異世界冒険EX
丘の上の戦い④
「さて、と。まずは瞬間回復をどうにかしないとな」
鑑定したアッシュの固有魔法の中にあった瞬間回復。おそらく、あのアイラとかいう女性があの状態から回復したのもその効果だろう。
つまり、アッシュは魔法錬金で付加した装備品を仲間に渡している。
と、いうよりもだ。
よく見たらあのゲインもそうだが……アクセサリーつけ過ぎだ。全部の指に指輪が二個ずつついてるし、腕輪にネックレス、イヤリングと……。
初見で気づくべきだった。
「アッシュ……ここは……」
「まだ……まだ何とか……」
「恋人とクラスメイト、人質がどちらも無意味となった以上勝ち目はありません。退却しましょう」
何やらニルギリとアッシュが小声で話している。……作戦会議か?
「いや、まだ、もう殺すしかないけど……策はある。策とも呼べない力押しだけど……」
アッシュとやらは力なく笑っている。もしかして諦めたか?
「アイラ! アレだ!」
「わかったわ!」
あれ? な――
◆◇◆
「…………」
アイラがアッシュの声に答えた瞬間、世界の時間が停止した。
時間停止。
レアすぎる固有魔法であり、魔法錬金で付加しても特定の人物しか使えない固有魔法。
その能力は二つ。
一つは世界の時間を止めること。
発動することで世界の動き全てが停止し、発動した者が仲間と認識している者だけが意識を保てる。
だが体は動かすことは出来ない。世界に接しているもの全てが停止してしまうからだ。
二つ目は直接相手に触れることで相手の時間を停止させる。
茜と同じように一撃必殺のような魔法だが、停止させるだけで殺すことは出来ない。
だが、停止させたものはどんな攻撃でも傷つくことは無い。ダメージという変化さえ生まれない、完全な停止状態にあるからだ。
(さて、と。発動したけど……アッシュ、どうするの?)
(単純な話だよ。今のうちに魔法の発動を予約しておき、その攻撃に紛れて距離をとる。それで倒せていればよし。倒せていなかったなら逃げる)
魔法は同時発動が可能だ。だが、それは仕組み的にそうなだけであって、本来人間には不可能だ。
何故なら同時に二つの作業を考え、行わなければならないからだ。
だが、時間停止状態であれば一つ一つ行っても、発動は停止解除後にしか起きない。
つまり、時間停止中に発動させた魔法は解除後に同時発動するという訳だ。
(……悔しいが、確かにあのガキは武器の特性もあって、正攻法では勝てる気がしねえな)
(アグルは発動できる限りの強化魔法を使って、物理で攻めてくれ。ただし、出来るだけ中距離から遠距離の攻撃でやってくれ)
(了解)
(アイラ。君は状態異常系の魔法を頼む。それも無効化される可能性は高いけどね)
(わかったわ)
(ニルギリ。君は最大限の強化魔法を使い、森羅茜に向けてその槍を投げてくれ)
ニルギリの持つ神器、神槍ゲイボルグは死の概念が形となった一撃必殺の槍だ。
刺さるどころか、触れただけでもアウトだ。
(わかりました。ですが、いいのですか? 神木悠斗ではなくて)
(ああ。だってあっちを狙えば必ず神木悠斗にも当たるからね)
まあ、逆でもそうなんだろうけど。アッシュはそう考えながらも森羅茜を狙う事に決めた。
何故ならそちらの方が身体能力的には劣っていたからだ。
(頼むよ。これで終わらせる。そして、もう神木悠斗程の女神の手駒はいない。今度こそ、アイギスに交渉を……)
(わかりました)
(そろそろ不味いわ。始めましょう)
時間停止は人並みはずれた魔力量を持つアイラをもってしても、長時間は発動できない。
その上、毒、石化、麻痺、といった状態異常系の魔法の発動を考えるとそろそろ限界だ。
(じゃあ、行くよ!)
