ゲームと良く似た異世界に来たんだけど、取り敢えずバグで強くなってみた
転移魔法
領主の館で食事をとる事になってしまった俺達は、現在進行形で、酒を一杯飲んだだけで顔を赤く染めて饒舌になったアータクルの話を一方的に聴かされていた。
「本当にリョウ様のお力は素晴らしい。毒を盛られたマリアンナをいとも容易く治す魔法と言い、襲い来る悪漢共をねじ伏せる力と言い、是非ともウチで雇いたい程です。しかし、リョウ様は既に神父様であるココハ様に仕える身。私如きが、二人の仲を切り裂くなど言語道断です!」
いや、厳密に言うと無理に聴かされている者はいない。
アータルクが勝手に喋ってるだけで、誰もそちらを見むきすらしてないのだから。
強いて言うなら、俺だけか?
それにしても、この領主…酒に弱くて酒癖は喋るのか…。
俺なりに性格などの診断した結果…。
「なるほど。欲求不満か…」
「何言ってんだ?お前」
いきなり変な事を言った奴みたいになった。
いや、普通に考えれば確かにそうか。リョウの指摘は間違いではない。
対面に座る二人も、小さく小首を傾げて不思議そうにしている。
ちなみに、俺はボソリと独り言を言っただけで、耳を澄ませてないと対面に座る二人には聞こえない筈。と言う事。
であれば、アータクルの酒癖はいつもの事であり、彼の話には全く耳を貸していないと推測できる。
おそらく、彼女達は話のネタを探していたんだろうね。
俺達が無言で食事を続けるもんだから、何も話せないでいたのかもしれないけど。
ココットは違うようだけど。
料理に一度も手を付けず、瞬きすらせずにリョウに熱い視線を送り続けている。
……惚れたな。
さて、そろそろ俺が呟いた一言について説明するか。
「お酒に酔って愚痴を零したり、よく喋ったりする人は心の中に言いたい事を溜め込んでいたり、我慢してる事が多いんですよ」
「ドコ様は博識でいらっしゃるのですね」
「いや、偏った知識しか持ってないだけで、その中にそれがあっただけですよ」
「謙遜せずとも誇って良い事だと私は思いますよ?」
「そうですか?」
「そうですとも」
あははっと愛想笑いを浮かべ合う俺とマリアンナ。そして、それ以降の話は続かなかった。
その隣では、熱い視線を未だに送り続けているココットと、それに全く気付く気配すらなく、カチャカチャと音を立てて行儀悪く食事をするリョウ。
「ーーだから、だからなのですよ!私がこんなにも必死に街の為を考えて動いているにも関わらず、犯罪は増える一方!民達は税金が高いと文句を言い、兵士達は職務を放棄して好き放題している!どうしてなんですかっ!どうして誰も私の政策に付いてきてくれないんですかっ!!」
アータクルはアータクルで、話に熱が入り涙ながらに語り始めている。
もうヤダ。帰りたい…。
「あ、あの!タロウ様はどうしてこの街に来たのですか!」
遂に喋り掛ける覚悟を決めたココットが、意を決してリョウに話し掛けた。
正直、全部どうでも良い事なので彼等の話をBGMにしながら俺は食事を再開する。
「なぁ、タロウって誰だ?」
そんなこと俺に聞くなよ。
俺も知らないよ。
食事を再開したばっかりなのに、リョウに投げ掛けられた疑問で手を止めさせられた。
でも、俺はタロウなんて名前の人…ってーー。
「お前じゃん」
「ふーん。そっか」
え?納得して終わり?
ココットちゃん、話を流されて涙目だよ?泣きそうになってるよ?
「なぁ、リョウ?せめて、あの娘の質問には答えてあげようよ」
「質問?なんか言ってたか?」
「どうしてこの街に来たのかって聞いてるよ」
コイツ…本当に人の話を聞いてないな。
変な所だけ話を拾うくせに。
「ここに街があったからだが?」
「そ…そうですよね!ここに街があったからですよねっ!」
意味も分からずリョウの言葉に涙目ながら頑張って賛同するココット。
でもさ、たぶんだけどリョウ自身も自分で言った言葉を理解してないと思うよ?
