ダイスワークス✡リポート

沖 鴉者

神様のサイコロ

♤「驚いたでしょ?こんな所来ちゃって」


♢「はい…何が何やらって感じです」


 分かり易い位社長室らしい社長室で、僕はテーブルの上のゴジラ人形と言葉を交わす。


 えっと……どこから突っ込むべき?


 社長用と思われるデスクには誰もおらず、三葉は「お茶入れて来ましょうか?」と何処かへ行ってしまった。


 何あの子、メンタル強過ぎじゃないの?


♤「まあでも君みたいな人間を待ってたんだよ、我々は」


♢「はあ…そう言われましても…」


♤「まあそんな反応になるよね。説明するよ、良く聴いてね」


 そう言って、ゴジラ社長はどこからともなくガラスのサイコロを出した。


♤「先天性特殊技能(GOD DICE)って言うのがあるんだ。神様の気まぐれで授かる特殊能力って事で、国連がサイコロに引っ掛けって六段階のレベルに分けている。


 数字が高い程優位に働く様になっていて、俗に言う超能力とか霊能力、先天魔力なんかがこれに当たる。


 ちなみに先天って言うのは我々が認識しているこの世界に現れた瞬間を指していて、異世界の人間なんかが紛れ込んだ場合も包括されているよ。


 我が社はそんな先天性特殊技能(GOD DICE)を持つ人間、通称小車輪(Player)に職業斡旋をしている会社なんだ」


♢「は、はあ……」


♤「分かった?」


♢「えっと……つまり……」


♤「超能力者や魔法使いなんかがいっぱいいる会社って事」


♢「あ~~~……えーーーーー!!!!」


♤「うん、そうだよね。その反応は正義だと思うよ」


 もう訳が分からないよ。


 先天性特殊技能(GOD DICE)?小車輪(Player)?そんなの、聞いた事もない。


 ん?ちょっと待って?それってつまり……


♧「戻りました~玉露入りの高い方使っちゃったけどいいですよね?」


♤「ええ!?そんなのあったの?十二里さん隠してたな……」


♧「あと何かモナカもあったんで持って来ました」


♤「ええ~それも僕知らない……給湯室が十二里さんエリア過ぎる」


♧「私真剣に十二里さんと仲良くなる必要性がありそうだわ……ん?大哉どうしたの?」


 どうしたの?じゃない。


 ここが小車輪(Player)とやらの就職先だと言うのなら……


♢「三葉」


♧「ビックリした?」


♢「……何だよそれ」


♧「知らなかったでしょ?こんな世界があるって」


♢「…………」


♧「でも大哉が無計画でよかったわ。ちょっと誘ったら全部私に任せるんだから」


♤「う~ん、そこは改善しないとマズイね」


♧「ですよね~。ほら大哉、感謝の言葉は?」


♢「……何だよそれ」


 俺の心情を察するのは、簡単な事だろう。


 それは、三葉でなくとも、だ。


 ここまで何の説明もなしに俺を巻き込んで、この言動。


 幾らなんでもふざけている。


♢「お前、全部知ってて誘ったな」


♧「そうだよ。大哉が何も考えてないみたいだったからね」


♢「読んだのか?俺の心」


♧「ふふふ、どうだろうね」


♢「お前いい加減」


♤「おーい城下君、僕のお茶なくなっちゃったからおかわり頂戴」


 そう言って一生懸命掲げるゴジラの湯呑は、確かに空っぽで。


♢♧「「え?」」


♤「おかわりー早く早く」


 一体いつ飲んだんだ?と俺も三葉も首を捻る。


 そもそも、ゴジラ人形でどうやって飲むの?


