異世界冒険EX

たぬきち

茜の戦い



「あれ? ここは?」

 気がついたら悠斗くんの姿が消え、周囲の様子も変わっている。
 
 部屋に居たはずなのに、いつの間にか外だ。

 それに鎧を着込んだ体格のいい男性や、少年、猫耳の獣人にライオンの顔した獣人、お年寄りに女性の方まで多種多様な面々がこちらを見ている。

 ……異世界かぁ。悠斗くんはどこだろ?

「始めまして、茜ちゃん。そして、ごめんね」

 目の前の少年はそう言うと、突然こちらに手を伸ばしてくる。よく見るとその手に嵌められた指輪が光っている。

 まあそれは置いといて、

「……悠斗くん遠いな」

「え?」

 とりあえず悠斗くんの所に行かなきゃ。

 それまで目の前の少年は放置でいいかな。取り敢えずは結界に閉じ込めておくけど。

「な、何だ? この結界は?」

「あ、アッシュ! 大丈――」

 周りの人達が焦ったように、少年に近づいていく。どうやらこの少年がこの人達を率いているみたいだ。

「な、何だ、この揺れは……!」

「そ、空が……うあ……!」

 だが、それと同時に空が赤く染まり、空間にヒビが入り、地面が揺れ出す。

「……うーん……」

 何か不吉な感じだなぁ。遠くで大きな塊が落ちるのも見えた。町みたいにも見えたけど……。うーん……しかも悠斗くんの居る方角だ。

「と、捕らえろ! 絶対に神木悠斗の所には行かせるな! いや、それよりニルギリ! これは不味い! 送り返せ!」

 アッシュと呼ばれていた少年が叫ぶと、周囲の人達が一斉に襲いかかってくる。

 しかし殺すつもりはないのか、それとも仲間を巻き込むのを嫌ったかはわからないけれど、魔法や武器は使っていない。

 ……甘いね。

「……君達は敵なんだね」

 まずは、自分自身に結界を張ることで防御を固めよう。

 ボクの固有魔法、完全結界は、物理でも魔法でも、どんな攻撃でも壊せない。

「…………」

 その結界を維持したまま、丘の淵まで歩いていく。

 途中、武器や魔法での攻撃もあったけど、問題はなさそうだ。解除や無効系の魔法を使える人はいないみたいだね。

「な、何なんだこの結界は!? 詳しい奴はいないのか?」
「それが……結界術が得意な者はカモミールの方へ行っていて……」
「じゃあどうする?」
「殺してもいいなら手段はあるが……」

