デスゲームは異世界で

鳥もち

1章 4話 十三覇天

 ・
 ・・
 ・・・・
 ここ・・は・・
 悠斗は、薄っすらと目を開ける。
 半目程になったところで、それ以上力が入らず、
 満足に目を開けられそうにない。
 そして、僅かに動く眼球で周りを確認する。

 暗闇。どこにも光りはなく、
 ただ闇だけが存在する空間。
 地に足が着いているような感覚が無く、
 海の中で浮いているような独特の浮遊感がある。

 身体に力を入れてみようとするが、
 ・・うまく動かせない。


「口は・・なんとか動くか・・」
 少しぎこちないが、声は出すことができるようだ。



「こっちだよ」
 何者も存在しなかった空間に、儚げな少女の声が響いた。

(誰だ・・?)
 声のするほうへ瞳を動かす。
 そこには、銀色に輝くボブカットに、真っ白なワンピースが揺れ、
 虚ろな青い瞳をこちらに向ける少女がいた。

 その少女を見た時、何故だかセラの時と同じような安堵感があった。

 俺は・・この子を・・・どこかで・・。

「・・・ア・・リア・・?」

 ?
 少女は、虚ろな目をしたまま首を傾げる。

 ふっと浮かんだアリアという名前。
 しかし、少女には思い当たる節がないように感じる。

「私は・・・ア・・リア・・。
 アリア・・・アリア」

 無機質に繰り返す少女。

「君の名前は、アリアではないのか?」


「わからない・・。でも、アリア。あなたがそう呼んでくれた時、
 不思議と心地いい気がした。そのまま私のことはアリアと呼んで」

 虚ろな瞳の少女に、微かに光りが宿った気がした。
 俺は一呼吸置いて、

「わかったよ、アリア。それで、ここはどこなんだ?」


「ここは、・・・あなたの中」
 アリアは白く細い人差し指で、悠斗を指した。

「俺の・・中?・・うっ!」
 突如頭の痛みが悠斗を襲う。
 痛みに反応したのか、身体が動くようになった悠斗は、
 そのまま痛みで蹲まり、両手で頭を抱える。

 そして、少しづつ痛みが引いて行くのと共に、
 徐々に思考が鮮明になり、殺された記憶が蘇る。

 両腕を切断された。
 腹を何度も執拗に蹴られた。
 髪を掴まれ、木に叩きつけられた。

 そして・・

(首っ!!?)

 両腕は、身体は、首は。
 果たして、悠斗の身体は特に異常が無かった。
 自分の至る所を執拗に触り、その感触に安堵する。
 そしてーー

「ウェェ・・」
 安堵感と共にせり上がった強烈な吐き気に耐えられず、
 悠斗は胃液もろとも吐き出した。
 殺された。殺されたのだ。
 最後には首を刎ねられ確実に。

「な・・んで・・もう・・無理・・」
 身体が震えて、声がうまく出せない。
 悠斗の目から、涙が溢れてくる。

「大丈夫。悠斗。大丈夫」
 そっと近づき、か細い手で悠斗の
 背中を摩るアリア。
 その手はひんやりとしていたが、
 とても優しく慈愛に溢れているように感じた。

「うっ、うわああああああああああ!!」
 悠斗の悲痛な叫び声が、暗闇に響き渡った。


 ーーーー


「もう、、大丈夫。ありがとうアリア」
 始めて会った少女に救われた気がして、感謝の言葉を伝えた。

 どれだけの時が経っただろう。俺が泣き続けている間、
 アリアはずっと側にいて、背中をやさしく摩り続けてくれた。

「ううん。私は何もしていないよ、悠斗自身の力だよ」
 何を考えているかよく分からない表情をしていたアリアが、
 純粋な笑顔でこちらを見る。

 っ!
 瞬時に顔を反らす悠斗。
 その笑顔は反則だろう。
 それに、改めて考えると、こんな小さな少女にあやされていた自分を思うと、
 すごく恥ずかしい。

「どうしたの・・?」
 いつの間にか虚ろな表情に戻ったアリアは、
 悠斗に問いかける。

「な、なんでもない」


 ーーーーー


「こっちだよ・・」

 アリアに手を引かれ、
 何もない暗闇を歩き出す悠斗。
 地面も何もわからない状態だったが、アリアに連れられ歩き出すと、
 普通に歩くことができた。不思議だ。

 それから、どれくらい歩いたろうか。
 しかし、こんな何もない暗闇の一体どこに向かっているのだろうか。
 悠斗が疑問に思いアリアに問おうとした時、
 前方に薄っすらと光りが差していた。


