先の戦いで、サロモの魔術に対する執念は感じましたが、まさか、こんなものを生み出せるほどだったとは。」
姉さんが表情を動かさずに言った。
「確かさ、領都のアイツの実験室で見つけた資料、生命の何ちゃらだったじゃん。ゴーレムとかガーゴイルとかの疑似生命体?って得意分野じゃないの?」
「そうでしたね。代わりの器に魂を移し替えるとも宣っていました。……ただ、うら若きマチルダ様を器に仕立てようとしたことといい、幼いフィーを予備の器に選ぶことといい、奴の趣味ばかりはとても解せませんが。」
「要は変態……きゃっ!」
ジオゴーレムの巨大な拳が私たちの話を遮るように降り下ろされた。私も姉さんもきっちり跳んでかわす。フィオーラを抱えながらでよく跳べたもんだと、我ながら感心する。
「安い挑発だな。貴様らのくだらんお喋りには付き合うつもりはない。グランシスでは既に失われた古の遺産、ジオゴーレムを知っているとは驚きだが、我が奥義の一つに掛かって果てられることを光栄と思うがいい。」
サロモの目が再び赤く輝く。左手で複雑な印を結ぶ。すると、ジオゴーレムはその巨体を揺らしながら私たちに迫ってきた。
 くっ、フィオーラ、どうしよう?この娘を抱えたままじゃ戦うことなんてできないよ。かといって、放っておくこともできないし。そんなコンマ何秒かの迷いの間に姉さんが三体の中に躍り込んだ。そんな……囮になる気なんだ!早くフィオーラを何処か安全なとこに寝かせて、姉さんを助けなくちゃ!
「いけません、マチルダ様!敵は一人ではないのです。」 
フィオーラを懸命に引き摺る私はハッとした。サロモはもうフィオーラを気にしてない気がするんだけど、あのピエロが姿を消したままだ。ここでフィオーラから離れるのは得策じゃない。けど、姉さんが……姉さんが……。
 私の心配を他所に、姉さんは聖剣を構えたまま三体の攻撃を続けて避ける。けど、三体もいるとなかなか反撃の機会が得られない。このままじゃ流石の姉さんだって……あ、姉さんが刹那の隙を見ての反撃。聖剣の一閃がジオゴーレムの足を払う。が、踏み込みが浅いのか、どうも有効ではないみたいだ。炎の巨人は動きを止めることもなく、姉さんを狙って拳を振り回し続ける。まだ直撃は無いけれど、炎が姉さんを焦す。こんな時だって、苦しそうな顔は少しも見せやしない姉さん。
 私も姉さんみたいに強くならなきゃ!今、やれることは……サロモ!ヤツがジオゴーレムを操っているのだとしたら……。魔導弓を手にサロモを睨む。アイツを止めれば、ジオゴーレムも止まるかも知れない。そのサロモは私と姉さんを交互に見つめながら、口元に薄気味悪い笑みを浮かべている。そして、再びサッと左手で宙に何かを描く。すると、ジオゴーレムの一体が私の方へ向かってきた。
「──!?くっ!」
姉さんはすぐにその動きに気付き、私の方へ戻ろうとするけど、残りの二体が執拗に進路を塞ぐ。私はフィオーラを静かに寝かせ、短剣に持ち換えて、一歩進み出た。私だって!
 ……って、感じる、コイツの強さ。足が震える。逃げ出したい。昔、赤竜に会ったときは、怖くはあったけど、大きすぎて、漠然とした感じだった。けど、無機質なジオゴーレムからは死しか伝わってこない。もう目の前の相手で手一杯になって、姉さんもサロモも気に掛ける余裕はない。絶対に諦めはしないけど……。
「その怯える子猫のような瞳、今すぐ私の胸に抱き寄せ、もう大丈夫だと言って差し上げたい。淑女にはこの腕の中の舞台こそ相応しい。」
突然、私の前に現れた大きな背中。漆黒の甲冑に、この甘い言い様……。
「無粋な輩など、貴女が手を汚すまでもない。我が鉄槌にてこの戦いの贄とし、憐れな魔導士への鎮魂歌に致しましょう。」
「ジークフリート……様。」
来てくれた、私を助けに。何だか安心して、全身の力が抜けるみたいだ。ただ……。
「ジークさん、お願い!姉さんを、姉さんを助けてください!」
ジークさんは燃え盛る巨大な拳を鎚で受け止めながら、涼しい顔で言う。
「我が姫よ、心配は御無用に願いたい。シルヴィア様が斯くの如き偽りの生命しか持たぬ石榑に遅れを取ることなどありましょうか。それに、あの方をお助けしたいと申す者たちは他におります故。」
「姉さんを助けてくれる人たち……?」

「師匠、ここは私にお任せを!」
「トバちゃーん、そこは『私に』じゃなくて、『私たちに』でしょ。」
「もう!二人とも集中しなさい。そんなに易い相手ではないのですよ。」
「皆様……何と感謝を申し上げればよいのか……。」
今回は姉さんと同じ大剣が得物のトバちゃん、それから短剣を両手に構えたルゥさんがジオゴーレムをそれぞれ抑え、五歩ほど引いて、ジェシカさんの紅い法衣が映える。
「そんな、水臭いです、師匠。あ、フィーちゃんの精神体の在処も分かってますから。早くマチルダさんとサロモをブッ飛ばしに行ってください!さぁ、ルゥさん、ジェシカさん、行きますよぉ!」
姉さんの言う「頼もしい仲間」たちだ。きっと、このような危機も想定して、協力を仰いでいたに違いない。トバちゃんの元気にルゥさんの技、ジェシカさんの魔法があれば、ジオゴーレムなんて目じゃないよ!