「ここでいいか」

 ざわめく彼らを放置して、ボクは丘の淵まで辿り着いた。

 そして後ろを振り返る。これでゲームオーバーだ。

「大人しくするなら危害は加えない。後ろは崖だ。危ないぞ」

 ライオンの顔をした男性が話し掛けてくる。優しい人なのかな? 自分達のリーダーが囚われてるってのにね。

「よいしょっと」

 そもそもボクは結界を空中にも張れるし、それに乗れる。

 ちょっと今日は結界の張りすぎで流石に疲れてきたけど、終わりだよ。

「<<完全結界>>」

 最後に固有魔法の名前ぐらいは教えてあげよう。

「……っ、ちょっとキツイな……」

 丘の上の全員を捕らえるように、丘の上全体に結界を展開する。
  
 だけど思ったよりも残りの魔力が少ないな。アイギスさんが抵抗したからなぁ……。

「……仕方ないかー」

 余分な魔力消費を抑える為に、リーダーである少年と自分に張った結界を解いた。

 その時。

「っ……全員伏せろ!」

 いつの間にか少年の手には刃のない刀が握られている。

 それが眼にも止まらぬ速さで振りぬかれたようで、少年の腕は既に振り抜いた姿勢になっている。

「あ、ちょっとこれは……」

 見えない何かがボクの首目掛けて飛んでくる。結界の発動中で防御魔法も使えない。

 悠斗くん。

「っ……! ま、間に合ったみたいだね……」

「間に合わなかったか……」

 思わず目を閉じていたけど、いつまでも斬撃が来ない。

 思い切って開けてみると、ギリギリで結界の展開が間に合っていた。良かった……。

 ふー。驚いた。ちょっとあの少年は厄介だね。身体能力だけならボクより上かも。

 何はともかくとりあえず……

「おこだよ!」 

 久々に怒った。ボクが死ぬって事は悠斗くんも死ぬって事だ。そんな事は許されない。許す訳にはいかない。

 永久反射エンドレスリベンジャー
 永久機関エンドレスエンジン
 

 張った結界に二つの効果を加えておく。通常の結界であれば壊れやすくなるけれど、ボクの完全結界ならそう問題はない。

 外側からの攻撃に対して、無力になるぐらいかな。少なくとも内部からは変わらず壊すことは出来ないはずだ。

 ……流石にもう魔力切れ寸前だけどね。ボクの勝ちだ。

「お、おい。何かこの結界……狭くなってないか!?」

「マジだにゃ。このままじゃ潰されてしまうのにゃ」

 結界内部が騒がしくなってきた。やっと自分達の状態に気付いたみたいだ。

「……疲れたなぁ」

 ボクは通常の結界魔法も使える。というか、それが使えないと完全結界も使えないんだから当たり前なんだけど。

 だから結界のサイズの変更も、効果の付加もお手の物だよ。

「と、取り敢えず壊しましょうよ! アイツの居ない方向なら強めに攻撃しても大丈夫でしょ!」

 小さな女の子が叫ぶ。その手には何だか不気味な三つの穴が空いた金属製の器具が握られている。

 あれが武器なのかな? 昔読んだ本に出てきた拷問器具の一つにあんなのがあった気がする。

「……いや、別に殺しても構わない。というか、そうすべきだ。このままだと世界が壊れる」

 少年の手には指輪がいくつも乗せられている。

「…………」

 どれも結構高そうだなぁ。ボクもいつか悠斗くんから……。

 何か悠斗くん、凄い無駄に高いゴテゴテした指輪を買ってきそうだなぁ。ボクはもっとシンプルな指輪の方が……まあ、悠斗くんから貰えるなら何でも……例えオモチャの指輪でも嬉しいんだけどさ。

「これは魔法強化系の指輪や物理攻撃強化の指輪た。それぞれに魔力を流せば使える」

 いや、やっぱり悠斗くんの事だし自分で作ってくれるかもなぁ。でも、それなら悠斗くんの指輪はボクが作りたいなぁ。

「物理攻撃の者は後ろを頼む。魔法攻撃はあの化け物に向けてやってくれ。それからセイントケイル。君は全力でボクたちそれぞれに物理か魔法の攻撃力を底上げする魔法を頼む。後は……ダグラス。君の固有魔法は?」

「ダメだな。結界が張られる前ならわからんかったが」

「そうか……。なら、壊した後は任せる。……そろそろ不味い……始めるぞ!」

「極光弾!」「千空夜叉!」「ダーティフレア!」「バーストドライブ!」「声命殺!」「爪炎連火!」「圧殺斧!」「明天闘将! 暗天魔将!」「コールドスチーム!」

 少年の声を合図に、様々な攻撃魔法や物理攻撃がボクの結界に向けて放たれる。

 結界内はまるで花火大会の用にあちらこちらで爆発が、闇が、それを照らす光が見える。

 狭まってからは同士討ちの危険があるからかな? こんな早まった真似をしてしまったのはさ。

「う、うおおおおおおお!?」
「な、こ、これは何だ!?」

 少年の後ろで武器を振るった鎧の大男の体にいくつもの切れ目が入る。

「うわっ……」

 そして、次の瞬間にはその体は大量の血と細かい肉片へと変わっていた。

 グロいなぁ。もう。

「そんにゃ……」

 猫の獣人もまた、腹部を深く切り裂かれ、そして体内をチリチリと焦がしている。

 せめて浅かったら傷口を焼いてくれて、逆に助かったかもね。運がないなぁ。

 他にも何人か自分の攻撃をそのまま受けて死んじゃってる。ちょっと勿体無いな。

 彼らもボクの糧になってくれたのに。

「これは……。全員! 攻撃を止めろ!」

 気付いたみたいだね。でも、もう遅い。

 よりにもよって、強化された状態でそれぞれの必殺技みたいなの使ってるから防げるはずが無いよ。馬鹿だねえ。

「これは……反射してるのか!?」

「あわわわ!? 最悪なんですけど!」

「テルル! アッシュ兄ちゃん! ボクの傍に! 皆も! <<復讐連鎖>>」

 綺麗な顔の男の子が残っている全員を集めると、円形の魔法壁を展開している。

 よく見たら、拷問器具を持ってた女の子と顔が似ている。双子かな?

「でも、終わりだねえ……」

 それぞれが放っていた攻撃魔法が結界に反射し、魔法壁へ着弾する。

 ボクが加えた効果の一つ、永久反射エンドレスリベンジャーは敵からの攻撃を物理、魔法共に反射させる。

 攻撃を加えられた地点から永久に同じ攻撃を繰り返すから、多少耐えれたとしてもいつかは死んでしまう。

「だ、大丈夫だよ! ボクの固有魔法は、攻撃を倍加して返す最強のカウンター魔法なんだから!」

 ……何だろう。ボクが悪いのかな?

