Will you marry me?

有賀尋

Will you marry me?

「加藤さんの密着番組をさせてください」

これがきっかけで、俺は密着取材を受けることになった。
密着と言っても、そんな大したことじゃない、と紫に言われたこともあり、俺は承諾した。いや、せざるを得なかった。なんせ、紫が勝手に受けた事後承諾だったからだ。

「おいゆかり、なんでお前勝手に取材なんて...」
「いーじゃないの、社長の気まぐれってやつだよ、つかさ最近売れてるからねー、ブランドのいい宣伝材料だよ、あ、旦那さんにはもう話してあるから。普段通りにいてねって話もしてるし」
「...既に根回し済みか、わかった」

根回しの良さに呆れつつも流石だなと思いつつ、職場を出る。

...2年半前のこの時期は、あの子達がお腹にいたんだったな。

手を腹に当てて少し懐かしんだ。もうあの子達も2歳で、俺や遥貴はるきについてまわるようになった。
そんなことを考えながら家に向かって歩いていると、後ろから小さな衝撃を受けた。
後ろを振り返って足元を見ると、小さな子どもが2人、足にくっついていた。

優陽ひなた叶多かなた、ただいま」

微笑んで下を見て言うと、顔を上げて、ニコッと笑って、

「ママおかえり!」

とキラキラした笑顔を向けてくれた。
ちょうど散歩だったらしい。後ろから少し遅れて遥貴がやってきた。
遥貴が遠くから俺を見つけて、子どもたちにいっておいでとでも言ったんだろう。

「おかえり、司。お疲れ様」
「ただいま、遥貴」

遥貴は優陽を、俺は叶多を抱き上げて帰路に着く。

「遥貴、紫から聞いてるだろうけど...」
「あぁ、密着取材の話でしょ?聞いてるよ、紫さんから連絡来たよ」
「なんでいきなりなんだ...」
「さぁ...?なんか紫さん曰く、いい宣伝だって言ってたよ?」
「いい宣伝、なぁ…」

Ωの子持ちモデル。

これだけを見ればそんなに気を引くような感じではあるまい。それに、どうして密着取材なんて...。

疑問を抱えつつも買い物を済ませて家に着く。
明日1日という事だったから、そんなに長いわけではないだろう。
家について家族で食べる夕食。それがうちの決まりになっていた。
スプーンをうまく使えるようになってきた2人の様子を見つつ、食事を済ませる。遥貴が作ってくれるだけあって、相変わらず美味い。
騒がしく夕飯と風呂を済ませて寝かしつける。
これももう慣れた日常だ。
そこからは、ゆっくりと遥貴と過ごす。何気ない会話、何気ないふれあい、それがただただ好きで、本当に遥貴が番で良かったといつも思う。

次の日に密着取材が始まった。朝は至って普通だった。特にカメラがいるわけでも、変に人がいるわけでもなかった。

「じゃあ、行ってくる」
「うん、気をつけて」
「ママいってらっしゃい!」

遥貴と子どもたちに見送られて家を出る。
そこから取材という名のカメラが回った。今日は1日モデルの仕事で、最後に場所を移動しての撮影だと聞いた。プロデュースは紫だから、まぁそんなに変な撮影はないだろう。
順調に撮影が進んでいき、ちょうど昼をすぎた頃。

「司ー、次移動ねー」

マネージャー兼社長兼プロデュースと三役を抱える紫に車に乗るよう促され、ロケバスに乗り込む。

「おい、次はどんな撮影なんだ?」
「んー?まだ内緒。ちょっと遠いから寝てていいよ」
「そうか、着いたら起こせ」
「はーい」

そう言って水を飲んでしばらく車に揺られた。
俺は本当に爆睡したらしく、起きることもなかった。

「...かさ、司、着いたよー?」
「...あぁ、すまん...」
「ちゃんと寝てるー?もう爆睡だったよ?」
「寝てはいるんだが...」
「それよりも、着いたよ」

そう言って紫がいきなり目隠しをしてきた。

「おい、お前何すんだ!」
「黙って」

いきなり声が低くなった。
普段怒ったりしない紫の声が低くなる時は怒っている何よりの証拠。
俺は言われた通りに黙った。任せておくに限る。

「そう、俺に黙って身を委ねてついてきて」

そう言われてとりあえず紫の手を握って身を委ねる。どこに連れていかれるか分からない恐怖感が俺の体を駆け巡った。
少し歩いて、ドアを開ける音がして中に入っていく。紫は俺を座らせて、目隠しを外す。
そこは普通にメイク室で、 こんな所にどうして目隠しをしなければならないのかが甚だ疑問だった。