「安心されましたか、姫君。ここは私に任せ、姉君と共に彼の魔導師を成敗しにお行きなさい。」
ジークさんの仮面の奥に優しくて綺麗な瞳が見える。私は、安堵の涙目ではあったけど、精一杯微笑んで頷いてみせた。
「ありがとう。あの……ジークさんも気を付けて。」
「優しいお言葉、痛み入ります。お心遣いの続きは、この宴の後、褥の中で朝を迎えるまで、ゆっくりと致したいもの。」
「え、そ、そんな……。」
「マチルダ様、行きますよ!皆様のご厚意を無駄になさいませぬように!」
「あ、うん、分かった。今行く。」
姉さんの突然の叱咤にどぎまぎする。もう……いつもこんなタイミングで入ってくるんだから!

「これでアイツとは三度目か。こういうのを因縁って言うんだよね?」
「前回は私は殆ど参加していませんが、それでも、毎度、サロモの魔術には辟易します。ただ、フィーを取り戻す足掛かりは得たように思います。改めて気を引き締めて参りましょう。」
「うん、そうだね。私たちだって強くなってるから、絶対に負けないよ。」

 そして対峙する私たちとサロモ。なんでだろう、この緊張。全身から汗が吹き出る。竜に化した時ほど威圧感はないけれど、底知れない迫力がある。その動揺が悟られたのか、魔術師から口を開く。
「隙だらけの貴様たちの首を取る機会は何度かあった。だが、せっかく甦った身だ。それだけの時を、この身を馴染ませるのに、そして、俺の魔力を高めるために使わせてもらった。
さぁ、存分に楽しませろ。」
「マチルダ様!」
「うん!分かってる!」
サロモが言うが早いか、私たちの足下の石畳が何度も大きく突き上がる。でも、アイツの詠唱の速さは経験済みだし、対処はするさ。続けて、頭上から落雷があるけど、私は身を翻し、再び魔導弓を手に攻撃に転じる。
「いっけぇ、連魔弾!」
輝く光弾。ヤツは身体を捻るだけで悉くかわしていく。
「覚悟!」
その何発目かが避けられた時、魔術師の背後から鋭い銀の一閃。姉さん!
 斬り裂いたのはサロモの残像。その姿がぼやけて消えた。転移の魔法も確か得意技。だけど、それも知ってる!私の光弾がアイツの転移先を狙う。避けきれないと思ったのか、サロモは掌を翳し、魔法の障壁で防御を試みる。でも!
「ちぃッ!小癪な真似を!」
光弾はサロモに届くかどうかのところで、目映く弾けた!サロモが顔をしかめ、動きが止まる。最後の一発は連魔弾じゃない。閃魔光。フィオーラとの戦いで学んだんだ。私のちゃちな魔力じゃ強力な魔導師の魔法防御は破れないって。けど、光までは防げやしない。やったぞ、サロモを出し抜いた。
「黄泉の国へ舞い戻れ、サロモ。滅せよ!」
姉さんの大きく振りかぶった渾身の一撃、魔神斬りだ!サロモは魔力を溜めた左手で防御を試みる……!
 姉さんと聖剣の力、サロモの魔力がぶつかり合い、小規模な爆発が起こった。粉塵が舞い上がる。だけど、アイツはこれくらいで倒れるほど柔じゃない。
「マチルダ様、上です!」
目視できた訳じゃない。でも、右手に短剣を握り締め、その疑うべくもない声の方へ走り出した。それほどでもない粉塵はすぐに収まる。見えた、姉さんの大剣!
「行くよ!」
「はい!」
『赤目』の時と一緒、戦いに終止符を打った姉さんとの連携。愛用の短剣を右手に、幅の広い聖剣を駆け上る。そして、跳ぶのと同時に姉さんが私を力一杯跳ね上げる。飛んだ!見えた!サロモは左半身からは大量の血を噴き出し、苦悶の表情を浮かべながら、虚空を漂っている。もうアイツを捉える。この一撃で!

「あいたたた……。畜生、あの野郎ぉ!」
「マチルダ様、お言葉に品がありません。が、予想外でしたね、あそこから反撃する余力があるとは。」
手が届きそうな高さで浮遊しているサロモを苦々しく見詰めながら、姉さんも言う。アイツの左半身は消し飛んでいる。なのに、まさか逆に撃ち落とされるなんて。……あの瞬間、強力な電撃が放出されたんだ。私の右手は痺れて力が入らない。
「まだだ!俺様が極めし魔術はこんなものではないわ!」
サロモが吠えた。ヤツの残された右腕、握られた魔杖から青い魔力が迸る。あれは……ブリザードアロー!巨大で鋭い氷の刃が冷たい音を上げ、私の胸、心臓の本来あるべき所へ恐ろしい勢いで迫る。
「罷りならん!」
姉さんだ。フィオーラのメテオフォールを防いだように、青い鋒も私の目の前で受け止めようとする。……暫しの拮抗、息が詰まりそうだ。姉さん、頑張って!
 次の瞬間、サロモの米神から血飛沫が上がる。もうきっと限界なんだ。なんだけど、青い魔力の奔流は益々輝きを増した。そして……信じられないことが起こった。サロモの刃が姉さんの戦衣を、胸を貫いたんだ!吹き飛ぶ姉さん。そのまま私に迫る氷刃。世界がゆっくり動いているように感じた。無意識に短剣で受け止めようとするんだけど、痺れた腕は思うように動かなかった。あ、やられる。頭の中は妙に冷静だったな。

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