ダイスワークス✡リポート

沖 鴉者

誠実な事実

♢「三葉。何で俺をここに連れて来たの?」


 この質問が意地の悪いものだという自覚はあった。


 でも、散々迷惑を掛けられた身として、これ位の復讐は俺にも許される筈だ。


♢「三葉。いい加減教えてよ、何で俺をこの会社に連れて来た」


♧「……大丈夫です十二里さん、私が、自分で……」


♡「……はぁ、語るに落ちるわね。自業自得なんだから肚を括りなさい。十一さん、私は先に車に乗っています。終わったら来て下さい」


♢「……はい、分かりました」


 何気に初めて名前を呼ばれた事に若干の親近感を感じつつ、ゆっくりとワゴンに向かう十二里さんの背中を見送る。


 俺は考えた。


 城下三葉。


 友人と言えばいいのかは分からないが、それでも彼女とはよくつるむ仲だ。


 そんな仲でありながら、俺は余りにも彼女を知らな過ぎた。


 過度なボディタッチに度々好意の可能性を感じる事もあるが、俺自身が彼女に好意を抱いているかは自信がない。


 薄っぺらな笑顔と飄々と回る風見鶏の様な思考を、どこか信頼していなかったからだ。


 それがどうだ、この様子は。


 目が合った瞬間、エライ気恥ずかしそうに目を逸らしたぞ。


 ある意味新鮮だ。


♢「えっと……あの……」


 ヤバい、新鮮過ぎて動揺が。


 っておい、何で肩震わせてるんだお前は。


♧「……プッ、アハハハハハハ」


 前言撤回、やっぱ三葉は三葉だわ。


♢「何笑ってんだよ!真面目にやれよ!」


♧「いや、やっぱ大哉は大哉なんだなって思って……安心した、の」


 安堵の笑みで振り返った三葉の目から、涙が零れる。


 それは次々と彼女の頬を伝い、何かを吐き出す様に見えた。


♧「ごめんね……どう、話せば……いいんだか、分かんないや……」


 肩を抱く事も、涙を拭ってやる事も、正解ではない。


 今俺がすべきなのは、コイツを見届けてやる事だ。


 立て。


 歩いて来い。


 ここで待っているから。


♧「私、ヒック、ね……カンニングしてるみたいで……嫌だったの」


 しゃくり上げながらも感情を押し殺す声は沈み、尚震えている。


 人の心が読める嫌悪感。


 とても理解出来るものではない。


 それでも、きっと彼女は真っ直ぐあろうとしたのだろう。


♧「でも分かっちゃう……皆私の掌に乗って来ちゃう……対等じゃ、なくなっちゃう」


 真っ直ぐに、三葉が俺を見る。


 綺麗な目だ、と思った。


 実直で誠実で純真で純情な、夜の水面の様な黒。


 うっかり見惚れて覗き込みそうになって、慌てて目を逸らした。


 ほんのりと、三葉が笑う。


♧「私は対等でいたかった。でも、私は誰ともそんな関係は築けなかった。……見たでしょう?十二里蔵海の醜態を。あれが心理読力の本質よ。用いずにはいられない。手を出さずにはいられない。そんな蠱惑的な魅力が、この技能にはあるの」


 笑顔を崩さず、ただ、そこに僅かばかりの懺悔の色を乗せて、三葉は一息に斬り捨てる。


 語気が感じさせる強い自己嫌悪が、俺の胸を掻き毟った。


♧「そんな自分が、私は大っ嫌いだった」


 強い瞳をカッと見開き、三葉は吐き捨てる。


 その眼が睨むのは、きっと自身の骸だろう。


 嫌悪の塊であり続けるそれを、彼女はどんな風に見詰めるのだろうか?


 一陣の海風が薙いだ。


 世界を浄化する様なそれは、俺と三葉の目を奪って。


 そして。


 崩れ行く砂山の様に骸が散った気がした。


 乱れた髪を手櫛で直し、三葉は顔を上げる。


 そこにあったのは、期待、希望。


♧「でも、大哉に会えた。初めて見た時はビックリしちゃったけど、貴方となら、対等の関係を築けると思った」


 その口が告げるのは、抱負、声明。


 ただ一つ、懸念が残った。


♢「……怖くないのか?」


♧「怖いに決まってんじゃん。今だって、私は大哉の気持ち、分からないもの」


♢「だったら」


♧「でも、大哉が優しいのを、私は知っている。今はそれだけでいい」


 そう言って笑う彼女の笑顔は、どこまでも晴れやかで。


♢「……そうかよ」


 少しだけ照れた。


 どうしたものかと視線を彷徨わせていると、三葉が俺の手を両手で握って来る。


♧「だから……」


 ああ糞、急にこんなの反則だ。


♧「これからも傍にいてくれる?」


 ふと、賽縁庵のワゴンが視線に入る。


 中からは、二人分の人影がニヤニヤとこちらを見ていた。


♢「ああもう!」


 恥ずかしさをその一言で誤魔化して。


 俺は告げる。

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