「うおおおおおおおおおおお!」
ゲインは雄たけびと共に飛び上がり、片腕で持ち上げた巨大な剣を悠斗に向かい、振り下ろす。
「ちっ!」
悠斗は問題なく受け止め、剣を切断するが思った以上の衝撃に舌打ちをする。
更にゲインは寸前で手を離し、既に別の武器に持ち替えている。
「喰らいなさい」
更にアイラは毒の霧を、石化の光線を、麻痺の鱗粉を放つ。
当然、その間もゲインによる激しい攻撃は続く。おそらく状態異常を無効にする固有魔法でもあるのだろう。
当然、悠斗には魔力無効で効果はないが、アイラの魔法の発動を止めることは出来ない。
念の為、茜を守るように片手で抱きしめた悠斗は、残された片手でゲインの攻撃を捌いていく。
「片腕同士いい感じじゃねーか!」
「……っ!」
ありったけの強化魔法を使ったゲインの攻撃は、悠斗を追い詰めていく。
受けるたびにゲインの武器が切断され、地面に落ちていく武器で段々と足場が悪くなっていく。
それを見たゲインは近距離の武器から中距離、遠距離と武器を変えていく。
状態異常の魔法が続いている現状、魔力無効を解除することが出来ない悠斗は防戦一方だ。
「ゲイン!」
「了解」
アッシュの合図と同時に、ゲインが後ろに下がる。
そしてアッシュの手が上空へと向けられる。
「ダークネス――」
辺り一面に闇が広がり、世界を漆黒に染めていく。だが、
「無駄なんだよ!」
タンっと悠斗が足を踏み鳴らすと、毒の霧も石化の光線も麻痺の鱗粉も広がった闇も、全てが消えていく。
悠斗の一番の武器は多彩な魔法でも、圧倒的な能力値でもない。魔力の操作、制御、変換が出来る事だ。
魔力を音に変え、音速の速さで辺り一面に魔力無効の魔法を飛ばす。それだけでゲインの強化魔法も含めて、全ての魔法が消え去った。
絶対防御を持つニルギリを除いて。
「シャイン!」
だが、アッシュの魔法の発動も終わっていない。消えた闇の代わりとばかりに眩い光が空間を照らす。
それはこれまでの経験から、一瞬の闇に目を慣らしてしまった悠斗には殊更効果があった。
「っ!」
眩しさによる一瞬の視界消失。
これには回復魔法も効果がない、ダメージではなく人体の仕組みによるものだからだ。
「…………!」
そしてその隙を逃さず、ニルギリが槍を放つ。無言で放たれたその槍は風切り音を響かせながら、茜の、そして悠斗の元へとてつもない速度で向かう。
「っくそ!」
悠斗は自分達の周囲に風を巻き起こす。
放たれたものがなんであれ、向かう方向以外からの衝撃には弱いものだ。渦巻かせた風が放たれたものを逸らしてくれる。
はずだった。
「不味い!」
発動した風が一瞬にして消える。
視界が復活した悠斗の目に見えたのは槍。信じられないほどの速度で飛んできている。
「ゲイボルグは死の槍。それが魔法であろうとなんであろうと殺すのです」
ニルギリは勝ち誇ったように告げる。もうその位置からでは避ける事は不可能。そう考えたからだ。
「<<ALL UP LV.10>>」
悠斗は茜から手を離し、自身の能力を最大限に強化する。
そして、襲い来る死の槍を掴む。
動体視力も握力も、あらゆる能力が強化された状態の悠斗だからこそ可能な、奇跡とも言える出来事だった。
しかし、
「……ちっ! くそおおおおお!」
それでも槍の勢いは止まらない。
勢いに押されながらも何とかしっかりと槍を掴んでいるが、握力が弱まり、離してしまえばその瞬間、悠斗の体は貫かれてしまうだろう。
「ぬぐううううううううううう!」
悠斗は必死に押さえ込もうとするが、槍は止まらない。女神が本気で強化し、投げたのだ。
いくら悠斗でも止めるのは厳しい。
「大丈夫……大丈夫。俺なら出来る……よし……やるぞ……よし……」
悠斗はボソボソと呟き、息を短く吸い込むと、槍から手を離し、瞬時に体勢を変え槍の側面へと回る。
「っはあああああああ! セーフ!」
槍は悠斗の体をかすることもなくどこかへと飛んでいく。
思わず座り込み、顔を覆う悠斗。その全身からは滝のような汗が噴出している。
そして、
「……あれ?」
悠斗はドサリと前のめりに倒れた。
「え? 悠斗……くん?」
数秒にも満たないこの一連の様子を眺めていた茜は静かに呟いた。
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