ゲームと良く似た異世界に来たんだけど、取り敢えずバグで強くなってみた
散々な一日(1)
ーーバァァンッ!
「ふんっ!私に敵うなんて100年早いのよっ!」
「ぐ、ぐぞぉ…」
突然だが、冒険者ギルド前に辿り着いた俺達は、今まさに異世界あるあるテンプレを眼前で見せつけられた。
本当に突然、ギルドの扉が内側からブチ破られて巨漢の男が飛来してきたのだ。
そして、その後を堂々と胸を張り腰に片手を当てた女の子が出てきてテンプレ発言のような物を言い放つと、一瞬だけ俺達を見て驚いたような表情を浮かべたものの、すぐにギルド内へと戻っていった。
そんな場面を目の前で見せられた。
「…大丈夫?」
「あ、アンタ達は…この前の神父様と狂犬…」
ガクリッ。そんな効果音が似合いそうな感じで、俺の手の中で巨漢の男が気を失った。
そう。何を隠そう、飛んできた巨漢の男を俺は反射的に受け止めてしまったのだ。
そして、おそらくだけど、俺が彼にトドメを刺した。
受け止める際に、ちょっと驚いて手を突き出してしまった。その時、彼の腰辺りに手の平が当たってしまい、彼の腰が一瞬だったけど本来曲がらない方向に曲がってしまってグキッて音が鳴ってしまった。
悪い事をしたと思っている。
それにしても、狂犬って…。
間違いなく、隣で突然身なりを整え始めたリョウの事だよね。
言い得て妙なアダ名が付けられているみたいだ。
狂犬…。ふふっ。狂犬。ふふふっ。
「さぁ!行くぞ!無限の彼方に!」
「はいはい」
やけに元気なリョウを先頭に、俺も後から巨漢の男を担ぎ上げつつ置いていかれないように付いて行く。
巨漢の男はギルド前で口に適当なポーションを突き刺して放置だ。
ちなみに、今にも立ったまま寝てしまいそうなほど眠たかったのだけど、今の出来事で少し目が覚めた。
完全まではいかないけれど、誰かに気遣いできるぐらいにまでなら意識が覚醒している。
寝惚けてたり疲労感がピークに達したりしていると、愛想笑いの一つも出来ないほどアホ顔してると思う。
それはさておきーー。
俺達は冒険者ギルドにやって来た…来てしまった。
奥にあるカウンターで待機する見知った顔の受付嬢の目付きが一瞬で変わった…気がする。
「なんでよっ!別に良いじゃないっ!私はAランクよ!Aランクっ!」
その隣には、さっきの女が別の受付嬢に怒鳴っている。
首から下げている身分証にもなるギルドタグを『これでもかっ!』ってほど、受付嬢に見せ付けている。
でも、受付嬢に何かを言われたみたいで「きぃーっ!」と声を上げて地団駄を踏んでる。
なにアイツ…面白い。
見る限りだと、武器は腰にクロスさせる感じで携えている二本の剣のようだ。
普通の剣よりも少し短く感じるのは寝惚けているからではないと思う。
「『災禍の剣姫』…噂には聴いてたが、随分とドギツイ性格してやがるなぁ」
「だなぁ。顔は良いが、性格がアレだからなぁ。それに、あの噂は本当なんだろ?」
「あぁ。災禍の二つ名に恥じないぐらい最悪を呼ぶらしいぜ。お陰で、アイツと組みたがる奴なんて自殺志願者ぐらいだとか」
「おー怖い怖い」
入ってすぐ隣の席から聞こえて来た雑談。
普段から周囲の会話に耳を傾けているお陰で、意識せずとも聞き取れるようになってきた。
それにしても良い情報が手に入ったな。
『災禍の剣姫』か…。
金輪際、関わらないようにした方が良さそうだ。
「はよ!はよ!依頼受けんぞ!」
「はいはい」
俺が情報収集に勤しんでいると、一足先に受付に向かったリョウが俺を急かし始めた。
俺はリョウを宥めるような返事をしながら、普段と変わらない歩幅で歩き、受付に辿り着いた。
隣にはムスッと膨れっ面をした女の子がいる。今は怒鳴ってないけど、また怒鳴り始めるかもしれないから耳をいつでも塞げるように気構えておく。
「おはようございます。ココハ・ドコ様。リョウ様」
…一瞬、なんで場所を聴くの?とか思ったけど、俺の名前だった事に気が付いた。
どうしてこんな名前にしたんだろ…俺…。
隣の女の子も『え?』と若干驚いたような顔を向けてきたし…。
取り敢えず、こっち見るな。
「なぁ、ちーと討伐依頼ってのを受けたいんだけどよ、何か良いのねぇか?」
「ございますよ」
そう言ってから、手元の大きな本を開いて見せてきた。