「・・もうすぐだね」
 悠斗の手を引きながら前方を歩くアリアが、
 悲しそうに、俯きながら言う。

 何故だか、悠斗は胸を締め付けられた。

 そのまま光りの方へ進んでいくと、
 暗闇から光が溢れだす。
 咄嗟にアリアと繋いでいた反対の腕で視界を覆った。

 そのまま少し進んだ先で、
 覆っていた腕を下ろす。

 そこには、真ん中に人一人が乗れそうな
 石でできた台座があり、台座を囲むように部屋の隅々に木々が生い茂っている。
 台座の遥か頭上からは、眩い光りが差していた。

「すごい・・」
 神秘的な空間に目を奪われていた悠斗を見て、
 アリアは微笑む。

「悠斗、こっち・・」
 アリアは台座を見ながら、
 悠斗の手を引いて進む。
 そのまま進み、中央の台座まで二人はたどり着いた。

「悠斗。ここまでよく頑張ったね・・。
 ここでお別れ・・!?」
 言いかけたアリアが、
 不意に何もない空間を見る。

 悠斗もつられてそちらを見ると、
 徐々に、徐々にその空間に亀裂が入る。

(あは!セラも中々面白い事をしているもんだね。
 でもさ、このままじゃ面白くないよね?)
 頭に響くようなこの声。確か、初めのあの空間で聞いた声。

「!? 悠斗!」
 アリアは呆然としている悠斗を抱きかかえ、
 木々が生い茂る場所までその場から後退した。
 この細腕のどこにそんな力があるのだろうか。

 そして、亀裂が入っていた空間が決壊した。

 そこには、悠斗を一回りも二回りも
 大きくした身長、筋肉隆々な真っ赤な身体に、ぎらつく黒い眼光。
 口から生える鋭い歯を舌なめずり、背中から生えた大きな羽を
 羽ばたかせる者がいた。

「あ、悪魔・・」
 アリアから降りた悠斗は思う。
 まるでお伽話にでてくる悪魔だと。

「ははっ。あんな低俗な者と一緒にしていただいては困りますが、
 まあいいでしょう。初めまして。私はゼル。主にお仕えする十三覇天が一人。
 主はあなたが大変気になるようだ。」

 自分の事をゼルといったこいつは、左手を腰に回し、
 鋭い爪が生えた大きな右手を揃え、悠斗に向け流暢にお辞儀をした。

「さて・・、そうですねぇ・・
  あなたには、本当の死をおみせしましょう」
 ゼルは、邪悪な笑みを浮かべたと思った途端、
 その場をゼルの凶悪な殺気が埋めつくす。

「っ!」
 咄嗟に悠斗の前に出るアリア。
 悠斗を守るかのように両手を前に突き出すと、
 悠斗とアリアを包み込む白の半透明な膜が張られた。


「終焉は我が御心のままに
    空間を埋め尽くすは絶望の波動

   “ダークネス ノヴァ”」

 ゼルが右手を開き、掌に禍々しい黒球が発生し、
 詠唱の終わりと共に、黒球ごと掌を力強く握った。
 すると、ゼルを中心に暴力的な衝撃波が発生した。

「ぐっ・・あぁ!」
 真正面から衝撃波を受けたアリアは、
 不思議な膜により受け止めようと踏ん張るが、ジリジリと後退していき、
 遂には膜が弾け、後方の木々まで飛ばされた。

 悠斗は、アリアにより衝撃波から守られ、
 その場に立ち尽くしていた。

「アリア!!」
 思わずアリアの名前を叫ぶ悠斗。助けようと動こうとしたが、
 身体が言うことを聞いてくれない。
 細い木の枝を何本も折りながら、木々の幹に叩きつけられ停止したアリアは、
 口から血を流し苦痛の表情をしていた。

(このまま俺は、佐伯 悠斗は何もできないのか!!?
 ただ守られ、殺されるだけか!違うだろ!?)
 悠斗は、歯を食いしばり、血がにじむような力で強く両手を握った。
 微かに動き始めた身体で、手探りで背中の武器を確認した。

