陽が昇る前に

沖 鴉者

第一部 軋む歯車  第二章 地を踏む重み その3




「何よ…コレ……」


 その光景を見て、まずミネアはそう呟いた。
 四人。
 いや、4つ。
 ソレはあった。
 形こそ人のものであったが、決定的な損壊がソレから生気を奪い取っていた。


人狼ワーウルフでも現れたみたいじゃない』


 こうした惨殺現場を見るのは、ミネアにとって初めてではない。
 だが、この光景には今まで見て来た現場にあったモノがなかった。


『何て無感情な生殺』


 損傷は、頸から上、両目と後頭部のみ。
 両目に指を突っ込まれ、頸を捻じられながら壁に叩き付けられたのだろう。
 事務的とも言える、淡々とした殺しだけがあった。


『どうしてこんな事が出来るの?』


 遺体の数々を前に、ミネアは愕然と肩を落とす。
 つい先程の事だ。
 消えたロード少年を探した優等生B-Cellの面々は、ロキの助言を受けてすぐにその居場所を突き止めた。
 そこで見つけたのが、この光景に佇むロードだった。
 だが、ミネアが衝撃を受けたのは、その少年の浮かべる表情だ。
 感情の一切を放棄し、諦観した様に思考も思慮も感じさせないあの仄暗い碧い眼。
 仮面よりも素気ない無表情の中で、それはゆらりとミネアを見返していた。
 思い出すだけで背筋が凍る思いがして、ミネア考えるのを止める。


「何したか分かってんのか?」


「何て事してくれたニョ」


「……流石にこれはぁ」


 何と言えば良いか分からず半ば絶句するメンバーの向こうで、ロードは一仕事終えた様な表情で指先や顔に飛び散った血を拭っている。
 その顔に先程までの仄暗さはなく、屈託のない瞳は再び好奇に満ち満ちていた。
 だが、余りに無責任なその表情に、ミネアの中では急速に嫌悪感が広がり、気付いた時には、辟易とするばかりで埒の明かない先輩連中を差し置いて、刺々しく吐き捨てる様に言っていた。


「ロード君、何であの人達を殺したの?」


 誰よりも付き合いの短いミネアだからこそ出来る、誰よりもストレートな質問。
 ギョットするアンナ達に一瞥もくれず、ミネアは真っ直ぐにロードを睨む。
 名前を呼ばれた事に驚いたのか、目を白黒させる少年を見て、ミネアは確信した。


『この子、何の罪の意識も感じてない』


 そう、何も感じてなどいないのだろう。
 まるで突然話を振られた様なキョトンとした表情が、全てを物語っている。
 気まずそうに彷徨った視線がロキに逃げる事を良しとせず、ミネアは畳み掛けた。


「今は私が質問してるんだよ?ロキは関係ないでしょう」


 ビクリと震えた頭が、こちらを向く。


「えっと……何が?」


 視線を泳がせながら放たれた言葉は、余りにも最悪の予想通り過ぎて、誰も彼もが絶句せざるを得なかった。


「何がって……貴方自分がやった事憶えてないの?」


「俺は……ただ敵を殺しただけだよ?」


「ただ殺しただけ……ですって?」


 昨日の天気を確認する様な、朝起きて窓を開けたら鳥が何羽飛び立ったかを告げる様な、罪悪を微塵も感じさせない言い方だった。
 当たり前の事を当たり前にしただけ。
 ロードの口調は、そんな風に聞こえる。


「相手は人間よ?殺していい訳ないでしょ!」


 無意識の内に怒りに震える声を、ミネアは抑え切れなかった。
 道徳、倫理、宗教等あらゆる観念を欠いた発言に、憤るばかりだ。


「貴方を逮捕するわ」


 呼び戻しておいた錫杖を構えて、ミネアはロードに近付く。
 許せなかった。
 目の前にいる少年の無垢な罪と、それを断罪してこなかった全ての人間が。


「落ち着け、ミネア」


「ちょっと待ちニャさい」


「ミネミネ、一旦それ下ろそぉ。ね?」


 同僚の制止を押し通ろうとした、その時。
 ロードの冷たい声が出入り口へと放たれた。


「お前……さっきの奴等の仲間か?」


 優等生B-Cellメンバー全員がギクリと緊張する中、艶やかな猫撫で声が場を緩ませる。


「違~うよ、ただちょ~っとそこの姫様に用があるだけ~」


「「「「え?」」」」


 その発言に驚いた優等生B-Cellメンバーがロードの視線を追うと、そこには一人の女がいた。
 薄紫のレースをあしらった紅いヴェールを纏った女は、顔こそ窺えないものの、その口調の端々に愉快さを滲ませていた。


「ミネアちゃん久しぶり~元気してた~?」


 悠然と振る手は陶器の様に白く、非生物的ですらある。
 呆然とするメンバーの中、ロードがポツリと呟いた。


「そう言えば、さっきから皆が言ってるミネアって誰?」

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