♧「あぁ、はい、只今」


 思考を巡らせる俺を尻目に、然もありなんと三葉が社長室を辞した。


♤「ほら十一君もお茶飲んで、湯呑空けちゃってくれる?」


♢「え?あ!はい、いただきます」


 言われるが儘、湯呑を煽る。


 その時になって気付いたが、俺の喉はカラカラに渇き切っていた。


 初の就職先訪問と分析過負荷の事態の連続に、知らず知らず参っていたのかもしれない。


 ほんのり玉露の甘みを感じながら飲み干した湯呑を置いた所で、空かず社長が訪ねて来た。


♤「おかわりいる?」


♢「ああ、はい」


 言った直後、雨が降った。


 お茶の雨が。


 俺の頭上、天井すれすれの高さから、まるで滝の様に一直線の雨が。


 ただでさえ不思議なのに、尚不思議なのは、それが湯呑に落ちる瞬間に減速し、綺麗に注がれている事。


 お茶請けのモナカに一滴も掛かる事なく湯呑に収まったお茶は、丁度一杯分。


♢「な……何……」


♤「あーしんどかった。やっぱり不定形物は扱い面倒臭いなー」


♢「何やったんですか?」


♤「ん?僕のお茶を雲にして、戻したの。ちゃんと落下と着地の速度調整もしてねー」


 凄ぇ何だそれ。


♢「社長は、その……どういった技能なんですか?」


♤「僕?念力だよ。しかも先天性特殊技能(GOD DICE)のNo.6!凄いでしょ!」


♢「はあ、凄い……ですか?」


♤「未だ疑問形だね。自慢聞いてくれる?」


♢「いいです」


♤「うん、そっか……」シュン


 もう見たから分かるよ、あんた凄いよ。


 だから人形のくせして青いオーラ出さないで。


♤「ちなみにね」


♢「え?」


 直後、俺の身体が上に引っ張られた。


 否、正確には服が引っ張られた。


 ギリギリと腿の辺りに服が喰い込む。


 パツン!とスーツが嫌な悲鳴を上げる。


 やがてそれは重力を振り切り、俺の身体をソファから離した。


♢「な、ちょっ……え?あの……痛っ!」


♤「ははは、ごめんごめん」


 短い距離ではあったが、自由落下がトスンと、身体をソファに落とす。


 太腿超痛い。


 って言うか服じゃなくて身体持ち上げてよ。


 ん?身体?


♤「気付いた?」


♢「もしかして……」


♤「そう、君の身体は先天性特殊技能(GOD DICE)を何でも無効化してしまう。


 さっき五十嵐君が君に着火出来なかった様に、僕の念力は君の身体を持ち上げられなかった。


 まあ正直君の身体だけを狙う使い方も出来たんだけど、それじゃあ分かり難いからね。


 服と一緒に持ち上げる使い方をしたんだ。


 でもやっぱり駄目だね、君の身体だけキャンセルされる。まるで全ての力を相殺にする様にね。


 つまり」


 嘘だろ?


 それが本当なら、三葉は。


♤「城下さんは君の心を読めていない」


♢「それって……」


♤「うん。彼女は君の可能性を見付けて善意でここに誘ったんだよ」


♧「それはどーでしょー?」


♤♢「「え?」」


 社長室のドアから湯呑を持った三葉が不敵な笑みで覗いていた。


 どこまでも人を喰った様な目が、俺の心に不安を落とす。


♢「何が言いたいの?三葉」


♧「それはねー」


♡「城下さん、私が通れないからいい加減中に入りなさい」


♧「おっと、そうでした。すみません」


 誰かに促され、三葉が部屋に入って来る。


 戸惑う様な覚束ない足取りを、今日初めて見た事に俺は気付いた。


 それ位、三葉にとって相手は脅威なのだろう。


♤「十二里君、どうだい?終わったかい?」


♡「はい。滞りなく」


♤「そっか……十一君、紹介するよ。僕の秘書兼副社長の十二里心美トジリ ココミさん。城下さんと同じ心理読力を基本にした先天性特殊技能(GOD DICE)を持ってる。気さくにコミちゃんって呼んでいーよ」


♡「勝手にあだ名決めないで下さい。何ですかコミちゃんって?ゴミですか?そんなの社長一人で十分間に合っています」


♤「……人の心を抉って来るのが趣味だよー」


 嫌過ぎる。嫌過ぎるよそんなの。


 そのどん底のテンション戻して下さい、社長。


♢「あの、十二里さん」


♡「……何でしょう?」


 あれ?何か返事がぎこちない気が……。


♧「ふふふ、十二里さん。そんなに大哉を怖がる事ないですよ。基本無害ですし、本当に何も考えてないですから」


♡「……そんな失礼な事、言うべきじゃないわ」


♤「やっぱり怖いかい?」


♡「……いささか」


 怖い?何が?


