異世界冒険EX

たぬきち

悠斗と茜

「神木ー! 野球しようぜー!」

 外から中島の声が聞こえる。

 卵焼き、のようなものを持ったままの箸を取皿に置き、ため息をつく。
 
 丁度、昼飯を食べていたというのに無粋な奴だ。ていうかチャイムを鳴らせ。

「悠斗、中島君よ」

「わかってる。食べたら行くよ。中島! 先に行ってて!」

「早く来いよー!!」
 
 俺は外の中島へ向けて叫ぶと、昼飯を急ぎたいらげる。大丈夫。いくらうちの母親でも食べられないものは入れてないはずだ。

 ちなみに、あいつは野球しようぜーって誘いに来るが実際にやるのはキャッチボールだ。

 肩に下げたバットは使われることも無く、何で毎回持ってくるのか不思議だ。
 
 まあ、中島だからな。

 そもそも近くにグラウンドが無いし、公園の広さで出来るのはキャッチボール程度だ。

「じゃ、行ってくるよ」

「気をつけてねー。ちゃんとハンカチとか持った?」

「うん。いってきまーす」

 俺は皿を台所に持っていき、水につけると玄関に向かう。
 
 そして、靴箱に置いておいたグローブを持って玄関の扉を開いた。

「こんにちわー」

「あ、どうも」

 扉の外には若い女性が居た。
 
 手には蕎麦……。あ、お隣に引っ越してきた人かな?

 ……綺麗な人だな。随分と若いし。

「おかーさん! お客さん!」

「あらー」

 家に向かって叫ぶと母親が慌てて出てくる。

「失礼します!」

 俺は軽く頭を下げて公園へと走り出す。

 中島との約束さえなければもう少し話していたかったなあ。

◆◇◆

「何だ……?」

 そのまま公園まで走り、入り口までやって来たが様子がおかしい。

 気になって中を覗くと女の子一人と男子三人が揉めているようだ。

 中島は……?

「神木……今日は中止だ」

「っ! 何で後ろに居るんだよ?」

 突然後ろから肩を叩かれ、驚いて降り向くと中島が居た。

「今日はあの三人が使うみたいだから入れないんだよ」

 中島が公園内の三人の男子を指差す。

 えーと、デブとデブに……デブか。キャラ分けろよ。

「……? 三人だけで埋まるほど狭くないだろ」

 奴らがデブとはいえ、公園のスペースを全て使う程ではない。キャッチボールするスペース位はあるはずだ。

「あの三人はこの辺りのガキ大将なんだよ。で、公園の使用料とか言ってカツアゲしてくるんだよ」

「……まじかよ。ていうか、ガキ大将って……今時お前……。何年生なの?」

「六年生」

「ちっ。六年生にもなってくだらないことしやがって……」

「とにかく今日はうちで野球ゲームしようぜ」

「え? お前んち行っていいの?」

「部屋共用だから姉貴もいるけどな。それでいいならだけど」

「っ……もちろん!」
 
 やっとここまで来た。中島の好感度上げるのも中々大変だったからなあ。

 この中島の姉は、中島と血が繋がってるのが不思議なぐらいの美人なのだ。 

 災い転じて福となす、だね。それにあいつら体も大きいし、六年生だ。

 ……触らぬ神にたたりなし、だ。

「いい加減にしろよ!」

「きゃっ!」

 っ……可愛い声だな。あの女の子かな。

 叫び声みたいだったけど……

「神木?」

「……ちょっと見てくる」

「おいっ!?」
  
 こっそり中を覗くと、女の子は突き飛ばされたようで、地面に尻もちをついている。

 そして、三人はそれを囲むように立っていた。

 うーん。顔が見えない。可愛いのかな?