「...おい、ここ普通にメイク室だよな、目隠ししてきた意味はあるのか」
「あるある、大いにあるよ。いいから普通にメイクされててね、俺衣装見てくるから」

そう言ってメイクさんに頼んで出ていく。
俺は普通にメイクをしてもらった。メイクが終わった頃に紫が戻ってきて、再び目隠しをされて部屋を出る。
そして目隠しをされたまま、俺は着替えさせられ、そのままどこかに連れていかれる。
ただ、衣装の感じからして言えるのは、完全に男物ではないということくらいだ。

...俺は一体何を着せられている...?

少し歩いて立ち止まる。
俺は疑問しかないまま、目隠しが取れるのを待った。

「...目隠し外すよー」

紫がそう言って目隠しを外す。

「そっと目を開けてごらん、司」

そう言われてゆっくり目を開ける。目の前には大きな鏡、そして、そこに映るのは...

「...ウエディングドレス...?なんで...?」

鏡に映ったのは、ウエディングドレスを着た俺だった。

「ふっふーん、似合うじゃん司ー?」
「ちょっと待て、なんでウエディングドレスなんだ、タキシードじゃないのか」
「いーからいーからほら行くよ、時間だ」

そう言って紫が俺を引っ張って大きな扉の前に立たされる。

...ちょっと待て、これって...いや、そもそも相手役は...

あれこれ考えているうちに扉が開く。
大きなステンドグラスを正面に、左右にも同じくステンドグラスがあり、光が優しく降り注いで床に色が反射している。
しばらく動けないでいると、紫が耳元でコソッと囁いた。

「今日の主人公は君だよ、司」
「...は...?」
「ほら、バージンロード歩いておいで」

背中を押されて1歩ずつ赤い絨毯のバージンロードを歩く。
後ろではベール持ちの子が俺に合わせて歩いてくれていた。
さっきまでは逆光で見えなかった相手が近づくにつれて見えるようになって...ってあれ...?

「...遥貴...?」

どうして遥貴がここに...?
いや、そもそも子どもたちは...?

「どうしてここに...?」
「どうしてだと思う?」
「子どもたちは?」
「そのうちちゃんと来るよ」
「...そのうち?」

祭壇に立つ神父も胡散臭かったが、俺はいまいち状況が読み取れずにいた。

「では、リングの交換を」

神父が告げると、子ども用に作られた俺と同じドレスと子ども用に作られた遥貴とお揃いのタキシードを着た子どもたちが仲良く手を繋いで、リングを運んできてくれた。
叶多も優陽も目を輝かせて俺達を見ていて、特に叶多は釘付けになっていた。

「...ママきれい...!」
「パパかっこいい...」
「叶多、優陽、指輪ちょうだい?」
『どーぞ!』

2人が遥貴に指輪を渡して、祭壇の前に並んで立つ。

「...ねぇ司、覚えてる?花火大会の時のこと」

子どもたちが生まれる前、浴衣を着て花火大会に行った。もちろん覚えている。

「当たり前だろ、忘れるわけない」
「...俺さ、あの時精一杯プロポーズしたんだけど流されたんだよね」
「...え...」

―…これからも、俺と一緒にいてよ。
夏の花火だけじゃなく…春の桜、秋の紅葉、冬の雪景色…巡る季節全てを君と一緒に見たいんだ。

確かに真剣な目で俺を見てそう言った。

あれが...プロポーズ...?