「一番簡単な討伐依頼は、一角兎の討伐、又は捕獲ですね。あとは…グリーンウルフの討伐。ビックアントの巣を見つけて報告。その際に戦闘がある場合、素材は少し高値で買い取らせて頂きます」
一角兎。額にツノが生えた兎のこと。
グリーンウルフ。緑色の体毛の犬みたいな狼。
ビックアント。名前の通り、ただ大きいだけの蟻さん。
どれも最弱魔物だ。戦闘ジョブでレベル10もあれば余裕で倒せるぐらいの弱さの魔物達。
ちなみに、最弱魔物の代名詞のスライムは最弱から最強まで存在している。
中にはドラゴンすら一呑みしてしまうスライムもいる…らしい。ゲームでの説明で読んだだけで、超近接戦闘型の狂戦士との相性は最悪だそうで、戦うのを避けていたから詳しい事は知らない。
さてさて、リョウはどれを選ぶんだろうか。
「全部で!」
まさかの全部かぁ。
めんどくさ。
「本当は二つまでしか依頼を掛け持ちできないんですが…」
チラリと俺を見るなりウインクしてくる受付嬢。
「分かりました。特別に三つの依頼を受領します。ですので、今度デートしてください神父様」
「はい……え?」
真顔。と言うか、業務上の笑みを浮かべながらシレッと言われた。
余りにもど直球で、俺が返事をした後に気が付く程、上手く会話に不自然なく入れ込んできやがった。
「え?」
隣の女の子まで反応して目を丸くしてコッチを見てきた。
お前は出てくるな。
「では、ギルドタグを預からせて頂きます。それと、ココハ・ドコ様。日程は、何事も早い方が良いと言いますので、明日の朝からにしましょう。待ち合わせ場所は中央広場で構いませんか?」
「えっ…ちょっ…」
「はい。では、それでお願いしますね?勿論、私は必ず行きますので、ココハ・ドコ様は神父様ですし、来て…くれますよね?」
「まだ何も…」
「ありがとうございます。楽しみにしていますねっ」
………な、なんなんだよぉぉぉぉぉ!!
勝手に決められちまったよぉぉ!!
物凄い良い笑顔で俺達のギルドタグを持って奥に逃げて行きやがったよぉぉぉぉ!!
俺の返事聞く気ねぇじゃねぇかよぉ!
断らせる気、全くないじゃねぇかよぉぉぉ!!
「やるねぇ、この色男が」
ガシガシッと無遠慮に肘で横腹を突いてくるリョウ。
「やるわね。この色男」
ツンツンと控えめに反対の横腹を突いてくる『災禍の剣姫』。
お前は湧いてくるな。
「はぁぁぁ…」
二人に茶化されてなくとも、俺は頭を両手で抱えて大きな溜息を吐いていただろう。
今のように…。
〜〜〜
それから数分後。
俺にデートの約束を無理矢理取り付けた受付嬢が戻ってくる事はなく、別の受付嬢が前任者に代わって俺達のギルドタグを持ってきてくれた。
「ハ…ハックシュッ!」
その受付嬢からギルドタグを受け取った拍子に俺は大きなクシャミをしてしまった。
なんとか咄嗟に『倉庫』から取り出した布で口を抑える事は出来たけど、何もない所から物を取り出した所を見られてしまったようで、驚かれた。
受付嬢も隣の女の子も「え?今…何が?」って言いたげに目を丸くして俺の口元にある布を凝視している。
「ハ、ハ、ハックシッ!」
でも、今はそれどころじゃない。
またクシャミだ。
いや、クシャミだけじゃない。
全身が痒くなってきた…。
ま、まさか…。
そう思って、目の前にいる受付嬢に視線を転じてみればーー頭に犬耳が付いていた。
うん。モフりた…じゃなかった。原因、これだ。
『オール・ワールド』のゲームには、獣人やエルフ。ドワーフや魔人など色々な人間が混同している世界だ。
だから、彼女みたいに全身が毛むくじゃらではなく、人間と獣が合体したような人が居ても不思議じゃない。
でも、でもさ…。
「フゥェックショーイッ!」
ここに来てまでアレルギーが出るなんて思わなかった。
なんだか酷くなってる気もするし…。近付いただけでコレって…。
ダメだ、コレ…。
クシャミが止まらない…。
「あ、あのっ!だ、大丈夫、ですか…?」
「大丈夫、大丈夫。コイツ、動物アレルギーなだけだから放っとけば治るって」
犬耳受付嬢は人と対話し慣れてない感じの喋り方だ。
そして、リョウはケラケラと笑いながら人の事なのに大丈夫だと言い張っている。
全然大丈夫じゃないんだけど…?