「ふーむ、  分体ではこの程度の力しかでませんか。
   いやしかし、中々やりますねぇ。うん?」

 悠斗は、背中にあった狩人の弓をなんとか手にすると、
 腰にあった矢筒から矢を取り出し、震えながら弓にあてがい、
 弦を力一杯引き延ばし、ゼルに向け狙いを定める。

「フフ、そんなものでわたしを倒す事ができるとでも?
 まだそこにいる小娘の方が張り合いがありそうでしたが・・
 いえ、主様が気になる存在、本気になって頂かなければ困りますねぇ」

 悠斗が向けている弓に興味が無いのか、ゼルは淡々と話し始め、
 悠斗に向けていた視線をアリアに向け、嫌な笑みを浮かべた。

「なに・・を!?」
 ゼルから視線を外さないように弓を構え、
 凝視していた悠斗だが、突如ゼルの姿が消える。
 そして悠斗の横を嫌な風が通り過ぎた。

「が!!はっ!」
 呻き声のする方向を悠斗が見ると、
 ゼルの右拳がアリアを貫き、木の幹まで貫通していた。

「あ・・・あぁ・・・」
 嘘・・だろ・・。
 声に、ならない。

 この謎の空間で初めてあった少女。
 無愛想で虚ろな目をしていた。

 だが、悠斗の側にずっと居続けてくれた。
 優しく寄り添ってくれた。
 時折見せた笑顔に心惹かれた。

 そんな少女が、今、死に直結するような傷を負った。
 頭が真っ白になる。弓を構えている手に、身体に力が入らない。
 そして、悠斗は膝を折り項垂れると、弓の構えを解いた。

「おや、これはもうだめですねぇ。フフフ。さて、あなたはどうしますか?
 ・・おやおや」
 血みどろの手を抜くゼル。
 それと共に身体の中心に大きな穴が空いたアリアは、力なくその場に倒れた。
 そしてゼルは、冷酷無情な表情で悠斗を見る。

「つまらない。つまらない。主様はこんなやつのために私を遣わしたとは。
 もういいでしょう。ここで終わりとしましょう」

 心底落胆したのか、ゼルは最早その場にいた少女も、
 この男にも興味を無くしていた。

 だから気にもしなかった。
 力なく倒れていた少女が‘光の粒子’となって消えた事も。

(ゆう・・と。悠斗!大丈夫。私は、大丈夫・・)
 アリアの声が、微かに、だが確かに聞こえた。

「アリア・・?」
 虚ろな目をした悠斗に、静かに希望の灯が灯る。

(大丈夫。ね。だから立って。立って、あいつを、倒そう・・)


「どう、やって・・」

(私を信じて。悠斗には力がある。与えられた命を、力を、無下にしないで・・)
 アリアの微笑みが見えた気がした。
 幻覚でも、幻聴でも、それだけで悠斗は立ち上がることができた。

『『スキル「一発必中」「弓術lv100」が設定されました
 これにより、新たなスキルが使用可能になりました』』
 無感情で、機械的な音声が聞こえた。

 そして、新たなスキルとやらの説明が悠斗の頭に直接聞こえてきた。

 今は、そんな事はどうでもいい。
 俺は、アリアを踏みにじったこいつを許さない。
 悠斗は悠然と弓を構える。瞳には力が宿り、構える弓と矢は、
 神々しく光り輝いた。

 そして、悠斗は、頭に自然と流れた詠唱を紡ぎ始めた。

「この魔法は分体も消滅しますが、この空間ごといけるでしょう。
 主様の手みあげに・・・ん?」
 ゼルが気づいた時には、既に悠斗の詠唱が終わろうとしていた。

「我は汝の敵。射るは神をも殺す必中の理
    穿て 幽玄なるこの一撃!!」
   
 悠斗の詠唱終了と共に、弓にあてがった矢の先には、強大な力が奔流する。

「俺は・・お前を・・許さない!!」
「“レゾン ド ウル カタストロフィ!!(神の頂きへと届く一撃)”」

 弦を解き放った悠斗は、全ての力を使い果たしたのか。そのままその場に倒れこんだ。
 しかして、射った一筋の矢は、ゼルの筋肉隆々な身体を軽々と貫き、
 ついでくる凄まじい光の波動に、ゼルの身体は跡形も無く消滅していく。

「がっ、馬鹿な!分体とはいえこの私がただの一撃だと!?   
 フ、フフ、いいでしょう。後の楽しみにと…」

 消滅の最中、辛うじて言葉を発していたゼルは、
 最後まで発する事は出来ず完全消滅した。


(私が、守るから・・)
 薄れゆく意識の最中、悠斗は朧気に聞こえたアリアの声を最後に、
 意識を完全に失った。

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