ダイスワークス✡リポート

沖 鴉者

絶対相殺

 慌てて目を閉じる。


 耳朶を打つのは、バーナーの様なゴウゴウと言う音だけ。


 両腕で顔面を覆ってから、果たしてどれ位経っただろう。


 ようやく炎の気配が止んで、俺は腕を解いた。


B「何だお前は……」


 わなわなと震える老婆の声が、まず聞こえた。


♤「彼は十一大哉君。あらゆる先天性特殊技能(GOD DICE)を無効化する、伝説的な先天性特殊技能(GOD DICE)を持つ青年ですよ。貴女も聞いた事があるでしょう?」


 次いで聞こえて来たのは、社長の声。


 ゆっくりと目を開けると、俺の傍らに白長髪を頂いた長身痩躯の若い男がいた。


 左腕にゴジラ人形を抱いたそいつは、フッと俺に微笑み掛けて十二里蔵海と向き合う。


 その瞬間、俺はこの青年の正体を悟った。


 俺の肩に手を置いた青年は、その涼しげな眼で蔵海を射殺す。


♤「絶対相殺ゲームセット。世に稀たるこの技能を持つ彼こそが、今日から貴女の担当です。十二里蔵海さん」


 絶対相殺ゲームセット


 そう俺を称した青年は、ここで初めて表情を変えた。


♤「もうこれ以上好きにはさせない」


 優勢に浸った顔が蔵海を見下す。


 ワナワナ震える老婆は、それでも戦意を失わない。


B「もう一人!もう一人はどうなんだ!私の担当はそいつに変えろ!」


 聖母の面影も捨て去って、野獣の様な顔で唸る。


 もう一人とは、勿論三葉の事だろう。


 どうしているかと振り返ると、三葉は心美さんに抱えられてヘタレ込んでいた。


 憔悴した彼女の顔に、余裕はない。


 もしかして、三葉は蔵海に掌握されたのか?


 そんな不安が頭を過る。


♡「承服出来る訳ないでしょう、そんな勝手」


 三葉をグッと抱き寄せながら、心美さんは蔵海を睨んだ。


B「黙れ馬鹿娘!お前は親に逆らうのか!」


 ギチリと音を立て、蔵海は歯軋りする。


 白髪を振り乱し、口角泡を撒き散らして喚く姿は、さながら山姥だ。


 しかし、この発言は不味かった。


♤「……何て言った?」


 施設全体が、大きく揺れる。


B「何だと!?」


 脅しつける様に蔵海が呻いた。


 次の瞬間。


 蔵海の横に花を刺してあった花瓶が割れ、施設全体が音を立てて横に揺れ出した。


♤「今この子の事を何て言った!」


 一橋剣のサイコキネシスは、一体どのレベルまで物を支配出来るのだろうか?


 真横で挙がった怒号に、空間全体が揺れた気がする。


 誰もが腰を抜かし、体幹を失った様に崩れて行く。


 吽形の様な表情の一橋剣は世界を揺さぶり続ける。


 植木が倒れ、電飾が落ち、置物が転げる。


 それがピタリと止んだ時、一橋剣の裾は十二里心美に掴まれていた。


♡「社長。私は大丈夫です。だから……もう、止めて下さい」


 単なる嘆願とも、無様な懇願とも違う、機械を止める様な事務的な言葉だった。


 その時、俺は気付いた。


 吹き飛んだ花瓶の欠片や倒れた植木、転げた置物までもが人を避け、リノリウムに刺さる、ないし叩き付けられている。


 落下するお茶までも調整して見せた一橋剣の事だ、落下物の調整などお手の物だろう。


 もしかして、と心美さんを見ると、彼女は渋面で俺に頷いて見せた。




 そういう事か。




♢「……社長。俺は何をすればいい」


♤「逆流だ。目には目を歯には歯を。蟻の巣の出入り口が一つなら、やる事は決まっているだろう」


 機械的、且つ機能的に、滔々と一橋剣は口を開く。


 まるで、先程の激情等初めからなかったかの様に。


♢「そうですか……心美さん……か、三葉、やり方教えて下さい」


 蟻の巣を潰す方法。


 目を、歯を、潰す方法。


 それはつまり、目に目を以って、歯に歯を以って、一切合財を洗い落とす。


 即ち、俺が相手の先天性特殊技能(GOD DICE)を真似る事。


♧「……目を、見て……出来るだけ、近くで」


 震える声音で三葉が告げる。


 言われた通り、俺は蔵海へと一歩を踏み出す。


B「やめろ……」


 砂の牙城にヒビが入る。


 止めるものなら止めてみればいい。


♡「目を凝らして下さい。瞳の奥に地底湖があって、そこを覗き込むイメージで」


 目を逸らせば抵抗出来る。


 目を閉ざせば妨害出来る。


B「やめてくれ……」


 でも、十二里蔵海にそんな事は絶対出来ない。


 何故なら。


♤「絶対の武器を奪われるのは怖いだろ?」


 そう、十二里蔵海にとって、それは絶対にして唯一の武器。


 心理読力。


 使わずにはいられない、一般常識からしたら、余りにも反則ものの技。


B「イヤだ!イヤだあああ!」


 喚く老婆の顔を掴み、ギリギリまで目を突き合わせる。


 その目に映るのは、純然たる恐怖、混乱、不安、困惑。


♧「大哉、シャドーイングして」


B♢「ヤメロ…」


♡「その調子よ、呼吸も合って来たわ。あとちょっと……」
B♢「どうして、私は何も……悪くな♢「いのに……」


 ゴポン!と俺の中に何かが響いた。


 それは、まるで溺死間際の最後の吸気の様に。


 弱まった十二里蔵海の声はフェードアウトし、そして意識を失い上体を揺らした。


 ギリギリで抱き止めたが、正直俺もぶっ倒れそうだ。


 絶対相殺ゲームセット 一橋剣は俺の技能をそう呼んだ。


 相殺。それは同じ力をぶつけるという事だ。


 すなわち、絶対相殺ゲームセットの本質は、相手の技能を強度も力量も方向も、そっくりそのまま相手に返す究極の同時カウンターコピー技能。


 その技能は絶対。


 源泉に入り込めば、それを根こそぎ殺す。


 まるで、油を油で洗うが如く。


♡「……ありがとうございました」


 蚊の鳴く様な声に振り返ると、心美さんが胸に手を当て俯いていた。


 傍らには複雑な表情の三葉と一橋剣が佇んでいる。


 彼等の表情の理由は、俺にも分かる。


 俺は今、一人の人間の自我を殺した。


 そいつを否定し、殺したのだ。


 気分の良くなる点なんて、どこにもない。


♢「……いえ」


 力なく頷く事しか、俺には出来なかった。

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