だって、この街を選んだのは俺なんだもん。
俺がゲームを始める前に考えていたシナリオ通り、バマルツ村から一番近くにある街で、特殊なイベントがあるのを知ってたからここを選んだんだよ。
なんだよ『ここに街があったから』って。
説明にすらなってないじゃん。
「た、タロウ様はこの街に来る前はどこに住んでたんですか?」
相手にもしてくれないのに、健気なものだ。
必死に話を続けようと努力している姿に反吐が出そうになる。あ、いや、違った。
必死に話を続けようと努力している姿を応援したくなる。
温かい眼差しでも向けておくか?
いや、やっぱり、食事が優先。面倒だし、放っておこう。
「バマルツ村」
「バマルツ村と言うと…お母様は知ってます?」
「ええ。ここから馬車で四日ほどの距離にある小さな村ですよ。…そう言えば、半年前ぐらいから音沙汰無しですね…。何か知っておられますか?」
「………」
質問を投げかけられたのに返答しようとしないリョウをチラリと見てみれば、満足した腹をポンポンッと叩きながら、コップを口元で傾けていた。
全く話聞いてないな。
つか、聞く気ゼロだな。相手の話に興味なさすぎでしょ。
素っ気ない態度を取られ続けられるココットが可哀想に思えてくる。
仕方ない。代わりに答えるか。
「バマルツ村は、付近に災害魔獣が生息したせいで環境が脅かされて、滅びる寸前になってましたよ?確か、この街にも救援要請や避難民が来た筈ですけど?」
言外に『お前達が見捨てたんじゃないのか?』って伝わるように嫌味ったらしく言ってやった。
まぁ、正直言うと俺個人としては然程も気にしていない。他人がどうなろうと知ったこっちゃない。
でも、ゲームでそこから始まるようにしたのは俺で、結局はバマルツ村の住人であるミミルに助けられてる。借りは返したけど、オマケを付属させようかと今思った。
できれば、ここでの会話だけで、あの村の復興させる手伝いをさせ、無理なら無理で諦める。
あの村に返す恩の殆どは既に返した。
だから、これは本当にオマケ程度。できれば上々。無理なら当然と言う訳だ。
意地になる必要なんてどこにもない。
「あら?おかしいですわね。その様な話は一切来ていませんが…」
ブツブツと呟きながらマリアンナは自分の世界へと入っていった。
まさか、こんな場所で思考に没頭するなんて思ってなかったけど、まぁ、会話しようとしてくる相手がいなくなったのは予想外の幸いだ。
あとは、放っておけば勝手に答えを出すだろう。
「じゃ、じゃあ、タロウ様の村はもう…」
「………」
ココットは何やら勘違いをし始めたみたいだ。
リョウもリョウで、天井を見上げて眠たそうに両目を腕で覆い隠しているけど、それがまた彼女の勘違いに拍車を掛けさせる。
見ようによっては泣きそうになるのを我慢してるみたいに見えるからね。
勝手に的外れな事を予想して哀しむ表情を浮かべるココット…いやはや、これは面白いな。
このまま一人で暴走してくれれば、もっと面白いんだけどなぁ?