 震える手足で頑張ってる小さな男の子とか反則でしょ。うーん……。

 というか、あのリーダーの少年とはあんまり似てない気がするけど、兄弟なのかな。兄ちゃん言ってたし。

 どちらかというと悠斗くんの弟って聞いたほうが納得かなぁ。

「その通りよ! アルル、アンタにしては珍しく格好いいじゃない!」

 男の子の言葉通り、反射した魔法達は更に反射され威力を増して結界へと向かい、結界から放たれる魔法を飲み込んでいく。

 でもね。
 
「また跳ね返りおった!」

 ご老人の言うとおり、跳ね返ってきた魔法達はまた反射して男の子達の所へ。

 今度は強化された魔法もプラスして。

「大丈夫! こうなったら壊れるまで倍化していくだけだよ!」

 その魔法もまた跳ね返してるけど、無意味どころか状況は悪くなる一方だってわからないのかな。

 それぞれの立ち位置から放った魔法だから、着弾点は一つでも入射角は違う。

 入射角が違うということは反射角も違う。バラバラに反射されたそれぞれの魔法は、彼等に当たらずとも最後には結界に当たる。

 そして、またその箇所から永久反射の効果で魔法が放たれる。

 つまり。

 数秒で結界内はそれぞれの魔法で埋め尽くされる。凍りつき、燃えだし、消し去っていく。

 簡単に言えば地獄だね。

「ど、どうしよう。アッシュ兄ちゃん! 壊れないし、止まらないよ……こんなの……もう」

 男の子が震えた声で少年に尋ねる。ごめんね。

 うーん……ああいう可愛い系の顔にボクは弱いんだよねえ……どうしても悠斗くんを思い出しちゃって。

「……森羅茜!」

 少年が叫ぶ。そういえば何でボクの名前を知ってるんだろう? 悠斗くんから聞いたのかな。

 悠斗くんって意外と抜けてるから、大切な人はいるか? とか聞かれたら簡単にいっちゃいそうだ。……なんて自惚れたりして。

「この二人も巻き込まれているのは分かっているのか!?」

 そういって、少年が指差す先には二人の高校生くらいの男子が震えながらしゃがみこんでいる。

 いや、誰だよ。

 ていうか、その筋肉は飾りかよ。小さな男の子が頑張ってるんだから、お前らも頑張れよ。

 っと。素が出そうだね。まずいまずい。

「……ごめん、誰それ?」

 記憶にないし、仕方がないのでアッシュ少年に尋ねる。

 どうやらアッシュ少年はその二人がいればボクが攻撃を躊躇うと思ってるみたいだけど……。

「お、俺だよ! 田沼! 田沼護!」

「僕は新城司! 茜ちゃん、攻撃を止めてくれ!」

 絶え間なく続く魔法の嵐のせいで、あまり聞き取り辛いんだけど何か聞き覚えがある気もする。

「うーん……あ、もしかして同じクラスの田沼君と新城君のお兄さんですか?」

 何となく、おぼろげだけど二人の顔には見覚えがある。でも、ちょっと流石に中学生の顔と体格じゃないしなぁ。

「違う違う! 本人なんだって!」

 少年が弁明するが、正直どうでもいい。

「ふーん……まぁ、どっちでも良いけど」

 どちらにしても悠斗くんの気配がこの世界から消えたし、そろそろ来るはずだ。

 後は悠斗くんの判断に任せよう。
 
「茜ちゃ……」

「もう駄目! 魔力が……何でこんな早く……」

 何やら田沼君と新城君が言おうとしていたが、それは男の子の声にかき消された。

「そうか……やられた。おかしいとは思ったんだ……」

 気付いたみたいだね。いくら何でもあれだけの結界を維持するのは少しキツい。

 だから、中の人たちにもご協力頂いてるわけだよ。

 ボクが付加した二つ目の効果、永久機関エンドレスエンジン

 結界内の人物の魔力を吸収し、結界の維持に当てることが出来る。

「駄目……もうっ! テルル!」

 男の子が女の子に覆い被さると同時に魔法壁が壊れ、あらゆる魔法が着弾する。

 激しい熱と光。そして、氷と闇。……凄いねこれは。

 結界内は激しい光に包まれ、何も見えない。もしも結界がなければ、どこまで広がってしまったことだろう。

 そういう意味ではボクが世界を救ったと言っても過言ではない気がする。

 なんてね。

「…………? あ」

 とりあえず永久反射の効果を解除する。永久機関はそのままだ。

 見えるようになった結界内には少年と筋肉さん二人だけが、生き残っている。どうやったんだろ。凄いな。

 でもまあ、そんな事よりも。

「悠斗くーん! コーン返して!」

 上空に悠斗くんが居る。

 困ったような笑みを浮かべてボクを見ている。

 何でだろう? あの顔がボク、一番好きなんだよね。

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