「ハッシュッ!フエッシュ!あー…バックショイッ!」
「あ、アレルギー…?…も、もしかして…わ、私、原因…ですか?」
アレルギーの意味は分かってないみたいだけど、原因が誰かは理解したみたいで犬耳受付嬢はオドオドし始めた。
見ていて面白いけど…それどころじゃない。
あークソっ!どうすれば楽になれ……そうだ!アレがあった!
これでアレルギーが治るかは試してみなきゃ分からないけど、試す価値はある。
俺は急いで『倉庫』からある物を取り出して、一気に吞み干す。
すると、さっきまでのが嘘のように凄く楽になった。クシャミだけじゃなく全身の痒みや鼻詰まりなど、今まで俺を苦しめ続けていたアレルギーの症状が嘘の様に全部治った。
「ふぅ…」
さすが状態異常を治す薬だ。
不味いけど、その効果は抜群だったって事だな。
俺が使用したのは『エリクサー』。状態異常を全て治す秘薬だ。
ゲームでは、某国の姫君を助ける為に使われるけど、バグ…と言うよりも、別ルートである特定の薬を渡す事によって姫の命は助かる。
そして、エリクサーを手元に置いておく事が可能だったりする。
まぁ、俺は使ったけど。
ストーリークリア後でバグによって入手。数を無尽蔵にしていたアイテムだ。
ちなみに、リョウにも持たせている。
「お?治ったのか?」
「みたいだね。でも、本当に治ったかは分からないかな?アレルギーは身体の免疫機能が異常を起こして拒絶反応が起きるからーー」
「そう言う話はいいから、治ったんならさっさと行くぞ」
「はいはい」
詳しい話は要らないのね。知ってた方が何かと便利なんだけど…アレルギーのないリョウが羨ましいよ。
俺はアレルギー持ちだから、詳しく調べたって言うのに。
動物をモフる事すら出来ないって辛いんだよ?
それに、今からグリーンウルフを狩るんでしょ?獣じゃん。アレルギーが再発しないか心配だよ…。
悶々とした気持ちを抱えながら、我先にと歩くリョウの後を思考に没頭しながら付いて行く。
そう言えば、何か忘れているような…。
〜〜〜
街に入る際にはギルドタグを見せなきゃならないらしいけど、街から出る際には何も見せなくても普通に出る事が出来る。
去る者追わずって言うよりも、治安維持の為だろう。
そんな訳で、街から出た俺達はだだっ広いだけの草原を適当に歩いていた。
マップ表示では、斜め右方向に大きな黒丸がある。おそらく、昨日、俺が開けた大穴だ。
それから、俺は赤矢印でマップの中心に居て、青矢印表記のリョウは俺の前を歩いている。そして、俺の後ろにも青丸…。
「………」
「ふんー、ふふーん」
リョウは鼻歌交じりに剣を鞘付きで振り回しながら歩いている。
俺はその後ろを歩いて付いて行ってる。
そして、俺から五歩離れた所にも青丸がある。
なんで付いて来るの…?
「ねぇ、リョウ?あの娘、知ってる?」
「んや。知らね」
振り返って確認もしないのね。
そう思っていると、背後をチラ見して答えた。
「そういやギルドに居たな」
要するに知らないのね。
「んでアレがどうしたんだ?俺的にはアリだと思うけど、お前も狙ってんのか?」
いや、そう言う話じゃないから。
「さっきからずっと付いて来てるんだけど…」
「別に良くね?」
「まぁ、実害はないし、そうだけど…」
マップ表示も青丸だし、敵ではない筈だ。
でも、気になるじゃんっ。
いつまで付いて来るんだろう?
一応気に掛けておこう。何か起きてからの対処は面倒だし。
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