 声が可愛かったしなあ。うーん……。

 行ってみるか! 念のため、スイッチは入れておこう。

「何をしてるんですかー?」

 大丈夫だ。公園使わなければ使用料も何も無いだろ。常識的に考えて。

 敬語も使ってるし。

「ああ!?」

「何だお前!?」

「ぶっ殺すぞ!」

 ……駄目だ。会話が通じない。何で最初から喧嘩腰なんだよ。

 っと、それはどうでもいい。女の子は……ふむふむ、なるほどなるほど……

 なるほどね。

「お前ら女の子一人に三人がかりで何やってんだよ!」
 
 肩にかかる黒髪のショートカット、その髪と同じ色の吸い込まれるような美しい瞳。
 
 夏らしいワンピースから見える不健康なまでの白さの肌。

 そこには天使がいた。

 可愛い。うん。これは助けねば。

「な、何だお前急に! 関係ないだろうが!」

「まあ、いいじゃん。こいつからも公園使用料取ろうぜ」

「そうだな」

 ……さてと。

 ボコボコにされるのが確定した訳だが。

 ここで力任せに助けられたら一番なんだけれど、まあ無理。

 だって身長も体重も明らかに向こうが上。背の順で一番前の俺に対して、相手は後ろから四番目位だろう。

 ま、でも女の子だけは助けないとね。

 幸いにも、今は三人とも俺に注意が向いてるし、今のうちに逃げてくれないかなー。ボコボコにされるところも見られたくはないし。

「…………?」

 目で合図してみるが女の子は首を傾げるだけだ。

 可愛い。

 ってそんな場合じゃない。

「無視してんじゃねーよ!」

「痛っ!」

「さっさと金出せや!」

「おらあ!」

 マジかよこいつら。三人がかりって。三つも下の相手だってのに。

 どうやら三人の目標は俺に変わったようだ。女の子を囲んでいたのが、いつの間にか俺の方を囲んでいる。

「痛いって……!」

 ……お願いだから早く逃げてくれないかなー。そしたら俺も逃げれるから。絶対こんなデブ共よりは速いから。

 頑張って女の子に目で訴える。

「…………!」

 お、頷いた。やった。

「…………!」

「っうわ!」

「? どうした!?」

「あ、お前!」

 ちがーーーーう! そうじゃないって!

 なんで攻撃してんのさ! 体当たりなんて指示してないから! そのコマンドだけは無いだろーーー!

「ちょっ、女の子に暴力は!」

 慌てて、体当たりした茜と殴りかかるデブとの間に体を入れる。

「うるせー!」

 しかし駄目だ。簡単に振り払われる。

「逃げて!」

 しょうがない! 声に出すしかない。

 後は……。

「っ! お前だ!」

 一人の足にタックルし、倒し、とにかく殴る。

 万全なら倒れなかったんだろうけれど、なんだか最初から調子悪そうだったんだよなあ。家で寝てろよ。

「ふっ! ふっ!」

 手が痛いなあ。俺の手は殴るためにあるんじゃないのに。 
 
 俺の手は可愛い女の子を抱きしめたり、色んな所を触る為にあるんだよ!

 ……なんつって。なんつって。
 
「隆志!」

「どけ!」

「うぐっ! 痛いなあ、もう……」
 
 マウントから蹴り飛ばされ、地面に擦れた膝が擦りむけてしまったようで少し痛い。

 ぐぬぬ。いつかぶっ殺してやる。

 でも見捨てない辺りこの三人の仲は良いのか……。

 って女の子は? ……いない。良かった。

「どうにでもしてくれ」
  
 諦めたように大の字で寝そべる。

 後はボコボコにされて親に言うだけだ。

 覚悟しておけよ……うちの親は、それなりに過保護だぞ!

「なんだ? 急に?」

「金払う気になったのか?」

 残念。お金持ってないアル。

 キャッチボールして帰るだけのつもりだったし。

 ポケットを出し、お金ないアピールをする。

「……殺す」

 やば。顔真っ赤じゃねーか。

 やっぱ逃げないと……。

「いって! 今度は何だよ!」

「…………!」

「痛! またお前か!」

 そこにはあの女の子がいた。

 ……なんでまた戻ってきてるんだ。しかも手にはバット。

 あーもう仕方ない!