そう思うと自然と涙が出ていた。

「あの時流されちゃったから、もう一度言うね?
…これからも、俺と一緒にいてよ。
夏の花火だけじゃなく…春の桜、秋の紅葉、冬の雪景色…巡る季節全てを君と、今度は子どもたちとも一緒に見たいんだ。」

...一生一緒にいてくれますか

俺は泣きながら頷いた。遥貴がそっと涙を拭ってくれて、左の薬指に指輪が嵌められる。
それがまた嬉しくて涙が零れる。

「でも...どうしてこんな...?」

俺は素直に思っていた疑問をぶつけた。すると、遥貴はこう答えた。

「俺達、結婚式上げてないだろ?
2人してそんな話題にもならなかったから、いいかなって思ったんだけど、やっぱりやりたいじゃん、子どもたちにも見せてあげたかったんだ。だから、今回は色んな人にお願いして、司に結婚式をプレゼントしようってことになったってわけ。
ちなみに、密着取材なんてのは嘘だよ、ドキュメンタリーで使うかもとかっては言ってたけどね。紫さんも仕掛け人で、カメラマンと神父も知ってる人だよ」

そう言うとカメラマンが帽子をとった。そこにいたのは...

「...裕貴ゆうき...?」
「俺だけじゃないですよ、神父さん見てください」
「...え...?」

祭壇の方を見ると、そこにはさっきの神父はいなかった。そこにいたのは、何年もデスクを突き合わせて仕事をしてきた同期。

「...亜貴あき...」
「お前胡散臭いって顔したろ、まぁ、胡散臭いのは変わらないけどな?ちなみに、ベール持ちは千里せんりだぞ」

裕貴の方を見ると、足元に千里がいた。
目を輝かせて俺達を見ている。

「ドレスきれい...叶多と優陽ママきれい...」
「お前達...どうして...」
「司ドッキリ企画に乗ったんだよ、俺達の結婚式にお前達やってくれたしな」
「いつも千里がお世話になってますし、俺もお世話になりましたから」

全員がしてやったりという顔をしていた。
その中でただ1人、遥貴だけは嬉しそうにしていた。

「そのドレス、本当によく似合ってるよ、紫さんに頼んだだけあった」
「あったりまえでしょー?俺が司の似合う似合わないが分からないわけないじゃん?それに、遥貴さんも叶多ちゃんも優陽君も似合ってるよー、さすが俺」

と、ドヤ顔をし始める紫をよそに、プロのカメラマンが自然に笑う俺達をカメラに収めていた。
これもきっと、何かで使われるんだろう。

「いい写真撮れた、陽人はると?」

紫がカメラマンに声をかけた。
俺の写真を専門で撮ってくれている。

「バッチリ、自然な笑顔と家族の写真が撮れました。いい写真は社長が選んで次の雑誌に使わせていただきますね、皆さんの顔が写りますがよろしいでしょうか?」
「俺は構いませんが…」
「えぇ、構いません」

全員が承諾すると、紫は満足気に頷いた。

「ほかの写真は社長からのプレゼントでアルバムにしてお渡しします」
「ありがとうございます」
「あ、そうだ!ちょっと撮ってほしいアングルがあるんだけど!」

そう言うと事細かにアングルを指定し始めた。
祭壇が少し高いところにあり、遥貴は祭壇のある所に足をかけて俺を見下ろして微笑んで手を差し伸べ、俺はそれを見上げて差し伸べられた手を伸ばしてお互いを見つめ合うというアングル。それはお互いの目線からも数枚ずつ写真を撮り、遥貴の目線から撮った写真には今までにないほど思いっきり微笑んでみせた。もちろん家での俺の顔だ。
これはもちろん雑誌に使われて、その月の売上が急激に伸びたりSNSでトレンドワードになったことは言うまでもない。
その後に紫から「常にそうしろ」と言われたことは言うまでもないが。

最後に俺がわがままを言って全員で写真を撮った。
俺達家族はもちろん、亜貴、裕貴、千里、紫。
俺に関わってくれた人達との写真。

それは、俺にも、家族にも、関わってくれた全員の思い出だ。
だからこそ残しておきたかった。
少し後に紫からアルバムが届いた。そこには、裕貴が撮った写真、プロが撮った写真、そして、雑誌のために撮った写真全てが収められていた。

しばらくは叶多と優陽がアルバムを眺めていたことは言うまでもない。

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