♢「えっと……それってどういう……」


♤「テレビとかでよく目隠しして箱の中身を当てるゲームがあるよね?」


♢「え?ああ、ありますね」


♤「あの状態なんだよ、十二里君にとって今の君は」


♢「あ……」


♤「君以外の皆の心が読める。でも君だけは、君だけはどうしたって読めない。そんな人間に生まれて初めて会った彼女の気持ち、想像出来るかい?」


 出来ない。出来るなんて、口が裂けても言えない。


 相手の気持ちが分からない。


 普通に考えれば、そんなのは当たり前の事だ。


 でも、十二里心美にとっては違う。


 彼女の人生に於いて、そんな事は有り得なかった。


 生まれて初めて遭遇する肚の中の見えない相手は、彼女の目にどう映るのか?


♢「……分かりません。想像、出来ません」


♤「……うん。そうだよね」


 しばし、俺達の間にしんみりとした空気が流れる。


 ほんの少し、先天性特殊技能(GOD DICE)の副作用を垣間見た気がした。


 だが。


♧「そろそろ話し変えてもいーですかね?大哉は社長から色々訊いたみたいだし。十二里さん、私と大哉が明日からどんな仕事をすればいいのか教えて下さいよ」


♢「あ……」


 そうだった。


 すっかり忘れていたけども、これはインターンシップ。


 本番は、明日からの一週間だ。


 先天性特殊技能(GOD DICE)はどうあれ、俺はその期間でこの会社との適性を測らねばならない。


 再び、緊張が背中を締め上げた。


 そろそろ胃薬を持つべきかもしれない。


♤「うーん、それなんだけどねー」


 ゴジラ人形が話を引き取る。


 うっかりこの人形が社長だって忘れそうだった。


 何だか気のいい先輩みたいなんだよな、さっきから。


♧「何ですかー?」


♤「家の会社はインターンとして派遣社員と同様の就労をして貰うんだけど……十二里君、あの資料、今あるかい?」


♢♧「「あの資料?」」


♡「………ありますけど、ですが社長」


♤「蔵海さんの事なら心配しないで大丈夫だよ」


♡「そうではなくてで」


♧「行きます。そこ、どこですか?」


 驚く程食い気味に三葉が同意した。


 俺が三葉を見るのと、心美さんが叫ぶのは同時だった。


♡「駄目よ!そんな余計な事はしないで!」


♧「私を心美さんと一緒にしないで下さい!」


 そうして、三葉は俺の肩に手を置く。


♡「……っ!でも」


♤「十二里君、落ち着きなさい」


♡「社長!」


♤「僕にも考え合っての事さ、十分な説明はするよ。ねえ、十一君」


 一同の目が、何故か俺に集まる。


♢「え?ああ、えっと……お願い、します」


♡「しかし……」


♤「賭けよう、十一君に」


 俺は考える。


 果たして俺はここでインターンを受けるべきなんだろうか?


 どこまでも続くスクロールを思い出し、騒がしい遣り取りを眺めながら更に考える。


♡「……分かりました。でも、条件があります」


♤「勿論、君も行っていい」


♧「だけじゃないですよね~心美さん❤」


♤「え?そうなの?じゃああと何?」


♧「心強い味方がいないと~心美さん不安になっちゃうかも❤」


♡「城下さん、いい加減にしなさい」


♧「はーい♪」


♡「貴女には序列の意味を教えておいた方がいいみたいですね」


♤「十二里君、スタンド出そうで怖いから落ち着いて。それと、そろそろ十一
君が混乱で限界だ」


 俺には何が出来る?


 社名の津波を眺めながら感じた疑問を改めて自問すると、驚く程速く自答が遣って来た。


 今知ったばかりじゃないか。


 俺にある唯一の“技能”を。


 コトリと何かが嵌まりこんだ気がして、俺は自分を奮い立たせる為に喝破
した。


♢「やろう!何かあったら何とかする!それしかない!」


 何となく、試したくなったのだ。


 オプティミスティック過ぎるのも、根拠がないのも、自覚はある。


 でも、昔からこうなのだ。


 ギリギリまで何もしないせいか、押し付けられる事には変な自信を持って立ち向かえる


 でも不思議な事に、今までそれで全てが上手くいっていた。


 だからきっと、今回だって何とかなる。


 何とかする。


 土壇場なら、俺は誰にも負けない。


♧「ね?無計画だって言ったでしょう?」


♡「……その様ね」


♤「う~ん、褒めて良いんだか悪いんだか……まあ大物って事で」


 三葉うるさい。一言多い。

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