「お、お父様!今すぐにバマルツ村に私兵を送るべきです!リョウ様の村が大変なんですっ!お父様!」
「ん?ああ、バマルツ村か?あそこはもうダメだ。村人にも既に逃げるように通達している。災害魔獣が出没したなど、Sランク冒険者でも雇わなければどうにもならん。だが、この街にはSランク冒険者なんて雇う金もなく、かと言って税金を上げる訳にもいかず…ああっ!どうすれば良いんだ!」
アータクルが頭を抱えて絶叫し始めた。
取り敢えず、俺は得意の早食いで眼前の料理をパパッと平らげてから、近くにいるメイドを手招きで呼び寄せる。
「どうされましたでしょうか?」
メイドは気を遣って小声で尋ねてきた。
よく調きょ…教育が行き届いているようだ。
「どうも皆が忙しそうにし始めたから、そろそろ俺達は退散しようかと思ってね。まぁ、俺達は勝手に帰るからアータクルさん達の相手を頼めるかな?」
「はい。畏まりました」
仰々しく礼をしているメイドを目の端で捉えながら、俺はスクッと立ち上がる。
すると、全員の視線が俺に注がれた。
当たり前か…。
今更だけど、こう言う風に注目を浴びるのって、本当に緊張するんだよね。
中学の時に学級委員長として活動していた経験がなければ、本当にこんな事は出来なかったと思う。
まぁ、中学の時はクラス全員に嵌められて学級委員にされてから、集められた学級委員達の推薦によって学級委員長にさせられたんだけど。
授業は毎回寝る。遅刻は毎日する。そんな問題児扱いされていた俺が学級委員長なんて…おかしいと思うんだけどね。
今更か…。
「コホンッ。えー…」
この場合はなんて言えば良いんだ?
簡潔に『帰ります』じゃダメだよね。
うーん…。
そうだな、当たり障りないような言葉を適当に並べてから帰るって言えば良いか。
「この度はこのような豪勢な食事にお招き頂き、ありがとうございます。おかげさまで、なんだか身体の疲労が取れたように感じます」
ここで既に浮かべている笑みを少し深めて、愛想笑いを一つして話を続ける。
「そろそろ用事がある時間の為お暇しようと考えているんですけど、なにぶん、俺達は旅をする神父と、そのお供です。いつまでこの街に滞在するかは分かりませんけど、また機会があれば会いましょう」
ニッコリとリョウ以外の全員に見えるように笑いかけてから、椅子を机の下に収納し、一歩下がって軽く会釈する。
「さて、リョウ。出発するから、立って」
「あー、めんどくせぇ。動きたくねぇー」
はぁ…コイツは本当に面倒をかけさせやがる。
どうやって運ぼうか。
そんな事を考えながらリョウの肩に手を乗せると、正面に座る二人と、下座に座るアータクルが立ち上がった。
「楽しい時間はすぐに終わってしまうものなのですね…」
ココットの言葉は、ほぼほぼリョウに向けられたモノだけど、リョウ本人は全く気が付いていない。
いや、気付いていて無視してる感じかな?
この娘、リョウの好きな女性のタイプとは掛け離れてるもんね。残念だけど、縁がなかったって事で。
「そう落ち込む事もありませんよ、ココット。この度は私達にお付き合いしていただき本当にありがとうございます。リョウ様、ドコ様」
落ち込むココットを宥めてから、俺達に向かって深々と頭を下げて礼を述べるマリアンナ。
「お帰りになるのですね…。そうですか…。もう暫くごゆっくりされて行けば宜しいのですが…用事があれば仕方ありません。では、行き先を仰ってください。馬車を手配させて頂きます。あと、何か困った事があれば、なんなりと仰って下さい。僭越ながら、私が全力で力とならさせて頂きます」
アータクルの発言でメイドが一人、食堂から出て行った。
おそらく馬車の用意をするように言いに行ったんだろう。
でも、手間を掛けさせて悪いけど、その必要はないかも。
さっき思い付いたんだけど、このまま宿屋に移動する方法が俺にはあるんだから。
「お気持ちは受け取っておきます。でも、俺達は自分達の力で困難を跳ね除けるのも『カオスト』様からの試練だと考えているんです。なので、お力添えも、馬車の手配も必要ないですよ」
できるだけ言葉がトゲトゲしくならないように、優しさを含めて言葉を使うのは、俺の得意分野だ。