「貸して!」

 慌てて立ち上がり、女の子からバットを受け取ると一番強そうな奴の金的に向かって四割程度の力でフルスイング。

「ううわあわあぁたたあああぁ!」

 ごめん。本当にごめん。申し訳ないと思ってる。でも、俺の筋力ではこれしか方法ないねん。

「逃げるよ!」

 股間を押さえ、転げまわるテブ。

 それを見て俺は、急いで女の子の手を握り走り出した。

「…………ごめんね」

 本当ごめんね。わかる。わかるよ。あの苦い痛みは辛いよね。こらえようの無い痛みだもんね。俺も風呂場でどれぐらい痛いんだろうと試してみたからわかるよ。ちょっと握っただけで思わず叫んだね。うん。

「待てよ! おい!」

「だ、大丈夫か?」

 残りの二人は転げまわる一人を見て、こっちを見てとキョロキョロしているが追ってくる様子は無い。

 やっぱり仲がよろしい事で。

 良かった。金○フルスイングは俺も精神的に辛い。もう二回は流石にやりたくない。

◆◇◆

「っはあ……はあ。疲れた……」

 何とか家の近くまで走ってきたが、ボコボコにされたせいか異様に疲れた。

「……大丈夫?」

 女の子が顔を覗き込んでくる。やっぱり顔も声も可愛い。ドストライクだ。

 これは俺のお嫁さん候補の第一位に初登場でランクイン決定だね。

「大丈夫、大丈夫。……ごめんね? 助けるつもりが助けられちゃったね」

「…………」

 何か言って。

 女の子は俺の目をジッと見つめ、瞬きすらしない。照れるような怖いような。

 ……ま、俺も無事だし。めでたしめでたしだよな。

「俺、神木悠斗。よろしくね」

「……森羅茜」

 自己紹介をしたところちゃんと返してくれた。

 森羅茜ちゃんか。んー……なんだか暗い子だねえ。でも可愛いから好き。
 
 何とかまずはお友達に……。そしてゆくゆくは……。

「あ、そういえばこのバットどうしたの?」

「……眼鏡の男の子に借りた」

「眼鏡……?」

 戻ってくるの早かったしあの近くでバットを持ってる眼鏡……。

 あ、中島か。そういえば見覚えのあるバットだ。

「多分これ俺の友達のだから返しとくね」

「……わかった」

「あ、家どこなの? 良かったら送ってくよ?」

「……そこ」

「えっ?」

 茜が指差したのは俺の家の隣の家。

 ……お隣さんかーい。

 嬉しいけど、嬉しいけど今は……ちょっと複雑だ。

「あ、え、そうなんだ」

「……悠斗くんは?」

「ここ」

「…………」

 送るも何も着いてたのね……。はあ、どうしようかな……。

 送る必要がない以上、話す事も思い浮かばない。どうする? 

「…………じゃあ」

 行っちゃう。どうしよう。えーっと。

「……うん。またね」

 あー……こんな微妙な感じで別れることになるとは……。

「…………」

 まあ、しょうがない。

 お隣さんなら学校も一緒だろうし、これから仲良くなっていけばいい。

 ただ問題は他の女の子達との兼ね合いなんだよなあ。そもそも同じクラスになるかもわからないけれど。 

 ただ、俺のクラスは奇数だし可能性は高い……か? いや、そもそも学年が……。

 まあ、考えてもしょうがないな。

 とりあえず中島のお姉様攻略と茜の攻略を最優先に行動しよう。

 ……今回は勿体無かったなあ。せっかく中島の家に誘われるまで、中島の好感度上げたというのに。仕方ないけれど。

 そんなことを考えながら俺は、家の扉を開いた。

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