この程度の事、造作もない。
あとは…『魔法の書(EX)』を取り出して、大袈裟にページを開く。
ちなみに、『魔法の書(EX)』の使い方は良く分かっていない。開いても使用した事にならず、俺は何の魔法も覚えれない。
いや、もしかすると、既に全魔法が使えるから使用できないのかもしれない。どっちかは分からないけど、兎に角使えないのは使えない。
だから、『魔法の書(EX)』を開いても何の問題もなかった。
「ドコ様?一体何をされるつもりで?」
そう考えるのが普通の反応なんだろう。
俺が『魔法の書(EX)』を開いた理由。そんなの決まっている。
「とある魔法を使います。今から俺達は消えますけど、宿屋に帰ったとでも思っといて下さい。では、失礼して」
おもむろに取り出した『魔法の書(EX)』を開いて、演出の為にいつしか使った事のある『ホーリーライト』を弱めて使用。
これで、本の開いたページから光が出ているようになった。
「さて、ではでは、失礼します」
優雅にお礼。と、共に俺達の姿は彼等の前から忽然と消えた。
勿論、俺の手が触れているリョウも、リョウの座ってる椅子も含めてーー。
『長距離転移』。それは、ゲーム内では大陸間の高速移動や、街から他の街への移動などに使われていた。
ただ、使用できるのは賢者か大魔導士。そして、運び屋と言う謎のジョブの者達だけだった。
一時期では、その者達にゲーム内マネーと魔力ポーションを支払って『長距離転移』をしてもらう商売が流行っていた。
しかし、ゲームが発売されてから半年程で長距離転移用のアイテムが日に一つ配布されてからは、『長距離転移』商売は見る影が少なくなった。
そのアイテムを俺が持っているかと問われれば、勿論持っている。
だが、ストーリーを進めるにあたって使用する事はなく、ストーリーのクリア後はバグを使ってアイテムを全て収集。スキルや魔法を全て使えるようにした。
よって、それらのアイテムは俺の倉庫に保管されてる訳だが…。
今回使ったのは普通の『長距離転移』だ。
なぜ説明したのかと問われれば返答に困るが、『長距離転移』を使ったのにはリョウを運ぶのに手間が掛かる以外のもう一つの理由があった。
それは、『長距離転移』がキチンと作動するかの試験である。
この宿屋の場所。建物の形。内装。部屋の位置。一度来た事があり、尚且つ、全てを頭の中に叩き込んだ場所だからこそ、出来た。
本当は一人で安全を入念に確認してから行うつもりだったけど、リョウを運ぶのが面倒だったし、丁度いい機会だと思って使用した。
後悔は…していないとは言えない。
でも、アータクルの女房と娘のマリアンナとココットは絶対に話さないだろう。
マリアンナは俺達との縁を切りたくなさそうだったし、ココットはリョウに気がある。この事を喋っても良い事なんてないのは分かっている筈だ。
そして、アータクルは二人が壁となって止めてくれるだろう。
そんな思惑は…正直、なかった。
今考えた。言い訳みたいなものだ。
でも、後々になって考えてみれば、そう言う考え方が出来たから、問題ない。と、自分に言い聞かせることが出来る。
そんなわけで、検証の為に使った『長距離転移』で宿屋の部屋に帰ってきた俺は、まず始めに、この部屋が俺の想像した場所であってるかの確認に入った。
マップを確認する限り、この宿には青マーク…味方マークが一つある。おそらく、アルトのものだろう。
外を一望できる窓を開けてみると、キチンと見覚えのある大通りで賑わいを見せる光景が広がっている。
部屋の中も俺の記憶と一致する。
正直、記憶力に自信はないけど、在る物と無い物の判別ぐらいできる。
それに、机の上には部屋を出る前に置いた高級ポーションが一本。
うん、間違いない。成功だ。
そう思い、満足しながら振り返りーーリョウの座っているモノに気が付いた。
「あ…」
「あ?」
領主の館の食堂の椅子、持って帰って来ちゃったみたい…。
夜にコッソリ返しとこう…。
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